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ライトノベルの召巻術師  作者: 右町田みとむ
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19


  道長が目を開けると、見知らぬ天井が見えた。

「ここ、どこだ……」

 どうやら、気を失い、今まで横になっていたらしい。

 前にも同じ経験をした気がするが、道長はうまく思い出せない。いわゆるデジャビュというものであろうか。

 そればかりか、過去のこと、特に四月以降の出来事を思い出そうとするとひどい頭痛が道長を襲うのである。あまりの痛みで、自分がどのような経緯でここに来たのかもわからなかった。

 道長は部屋全体を見渡す。ベッドの周りには、ギターやアンプなどが無造作に積み上げられていた。照明が通常の蛍光灯ではなく赤色灯を使っているせいで、それらは赤色に光を反射し、同様に照明の効果で部屋全体が赤色に染められているようだった。

 趣味の悪い部屋だと道長が感じていると、ベッド前方のドアが開き、部屋の外から黒のレザー生地でできた服をまとった女が入ってきた。

「やっとお目覚めか。まったく君は傲慢だね。君が三日三晩そこで眠りこけている間、私は居間のソファでしか睡眠をとれなかったのだから」

 道長はその女に見覚えがある気がした。しかし、記憶を探ろうとしても頭痛が邪魔して思い出せない。

 戸惑う道長の様子を見た黒装束の女は、チッと舌打ちをすると「しばらく待ってな」と言い元来たドアから去っていった。しばらくして、一冊の本を手に部屋に戻ってきた。

「君の様子から察するに、見事に蒼衣紫苑に裏切られたっていう感じだな。いや、裏切られたというより、見捨てられたというのが正しいか」

「あの、あなたは一体……」

「私が誰かだなんて愚問だよ君。ただ今の状態では私のことなど忘れているだろうね。蒼衣紫苑の忘却能力をまともに食らえば仕方ない。さあこれを食べるんだ。これは命令だ」

 途端、道長は驚愕した。

 女がいきなり、手に持っていた本を道長の口に押し込んだからである。

(ちょっと、本なんか食べられるわけないじゃないか!)

 道長は口をモゴモゴさせながら必死で意思を伝えようとするが、女は話を聞くそぶりすら見せない。

「召巻術による忘却状態に対する特効本だ。普通は《召巻》して用いるが今は時間が惜しい。この手の物は直接飲み込んだ方が、効き目があるからね」

 女は専門的なことを話しているように思えたが道長は聞く余裕がない。そのうちに、本のページに唾液が染み渡り、同時に本のインクが口の中に溶け出していった。

 インクはとんでもなく苦く、辛く、しょっぱかった。

 形容しがたい感覚が、道長の舌を刺激する。

 今度こそ耐えられなくなった道長は本を無理やり吐き出し、思わず叫んだ。

「こんなの、グラタンと生姜焼きを混ぜたものより不味いじゃないか!」

 その刹那、

 道長の脳内を縛っていた何かが解ける感覚がした。

 今まで思い出せなかった四月以降の記憶が、溢れるように思い出されていく。

 グラタンと生姜焼きを混ぜて失敗したこと、ライアとの出会い、別れ。そして、蒼衣紫苑の真実。

 なにより、目の前で本を食わせていたのは、

「霧咲、殺姫…………ッ!」

 道長を殺そうとした張本人、霧咲殺姫であった。

「はて、私は君に名乗った覚えはないんだがね。さしずめ、蒼衣親子のどちらかに聞いたのだろうかな。それと、私はもう君を殺しはしないよ。あの時君を殺そうとしたのは、君が蒼衣親子に加担していたから、そして、持ち主を殺害するのが召巻書を無効化するのに一番効果的だからだ」

 霧咲殺姫は淡々と述べる。霧咲殺姫にとって、道長を殺そうとしていたことはすでに終わった話らしい。

 少し落ち着いた道長が口を開きかけたが、霧咲殺姫は右手をあげて制止させた。

「君が聞きたいことはわかっているよ。どうして蒼衣親子の行動を妨げようとするのか。そして、なぜ蒼衣親子に加担した君を助けたか、だろう?」

 それはまさしく道長が霧咲殺姫に聞きたいことであった。

「ただの個人的な恨みで蒼衣親子を妨害しているわけではない。彼らの企ては至極不安定であり、非常に危険なものだ。現に彼らは六年前の試みが失敗して長女を亡くしている」

 立って話すのが煩わしくなったのか、霧咲殺姫はベッドの脇にある椅子に腰掛けた。

「本来召巻術とは弱い力だ。君も知る通り私の能力は汚水によって効力を無くすし、蒼衣紫苑の忘却能力だって対処さえすれば記憶は簡単に蘇る。ゆえに平安時代を全盛期とした召巻術は時代とともに地位を失い、今では科学が世界を成り立たせている。今の人々のほとんどが召巻術を知らないのは、こういう理由があるからだ」

 道長は少し召巻術について納得できたような気がした。科学が世界を支配する現在において、召巻術はあまりに古典的であったのだろう。

「じゃあ、死人を蘇らせるっていうのは……」

「不可能だ。普通に召巻術を使うのであればね」

「ということは、蒼衣親子は普通じゃない召巻術の使い方をしているのですか?」

「その通り。では簡単のために、召巻術で人が通常の二倍の能力を発揮できたとしよう。ここで、召巻書の中の人がさらに召巻術を用いると、通常の人の何倍だけ能力を発揮できると思う?」

「二倍の能力がさらに二倍になる。つまり、四倍?」

「正解だ。このように、召巻術はその能力を掛け合わせることで効果が増幅されることが判明した。それを発見したのがまさしく蒼衣十二郎だったのさ」

 道長は紫苑の言葉を思い出した。

 彼女の父、蒼衣十二郎が有名な召巻術師になったのはまさしくこの発見からであろう。

「しかしこの考え方は決してメリットだけではなかった。いろいろな形の積み木を積み上げると高くはなるが同時に不安定になる。同様に、召巻術の掛け合わせはその力を極度に不安定にさせたのだ」

 霧咲殺姫はベッドのそばに積み上がっていたアンプに手を触れた。うず高く積まれていたそれは、彼女の少しの力によってバラバラと音を立てて崩れ落ちた。

「こういうことだ。前回は人命一人分の犠牲で済んだが、今回はどうなるかわからない。そして『鏡の檻姫』が君の手になくて君が用済みとなっている現状を踏まえると、すでに『鏡の檻姫』は蒼衣十二郎の手に渡っているのは明白。今すぐにでも、彼の元へ行って止める必要がある」

 霧咲殺姫の目は本気だった。もっとも、彼女が本気でないところを道長は見たことがなかったが、前回対面した時と違って今回は殺意よりも危機感が目に表れているように見えた。

「さて、蒼衣十二郎の居場所へ向かうに当たって私一人ではいささか力不足だ。そう思い対策を思案していた所、空き地で倒れ伏す君の姿を発見した。どうだい、出来すぎた話だとは思わないか?」

 霧咲殺姫は得意げに言ってのけたが、道長は冷ややかだ。

「言うほど出来すぎた話ではないと思いますがね……」

 それもそう。別に道長は蒼衣親子と接触をしたことがあるだけで、他の点においては一般人に劣る。

「そう気を落すことはないよ君。私を打ち負かしたことを自信に思って欲しい」

 霧咲殺姫はそう道長は鼓舞するが、週末に霧咲殺姫との戦闘で道長が難を逃れたのは紛れもなくライアのおかげである。

「ライアがいない今、俺は戦力外も甚だしいっすよ」

「では聞くが、『鏡の檻姫』単体で私を倒すことは可能だったのかい?」

 その問いは道長にあるライアの言葉を思い出させた。

 ————召巻術師としての霧咲殺姫とやり合えば確実に我は負ける

「それは……」

「そういうことだ。君には他の人にはない秀でた機転を持っているんだよ、白河道長。それを無くしては蒼衣親子の暴走も止められないだろう。面倒なことに蒼衣十二郎は有力な迷宮使いの召巻術師だ。彼の身元は把握しているが、私では迷宮に太刀打ちできなくてね。なんとしても、君の機転が必要だ」

 霧咲殺姫の声からは道長に対する厚い信頼が聞いて取れた。

 道長は自分の責任を感じ少し不安になった、が、それを凌駕する、不思議な高揚感が道長を包み込む。

 それもそのはず、道長の人生で初めて、自分が必要とされている実感を得たのだから。

「霧咲さん、ありがとうございます。俺、やってみせます」

「ああ、存分に君の能力を発揮してくれ」

 二人は立ち上がる。彼らの背中に迷いはない。

「さあ、行くぞ————————」


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