死なない男
「アニキ…、いてえよぉ〜。ハラがいてぇ…。」
「分かったって、ドスが何本も刺さってんだしょうがねぇ。騒ぐなって、いま抜いてヤるから。」
カチコミをかけた相手の組事務所でゆっくりしているわけにもいかないので、アニキと呼ばれた背広のオトコは血まみれの弟分の腹から突き出た短刀を無造作に引き抜くと、噴き出す血しぶきにも目もくれず引きずるように外へ出た。 動く相手はいないが、何時しのぎに出ている他の組員が戻ってくるか分からないので長居は無用なのだ。
「アニキ…。いてぇヨ…。」
肩を抱かれ、フラつくオトコの顔はとうに血の気が失せていた。
「大丈夫だって、お前は死なないはずオトコなんだろ。そのうち血も止まってくるさ。」
「アニキ、死なないじゃねぇんだよ…。」
「わかってるって、悪かったよ。死ねないだったよな。無事組に戻れたら、焼肉屋にでも連れてってやるから、ほらしっかり歩け!」
「へへ、焼肉だったら、じょじょがいいなぁ。」
「いやしい奴だな、イイぜ。じょじょでも、何処でも連れてってやるよ。」
「レバ刺し…、イイすか。」
「あゝ、センマイでも…ってお前もう歩けんだろ、自分で歩け!」
「へへ、バレました?」
先程まで死人のような顔色をしていたオトコの頬には赤味が戻り。オトコは血糊でバリバリになったシャツを脱ぎ捨てると、ハラの傷はふさがり他の組織と見分けがつけなくなっていた。
「しかし見事なもんだな、お前の回復力は。」
「でも痛みは、ハンパないんですよ。オレ、アニキみたいに頭が切れないかわりに、からだ丈夫なんすかね?」
「知らんよ、ほら着替えろ。」
背広のオトコは弟分に着替えを渡すと、血で汚れた上着を脱ぎ捨て事務所に戻った。
「おら!イッチマエ!」
翌日もオトコたちは、2人で対立する組織に殴り込みをかけていた。身体をはるのは1人だけで、兄貴分はあらかた片付いた後に洋モクを燻らしながら登場するのが彼らのスタイルであった。
「今日はあんまりヤられていないな。」
「アニキ、ココ見てくださいよ。頭が半分弾かれてんですよ、もうグワングワンしてるんですけど…。」
「どうせ脳ミソ半分も使ってないんだから、半分有りゃ充分だ。」
「アニキ〜、キビシイっすよ。グワングワンイってます。」
「わかってるって、味噌でも押し込んどけ。」
「ミソかぁ、クニの麦ミソがいいなぁ。」
「黙っとれ!明日は組長にお逢いするんだ、それまでに剥げたところは治しとけよ!」
白昼事務所の入り口から押し入り、屯する組員を全て惨殺する彼らのスタイルは、味方からも恐れられ今後の身の振り方を決める事になっていたのだ。
「近頃だいぶ頑張ってくれているようだな。」
2人が幹部に招かれ組長の自室に入ると、小太りしたさえない男が彼らをねぎらった。
「…。」
恐縮して言葉も出ない彼らに組長は近くに座らせると、肩を抱き、葉巻くさい息を引きかけながら言った。
「これからも期待してるぞ、せっかく来たんだから今日は美味い酒でも飲んでいけ。」
組長は上機嫌で高そうな酒を自ら取り出し、グラスの注ぎ、彼らに差し出した。
「バレンタインの35年もんだ。グッとやってみろ。」
彼らはカタメの盃のように畏まって、グラスの液体を一気にあおった。
アーモンドのような香ばしい香りの酒が食道を通り、胃粘膜に達するかどうかに時彼らの身体に異変が生じた。彼らは、致死量の青酸化合物入りの酒を飲まされたのだ。口から泡を吹き、のたうち回る2人に組長が悲しそうに話しかけた。
「スマなんだな。お前らはチイっとばかりやり過ぎちまった。お前らが生きてっとマズいんだ。かと言って、刃物じゃ死なないから知恵使わせてもらったわ。じゃあ、逝ってくれ。ほれ、息吹き返しても動けんようにふん縛れ。」
「縛るのは片方で?」
「そやな、不死身は片方だろ。ナワが勿体ないから片方で良いわ。」
側近たちは隣室で待機する取り巻きに命じようと内線電話を取り上げた時、自分の手が吹き飛ばされた事に気がついた。口から泡を吹いていたオトコが大口径の銃を構えていたのだ、彼らは身構える事もできないうちに発射される弾丸に絶命した。
「こんなコトだと思ってましたよ。」
オトコは回復しつつある弟分をこずくと、組長と親しんだオトコに鉛ダマを打ち込んだ。
「ほれ、起きろ。死んでる場合じゃねぇぞ、オマエの出番だぞ。」
「あれ、アニキ…、組長が死んでる?」
「あゝ、俺らハメられたんだよ。ドク盛られたよ。」
「 えっと、アニキもサケ飲みましてよね。」
「あゝ、見てただろ。」
「じゃ、アニキも死ねないんだ。」
頭の少し足りない弟分に、オトコは肩をすくめ言い聞かした。
「いいかよく聞け、オレは死ねないんじゃなくて、死なないんだ。」
「おおっ、アニキ、カコイイっす。」
「ホラ行くぞ、死ねないお前が先に行け。」
「もしかしてアニキ、オレ弾除けですか?」
「いいんだ気にするな、俺は死なないから。」
2人のオトコはもめながら、殺気立つ組員の中に飛び込んでいった。彼らには死の恐怖が無かったので、窮地に陥っても彼らの心はピクニックにでも向かうかのように軽やかだった。
終わり