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学校の先生たちは道長を叱ることはなく、むしろ今ま学校を休んだこのがなかった道長が突然無断欠席をしたことに対して心配している様子だった。
「叱られずに済んだのはよかったけど、心配されるのも意外と面倒ってもんだなぁ」
職員室から出た道長は周りに人がいないことを確認することなく愚痴を吐いた。
時刻はすでに三時を過ぎている。結局、先生の質問攻めを食らい続けて授業が終わってしまったのだ。
道長は校舎を出ると、そこには放課後を部活動に費やす生徒の姿があった。
もし道長が幻惑から解かれていなかったら、同じように部活に勤しんでいたかもしれない。
「女子マネージャーと一緒に帰るなんてイベントも、幻惑の中だけで現実には起こりえないよなあ」
「女子マネージャーなんていう高望みは捨てて、普通の女子高生と一緒に帰ればいいじゃないですか、ミッチー先輩」
聞き覚えのある声が、背中から聞こえた。
道長は思わず振り向く。そこにはショートカットの赤髪。
もとい、蒼衣紫苑がいた。
「お前なんでここに……」
「なんでって、そりゃああたしはこの学校の一生徒ですから。そんなことより、一緒に帰りませんか、昔のように」
紫苑が何を考えているのか、道長にはわからなかった。しかし断る理由もないため、道長は紫苑とともに帰ることにした。
しばらく続く、無言。
しばらくして話を始めたのは、紫苑の方からであった。
「ミッチー先輩には申し訳なさがある一方で、すごく感謝しているんです。知っているかと思いますが、『鏡の檻姫』は人を蘇らせるものではなく、過去を改変するための召巻書。そういう方針にしたのは、この本を書いた私自身です。そして《召巻》は失敗し、危うく世界が滅びる所を、ミッチー先輩が阻止した。本物のヒーローです」
うつむいたまま喋る紫苑の表情を、道長は見ることができなかった。
「一方であたしは最悪の召巻術師です。人を騙し、利用し、自分自身の私利私欲しか眼中にない、自分勝手な人間。あたしはミッチー先輩なんかよりも、よっぽど報われない人間ですよ。誰からも頼られず、誰を助けるわけでもない————」
「そんなこと、ない」
考えるより先に、道長は紫苑の言葉を否定していた。
「確かに紫苑がしたのは悪いことだ。俺は利用されたし、世界は滅びかかった。でも、それは紫苑自身のためじゃなくて、紫苑の姉と母、何よりお父さんのためじゃないか」
紫苑が顔を上げて道長の方を見た。
涙をこらえているのか、目が真っ赤に充血している。
「それに、俺は嬉しかったんだ。一年間友達がいなかった俺に紫苑が話しかけてくれて。本当に、誰からも意識されない、いてもいなくても変わらない存在だと思っていた俺を絶望から引っ張り出してくれたのは、紛れもなく紫苑じゃないか」
「……………………、」
「だから、お互い様ってことじゃないのか。互いに感謝し合って迷惑掛け合って、これが友達ってことなんじゃないかな」
紫苑が道長のことを友達と思っているか、道長は知る由もない。
だが、道長から見て、紫苑はまたとない友達だ。
だから、許し、感謝し、時に喧嘩をする。
道長の話を聞いた紫苑は、少し困惑している様子だったが、表情は笑っていた。
「まったくミッチー先輩は優しいです。優しすぎます。これだから利用されてしまうんですよ」
「うるせえ、利用する方が悪いんだっての」
「でも、ミッチー先輩のおかげであたしの心でつっかえていた何かが消えた気がします。こんなにあたしを助けてくれて、本当にすごいです、ミッチー先輩は」
彼女の声音は、いつもの紫苑のものと変わらなくなっていた。
「そんなミッチー先輩に、一ついいことを教えてあげます。あたしは『鏡の檻姫』を父に届ける暇人を探していたときの話です。実はミッチー先輩の他にも、高校生活を暇してそうな人はたくさんいたんですよ。つまり、ミッチー先輩のような境遇の人は、世の中にいっぱいいたということです」
「同類がいっぱいいるから元気出せってことか? それのどこがいい話だよ」
道長は不満そうに言ってみせたが、なぜか紫苑の方が不満げな様子であった。
「ほんと、察しが悪いですね! たくさんいる人の中で、あたしはミッチー先輩を選んだってことですよ! それがどういうことかわかっていますか?」
「そりゃあ、運悪く俺が選ばれてしまったってことだろ」
その反応を受けて、紫苑はますます不機嫌になる。
「あーあー! これは重症ですねミッチー先輩。いいですよ、もう知らないですよーだ!」
そう言うと、紫苑は道長を置いて一人走って帰ってしまった。
「なんだ、あいつ?」
道長は依然として、何も気がついていないようだ。




