3話 過去に少し触れるような気がしたけど
母が死んで、司は家を長時間開けられなくなった。
会釈した程度の遠縁らしい知らない人や役人さんが、ひっそりと葬式から何やらの事後処理を済ませてくれたが、終わってしまえば後は一人で家に居るしかない。
――今頃、信治は学校か。
もう、そこには戻れない。
引きこもりになりたいと戯けたフリで誤魔化して、それでも周囲に置いて行かれる事への不安は拭えない。
うーうー、小さなうなり声を上げる。
声を上げていないと、自分がここにいる事すら分からないような不安を伴う孤独感があった。
――と、そこで来客を告げるチャイムが鳴った。
そう言えば、近々後任の役人が挨拶に来ると聴いていたのを思い出した。
「そちらはここの家主、要司だな?」
「……あ、はい」
「先日の件、お悔やみ申し上げる」
「……その、どうも。ええと、それで、どちら様でしょうか?」
「役所から来た者だ、と言えば分かるか?」
「えと、検分役の後任……ですか?」
「そうだ。君が滞りなく役目を果たせるか見届け、権限の及ぶ限りで便宜をはかるのが私の仕事だ。よろしく頼む」
「はい。……それでその、名前を教えてもらえますか」
「これは失礼した。私は神崎勉。好きなように呼んでもらって構わない」
「神崎って、もしかしてウチの本家筋……あれ?」
「――兄と呼んでくれても、構わないぞ?」
司が自宅警備員になると宣ったのは、司の最後の家族であった母親が死んで間もない頃。
ちょうど、中二に上がるときだった。
流石にその時は、思春期特有の精神病をこじらせたのかなんてからかったりも出来ず、多少なりとも労ったつもりだ。
だが、俺の見た限りでは、司が自分の母さんの死にそこまで精神的ダメージを負ったようには思えなかった。
いや、死んで間もない時は憂鬱そうな表情だったが。
それからは退廃的と言うべきか、当時から友人の少なかった俺と一緒に漫画やらゲームやらには嵌っていき今に至る。
お互いに貸し借り、または一緒に鑑賞、なんとも不健康な日々を過ごす。
俺と司が未だに友人関係を維持できているのは、趣味嗜好の一致というのが大きな理由となっているだろう。
「よし、この写真集を読む権利をやろう」
「まあ、借りとく」
「汚すんじゃねぇぞぉ」
そう言って、司はニヒルな笑みを浮かべた。相変わらず正座が違和感バリバリだ。
司の掲げる表紙でニッコリ笑っているのは、最近お気に入りのグラビアアイドル。司は同い年の癖にFカップだなんて羨ましいと仰っている。
うん、グラビア写真集まで貸し借りするのはどうかと自分でも思うんだけどね。
ギャルゲーの遣り取りから始まり、最近は十八禁じゃなきゃ別にいんじゃねと抵抗感が殆ど無い。
「僕だってね、無いわけじゃないんだよ。補整下着でラインが外に出ないから、パッと見じゃ分からないけど」
「別に聞いてないから」
ついその淡い水色の和服に覆われた体型を目で確認してしまいそうになり、視線を背けて司の部屋を見回すように動かしながら、胡座の足を組み直す。
うん、自重しろ俺。
「ふふっ」
司は小さく吹き出した。
俺は居心地が悪くなった。
「うっせ」
「まあ、君と僕じゃ色気のある展開はまず無いだろうねぇ。口説き文句とか、何ぞある?」
お互い、恋愛とかめんどくさそう、とかだからな。
というか対人コミュニケーション能力低いし、遠い世界の話だ。
ついでに言えば、二次元の見てれば満足。
ついさっきまでの話題と言えば、昨今のツンデレは主人公に大した落ち度もないのに暴力的過ぎじゃない、とかだからな。
「お互い、一生縁がない展開だろうよ」
司と目線を合わせないままに言う。
「リア充死ねだね分かります」
「死ねとは言わん。むしろ跪いて他人と関係を築ける能力の極意を賜りたい」
ホント、どうやって友達とか作ればいいんだよ。
「無理無理」
鼻で笑っても、全部お前に返るんだからな。
「僕には使命がある。貴方とは違うんです」
はいはい、頑張れガーディアン。
手を振って応援の意を示してやる。
「うむ、年中無休で励みます」
無休ねぇ……。
あ、休みと言えば。
「ゴールデンウィークの予定とか、あんの?」
「自宅警備は年中無休だと何度言ったら――」
「そうか暇か」
同類が居るのはやっぱり嬉しい。
「君こそ、連休に予定があるなんてリア充めいた事ぬかさないよね」
休日の予定があるだけでリアルに充実した人生とか、どんだけハードル低いんだ。
「無いから安心しろ」
中学時代の数少ない友人も引っかからなかった。
と言うか、もう切れてそうだ。
そう付け加えれば、司は生暖かい視線を向けた。
こいつ、安堵してやがる――。
苦笑が漏れた。
司は右手を掲げた。
肩を竦めてから、同じように。
「「イエーイ!」」
自然とにこやかに、そして二人でハイタッチした。
お互いに、表情が引きつっていたのは、自覚していたろうけど。
村を出ようかと思った。
もう夏になるというのに、少し涼しいくらいだと思った。
曇りの日も多く、今年はいつにも増して実りが悪くなりそうだ。
このままでは家族全員が冬を過すのは無理だろうというのは、親のしかめっ面で察した。
そう遠くないうちに、口減らしに山へ捨てられるのは自分だろうと思った。
周囲に好かれていない自覚はあった。
もしかしたら、人買いに売られる手筈かもしれない。
それならば、そうするべきかも知れない。
けど、嫌だった。
売り物になったら、自分が要らないのだと思い知らされてしまう。
そんな気がした。
お父とお母が、自分を売り物だなんて見ていると思うのも嫌だったからだ。
せめて役に立つべきだろうとも思うけれど。
でも何故か、嫌だった。
あぜ道を進んで町外れを目指す。
自分は今ぐらいの時間、いつも一人だとみんなが知っている。
見とがめられなくば、大人しく売られろとお縄になることもないだろう。
けれど、道を歩いて他の村に行っても意味があるのだろうか。
一人で食っていく自身は無い。
いっその事、向こうの野犬が出るらしい山へ行ってしまおうか。
喰われるのって、どれくらい痛いのだろうか。
道を外れようとしたその時だ。
前方から声が聞こえた。
自分が呼ばれている風ではなく、二人ほど、どうやら話をしているようだ。
田んぼとは逆の方にある、生い茂る草の中に飛び込んでから、様子を伺うことにした。
自分に気付かれてはいないだろうか。
息を潜めて、会話に耳を傾けた。
「ったく、何なんだ今年は」
「あんま言うな。口に出したらよけーに景気悪くなるもんだって、こないだ来とった坊さんが言ってたろ」
「坊さんねぇ。地主様が呼んだって話だが、どうもうっさんくせぇなぁ。奇妙なナリだったしよ」
「そりゃ、おめぇが余所モン嫌いなだけだろ」
「それに聞いたか、見通しが悪い時だってのに、好き者の地主様が人買い呼んだらしいぞ」
「知っとる知っとる。俺な、地主様の所に持ってかれる籠の中見たんだよ。それがよう……」
「どうしたってんだ、勿体ぶって」
「簾がな、風でちこっとだけ捲れたんだがよ……」
「それで?」
「ありゃ、おっかねぇよ」
「しわくちゃのばーさんでも入ってたか?」
「……ありゃ、鬼っ子だ」
声が遠ざかっていく。
気付かれていなかったようだ。
そこで一際冷たい風が吹いた。
寒さにがなり立てる声が聞こえる。
周りの草と一緒に、自分のボサボサ頭も揺れた。
――鬼。
その言葉に、惹かれるものがあった。
会ってみたい。
起き上がって、さっきの二人が行き過ぎる先とは逆の方を向く。
地主様のお屋敷へ行ってみよう。どうしてか足取りは軽く、胸が躍る。
珍しい物があったとしても、地主様の屋敷に近づこうなど普段は思わなかった。
どうせ行く当てもすることもない。
ならば、手前勝手で良いじゃないか。
もし鬼に会ったら、自分は喰われるのだろうか。
それとも――。
続く
何も考えずに適当にやっているので、時代考証へのツッコミですとか、勘弁してください。