03
03
僕がカフェテリアを出た時に、事は起こった。
片付けじゃんけんじゃんけんぽん。
そんな言葉が三人の間で飛び交い、ぐーぐーちょき。勿論自分がちょきだ。
「後片付けよろしく~」
手をヒラヒラと振り、先にカフェテリアを出る2人。仕方なく、プラスチックのコップを分別処理した後、僕もカフェテリアを出る。
そこで、事件は起こった。
否、起こっていた。
背丈にして長治より10cmは高い男だ。
長治が166cmだったから170後半だろうか。染めた金髪をワックスであげ、上げているので少し伸びた自毛が根元から見える。耳にはピアスが、ひい、ふう、みい……あ、だめだこれ数えられない。首や両手服などにも金やら銀やらのアクセサリー多数。これ一体何ジャラだ? 顔面偏差値は70と言ったところか。それなりに美形で、体型も今流行りの細マッチョ。しかしその表情はニヤニヤと歪み、なんともチャラチャラしい雰囲気を醸し出していた。
ふと、疑問が浮かぶ。
この顔、どこかで見た覚えがある。しかし、いくら頭を捻ってみても、その記憶は朧気だった。
まあいいや。
そう断じて思い出すのを諦めた事を、僕は一生後悔するだろう。
長治とイケメンチャラ男が対峙する形で、長治の後ろには夏希が不安げな表情で立っている。何かあったのだろうと確信し、仲裁に入ろうとした所にイケメンチャラ男が言葉を紡いだ。
「いや、だから。お前に話してるわけじゃネエんだよ。俺は大宮サンに話があるの」
「だからお前と夏希が話すことなんか何もねえって!」
叫び返す長治。その表情は明らかに冷静ではない。僕は今にも殴りかかりそうになる長治の間に割って入り、仲裁を試みた。
「ストップ。長治熱くなりすぎだよ。一体どうしたって……」
「こいつが! 夏希をデートに誘いやがった!」
デートに? その程度の事でここまでブチ切れるのか? 幾ら何でも、長治がここまで怒る理由が判らない。考えを巡らせようとするが、思考はチャラ男の言葉によって掻き消される。
「大体さぁ。お前は夏希のナンなんだよ? 別に付き合ってるわけじゃないンだろ?」
「そりゃ、そうだが……」
悔しそうな表情を浮かべ、目線を足元へとやる長治に、チャラ男は畳み掛けた。
「だったらお前が大宮サンを縛れる理由なんて一つもないジャン? つーか、彼氏でも無いのに束縛ですかァ?」
ため息を一つ吐き出し、ドヤ顔を一層深めたチャラ男は一言。
「そういうの、クソウゼェ」
プツリ。
そんな音が確かに聞こえた。
この音は、長治が本気でキレた音だ。
「テメェ!!!!!!!」
僕は即座に行動に移った。殴りかかろうとする長治を体全体で受け止め、なんとか落ち着かせようと声を張り上げる。
「やめろ長治! 今アイツを殴ったら不利なのはお前の方だ!」
「どけッ! 泰生! 俺は、コイツをぶん殴らなきゃ気がすまねぇ!!!」
暴れ、今にもチャラ男に腕を振り抜きそうな長治。見下すような笑みを浮かべるチャラ男。だめだ、もう抑えきれない……!
そう思った瞬間に、長治の戦意を喪失させたのは夏希の叫びだった。
「長治! もうやめ!」
力を抜き、夏希の方へ振り返った長治は、怒りを抑えきれない様子で答える。
「けどお前……」
「けどちゃうわ! 少し黙らんか!」
そう叫んだ夏希は毅然とした態度でチャラ男の前に立ち、しっかりと目を見て言う。
「ごめんなさい。アンタとはデート出来ひんわ。ほら、これで満足やろ。ほな、サイナラ」
言い切った。
夏希にキッパリと断られたチャラ男は、一瞬目を丸くした後、目を閉じてニヤリと笑った。
「フフフ、まあいいや。こんなにキッパリと断られちゃ仕方ないね。今回はやめとくわ。けどなァ……」
そう言い切った後、チャラ男の目は一層イヤらしさを増す。目の奥の仄暗い光が怪しく揺らぎ、そして呟いた。
「俺は絶対に君を諦めない。絶対に」
「お生憎様。アンタとは次会ってもお話なんてしーひんから」
「フフフ。楽しみにしてるぜ」
気色の悪い笑みのままチャラ男は立ち去る。あれだけ騒いだのが災いしたのか、周りはギャラリーだらけだ。まずはここを抜け出す事が重要だ。そう思い、まず長治に声を掛けようとして……、
「夏希! お前大丈夫か!」
遅かったか。長治は夏希に駆け寄る。ここが野次馬の中心だなんてことに、気付いちゃいない。
しかし、それは夏希も同じ様だった。
「アンタさぁ。私のなんやねん」
その一言に、長治はビクリとたじろぐ。
「何って……そりゃあ」
「そりゃあ、なんや? 幼馴染か? 同級生か? それとも私の兄貴気取りか?」
次々と図星を突かれ、長治は押し黙るしかない。
「なァ、私はアンタの妹でもなければ、彼女でもないよ」
それだけ言い切った夏希は、悲しそうな表情を浮かべて野次馬の中に姿を消す。
人混みの中から、「ドけや!」等と罵声が聞こえる辺り、夏希も相当苛ついていた事が伺える。
それから、野次馬が一人、また一人と散っていき、何時ものカフェテリア前になっても、長治はその場に佇んだままだった。