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ライトノベルの召巻術師  作者: 右町田みとむ
12/28

12-1


 何に関しても、行きよりも帰りの方が長い道のりと感じられるのは気のせいであろうか。

 予想以上に服を買うのにお金がかかったからか、財布が空っぽだ。ポケットの中は軽いのに、足取りは重い。

 道長はつまらなさそうに、最寄駅から寮までの道を進む。

「行きはよいよい帰りはだるいってか」

 うまいこと言ったなあ! なんて自画自賛をする。


 ふと、道長は先ほど紫苑にされた質問を思い出した。

 ——もしも過去をやり直せるとしたら、どうします。

「過去をやり直す、ねえ」

 道長は思案する。

 これが昔の自分であれば、高校時代をやり直して、基礎体力や筋力をつけた上で運動部に入部し、エースとして活躍しながら、あわよくばかわいい彼女を作りたい、だなんて思ったかもしれない。


 しかし道長の生活は変わった。

 紫苑と登下校を共にし、寮に帰ればライアがいる。

 一年前の自分では想像もつかないような毎日だ。

 過去を思うより、今を生きたほうがいい。そう道長は感じていた。


 一方で、ここ最近で生活がまるっきり変わったのは、あまりに自分にとって好都合すぎるとも思われた。

「なんか、出来すぎた話って感じだよなあ」

 思わず道長が呟いたときである。



「そうだな。本当に、出来すぎた話だ」



 声は、道長の背後にある路地奥の闇から発されたものであった。それは道長に吹き当たる風のように、冷たく、乾いたものであった。

 ここにいてはいけない。

 聞いたこともない声色であったのに、道長はそう感じた。


 声の主はこう続ける。

「一時はどうかと思ったよ。あの女の忘却術をまともに受けてしまったせいで、記憶が飛んでしまったからね。しかしまさか、彼女の忘却術が時間経過で解けるとはね。記憶が復活すれば、あとは『蜉蝣』の出番だ」


 闇の中から声の主はぬるりと現れた。

 それは女であった。ショートカットの黒髪が美しく、年齢は二十歳前後に推測された。

 しかし、決して感じのいい雰囲気はしない。それもそのはず、全身を黒装束でまとい、ピアスやネックレスで身を装飾するその姿はいわゆる『メタル系』に含まれるものであったからだ。

 身長はハイヒールを履いているせいか、道長よりも高く見える。


 女の話は続く。

「呪いがかかっているとはいえ、所持者が君のような一般人に移ったのは意外だったね。けれど私には好都合だ。あの女の催眠術ともう一度手を合わせなくて済むのは良い、実に良い。全て私が良いように進んで行く。こんなに出来た話があるか? なあ、白河道長よ」


 自分の本名が呼ばれた瞬間、道長は自分の背筋が凍るような感覚が襲った。

「すいません、なんで俺の名前を……? それになんだよ、召巻術に『鏡の檻姫』って。あの、あなたは『鏡の檻姫』の持ち主、なんてことですかね?」


 道長の問いに、女は声音変えずにこう答える。

「愚問、極めて愚問。調査対象の名前を調べるのは当然。同様に住所も調べたが、どうもあの寮の周りでは私の召巻能力が使えないときた! 一般人に紛れて寮に入ろうとも前で警備員が立っているから入れやしない。そうだな、私は唯一、調査対象の部屋に侵入することに関してだけは実に不運であったね」

 言いながら、女はどこからともなく一冊の本を取り出した。


「『鏡の檻姫』の持ち主は誰かという質問は実に難解だ。その本を書いたのはあの男ではあるが、だからと言って持ち主とは言えない。まあ大方、持ち主なんて初めからいなかった。と言ってしまうのが一番であろう」

 女は、手に取った本を開き、パラパラとページをめくる。

 そして仕舞いとばかりに、一拍空けてこう発した。


「——————これで全部か? 死ぬ前に遺したい言葉は」

「………………………………………………は、」

 道長は女の言う言葉が理解できない。

 死ぬ? 誰が? 今? ここで?

 道長が困惑する前で、女はページをめくる指を止める。

 そして、異国語を話すかのように、目を閉じて詠み始めた。


「本書百八十三頁ヲ参照。我ガ源流、我ガ奔流、我ニ力ヲ。ソシテ召巻ニ応ジタマエ————『青龍』」

 言うが否や、女の持つ本から光が滝のように流れ出した。そしてその光は集まり、うねり、龍の形へと変わる。

 目を開けた女は、表情を変えず、機械のような無機質な声で、呟いた。


「白河道長、君のような一般人が巻き込まれたことに私は深く悲壮を感じる。だがこれも起こってしまった結果事実。君は今ここで————死ね」



 刹那、女の右肩付近で浮遊していた光の龍が道長に襲いかかった。



「な————————ッ!」

 避けろ、という瞬間的に芽生えた意識が道長の体を左へ退けさせた。

 右耳をつんざくような、音。

 音のした右周辺を見た道長は絶句した。

 さっきまで何の変哲もなく立っていた看板が、高熱を受けた飴のように曲がっていたのだから。

 道長は右頬に手をやる。

 手のひらにはべっとりとした感触。

 血が、出ていた。


「やれやれ、私はできるだけ楽に君を殺したかったのだけれどね。その方が君も楽に死ねる」

「ちょっと待ってくださいよ! よく言ってる意味がわからないんすけど!どうして、どうして俺は殺されなくちゃいけないんですか!」

 声をあげて道長はそう主張したが、女は顔色一つ変えず、聞く耳を持たない。

「まだ話し足りないか。君は現在『鏡の檻姫』の所持者だ。それだけで殺す理由としては満たされる」


 一歩、女が道長に近づく。


「それと、一つ勘違いしないでほしい。君は私の個人的な事情で死ぬのではない。現在私たちが生きるこの世界に犠牲を出さないための、犠牲のための犠牲だ。どうか、その所を理解してほしいな」


 さらに一歩。


「そういうことだ、君は世界のために死————」


「いいかげんにしろッ!」

 女が言い終わる前に、道長はありったけの声量で口を挟んだ。

 女が一瞬怯む。

 最大の好機とばかりに道長は地面を思い切り蹴りつけ、走り出す。

「世界だか犠牲だか知らないけど、俺は俺でやるべきことがあるんだよ!」


 女は冷静沈着に、歩いて道長を追う。

「君個人の事情を考慮することは残念ながら不可能だ。逃げるな、足掻くな。君が今すべきことは、ここで大人しく生き絶えることだ!」

 言うが否や、光の龍、もとい『青龍』が道長の足下めがけ突進してくる。


 足が、燃えるように熱い。

 それでも道長は走る足を止めはしない。

(もうすぐで大通りだ。そこへ出れば誰かが気づいてくれるはず。それまで耐えてくれ、俺の両足…………!)


 そして道長の狙い通りに、大通りに出ることができた。

 幸い、日曜の夜とあって多くの人が歩いており、車の行き来がある。

 道長は女との間をとるために横断歩道を渡り、道路を挟んだ向かいの歩道まで走ると、とびきりの大声で往来する人々に呼びかけた。

「誰か、誰か助けてくださいッ!」


 だが、

 道行く人々は、誰一人道長のところへ寄ろうとはしない。さらには、全く気づいた様子さえないのだ。

「そんな、なぜ…………?」

 道長の顔から血の気が失せていくのが感じられる。それは息切れしたからか、絶望を感じたからかはわからない。膝が震え、まともに立っていられない。


「『蜉蝣』の『陽炎』だ」


 道路を挟んだ、道長の向かいにある歩道まで追いついた女が、つまらなさそうに言った。

「残念ながら他人からの応援は頼めないよ。道を歩く人には皆私たちのことが全く視認されていないからね。いわば、私たちがいないという幻覚にかかっているのも同然というわけだ。彼らは皆、私たちのことなど気にせずに日曜の夜を過ごしている」

「クッソ、なんで…………」

 道長は地団駄を踏む。こんなところで、わけもわからず死にたくない。


「別に孤独に野垂れ死ぬ訳ではない。君の亡骸は責任を持って私が処分してやるさ」

 女は再び語り出す。この口が閉じたとき、今度こそ殺される。

 どうにか、打開策を考えなくては。


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