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ライトノベルの召巻術師  作者: 右町田みとむ
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 翌日の月曜日は、何の変哲もない、ただの月曜日であった。

 ただ一点、紫苑が待ち合わせ場所に来なかったせいで道長は一人で登校したのはいつもと違っていた。

 しかも事前に連絡がなかったため、道長は遅刻間際まで紫苑を待ってしまったのだ。

 始業時間まで間もないことに気がついた道長は学校まで全力疾走しようとするも、火傷した足が悲鳴をあげて結局遅刻してしまうという始末。

「なーんか知らないけど。今日は全然ついてねえ」

 道長は自分の席で深いため息をもらしながらそう呟いた。

 時間は変わって今はちょうど昼休みだ。この高校では学食がないため、生徒は弁当を持参したり、購買でパンをはじめとする軽食を買ったりして昼飯を済ませる。

 寮暮らしの道長は普段弁当を作って持参しているわけだが、今日は作った弁当を寮に置いてきてしまったのだ。

「財布には十円玉三枚しか入ってないし、これじゃコッペパンの一つも買えねえっての」

 周りを見渡すと、他の生徒たちは各自友達と昼食を食べている。彼らの弁当から広がる匂いは容赦なく道長の食欲を刺激していた。

 これ以上匂いを嗅ぎ続けると空腹で発狂してしまいそうな気がした道長は、昼寝をして昼休みをつぶそうと決意する。

「食事とらずに教室のど真ん中で昼寝とか、救われないよなあ」

 道長の口から思わず愚痴がこぼれる。

「では、現代のイエスキリストたるボクが、救いの手を差し伸べてあげましょう」

「…………それ、新手の宗教勧誘か?」

 道長が顔を上げると、そこには現代のイエスキリスト、もとい井崎教助が立っていた。

「宗教勧誘とは失敬な。なぜならボクは今の白河クンにとって、救いの神そのものであるからね」

 井崎は右手を上げてみせた。右手にはカレーパンが入った袋があった。

「さあ、ボクは弁当を持ってきていないと思って購買を買ってきました。しかしこれは思い違いでした。寝起きで記憶が曖昧だったのでしょうか、ボクは無意識に弁当を持ってきていたのです! 神の過ちというやつですね。ということで、弁当を食べて満腹になるであろうボクはこのカレーパンを余らせてしまいそうなのですよ」

「なるほど、じゃあくれるのか? そのパン」

「その通りです。ただし、タダというわけにはいきませんねえ」

「神が見返りを求めるってのかよ」

「免罪符を買うのにもお金は必要だったでしょう?」

 井崎のしたり顔がいつにも増してうっとうしい。こうなると完全に井崎のペースだ。これ以話したところで道長は井崎から無償でパンをもらえることはなさそうだ。

「わーかったよ。何をすればいいんだ? 悪いがお金は持ってないからな。もっとも、三十円にまで値引きしてくれるなら払えるがな」

「わかっていませんねえ、白河クン」

 井崎は道長の頭をぽんぽんと叩いた。

「道長くんは優秀な頭脳の持ち主ではありませんか。それを活かないだなんてもったいないですよ。ということで五時間目に提出する数学の宿題、見せてていただけないでしょうか?」

 言いながら、井崎は合掌して頭を下げた。

 道長は呆れたような顔をしてみせる。

 少し考えた後、何かひらめいた道長が口を開いた。

「…………つまり、俺の数学のノートを見せればいいってのか?」

「その通り。これぞ人間、人の間に生きると書いて人間ですからね。互いに助け合うことは偉大でありますねえ」

「お前、神じゃなかったのか」

「神であり、人間でもあります」

 そう言って井崎は手を招くような仕草をしてみせた。

 それを見兼ねて道長は机から数学のノートを取り出し、井崎が手に持っていたカレーパンと交換した。

「これで契約は成立ですね」

「言っておくが、俺のノートにケチつけるんじゃないぞ」

 道長は言うが早いが、カレーパンの袋を開けると急いで口に頬張った。

 それもそのはず、

「ちょっと白河クン! ノートのどこにも数学の宿題が書いてないじゃないですか!」

 そう、道長もまた、宿題をやっていなかったからだ。

「いや、俺としたことが宿題の存在を忘れていてだなあ。でも契約違反ではないぜ。俺はノートを見せる代わりにカレーパンをもらうって約束をしたんだから」

「白河クン…………、アナタいつの間にそんな外道な手段を使うようになったんですか」

「お前に外道と言われたくはないがな!」

 そう言っている間もカレーパンを食べ続ける。外はサクサクに揚げられており、中のカレーは具だくさん。さすがは購買で人気ナンバーワンの調理パンだ。

 道長がカレーパンを完食して井崎の方を見ると、いつものにやけた顔から一転、面白くなさそうな、そして不思議がるような、そんな奇妙な顔をしていた。

「なんか白河クンらしくないですね。弁当を家に忘れるばかりか、宿題まで忘れてくるだなんて、一体どうしたんですか」

 その質問に、道長はカレーパンを頬張りつつ返答する。

「いろいろ忙しかったんだよ」

 そう言いながら、道長は先週の出来事を振り返った。

 ポストに入っていた本から出てきた物語の少女。食事を作ってあげたり、服を買ったり、一方で、命をかけるような戦いをしたり。

 しかし、そんな道長の生活は、ライア、もとい『鏡の檻姫』の持ち主が見つかったことで幕を閉じた。

 別段悪いことがあったわけではないのだ。もとよりライアは自分の本当の所有者を見つけるのが目的であったし、道長はその目的を達成するために行動し、それは達成された。

 ただ、あまりに早すぎたのだ。

 不意をつかれたかのようなライアとの別れのせいで、道長は戸惑いと喪失感を感じていた。

 一方で、疑念も存在する。

 一つは、どうして道長のポストに『鏡の檻姫』が入っていたのか。

 そして、何も手がかりがなかった中で井崎が道長に話した弁護士兼ライトノベル作家、空色十二郎。それが『鏡の檻姫』の持ち主であったという、偶然にしては出来すぎている話。

「なあ、井崎。先週図書館でした話のこと、覚えているか」

「ええ、確か作者のわからない、それでいて世界に一冊しかない本の持ち主を探すっていうものですよね」

「その話についてなんだけど、井崎は本の持ち主を探す上での手がかりとして弁護士をしながらライトノベル作家をしている人、空色十二郎を教えてくれたじゃないか。あれは空色十二郎がライトノベル作家をしているという理由だけで俺に教えてくれたのか? それとも、何か別に思い当たることがあったのか?」

 道長は井崎にそう問うた。もし今回の早すぎる解決が偶然でないのならば、その鍵を握っているのは間違いなく井崎のはずだ。

「思い当たること、ですか」

 井崎は少しためらい迷うような素振りをする。

 しばらくして、腹を決めたように道長の方を見た。

「世界に一つだけの本、という言葉を聞いたのは白河クンと話したときが初めてではありません。ボクが小学五年生になるまでよく遊んでいた、ボクよりも二つ年上の女の子が、同じようなことを言っていたんです」

「同じこと、というと?」

「彼女はボクによくこう話していたのです。「私のお父さんは世界で一つだけの本を書いている。それが完成した時、またお母さんに会える」と。というのも、彼女は幼稚園に通っている頃に母親を亡くし、妹と父親の三人暮らしだったそうなんです」

「死んだ母親にまた会える、か。なんか非現実的な話だな」

 井崎の話は続く。

「別にそれだけなら良かったんです。でもその話をした半年後だったでしょうか、事件は起こりました。いつものように公園でボクと彼女が遊んでいたときでした。彼女はボクに「明日お母さんに会える」という話を切り出してきたのです。それだけなら良かったのですが、その翌日、彼女はあろうことか亡くなってしまったのです」

「な…………」

 あまりに唐突すぎて、道長は声が詰まる。

「そのときはボクも驚きました。昨日まで一緒に遊んでいた子が突然死んでしまったのですから。そして後から聞いた話ですが、その日の夜、彼女の自宅が何の前触れもなく大爆発したらしいのです。今も爆発の原因は判明していません」

 井崎はいつも見せないような強ばった表情をしている。昔の話とはいえ、大切な友人を亡くした思いが顔に表れているようだ。

「ボクが先日白河に教えた空色十二郎さんは彼女の父にあたる人です。幸か不幸か、その爆発事故で亡くなったのは彼女だけで、彼女の妹と父は無事だったのです」

「じゃあ、あの時お前が俺に空色十二郎を教えるのをためらっていたのは…………」

「何か嫌な気がしたんですよ、昔と同じように、白河クンもまたいなくなってしまうのではないかと。ボクはこれ以上、大切な友達を失いたくなかったんです」

 井崎は微かに笑みを浮かべてそう言った。

 一方で、道長はひどく驚かされていた。大切な友達、という言葉に対してだ。

 今まで道長はずっと友達がいなくて一人だと感じていた。なのに、自分が気付かぬところで自分を友達だと思ってくれていた人がいるだなんて。

 無意識に、道長は笑っていた。

「と、いうわけで。以上が、ボクが白河クンに空色十二郎を教えた理由です。何かお役にたちそうですかね?」

「うーん、」道長は唸る。

 井崎の言葉から『鏡の檻姫』が数年前の爆発事故に関係している可能性があることはわかった。しかし依然としてポストに『鏡の檻姫』が入っていた理由もわからないし、爆発事故とどのような関係があったのかも不鮮明だ。

 『鏡の檻姫』は持ち主に渡っている以上、この件はすでに解決されているものだ。これ以上詮索するのは不要である。

 しかし、道長は気になってしょうがなかった。この疑問が解ければ再びライアに会える、そんな気がしたからだ。

「もう少し、調べてみるか……」

 五時限目の始めるチャイムに重ねるように、道長はそう呟いた。

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