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そして呪術師は感情を失った。  作者: なおさん
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04

 それから長治が動き出したのは、僕が痺れを切らして声を掛けかけた時だった。

 

「なぁ、泰生。俺は、夏希の彼氏気取りか?」


 そう、呟いたのだった。

 

 正直、僕の本音としては、それを否定する事なんて出来なかった。

 

 夏希の事が好きか。その気持ちを自分で咀嚼した時、出す答えはイエス。それは間違いはない。ただ、それが異性としてなのか、友達としてなのかは正直迷うところではある。確かに夏希と過ごした4ヶ月は僕の掛け替えのない思い出となって海馬に刻まれている。しかし、それは木屋町(きやまち) 長治(ちょうじ)という人物がいてこそとも言えるだろう。3人で過ごしたからこそ、僕はこの2人を好きだと言えるのだと自負する。

 

 2人と知り合ったきっかけは四月の入学式の後、学科ごとに分かれて行うレクリエーションのタイミングだった。

 

 東北から京都へ単身やってきた自分にとって、京都の一大学、学科の教室は、あまりに未知の世界過ぎた。そんな中でちょうど隣に座った2人。この2人との出会いがなければ、僕の学校生活はもっとつまらない物になっていただろう。

 

 2人への感謝の気持ちがあればこそ、自分は夏希への想いを友人としての行為だと、そう断言しなければならない。そんな自己犠牲的な感情と混在する、異性として意識してしまう感情がごちゃ混ぜになり、

 

 結局の所、長治が自嘲気味に笑い、その場を立ち去るまで、僕は彼に一度の声も掛けられなかった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 7月24日。午前2時。

 踏切ではなく、地下鉄北山駅前、鞍馬街道の交差点付近の路肩に、長治の車はしっかり停車していた。

 

「よっ」


 片手を上げて、後部座席の窓から顔を出したのは夏希だった。普段の色々と出し過ぎなタンクトップルックではなく、ウィンドブレーカーをしっかりと着込み、普段後ろに垂らしているポニーテールは、後頭部でお団子のように纏めている。

 

「よっ、て夏希。長治は?」


 ちょっと動揺する。余りに普通過ぎる。昼間あんなことがあったというのに、夏希の態度は通常営業過ぎるのだ。

 

「ん」


 とだけ、口は閉じたまま、親指で運転席を指す。車に近づき助手席の窓を覗き込むと、窓を開けたままタバコを咥えた長治が、ピースをする。

 

 なる程。心配いらねえぜ。仲直り終了。ということだ。

 

 長治がそういうのだ。これ以上自分が言うことは何も無い。追求することも無いだろう、そう決めた後、そのまま助手席に乗り込みシートベルトをしめる。もちろん長治自慢のマイカーのボンネットには、若葉マークがしっかりと張り付いている。シートベルトは大事だ。

 

「ごめん、ちょっと遅れちゃったかな」


 そう謝る。長治は吸い終えたマルボロの火を備え付けの灰皿で消し、窓を締めながら答えてくれた。

 

「全然。てか、こいつが早すぎんの」


 後ろを振り向かずに夏希を指さす。夏希は少し不機嫌な表情をした後、冗談交じりで答える。

 

「待ち合わせには30分前に着く。常識やろ」


「それ俺への当てつけだよね?! てか、泰生なんか二分遅れだよ?!」


 おい、こやつめ。さっきは良いと言っておきながら瞬時に裏切りおったぞ。

 

「泰生はええねん。あんたがおらんかったら、わたしが暑い中ずーーーーっと待ってなあかんかったやん」


「15分前には着いてましたよ?! てか、30分コンビニで買い物してたのを待ってたとは言いませんよねえ?!」


「あんたの準備がおざなりやからやろ。ほんまに使えんやっちゃ」


「だから虫除けスプレーは霊が逃げるんだって!」


 いつも通りのやり取りだった。普通すぎて、多少面食らってしまう程に。

 

 今回の様な喧嘩を見たのは、4ヶ月ほど一緒にいた中で初めてだった。今の様な、じゃれ合いの延長の様なやり取りはあっても、喧嘩というレベルではなかった。2人の中に亀裂が入りそうな程深刻な物は、見たことがなかったのだ。

 

 いや、恐らく。これまでには幾度となくあったのだ。僕と出会うまでに。何度も。自他ともに認める幼馴染という関係は、あんな一瞬で崩れる程弱いものではないのだろう。

 心配する事など全くない。僕なんかが心配することは。全く。と、先程決めた筈の気持ちを再認識した所で、ふたりが肉体言語による話し合いを開始する前に仲裁してやる。

 

「まあまあ。夏希、ごめんね。遅くなって。じゃあ長治。君のスーパードライビングテクニックで、僕が出遅れた分まで取り戻してくれたまえ。もちろん安全運転でね」


「仮免2回も落ちとるけどな」


「発車シマース。って、それ秘密って言ったろ!」


 鼻にかかった様なバスの運転手の真似をしながら、しっかりとツッコミを入れつつ、長治はハンドルを握る。

 

 長治自慢のマイカー、とは言え中古のオートマ軽自動車は、真夜中の京都の街に高らかなエンジン音を響かせた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 

 

 地下鉄北山駅から鞍馬街道を真っ直ぐ20分。車であればその位で貴船神社まで到着する。街中から離れてゆくにつれ、ビルや家なども少なくなり、畑などが目立つようになる。叡山電鉄二ノ瀬駅を過ぎた辺りからは、最早山道と言える。道路の脇には古い針葉樹が鬱蒼と茂り、夜を一層深いものとする。僕らがたわいも無い話が出来ていたのは最初の方だけで、山道へと車を進める内に、なんとなしに3人とも言葉を噤むようになった。

 

 忘れられた神社。本当にそんなものが存在するのか。冗談のように感じていた肝試しも、深い暗闇を湛えた森の中を進むにつれて、現実味を帯びてくる。山中にひっそりと佇む廃神社、そこからゆらりと少女が浮かび上がるのを想像したところで、長治の車はエンジンを止めた。

 

「……ここだ」


 心無しか緊張した面持ちの長治は、車を路肩に止めると、シートベルトを外し、車の外へ出る。僕と夏希もそれに倣って車外へと出た。

 

 外の空気を吸う。

 

 ベタリと肌に貼り付く様な湿気を含んだ空気だ。初夏だというのに、森の中だからだろうか。ひんやりとした風がベタつく空気を運び、皮膚を撫ぜる。汗ばんだ背中に感じたのは、誰の吐息か。一瞬でサブイボが吹き出し、瞬間、振り返る。

 

 しかし、そこには誰もいない。

 

 夏の虫と、遠くから聞こえる山鳩の鳴き声だけが木霊する暗闇。強い風が一陣吹いて、木々がざわめく。雲の切れ間から一瞬だけ三日月が煌めき、再び姿を消す。周りにある光といえば、ドアを開けたままの軽自動車の車内灯のみ。

 

「ここ、結構ヤバい雰囲気だな」


 冗談の様に言う長治だったが、どう聞いても声が震えている。怖がってるのバレバレだぞ。斯く言う僕も雰囲気に飲まれ、ビビっていたのは事実だ。このままここで引き返しても、誰も文句は言わないだろう。そんな事を思い始めた僕の気持ちとは裏腹に、静寂を破ったのは夏希の叫び声だった。

 

「キャアアッ!」


「どうした夏希!」


 瞬時に反応した僕らは慌てて夏希の居た場所へ駆け寄る。しかし、そこで再び聞こえた音は、

 

 プシュー、という虫除けスプレーの発射音だった。


「ああもうサイアク! なんでこんな蚊が集ってくんねん! 長治もう帰ろ!」


「ま、マジでビビらせんなよ夏希……。何かあったと思って……」


 安堵の溜息をつく長治に、夏希は虫除けスプレーをかけながら言う。


「あ、何。ビビってんの長治? ウケるんやけど」


「クソッ! あーあ! 心配して損したわ! 行くぞ泰生! 準備するから手伝えい!」


 やってられんとばかりに踵を返す長治の後ろに駆け寄って、車のバックドアを開ける。

 

「畜生。マジでビビらせんなよ……」


 そう悪態を付きながら、予め準備してあった懐中電灯等を整理する長治の顔には笑顔が浮かんでいる。無事だったのが安心したのだろう。先程まで雰囲気に支配されていた僕も、いつの間にか恐怖心は薄れていた。

 

「あのさ、泰生」


 こちらを向かず、準備しながら長治は僕に言葉を投げかける。

 

「どしたのさ?」


「昼間は、心配かけて悪かったな」


 バツの悪そうな顔をしながら尚も準備を続ける長治。そんな彼から発せられたのは謝罪の言葉だった。

 

「正直言えばさ、長治らしくないって思ったよ。デートに誘うくらいの事で、あんなに怒る事ないって。でも、長治があれだけ怒るってことはさ、何かあるんでしょ?」


 それを聞いた長治は準備の手を止めて、こちらに向き直る。

 

「話してみてよ。僕でよかったらさ」


 それを聞いた長治は再び荷物に向き直ると、ポツリと話し始めた。

 

「あのチャラ男。(さかい) 裕之(ひろゆき)」っつーんだけどさ」


「校内では有名なナンパ師で、悪い噂の絶えないやつで」


「捕まえた女仲間内で回してよ、妊娠させただとか、動画撮って校内の共有ネットに流したり、そんな派手な事してる割に、確たる証拠は出てこないっつー姑息な男だ」


「そんなこと……」


 無いとでも言いきれるだろうか。いや、今真偽について議論してる場合ではない。問題はそんな悪辣な噂のついた男が、夏希に接触するという問題だ。

 

「そりゃあ、止めるだろうよ。怒鳴ってでもよ」


 悔しそうな顔を浮かべた長治の右手には、虫除けスプレー。なんだかんだ言う割には、ちゃんと用意している辺り、長治はツンデレだ。

 

「長治。昼間聞いたよね。彼氏気取りかって」


「ん? ああ、確かに。いや、あれは忘れてくれっつーか……」


「僕は長治が夏希の彼氏でいいんじゃないかって思うよ」


 今日1日考えていた、決心した言葉を告げる。心が痛まない訳では無い、しかし、こうまで夏希の事を思う長治が、彼女の恋人でなくて、誰が恋人になるというのか。

 

「泰生、おまえは……」


 ハッとした表情で何かを聞こうとする長治の言葉を遮り、僕は答える。恐らく、その言葉は聞かなくて良いものだ。

 

「僕が夏希の事を好きだなんて事は、ないから。絶対に」


 この言葉を口にした事が、1番辛かったかもしれない。心を引き裂かれそうな、そんな感情の揺れ。だが、それでいいのだ。ふたりが幸せならばそれで。この2人とずっと一緒にいれれば、それで。

 

「そりゃあ、夏希の事は好きだけど、それは友達としてだよ。異性としてじゃない。僕にはね、もっとお淑やかで清楚でキュートな女の子がお似合いなんだぜ?」


 笑顔で答えられた。と、思う。これでも表情を隠すのは得意だ。


「で、いつ告白するの?」


 ブッと吹き出す長治は、顔を赤くしながら慌てて荷物を纏めると、

 

「準備完了! い、いくわよ! 泰生君!」


と、バックドアを勢いよく閉めた。


「ちょっと待ってよ! 懐中電灯僕にも……」


 そう叫びながら夏希のいた場所へ向かう。しかし、その叫びは途中で途切れることとなった。

 

 夏希が待っていたはずの路肩、山道への入口。

 

 そこに、夏希の姿はなかった。

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