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おや? 彼の能力は全裸にならないと発動しないようだぞ。  作者: 安藤 兎六羽
第二章 おや? オルレイウスはどうやら回想するようだぞ。
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85、おや? イルマの帰還のようだぞ。



「さあ、オルレイウスどの。この者らにどうぞお言葉を」


 満足そうに長身のアウルスは腰を屈めて僕に耳打ちをする。

 どうやらドッキリではない。


 僕は見損なっていたんだ。

 アウルス・レント・マヌス・ネイウス。

 彼はストーカーだけど、尾行対象以外には無害なひとだと思っていた。


 甘かった。


 それにしても。

 アウルスは王権派だったはずだ。

 領民とは言え、彼ら国民の命を僕のものだと宣言することは彼の思想に反するんじゃないのか。


「あ、アウー……? 彼らは、その、マルクス王陛下の民であって、僕がかしずかれるのは……」

「オルレイウスどの!! なにを仰せなのでしょうか?! 偉大なるレイア家の血はあなた様にも……! いえ! ……あなた様にこそ、濃く流れておいでになる!!」


 膝を地面につけて、僕を紅潮した顔で見上げるアウルスは、いよいよ声を張り上げた。


「さきの《ギレヌミア人》との戦い!! あれこそが天啓に相違ありません!! 御姿は勇敢にして、猛々しく、ただでさえこの身を初め、みなの心を奪う十分にございました!!」


 なんだか、アウルスの言っていること以上に目がヤバい。

 でも、なんだろう? この目はどこかで見たことがあるような……。

 

「加えて、王太子殿下とあなた様が親しくお言葉を交わしている姿を目にしたこの身に、稲妻が走ったのでございます!! これこそが、この国の次代の正しき姿であるとっ!!」


 あ、そうか。

 ようやくわかった。

 この目は、僕が全裸になるたびに《女神アルヴァナ》に祈りを捧げていたガイウスの目と似ているんだ。


「つまりは、神々の御寵愛を賜られた我が主オルレイウスどのが、神助をもって、無能なる王太子を担ぎ上げられる!!」

「無能っ……」

「みな同じ思いにございます!! ……あなた様こそは、我らが希望なのです!!」


 少なくとも僕の目には、ここにいる大多数の人々が絶望しているように見えるのだけれど。

 そして、そのアウルスの僕を射る瞳は忠誠というより天上を崇めるガイウスの眼差しに近い。


『ああ、オルレイウス! なんて幸せな子どもだろう! お前をこれほど想ってくれるやつがいるなんて!』


 《ピュート》が空々しい感じで、お涙ちょうだいみたいなセリフを言う。


――僕は空を仰いで心の中で叫ぶ。


 アークリー。コルネリア。


 どうして、君たちはここにいないのだろうか。

 君たちがいれば、こんなことにはならなかったんじゃないだろうか。


……いや、アークリーは適当だし、コルネリアは興味なさそうだから、止めたりしなかったかもしれないけれど。

 それでも、もう少しまともな方向に舵取りができたのではないだろうか。


 僕は思わず眼の前の七三髪をわしづかみにしていた。


「あんっ、オルレイウスどの……」


 変な声を出すんじゃない。

 なぜ、髪を掴まれて頬を染めているんだ。


 そうだ、殴ろう。

 とりあえず彼の目が覚めるように一度殴っておいたほうがいい気がする。

 全裸じゃないからアウルスには大したダメージを与えられないだろう。

 それでも殴っておくべきだ。


 そして、みなさんに謝ろう。

 どうしてくれるのだろうか?

 怯え切った視線に僕の肝が凍りつく。

 居たたまれないっていうのはこのことだ。


 僕は今、心から僕の居場所が欲しいと思っているというのに。

 アウルスは僕を受け入れてくれるはずだった人々を怯えさせている。

 僕が守るべき人々を、僕の名の許に虐げている。


 ときに必要な暴力がある、みたいな主張はあんまり好きじゃなかった。

 けれど、確かに必要なときもあるのかもしれない。

 今がその時――



「ぎゃあああああああああ……」


 北の森のほうから野太い獣の鳴き声。

 みんなが僕とは関係なく身震いする。


 《魔獣モンストゥルム》。それも《人馬ケンタウルス》たちの手にも負えないような強力な。


「――アウー、これが《魔獣》の?」

「オルレイウスどの。もうよろしいのですか? ご叱責は? もう……?」


 なにを言ってるんだろう、アウルスは。


「答えてください! アウルス・レント・マヌス・ネイウス!」

「……わかりませんが、ここ数日時折聞こえてくるのです。……昨日よりもだいぶ近づいているようですが。というより今も近づいて来ているようですが。……それよりも、オルレイウスどの。続きは?」


 なんで残念そうなんだ、アウルス。

 なんて残念な男なんだ、アウルス。

 そんなことを気にしている場合ではないだろ!


 もう一度、鳴き声が聞こえてくる。

 今度はずっと近く。


「ぎゃあああああああああ……ぇくれえぇ……」


 僕とアウルスは顔を見合わせた。

 鳴き声に、今、言葉が混じっていなかっただろうか。


「……ッイュリイュリイュリイュリ……」


 かすかに聞こえるのは《人馬》たちの鬨の声?

 戦っているのか? 《人馬》たちと《魔獣》が? それとも、もしかすると……?


 なにが起こっているんだ?


「エレウシスからの手紙にはなんて書いてあったんです?!」


 僕の問いにアウルスはきょとんとした顔。


「主がご覧になられる親書の封を、勝手に破るこの身とお思いで?」

「じゃあ、《魔獣》が出現したというのは、どこからの情報なのですかっ?!」

「民が日夜聞こえるあの声に、そう噂しておりました。《人馬》のものと思える奇声も聞こえておりましたな」


 ここに到って僕はようやく状況を把握し始めた。

 まったくなにもわかっていなかったのだ、という状況を。

 そして、僕やアウルスが考えていた以上に状況が煮詰まっているということを。


「民兵たち以外の《騎士》は?!」


 《魔獣》が現れたにしろ《ギレヌミア人》が攻めて来たにしろ、少なくなった《人馬》たちだけでは荷が勝ち過ぎる。

 民兵の数はここにいるだけで、ざっと三百人強。

 《ギレヌミア人》が動き出したのだとすれば、明らかに戦力が足りない。


「先日、陛下の身辺警護に呼び戻されましてございます!」


 なぜ、自信満々なんだアウルス。


「それでは、あなたは、なにをしていたのです?! アウー!!」


 僕に髪の毛を掴まれながらも、アウルス・レント・マヌス・ネイウスはできるだけ姿勢を正して、宣言する。


「この者らを指導しておりました!!」

「バカあっ!!」


 嬉しそうに悶えるなアウルス。頭を抱えて身悶えしたいのは僕のほうだ。


 それにしても近い。

 もう、鳴き声が聞こえるのは森の奥からではない。


 そして、ばきっ、めきっ、という音。

 なにか重そうなものが枝葉を割って飛来する音。


「ぁぁぁぁああああああああああ……」


 それに合わせて、鳴き声がどんどん近づいてくる。


 もう近いなんてものじゃない。

 そして、迷っている暇もない。


 羞恥心や疎外される恐怖。

 そんなものをすべて放り出す。

 僕は服を脱ぎ捨てて、アウルスの腰から剣を引き抜きながら、叫んだ。


「アウー! みんなを逃がし……」


 その時。

 赤い滴を振りまいて、巨大なかたまりが森の梢の奥から、壁を越えて飛び出した。


 全裸になった僕の視力は、彼ら(・・)を正確に捉えていた。


 赤く染まりところどころ傷んだ皮製の胸甲。

 服が破けたのか、晒された腹筋は小島を繋げたように盛り上がり。

 力んで筋張った四肢の筋肉と、それを包むのは日に焼けたような、泥と汗と血に汚れた肌色。


 右腕の先には血と脂でぬらぬらと輝く抜き身の鋼。

 そして、鋼鉄のような左手の先には、血に染まった巨漢の頭部が握られていて、「ぎゃああああああ」という悲鳴を上げ続けている。


 長く伸びた波打つ赤茶の髪はどこかくすんだように汚れて、波打つというよりは逆立っていた。

 その中に輝く、オレンジ色の瞳。


 そして、着地。

 逃げ惑う村人たちの中に降り立ちながらも、彼女の瞳にはそんなもの映ってはいなかった。


「ああ!! あたしの可愛いオルっ!! オルレイウスっ!! 無事だったのねっ?!」


 唇から白い八重歯を覗かせて、獣臭を漂わせながら、そのひとはそう言った。


「……お、お、お母さん……?」


 ぼろぼろで絶叫し続けるネシア・セビをぶら下げて、イルマが帰って来た。


『…………っ!!』


 僕の影の中で、《ピュート》が小刻みに震えていた。



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