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「扉が現れました!」
道長は叫ぶように霧咲殺姫へ話した。しかし、彼女の反応はとても違和感のあるものだった。
「扉なんて、現れてないではないか? 少なくとも私には見えないが…………」
冗談で無いことは現状の緊急さから明白であった。
思えば、この問いは紫苑を中へ通すために設置されたものだ。二人も中へ入る必要は無い。
ならば、この扉の奥へ進めるのは回答者本人だけということであろうか。
霧咲殺姫もそれを察したのか、諭すように道長に言い聞かせる。
「こうなった以上、蒼衣十二郎の計画を阻止できるのは君だけだ。私はここで待つ。それしか、私にはできない」
道長には今まで以上に責任感が強くのしかかる。だが、ここで踏みとどまっては全てが水の泡だ。
「…………行きます」
道長は霧咲殺姫に向けてそう言うと、重い扉を開いた。
振り返りはしなかった。ここから先は前に進むしかない、そう道長は感じているから。
扉の先は長い上り階段になっていた。
周りは星空のように、真っ暗な中に幾つかの光が点々としている。
道長は一歩一歩階段を登る。そして階段を上りきったその先には、まるで学校の図書室のような、部屋の周囲を本棚が囲む小さな空間があった。
そして、部屋の中心には大きめのテーブルと、そこに置かれた一冊の本を見つめる、髭を蓄えた、俳優のような男。
蒼衣十二郎が立っていた。
「……………………君と、こんなところで会ってしまうとは」
蒼衣十二郎は落ち着いた口調で話す。が、その心境は少し動揺しているようにも感じられた。
「何の用かはさておき、今の僕はあいにく作家でも弁護士でもない。赤の他人である君にそもそも用などあるはずがないと思うのだがね」
「何シラを切ってんですか。俺はあなたの無謀な計画を止めに来たんですよ!」
「無謀な計画、ねえ」
蒼衣十二郎は深いため息をつく。
「召巻術について十分な知識がない君にそう言われるのは少し面白く無いね。僕の理論、召巻能力増幅法は論理的に正しいし、実験は何度も成功している」
「でも、六年前は失敗して蒼衣来亜は亡くなっているじゃないか!」
「…………ッ」
蒼衣来亜、という言葉に反応して蒼衣十二郎は少しまごつく。
「確かに、俺は召巻術を詳しくは知らないです、だけど、こんな不安定でリスクのあることはやってはいけない。今度は紫苑の命まで落とすかもしれない!」
「じゃあ、どうしろというんだ!」
今まで落ち着いていた蒼衣十二郎が突然に声を張り上げた。
「僕はただ平穏な日常を取り戻したいだけなんだ。死んだ妻と娘を蘇らせてまた家族揃って暮らしたい。その願いを実現させたいだけなのに!」
蒼衣十二郎の言うことには悪意のかけらも感じられなかった。
彼の望みは平穏だ。決して悪いことではない。しかし、
「それは、ただの逃げだ。現実が受け入れられずに禁忌を犯す、壮大な現実逃避」
「なんだと?」
「人間は程度が違えども、皆辛いんだ。誰一人として幸福な人間なんていない。俺も高校に入ってからは友達もできず辛かった。それは同期の井崎も同じだ。あいつは加えて小学生の頃に友達、蒼衣来亜を失っている」
道長は井崎の顔を思い出した。あの憎たらしい表情の裏で彼は自分以上の悩みを抱えていたのではないだろうか。
「それでも、皆現実を受け入れて生きている。どんなに辛くとも、決して逃げずに頑張っているんだ! だから十二郎さん、あなたも現実を直視すべきじゃないんですか!」
道長は出せる限りの声量で蒼衣十二郎に向かって叫んだ。
蒼衣十二郎は少しの間驚いたような顔をしていたが、しばらくして、再び落ち着いた声で呟いた。
「そうだな。君がそう考えることに、僕は何の反対もないよ。ただこれは僕の生き方なんだ。君と僕は違う。今まで歩んできた道のりが全く異なるんだ。分かり合えないのも、致し方無い」
蒼衣十二郎は、机の上にあった『鏡の檻姫』を手に掲げた。
「一つだけ話をしよう。今回僕が行うのは死者蘇生ではない。過去改変だ。僕は過去の世界に戻って妻の殺害から先を修正する。ちょうど君が来たタイミングで召巻術に必要な手順は全て終わらせたからね、あとは始まりの合図をするだけなんだ」
「ちょっと、待ってくださいよ——」
「いや、待たない。君が言いたいことは全て聞いたつもりだからね。それと前に話した通り僕は道長くんにとても感謝しているんだよ。だから、過去改変後の世界はもっと君が生きやすくするつもりさ」
蒼衣十二郎は笑っていた。さながら、彼の娘が見せた笑い顔のように。
「さようなら、道長くん。次は必ず、良い人生になっているよ————————」
「————————召巻、過去改変」




