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ライトノベルの召巻術師  作者: 右町田みとむ
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 ルイズ法律事務所は、駅前から歩いて五分ほどのところにある雑居ビルの最上階にあった。

 雑居ビルと言っても外装に目立った汚れは見られない。どうやら、わりと最近、五、六年以内に建てられた新しめのビルであるように思われた。

「立地良好なビルの最上階。金持ちって感じだな」

 道長とライアは正面の入り口から中へ入り、備え付けられたエレベーターに乗って最上階へと進む。

 しばらくして、エレベーターは十階で停止した。

 二人はエレベーターを降りて、法律事務所の名前が書かれたドアを開ける。

 その部屋は、ドアから向かって左右及び正面の三方がガラス張りであった。そのせいか、ビルの一階と比べると格段に明るいように感じられる。

 ビルの最上階とあって見晴らしは良い。窓からは駅前の様子が一望できた。

 そして正面には黒川のソファが二対になって置かれていた。その奥には重厚な雰囲気のデスクとプレジデントチェアーが置かれており、そこには一人の男が腰掛けていた。

 男は少年と少女という、法律事務所の来客者としてはこの上なく珍しい組み合わせを見ても驚きもせず、落ち着きを保っている。

「ようこそ、ルイズ法律事務所へ。法律に関して何か用があるのかね?それとも.......僕に用が?」

「俺は白河道長。あなたに用があります。『鏡の檻姫』という作者不明のライトノベルの持ち主を探しているのですが、何か知らないでしょうか? 友人からライトノベル作家をしているという話を聞いたので、訪ねて来たのですが......」

「ふむ、」男は腰をあげ、道長とライアの方へと近づいた。

 男は四十代ほどに見える。スーツを着て弁護士バッジをつけたその姿は法曹ということを示していたが、その口元には髭を蓄えており、整った顔立ちと相まって弁護士というより俳優のようだ。

「順を追って説明しよう」

 そう言うと、男は道長とライアにソファに座るよう促した。

 二人がソファに座るのを見届けると、男もまた対面するソファに座った。

「はじめに、君の知る通り僕は弁護士であり、ライトノベル作家でもある。ペンネームは空色十二郎。聞いたことは?」

「いえ、失礼ながら知らないです」

「スハハハハ。別に構わないよ。名を売ることは作家の本分ではないからね」

 そう言うと、空色十二郎と名乗ったその男は自嘲気味に笑ってみせた。

「そして実を言ってしまえば、僕は作家としてお金を稼ぐという意志もなかった。気づいていると思うが、僕は召巻術師。諸事情によりあまりこの場所から外には出なくてね。怪しまれないように、作家という職を騙っていたんだよ」

 次に空色十二郎はライアに目をやる。その目は、どこか哀愁漂うものであった。

「さて、結論を言おう。『鏡の檻姫』の所持者は、僕だ。その証拠は……そうだな、その君の隣にいる少女の名前、ライア、で間違い無いだろう?」

「はい、確かに、ライアです」

 なんということだ。道長は驚愕する。

 『鏡の檻姫』、もとい、ライアの持ち主がこんなにも早く見つかるだなんて。

「さて、道長くん」

 空色十二郎はソファから立ち上がった。ゆっくりと歩いて座っている道長のもとへと近寄った。

「ここから先は僕からの質問だ。『鏡の檻姫』の持ち主は僕であるということが判明した。では君はこれからどうする?」

 これからどうするのか。その答えは決まっている。

 道長はリュックから。『鏡の檻姫』を取り出した。これを横にいる男に返せば道長のやるべきことは達成される。

 前にライアと話していた通りだ。この本を返したところで報酬はないし、別にそれが不服であるわけではない。

 でも、ライアとはここでお別れだ。

 それはあまりに突然で、早すぎる。そう思えた。

 ライアとの別れは、非日常との別れ。『鏡の檻姫』を返した瞬間、道長には日常が返ってくる。別に求めてもいない、退屈な日常が。

 だからといって、『鏡の檻姫』を返さずに寮へ戻ることが出来ようか。

 道長は横目で隣に座るライアの表情をうかがう。

 その顔は、喜んでいるのか悲しんでいるのかもわからない、完全な無表情であるように見える。

(いつもは表情豊かなライアが、こんな時に限って…………)

 しかし、ライアの目的は自分の持ち主の元へ帰ることだ。

 そして、そのために道長は今まで行動していた。

 ここで躊躇してしまえば、自分が過去にやってきたことを否定することになる。それはできない。どうなろうと後悔はしない、そう決めていたのだから。

「『鏡の檻姫』は、お返しします」

「そうか。それはとてもありがたいよ」

 空色十二郎は笑っていたが、どうしてかその顔を道長は直視できない。

 うつむきながら、道長は『鏡の檻姫』を手渡しする。

 その瞬間、隣に座っていたはずのライアが消えていることに気がついた。

 別れの言葉も、最後に顔を見合わせることもなく、ライアは、消えてしまった。

 これ以上ここにいても仕方ない。そう思った道長は、ソファから立ち上がる。

「じゃあ、俺は帰るので….........」

 道長はそのまま、エレベーターに向かって進もうとした、が、

「道長くん!」

 空色十二郎が道長の腕を掴んできた。

「は、はい?」

「僕はね、君の行いには大変感謝しているんだ。だから、君にはその恩返しをしたいんだよ」

「お、恩返しですか?」

 唐突な提案に、道長は驚きの声をあげる。

「そうだ。君の望みを叶えてあげよう。どんな望みであっても構わない。他ならぬ君のためだ。僕はなんだってするよ」

「どんな望みでもって言われましても…...」

 ご飯を奢ってもらう、とかその程度のものであると思っていた道長は一層困惑する。

 なんでもいい。というのはあまりに選択肢が広すぎて、何より現実味がない。

 しばらく道長が返答できないでいると、それを見兼ねたのか空色十二郎は違った質問を道長に投げかける。

「ではこのように聞こう。道長くん、君は過去をやり直せるとしたら、何をする?」

「過去、ですか…………」

 どこかで聞いたことのある質問だ。

 道長は即答する。

「高校時代をやり直して、基礎体力や筋力をつけた上で運動部に入部し、エースとして活躍しながら、あわよくばかわいい彼女を作りたいです」

「なるほど。いかにも学校生活がうまくいっていない高校生の願望といったものだな」

「文句、あるんすか」

 図星をつかれ、道長は機嫌が悪くなる。

「いやいや。少しからかってみただけさ。でもそれだけかい? 君の願望は、そんないけ好かない高校生の妄想だけってことはないだろう?」

 それを聞いて、道長は少し思案した。が、しばらくして、決意を固めたことを伝えるかのように、空色十二郎を見つめた。

「…………いつか、もう一度、ライアに会いたいです」

 それこそが、道長の真なる願いであった。


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