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そして呪術師は感情を失った。  作者: なおさん
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01

始まりは、去年、ちょうど夏休みだった。

 

 いや、実際の因果から言うのであれば、始まりはもっと前、具体的に言うと四ヵ月前のあの日となるのだが、都合により、ここからだ。あくまでこの話は、僕の失敗談なのだから、僕の目線で語られるべきだ。

 

 そうでなければ、伝わらないこともあると、僕は信じる。

 

 前置きはこの位にして、本題に入ろう。

 

 去年の夏休み。大学に入ってからの初めての試験期間も終わり、漸く開放された僕達にとって、長期休暇はちょうどいいストレスのはけ口となる事請け合いだったあの頃だ。

 

「肝試し行こうぜ!」


 試験終わりに唐突に叫んだアホこと、木屋町(きやまち) 長治(ちょうじ)は親指を立ててドヤ顔をする。

 そこに突っ立って、なんとも言えない顔をする2人、要するに大宮(おおみや) 夏希(なつき)と僕、寺町(てらまち) 泰生(たいせい)だったが、なんともし難い空気を切り裂いたのは勿論我らが紅一点、切り込み隊長の夏希だった。

 

「肝試しってどないやねん」


 正しくその通りであった。何も情報がない。肝試しに賛成か否かは問題ではなく、そもそもの判断材料が少なすぎたのだ。その疑問にいち早く突っ込めるのも夏希の数ある得意技能の一つだ。仮に自分ひとりだったとして、こうまでスムーズに話を持っていける自身はない。それは兎も角として。

 

 長治は話を進める。

 

「貴船神社まで行く道のりの途中からさ、獣道が伸びてるんだよ。そこから徒歩で、大体20分くらい歩いた所に、あるんだってさ……」


 唐突に口調が怪しくなり、緊張感を増幅させる。木屋町 長治という人間はこういった心理的な考えを伺う能力の持ち主だ。この場合も、相手に期待させておいてから、詳細を話す前に、自然の流れで話の大筋を理解させている。そのせいか、僕ら2人は黙りこくって長治の話の続きを待つ。

 

「今は寂れた廃神社……。犬の石像だったのか、狐の石像だったのか……今となってはわからない……。祀られていた神の名すら忘れ去られた廃屋には、そう、出るんだよ……」


 ゴクリ。

 

 そんな音が聞こえた気もする。騒がしかった教室前の廊下も、長治の語りに聞き入っているかの様に静寂を湛えている。

 

「『私は誰……私は誰……』と呟く……、」


「血塗れの少女がァ!!!!!!!!」


「イヤアアアアアアアア!!!! ……ってぇ、驚かんわ! そんな話で!」


 と、関西人のアイデンティティを存分にアピールすることに成功した夏希。キレの良いノリツッコミで、どこからとも無く取り出したハリセンで長治の頭をスパンと振り抜いた。

 

「なんでだよ! 今完璧に決まってただろ! そこはキャーッとなってワーッって拍手喝采のスタンディングオベーション的なだなぁ……」


「拍手喝采もスタンディングオベーションもどっちも同じやんけ! 頭痛が痛いみたいな用法すな!」


 騒ぐ2人を尻目にベンチに座る。どこからとも無く聞こえる、「よっ、夫婦漫才!」なんて野次に心から同意するのだった。

 

 そう、これは2人のいつもの光景だ。関西出身の夏希と、東京からこちらの大学にやってきた長治は、幼馴染だという。祖父の家が隣同士だった2人は、毎年夏休みになると顔を合わせ、遊んでいたのだとか。その2人と偶然仲良くなってしまった僕は、最早惚気どころの騒ぎではないこの光景を、入学してからずっと見せつけられている。

 

「それで、計画は? 長治のことだから、ちゃんと考えてるんだろ?」


 さて、そろそろ助け舟を出してやるとする。いくら紙のハリセンとは言え、そろそろ長治の無けなしの脳細胞にトドメを刺しかねない。

 

 目の上に痣を作りながらも、やはりドヤ顔で親指を立てる長治。ニヒルな笑みを浮かべ、キラリと光る白い歯を剥き出しにして答える。

 

「あたぼうよ!」


「ここじゃなんだし、カフェテリアで話そうよ」


 それには夏希も同意したらしく、ハリセンをどこかに仕舞うと、「それもそうか」とクルリ踵を返した。ふんわりと明るい色のポニーテールが揺れる。

 

 思わず、見とれてしまう。

 

 正直、夏希は可愛い。端正な顔立ちもさる事ながら、少々つり目がちだったり、意外とちゃんと化粧していたり、出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいるスタイルだったり、柔らかそうな唇だったり、先ほどのようにスキンシップが激しかったり、近づいた時の女の子の匂いだったり、後ろでまとめた長い赤髪だったり、時々見せるアンニュイな横顔だったり、長いまつげと綺麗に伸びる鼻筋だったり。

 

 閑話休題。

 

 兎も角、大宮 夏希という女性は、とても可愛らしい女性だ。

 

 思わず、惚れてしまう程には。

 

「もしもーし、泰生さーん?」


 ピンク色の空間から引き摺りだされた第一声は、ニヤニヤとこちらを見る長治のものだった。

 

「あのさぁ、なーんであんなのに見蕩れてるの? 泰生君には、もっとお淑やかで清楚でキューーットな女の子がお似合いだと思いますがァ?」


 ニヤニヤ継続。井戸端会議で噂話をする奥様の仕草を真似ながら、長治は話を続ける。

 

「夏希になんざ、泰生君はもーーったいないと思いますガッ?!?!」


「うるさい黙れ!」


 いつの間にか戻ってきていた夏希。再び顕現させた聖剣、ではなくハリセンによって長治の頭を勢いよく叩く。

 

「ほら、泰生君、いこ! あんな馬鹿ほっといてさ!」


「いや、こいつ居ないと計画聞けないから……あっちょっと!」


 唐突に手を取り、駆け出す夏希。あぁ、やばい。好きな娘と今、手を繋いでいる!

 

「まてよぉ! 置いてくなぁ!」


 頭を抑え、屈む長治に対し、夏希は、

 

「べーっ」


っと舌を出して、廊下を走る。


 廊下を走ってはいけないだとか、長治を置いていってしまったとか、最早どうでもいい。

 

 僕の全神経は、夏希の手の柔らかさ、温もりだけに集中していたのだから。

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