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5話 ダメ人間が何したってダメだって気付け


「少しいいか?」


 司の家から帰る道、舗装の辺りまで来て普段であれば神崎さんとここで別れるのだが、今日は珍しく呼び止められた。


「あー、そのだな……」


 だというのに、何か言いにくそうだ。

 いつもは過ぎるくらいのストレートなのに。


「最近、学校の方はどうなんだ?」


 うん、なんつーか。


「久々に息子と話そうと思ったけど距離感分からないお父さんみたいだね」


 確かに二人で話すなんて滅多にないけど。


「……ポッ」


 神崎さんは頬を染めた。


「ハイハイネタに走らない」


 もしかして、気まずいの誤魔化してる?


「なら、ぶっちゃけよう」


「はいはい」


「お前は、普通の生活を送るつもりはないのか?」


 ……何と言い返せばいいのやら。


「普通に学生やってるじゃん、俺だって」


 司とは違うのだよ、司とは!

 ……比較対象がアレな件。


「そう言う意味でないと、分かっているのだろう?」


 その、普通より人間関係的な意味で劣っているのは分かっているんだけど。


「そんな事でこの先、まともな人生を送っていけると思うのか?」


 何も言い返せない。

 俺は居心地の悪さを感じながら、すぼめた口から息を吐いた。

 口の中が冷えると、少しだけ落ち着く――。


「ダメ人間同士集まっているだけでは、いずれ対処できない何かにぶつかるぞ」


「……うっ」


 いきなり此処までぶっちゃけられるとは。

 精神的ダメージで目眩がしそうだ。


「責めるつもりではない。しかし、何かを感じたというならば、それに対処すべきだと自覚しているのではないか?」


「……それで、どうしろってんだよ」


 喉の奥にこみ上げる不快を飲み込んで、それから呟いた。

 睨むような格好になっていると自覚できた。

 それでも神崎さんは何所吹く風で、微かに涼しげな表情に射すくめられるような感じを覚えた。


「何か、してみたらどうだ?」


 ポツリと。


「今更誰かと関係を築くのは、確かに並大抵の努力ではどうにもならないだろうよ」


 だから、どうしろと。


「それでも、だ。それを意識するのとしないのでは、違いがあるはずだ」


 今のままでは、例えチャンスが来ても見過ごすぞ――。

 付け加えながら、神崎さんは何故か淋しげに眉根を寄せた。


「その時が来たら、少し頑張ってみてくれ」


 そして俺の肩に手を置いて上目遣い。

 それでも、その表情は俺を案ずる大人の顔だった。

 ……でもさ、それ、司にも言えよ。

 そう問えば、こう帰ってきた。


「あいつの社会復帰は現状、絶望的と言って良い。だから、手助けくらいできるようになれ」


 ――ひでぇ言い様。

 次の日、ゴールデンウィーク初日は何もする気が起きなかった。

 何かするべき――けれど何かする気が起きない。

 あの人も、俺のヘタレさ甘く見てるよね。

 何をどうすりゃ良いのかさっぱりだし。

 結局、その日は寝て曜日だった。


 そしてゴールデンウィーク二日目。

 今日は中途半端に学校だ。

 昼休みに携帯をいじるくらいしかない平和で特に何事も無い一日。

 ……そして放課後。


「ああ、ぶっちゃけ暇だ……」


 ぶっちゃける相手も居ない、ロンリーさ。

 机に突っ伏せば眼前には教卓、誰もいないのに、そこはかとないプレッシャーを放っている。

 ああでも、今日は掃除当番だったな俺。

 決められたグループで日替わりのローテーション。

 教室を軽く黒板消して、軽く掃くだけだからすぐ終わる。

 席を立ち、教室後方のロッカーに向き直る。

 すぐ後ろで下校モードに入っていた同じく当番の女子――確か鬼瓦さんだったな。

 クラスメートの名前は半分くらいしか覚えていないけど、特に個性的だったし。

 華奢な小柄で、しかし力強い印象。

 肩の辺りで切りそろえられた髪、制服のスカートは膝にかかるくらいと今時大人しい装いが浮いている。

 モスグリーンのブレザーが周りと違って渋く感じるな。


「……あの、掃除当番」


 恐る恐る話しかける。

 声が掠れ気味で、キョドっているのが自覚できた。


「……何?」


 小さく、迫力を帯びた声。

 何と言ったのか聞き返しているのか、はたまた文句あるのかと開き直っているのか。

 どうも後者臭い。

 だって、つり目怖い。


「いや、だから、掃除当番……」


 少し大きめな声でもう一度。

 言わなきゃ良かったと直後に後悔した。

 これを孤高って言うのか、視線に圧力を感じる。

 うん、被害妄想。

 鬼瓦さんは無言で持っていた鞄を机に置いた。

 そしてロッカーにつかつかと歩み寄り、手を掛ける。

 俺はそれを無言で見つめていた。

 鬼瓦さんがこちらを振り向く。


「するんでしょ、掃除?」


 ぶっきらぼうな物言い。

 そして取り出した二本の自在箒、一本の柄をこちらに突きだした。

 それを受け取り、無言で掃き掃除を始める。

 俺が黒板側、鬼瓦さんが後方と自然に役割が分担された。

 無言のまま進み、その後の黒板消しは鬼瓦さんの身長を考慮し、上部を俺が担当。

 俺の身長も百七十センチ届かないんだけどな。

 お互い終始無言で、掃除に集中すればそりゃすぐ終わる。

 十分ちょいくらいか?

 教室に残っている人達へ軽く頭を下げながらの掃除は、酷い苦痛だった。

 格差を思い知らされる。

 そして掃除を終えれば、すぐさま鬼瓦さんは去っていく。


「あの……!」


 気がつけば、呼び止めていた。

 同時に、昨日神崎さんに言われた事を思い出す。

 このままただ無言じゃ、いつもの自分と変わらない。

 今日一日を思い出す。周囲の喧噪から目を背けて、何もしていない。

 自分から、アクションを起こさないと何も変わらない――。


「あの、掃除、お疲れ様。またね」


 大した事は言えなかった。

 それでも、挨拶できただけ自分では良くやったと言いたい。


「……あ、うん、お疲れ様」


 鬼瓦さんは消え入りそうな声を返し、今度こそ教室を後にした。

 そして、俺は溜息を吐いた。

 達成感というよりは、自嘲気味に。

 さて、明日からまた連休なわけだけど、予定も行く当ても……司の家とか。

 うん、他に当てが百均と古本屋くらいしかねーぞ。

 休日に行くと、平日よりもあいつの家に居る時間が長くなる。

 すなわち、あいつとの会話が詰まったときの気まずい雰囲気へのエンカウント率が上がる。

 アレは辛い。

 お互い、詰まったときにポンポンとはい次なんてネタ振りできる人間ではないし、自分のダメっぷりを自覚させられるようで辛い。

 ゴールデンウィークは長いし、そう度々あの空気になっても困る。

 行くなら、会話のネタになる何かを持って行くべきだ。

 そうだな……映画でも借りて、神崎さんも交えてツッコミ入れながら見るとか。録りだめしたアニメとかもありだ。

 あいつの部屋、テレビは家よりでかいし、レコーダーも高性能だ。

 ――っと、そういや近所のレンタル屋、今日は割引日じゃねぇか。

 忘れてた。

 とりあえず、行ってみるか。

 しかし、自転車もそろそろ買い換えた方が良いな。

 力入れて漕ぐとギアが少しガタつく。



 お前を生ませたのは戯れだ。

 父にはっきりとそう言われたのを覚えている。

 お前には下賎な血が流れていると、だからお前は醜いのだと。

 歯噛みし睨み付ける先、鏡に映るのは他と余りにも違う顔立ち。

 せめてと染めることも許されなかった髪。

 そのまま伸ばせ、その方が面白い――父は高笑いしていた。

 どうして自分はこうも周囲と違うのだろう。

 自分を生んで間もなく死んだらしい、顔も知らぬ母が憎らしい。

 さぞかし醜かったのだろう。

 自分とは似つかない、父の雅やかな顔立ちと装いを思い出す。

 周りと違って着飾ることも許されなかった。

 ボロ切れで出来たツギハギだらけの着物。

 ここに来るまでの道中、籠からみた人々も同じようなものだった。

 初めて見る外の世界は、思いのほか貧しく地味なようだ。

 一族が、特別だったのだろうかと今更に気付く。

 外の世界でも、自分のような顔はいなかった。

 粗末な籠の簾はしょっちゅう捲れ、目線があった人々は表情を歪めた。

 肌は自分の方が綺麗だった気がする。

 身を清める事だけは怠っていない。汚れて虫が寄れば魂が汚れると、父が言っていた。

 鬼子。

 幾度となくそう囁かれた自分の魂は、汚れていないのだろうか。

 視線を鏡から背け、宛がわれた部屋に面した庭を眺める。

 家と違って貧相な印象を受けた。数本生える松の木からも弱々しい様が窺える。

 土地全体で生命が弱っているような雰囲気、それを支える霊脈が細くなっている事実を改めて思い知らされた。

 加えて冷害ともなれば、更に生命が弱っていくだろう。

 ここを自分は救わなくてはいけない。

 父にそう申しつけられている。周辺の地理に明るいからと先導していた男は、うさんくさい風体だった。

 そう、きっと自分はここで……。

 気持ちがささくれ立つ。

 一旦考えを区切ろうと庭を歩くことにした。

 周りが自分を呼び咎めるような事はしない。

 どのような立場かも明かされてはいるのだろう。

 腫れ物へ向けるような視線。

 だから――。


「キラキラして、お日様みたいな髪の毛……」


 初めてだった。

 枯れ落ちる木の葉と皮肉られることはあったけれども。


「綺麗……」


 そんな風に、言われたのは。

 庭の外れで、出会った。

 膨らんだボサボサの髪をした、自分よりも幾つか年下だろう男の子。

 異人の血筋が濃いらしい、青の瞳と視線があっても、物怖じしていない、満面の笑み。

 風が吹いた。

 涼しい風が、爽やかだった。

 同時に胸中で抱えた懊悩たる思いが少しだけ崩れて飛んでいったような、そんな清々しさを覚えた。


 続く


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