23
道長が立っていたのは学校の図書室のような空間、もとい蒼衣十二郎と対面した場所である。
どうやら、道長は蒼衣十二郎の召巻術によってある種の幻惑を見せられていたらしかった。
だがそんなことは道長にとってどうでもよかった。なぜなら目の前に、もう一度会いたいと切に願っていたライアがいるのだから。
「ライア! どうしてここにいるんだ」
「ミチナガが願ったからであろう! 召巻術師が《召巻》を求めれば応じるのが、我の務めというものだからな」
道長と同じように、ライアも笑っていた。彼女もまた、道長に会えたことに嬉しさを感じているように見える。
「それで、蒼衣十二郎の召巻術はどうなったんだ?」
道長の質問を聞いたライアは深刻そうな顔をした。
「大失敗だ。彼の召巻術はこの世界全体の人々に『理想の世界』を見せる幻惑を創造したにすぎなかったのだ。それだけならまだよかったのだが…………」
そう言うと、ライアは部屋の中央を指差す。
そこには、唸り声を上げる、黒い布で身を包んだ大男が立っていた。
体長は道長の二倍はありそうだ。その上、禍々しい雰囲気が離れた地点に立っていても伝わってくる。
何より、その見た目は『鏡の檻姫』の表紙に描かれているライアの敵役に他ならなかった。
「奴は破壊の邪神。『鏡の檻姫』における最後の敵だ。まったく、最悪の《召巻》が行われてしまったのだよ!」
「でも、どうして? 過去を変えるのに、破壊の邪神は必要あったのかい?」
道長の考える通りだ。一見すると、過去を変えるのに『破壊』は必要なく思える。
ならば蒼衣十二郎は誤って破壊の邪神を《召巻》したということであろうか。
「それは蒼衣十二郎が予定していた過去改変のプロセスに問題がある。奴は過去を改変するのではなく、理想的な過去を創造し、今の世界を破壊するつもりでいたんだ」
「過去を変えるのではなく、作り直すってことか!」
「然り。だが計画は失敗した。奴が創造したのは過去の『幻惑』であり、虚構の代物だった。このままでは今の世界だけが破壊されて、全ての人々が皆幻惑の中で囚われる。一生幻惑の中で、現実に戻れず生きてしまうんだ」
「そんな————。なら早く、破壊の邪神を倒さないと!」
全ての人々が幻惑に囚われる。そうなれば世界の終焉だ。
なんとしても、そんな事態は避けなければならない。
しかし、次にライアが放った一言は、道長を絶望の淵へ突き落とした。
「残念だがミチナガ、破壊の邪神は倒すことができない。そう決まっているんだ」
「…………は、なんだよ、それ」
「『鏡の檻姫』はバッドエンドの物語。鏡の世界から脱出した我は破壊の邪神の居場所を突き止めるが、戦いの末に負けてしまう。もとより、破壊の邪神は無敵かつ不死、という設定があったのだ。ゆえに、破壊の邪神は、倒せない。召巻術が召巻書を忠実に反映する以上、それは今においても、変わらない」
ライアは今にも泣きそうな顔をしていた。悔しさと、悲しさと、やりきれなさが混じったような顔。
それは道長も同じだった。せっかくライアと再会できたのに、こうなってしまうと全てが終わりだ。
悔しくて、悲しくて、やりきれない。
だけど、
「後悔は、していない…………!」
「————————————————ッ!」
「確かに今の状況は最悪だ。俺が『鏡の檻姫』を蒼衣十二郎に届けてしまったばかりに、世界が滅びようとしている。でも、後悔はしていないんだ。『鏡の檻姫』がなければ、俺はライアと会うことができなかったから!」
決して強がりで言ったわけではなかった。
確かに、後悔はしていない。
「だから、、諦めたくないんだ! ここで破壊の邪神を倒して、またライアと暮らしたい。絶対、絶対に諦めない…………!」
道長はライアの小さな肩を掴んだ。
「だから戦おう、ライア!」
これが、道長の精一杯の思い。
ライアは無言で道長を見つめていたが、やがて覚悟を決めたように、肩に乗せられた道長の腕を握った。
「ありがとう、ミチナガ。我も戦おう」
それは堅い意志がこめられた、まさしく一国の王女の言葉であった。
二人は見つめ合い、そして、
戦うことを決心した。




