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時空郵便局

時空郵便局〜聖騎士とラブレター〜

作者: NNED

 獰猛なはずの飛竜に跨り、笑顔でやってきた人物は、聖騎士オズワルト=ワイズバーンの前に現れた。


「ちわーお届け物です。受領書にサイン貰えます?」




 ----------





 ワイズバーンは真面目な男であった。文官の次男坊として生まれたが、武に優れ神力に恵まれていたために、聖女を守護する騎士として抜擢された。それ以後聖女を護るために尽力した。


 聖女誘拐を企んだ不埒な輩を叩き潰し、聖女を政治利用しようとした大臣は捻り潰した。魔族との戦いの折り、聖女を庇って死にかけたこともあった。聖女が病に倒れた際には、神域にしか自生しない薬草を求めて神の怒りに触れたこともある。


 聖女のためにできることはなんでもする男。これはワイズバーンの真面目以外のもう一つの評価だ。


 聖女の故国は数年前に戦争で無くなり、それを悲しむ彼女に何もできず、ただ側に控えることしかできなかったことは、彼の苦い経験となった。なにもできないのは辛いことだ。



 聖女リゼルの騎士に任命されてから早半世紀。

 聖女は20年前、伝染病の患者の治療にあたり、そして自分もかかってしまい亡くなった。騎士から聖女の墓守になったワイズバーンも老いてしまった。

 自分の寿命もあと何日かというとき、フと考えないようにしていたことに目を向けてしまった。



 リゼルのことが好きだった。



 聖女は天真爛漫で少しだけ自己中だったが、感情表現が豊かでコロコロ表情が変わる可愛らしい女性だった。鉄面皮なワイズバーンとは正反対だっただろう。暖かく優しく、そして意思の強い、素晴らしい女性だった。


 聖女に剣を捧げたとき、自分は恋だとか愛だとかそういったものは捨てたはずだった。そしてリゼルが死んだ時、全てを捧げた相手が居なくなったことで、ワイズバーンは抜け殻になった。

 そう、抜け殻になったはずだった。


 しかしどうだろう、老いさらばえたはずのこの身が、あの小さな肩を抱きしめたいと震えている。柔肌に触れたい。もう一度、あの美しい声を聞きたい。名を呼ばれたい。



 なんてことだ、主にこんな汚い情を持つなど…。



 そんな自己嫌悪に陥っていたとき、自分を呼ぶ気の抜けた声がした。そして鍵をかけていたはずの窓が開き、外気が小屋の中に入ってくる。


「ちわーお届け物です。オズワルト=ワイズバーンさんのお宅で間違いないですか?受領書にサイン貰えます?」


 見知らぬ男は小包を差し出してきた。


「うーんっと、時間指定でお渡しになってます。『彼が私を好きになったと自覚したとき』ってあるんで、間違いないと思うんですけどー。とりあえず、サインください。ハンコでもいいですよ。」


「何者だ、貴様…」


「え〜、こほん、私、【時空郵便局】の集配担当、コードネーム:ユーミンです。皆様の心のこもったお手紙や大切な贈り物を、正確に安全にお届けするのをモットーとしております!あとはー、えーっと、そうそう、好きなミュージシャンは松任谷由実で、埠頭を渡る風は必ずカラオケで歌ってまして、おかげでユーミンなんて呼ばれてんですけど、おこがましいと思ったりもしてて」


 男はズラズラとよくわからない自己紹介をはじめた。ユーミンと名乗ったその男は痩せ型でひょろりと背が高く、あまり見ない顔立ちだが印象は薄い。魔族と同じ不吉な黒目黒髪だが、闇の魔力は感じない。ベラベラと話し続ける男にワイズバーンはどう対応するべきか考えていると、その反応に男も気付いた。


「あ、いっけね、ワイズバーンさんは【時空郵便局】の利用はじめてなんですよね。俺の自己紹介より【時空郵便局】の説明しなきゃ、また局長にどやされんなあ〜」


 男は【時空郵便局】について説明をはじめた。


「私共【時空郵便局】はご利用者様から見て異界に存在する小さな郵便局です。


 郵便物の集配と金品・貴金属・貴重品の保管などが主な業務でございます。

 当局ではその名の通り【時空】を、時と空間を飛び越えて配達ができますので、ご利用者様のニーズに合わせて幅広く、様々な場所・時間に集配が可能です。


 今回はリゼル=ウォーカー様より配達依頼をいただき、オズワルト=ワイズバーン様のお宅にお伺いしました。配達指定時刻は『彼が私を好きになったと自覚したとき』といただいております。」



 それまでの気の抜けたダラダラとした話し方ではなく、明瞭で丁寧な対応をされた。

【時空郵便局】という得体の知れないものを聖女が利用し、自分に何かを届けたということは、少し信じられない。しかし今求めていたリゼルの名を聞いて、ワイズバーンの手は知らずと男の差し出した小包と受領書に伸びた。



 包みを開けると紳士用のコロンと小さな箱と2枚の手紙があった。





『オズワルトへ


 こんにちは、それともこんばんは、おはようございます、かしら?


 不思議な郵便屋さんに頼んで、この手紙を送ります。時刻は『貴方が私を好きになったと自覚したとき』と指定させてもらったから、この手紙が届いてるってことは、もう私が一人で空回ることも無くなりそうかしら。


 でもどうせオズワルトのことだから、護衛対象に対してこんな気持ちを持つなんて!とか思ってるかもしれないわね。


 私は貴方のことを愛しています。

 聖女だろうと聖騎士だろうと、人間には変わりないわ。悪に立ち向かう貴方の強さ、祖国を失い悲しむ私の側にいてくれた貴方の優しさ、不器用だけど一生懸命なところ、全てが素敵よ。

 貴方のことを好きになって、後悔なんてしたことないの。でも、あんまりにも気付いてもらえないから、ちょっとした趣返しをさせてもらいます。



 貴方のことですから、好きだと自覚しても、告白に尻込みするでしょう。もしかしたら一生胸に秘めて終わらせる気かもしれませんね。


 一緒に送った品は私が選んだものです。そのコロンは私の好きな匂いです。その小箱の中に入れたのは、私の指にピッタリの指輪です。

 別紙に書いた、私にとっての最高のシチュエーションで、私にプロポーズしてください。


 こういうものは殿方からすべきだと聞きました。女性にここまでさせたのだから、少しは恥ずかしいと思わなければいけませんよ。プロポーズをあなたにさせてあげるのは私の温情です。


 新婚旅行のプランと最初の赤ちゃんの名前は、徹夜してでもオズワルトに考えてもらいます。いいですね?


 貴方のことを待っています。早く手紙が届くことを祈っています。


 リゼルより』




 遅かった。遅かったのだ。何もかもが遅かった。リゼルは死んでしまった。死んでから20年も経ってしまった。告白どころか、会うことすら叶わない。


 目眩がするがそれは押し殺し、弱ってしまった足腰には鞭を打ち、小屋から出て、リゼルの墓の前で跪いた。嗚咽をあげ泣いた。


 そこに先ほどの男が横に立つ。




「えーっと…そういうこともありますって。山あり谷ありが人生だって俺の親父も言ってましたよ。

 女心に気付かない鈍感さんだろうが、生きてりゃ何か救われ…ああ、色んな意味で死にかけか。まあなんとかなりますって。


 どうします?貴方は告白できませんけど、過去の貴方にお手紙を送ることはできますよ。」





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 オズワルト=ワイズバーンは着慣れぬ王都流行の服を着て、どこかスパイシーな甘い香りを漂わせ、薔薇の花束を持ち、真っ赤な顔をして、聖堂で祈りを捧げる聖女を待っていた。


 祈りの時間が終わるまであと5分ほど。


 聖女は何処からかしてきた自分の好きな匂いに少し笑みを浮かべながら、5分後の鉄面皮の彼の珍しく緊張した顔を想像していた。

感想などいただけると嬉しいです。


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