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おや? 彼の能力は全裸にならないと発動しないようだぞ。  作者: 安藤 兎六羽
第一章 おや? 彼は奴隷になるようだぞ。
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5、おや? 罪人オルレイウスは恥辱と引き換えに赦されるようだぞ。



 あまりのことにオルレイウスは頭を殴られたような衝撃を受けた。実際にさきほど殴られていたのだが。

 たった今目が覚めたとでもいうように、脳が高速で回りだす。


「それはイヤだ」

「黙れ! 死刑囚へんたい! 今すぐ刑を執行してやろう!」


 異議を申し立てるオルに向かってレシルが戦棍メイスを振り上げる。


「デモニアクス殿、まだです! まだ、特に何も決まっていない!」


 クァルの大きな声にレシルが踏みとどまる。


「ロス。この場合、《グリア諸王国連合》への配慮は?」

「必要ない可能性が高いじゃろう。《グリア諸国法》にも『《純潔神アルヴァナ》に対するみだらな行いに加えられる法規制』があるからのう。下手すりゃ感謝されるじゃろ」

「もしこいつが《スエビ王国》なんかの出身だったらどうする? グリアの反ルエルヴァ国家が《元老院》の発表を鵜呑みにするわけはないだろう?」

「そうかもしれんが、そりゃ、わしの管轄の外じゃ」

「ロス、もう少し真面目に考えてくれ。今回の一件がもとで紛争になんかなってみろ。私たちの立場は無いぞ」


 クァルはひとつ大きなため息をついて、オルを見る。


「せめてお前の出身国が反ルエルヴァ国家かどうかだけでも先に訊いておくべきだったよ」

「それなら心配はない。僕の産まれた国は《共和国》に対しては中立だったから」


 オルレイウスの言葉にクァルを筆頭にこの場にいる者すべてが彼を見つめる。

 その表情は驚きによって様々に変化する。

 そんな中、言葉を発したのはハギルだった。


「頭たんねーのかよっ!」

「あたまたん?」

「バカなのか、つってんだよ!」

「ああ、なるほど。バカでは無い、と思う」

「じゃあ、バカ正直か?」

「すまない、ハギルさん。あなたの《ルエルヴァ語》は難しい。どうかもう少し平易な言葉を用いて欲しい」


 ハギルの小さな鼻から大きな鼻息がひとつ噴き出した。


「いいか、少年ボーイ。俺らは今、てめえを殺すかどうかご検討中なわけだ。てめえに不利なことをてめえで言うヤツをバカっつうのは万国共通だろうが」

「主張は十分に理解した、ハギルさん。しかし、《ルエルヴァ共和国》に『八歳以上の男子および女子の、神と公衆に対するみだらな行為に対する罰則を定めた国法』というものがあるとわかった以上、どちらにしてもルエルヴァに連行されれば僕の命は無い」

「あぁ? そうなのか? ……いや、俺らにそいつを言ってどうすんだよ!」

「《義侠神ヴォルカリウス》の名において、取引を申し出る」


 その言葉にハギルは目を丸くする。

 この世界では神の名を持ち出して行われる誓約、誓言、契約、取引は非常に重い意味を持つ。

 《旅人の護り手》である《義侠神ヴォルカリウス》は同時に《行商の護り手》でもある。


「商材は僕の倒した《スノウ・ハーピー》に関する《魔材》のすべて」

「はっ! んなもんてめえを死刑にしちまえばこっちの」

「いや違うぞ、ハギル。だろ?」


 口を挟んだクァルはそのままロスを見た。


「そうじゃな。在野法廷によって死刑にされた罪人の所持品はすべて《元老院》に提出する義務がある。罪人が異邦人ならばそこから個々の罪人の祖国、こやつの場合はおそらく《グリア諸王国連合》主幹国へ分配・返還されるじゃろう」

「まじかよ!」


 ロスを振り返っていたハギルが改めてオルに目を向けた。


「……ちなみに対価は? てめえの自由フリーダムか?」

「お待ちなさい! 本当に受けるつもりですか?」


 レシルが信じられないものでも見るようにハギルとオルを交互に見返す。


「お嬢さま、俺はこれでも《義侠神ヴォルカリウス》を信じ仰ぐ者だ。こっちの懐が温まる取引を持ち掛けられて断ったら、神さんに向けるツラがねえ」

涜神者へんたいの妄言ですよ? 正気ですか?」


 レシルがクァルとロスを振り返る。


「デモニアクス殿、我々《冒険者アルゴノーツ》にとって《義侠神ヴォルカリウス》は特別な神だ。その御名を出された以上、安直に無視することはできない」

「レシル嬢。ハギルの言うことも間違ってはおらんじゃろう。まあ、わしとしてはどちらでもいいのじゃが」

「しかし、《至上神アルヴァナ》への明らかな背信行為を犯しているのですよ! これは!」


 レシルの振るった戦棍メイスがオルの顔の前で風を起こす。

 オルレイウスは思わずその先端を凝視した。


「在野法廷は執り行う義務が存在するわけではない。便宜的に《冒険者》などの小集団に与えられた権利じゃ。まあ、条件を満たしている以上できないわけではない。《義侠神》の名をもって持ちかけられた取引と、罪を裁く《純潔神》の権威によった権利。双方とも優先するにたる理由は十分じゃ」


 ロスがクァルを窺う。

 クァルは断固たる決意を訴えるレシルの顔を眺めてから、ゆるく首を横に振った。

 レシルの表情には「在野法廷が開かれなければ納得しない」と書かれている。


「……《騎士ナイト》たるレシル・モリーナ・シュバリエ・デモニアクス殿のご意思と国法テミス・ロー、そして何より《純潔神アルヴァナ》の威光を尊重しよう。……まずはデモニアクス殿、ミアドール殿を起こしていただけますか?」


 クァルにそう言われたレシルは満面に笑みを浮かべてミアドールと呼ばれた《神官クレリック》の少女の肩を乱暴に揺する。

 クァルにしてみれば、もうオルレイウスに死刑を宣告することに躊躇する理由は無いも同然だ。

 被告の口から「政治的な心配は無い」という言葉を得ているし、彼の言葉がウソだとも思えない。

 そもそもその点についてウソをつく理由は無いはずだ。


『憐れな、憐れな、オルレイウス。ゆっくり死を待つ子羊さ。頭を潰され、あの世行き』


 オルの耳元で《ピュート》がささやくように歌っている間に、ミアドールが目を覚まし、形式ばかりの宣誓がロスによりなされ、ハギルとクァルが渋々、レシルが積極的にオルレイウスの背信行為に対する証言を行った。

 あとは《高位司祭ハイビショップ》相当であるらしい《神官クレリック》の少女、ミアドールの死刑宣告を待つばかり。


 気づくと、途中からレシルがオルの隣に立ち、戦棍メイスを振りかぶっていた。

 どうやら宣告と同時に刑を執行するつもりらしい。

 猶予は一秒も与えられない模様。


『断頭台の、オルレイウス。気分はいいかい? オルレイウス。最後のチャンスだ、オルレイウス。立ち上がって、ひと暴れ』


 オルレイウスはやはり《ピュート》の歌を無視した。

 諦念? 矜持? それとも羞恥?

 彼が考えていたことはそのどれでもあって、どれでも無い。

 強いて言えば、今朝食べた野草のこと。あれが最後の食事だったか……などというどうでもいいことだった。


 死ぬのはイヤだ。それは当然だ。

 だが、オルは肚をくくっていた。

 自分は正しいことをした。悔いはない。一度目の生では大いに悔いを遺したが、今回はそこそこ頑張った気がする。


 在野法廷というものもおそらく正しい手段なのだろう。

 それと《国法テミス・ロー》とやらを知らなかったオルレイウスの過失だ。

 それに何より弱体化しているオルにできることはもう無かった。


 《ピュート》が陽気に、ささやかに歌い続ける中、少女が口を開いた。


「無罪です」

「死ね!」


 レシルが掛け声と伴に戦棍メイスを振り下ろす。


「まっ……」


 甲高い少女の悲鳴が耳に届く。

 あれ? 今、無罪って言わなかったか? オルレイウスはそう考えたが口にする暇はない。


 衝撃。

 巻き上がる粉塵と破片。

 横たわったままのオルの顔の前の地面が大きくえぐれていた。


 《福音ギフト》が完全に切れている今の状態で受けていたら間違いなく死んでいただろう。

 レシルの怪力に今さらながら少しだけ背筋が寒くなった。


 ゆっくりと戦棍メイスが破壊の痕から持ち上がる。

 ぱらぱらと落ちる細かい破片。

 オルがレシルの顔を見上げると、すこしだけ唇が震えているように見えた。


「……て、お姉さま……」


 少女の消え入りそうな声。

 レシルがミアドールという少女へと顔を向けた。


「わわわわ、私のぉ、ききき、聞き間違いだよねえ? リシル?」


 レシルの声が震えて上ずっていた。

 声だけでは無い。全身がわなわな震えている。


「……お姉さま、どうか」

「りりり、リシル? いい今、死罪と言ったのでしょう?」


 オルレイウスにも察しがついた。

 どうやらレシルはもの凄く怒っているらしい。

 しかし、その怒りの理由までは彼にはわからない。

 ついでに言うと少女の名がリシルというらしいことと、レシルと姉妹であるということをオルは初めて悟っていた。


「レシル・モリーナ・シュバリエ・デモニアクス殿、落ち着いてください。ミアドール殿は確かに無罪と判決を下されました」


 クァルの冷静な宣告が小さな洞穴を満たす。


『良かった、良かった、オルレイウス。果報者のオルレイウス』


 《ピュート》は、なぜか得意げな歌でオルの耳を満たす。

 しかし、オルはまだ状況が終わったとは思っていない。

 彼の目の前の怪力女レシルの圧力が上昇しているからだ。


「クァルカス・カイト・レインフォート殿。私は、今、判決の理由を訊いているだけです! ……リシル、私の目を見なさい。なぜ、死刑ではないの?」

「お姉さま……少し怖いです」

「いいから、答えなさい! これは紛れもない涜神者へんたいですよ!」


 風切り音とともにオルのこめかみを戦棍メイスがかすめる。

 その先端が彼の頭上でかたかたと震えている。


「…………ていだからです」


 リシルが蚊の鳴くような声で何かを言った。


「なに? リシル?」

「童貞だからですっ!!」


 リシルがそう言うなり、顔を両手で覆って泣き出した。

 戦棍メイスが鼻先を力なくかすめて、先端を地面に下す。

 しかし、オルレイウスはそれどころではなかった。


「え?」


 思わずクァルを見つめた。

 クァルはその疑問を察したのか、ロスに視線を向ける。

 ロスが深そうな長衣ローブたもとから何か石のようなものを取り出す。大きさはたぶんオルの掌ですっぽり包み込めるほど。


「グリアではまだ広まってはいないじゃろう? 《ヴォルカリウスの瞳》と言うアイテムじゃ。ただでさえ値が張るものじゃが、性能は値段により上下する。ついでに《魔力オド》が涸れ始めると性能が大きく下がる」


 そう言うとロスはその《ヴォルカリウスの瞳》というアイテムを片目の前にかざした。

 それは黄色い半透明の水晶のようにも見える。


「もともとはどうも太古の《妖獣種レムレース》の体液じゃったらしい。宝石としても高価ではあるが《祈りプレィア》を込めることにより、《洗礼》などと同系統の効果を発揮するようになるそうじゃ。まあ、小さな《魔法使いソーサラー》のかまと言ってもよいかな。使用方法は簡単じゃ。己の《魔力オド》を《ヴォルカリウスの瞳》の《魔力オド》へと混ぜ合わせる」 


 宝石の表面で何かが蠢いているように見える。

 その宝石を通して、ロスはオルを見ていた。


「こうすると《魔力オド》を込めた使用者と、使用者が見る対象との力量差によって色が変じ、また鑑定結果が表面を這うのじゃ。色の変化は使用者のみにしかわからんがな。……うむ、やはり『女性経験0:童貞』と出るのう。ふつうここまではっきりと特定の経験が鑑定されることは無いのじゃが」


 オルレイウスはなんだか胃が急下降していく感覚を覚える。

 オルは《ヴォルカリウスの瞳》なんてアイテムが存在することを知らなかった。

 それにしても、なぜ、女性経験だけがさらされるのか?


『感謝しろよ、オル。この《ピュート》様の力のおかげだ。お前が《鑑定》なんか受けてみろ、ひと騒動起きるに決まってる。一番騒ぎにならなそうな経験だけを見せてやってるのさ。在野法廷なんて人間の無為な習慣は、《ピュート》の知ったことじゃなかったけども。決めるのが小娘神官ならこうなるに決まってる』


 《ピュート》の言葉にオルレイウスは無性に泣きたくなる。


「つまり、リシル嬢はこやつが童貞、すなわち純潔であるゆえ《純潔神アルヴァナ》の信徒として適格であると見なし、このたびは情状酌量の余地ありと判決を下されたわけですな?」


 ロスの確認の言葉に顔を覆って泣きながらリシルがしきりに頷いている。

 それを見ながらオルは思う、泣きたいのはこっちのほうだ、と。


 確かにこの世界においては童貞や処女は恥じるべきものではない。なにせ至上神が処女なのだ。

 それにオルレイウスの肉体年齢は数えで十三、前世だったら十二歳だ。

 童貞であることは当然。


 だけども、なんなのだろうか、この気持ちは。


『オル。オルレイウスよ。親愛なる我が宿。我が従僕にして我が主。時に《ピュート》が先を歩き、時にお前が《ピュート》を導く。今回のことは宿賃代わりと思って貰って構わない。《ピュート》のおかげだ。おかげでオルは、尊い命を拾ったね』


 さえずるように喜びの歌を歌う《ピュート》の声を聴きながら、オルの気持ちはなんだかどん底だった。


 見知らぬ誰かを助けるために、オルは今夜勇気を奮った。

 《スノウ・ハーピー》の群れを前に、《福音ギフト》が漲る肉体と鍛えた技術に頼って戦い抜き勝利した。

 結果、レシルに殴打され昏倒した。


 涜神者へんたいと呼ばれ、在野法廷なるもので裁判にかけられ、一度は漠然と死を思った。

 そして、命を拾った。


 わが身の童貞と、無視し続けた《ピュート》がかけた呪いのために。


「これにて在野法廷を閉会とする」


 ロスの宣言がオルレイウスの耳に虚ろに響いていた。



 オルの涙でぼやけた視界に《テオ・フラーテル》の最後のメンバー、《狩人ハンター》のルドニスが皮を剥がれた鹿を担いで帰還した姿が映ったのはハギルとの取引が成立したあとだった。

 オルレイウスは取引中、涙を堪えることができなかったのだ。

 救命の歓喜? 助命の感激? 運命からの凌辱に対する屈辱?

 涙の理由はオル自身にもよくわからない。



 〓〓〓



 よほど死の恐怖に打たれたのだろうか?

 私は年相応に泣きじゃくる少年と、彼と商談中のハギルを横目に、ロスの肩を叩いて洞穴の入口へと向かった。


「《ヴォルカリウスの瞳》の色か?」


 入口につくなりロスは小声で尋ねてくる。

 私は神妙に頷いた。


「やはり《最大危険色ダーク・レッド》じゃったよ。変わらずじゃ」

「そう、か」


 《ヴォルカリウスの瞳》は使用者と、鑑定された魔物や人間との実力差・脅威度を総合的に色彩で示す。

 その色彩の変化は使用者にしか見えない。

 一番脅威度の低い《濃紺》から始まり、《青》《淡い青》《水色》《深緑》《緑》《淡い緑》《黄緑》《黄色》《橙色》《淡い赤》《赤》《真紅》……という具合に対象の脅威度が上がるにつれ色合いが変化していく。


 その一番最後にある色は《黒》。鑑定不能というわけだ。

 だが、そんな怪物は叙事詩エピック譚詩曲バラッドの中にしか登場しない。

 《黒》に染まった《ヴォルカリウスの瞳》を見たことのあるという冒険者の話も聞いたことは無い。

……まあ、そんな色を《ヴォルカリウスの瞳》に出させるような怪物と出遭った者は行方不明になること請け合いだが。

 ゆえに《黒》は《深潭カラー・オブの黒・カルヴァロス》と呼ばれている。


 そんなわけで、確認されている限り《ヴォルカリウスの瞳》で最も危険な色は黒に近い赤、《暗褐色ダーク・レッド》だ。


「二度目の鑑定じゃ。間違いなかろう。……クァルよ、どうする?」


 いつもハギルとばか騒ぎをしているロスとは違う真剣な顔。

 私の冒険者の師としての、歴戦の冒険者としての顔を見せていた。

 それだけロスが見る《最大危険色ダーク・レッド》は危険なのだ。


 特にロスは経験豊富な《魔法使いソーサラー》でもあり、このパーティーの最大戦力だ。

 総合力ならば、客人ゲストふたりにも劣らない。


「もう少し傍に置いて様子を見るべきだろう。あの姉妹が遣わされる原因になった《アプィレスス大神殿》の神託のこともある」

「…………わかった」


 ロスは小さな沈黙のあと、思い切るようにそう言った。

 私は沈思するロスを置いて、焚火のそばへと歩を進めた。



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