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港街ナケシ 下

「こいつで……最後っ!」


 クロムの一撃を受け、水の塊――スライムと呼ばれる魔物は、水風船が割れたように潰れた。


「まさか、魔物まで飼ってるなんてなぁ……」



 所々に立ててある松明が、建物の中を薄く照らしている。


 交易で栄える港街の裏通りには、数年前に新しい教会が建てられて用済みとなった廃教会があった。

 特に保護も管理もされていない廃教会は、自然と奴隷商人の巣窟となっていた。




(さて、本当、どこにいるんだ……)


 この廃教会の何処かにバルがいるはずだ。

 捕まえた本人が自白していたので確かだろう。

 しかし、教会の中は長い廊下と無数の小さな部屋で仕切られ、一つひとつ部屋を調べていくのは大変なことだった。



 見張りの数は少ないが、代わりに魔物たちがうろついていて、今の様に戦って倒さなくてはいけないこともあり、そうなると見つかる危険も大きくなる。



(でもこいつらきっと、相当弱い魔物なんだろうな……)


 そう、先程から二、三種類の魔物を見てきたが、全て一撃で倒すことが出来ていた。



 ・・・しかも、木刀で。





「うん、その装備なら大丈夫かな。重武装されても却って困っただろうし」


 夕日も殆ど沈みきった空の下、廃教会の裏口には、マントの女賞金稼ぎと、にわか冒険者の姿があった。 自分で選んだ装備が取りあえず評価されて、クロムはホッとした反面、一つ自分の抱える問題のことを言い出せずに固まっていた。


「じゃ、あたしは右行くわ。クロムは左、頼んだよ。お互い、しくじらないようにしよう!」


 去り際にそう言って、ニトロは扉の奥に消えていった。



(……取りあえず、次に会ったら謝ろう)

 ニトロが行ってから少しして、腰から刀を抜き、その刀身の見事な「木目」を眺めながら、クロムはぼんやりそう考えていた。





 一日働いた程度の稼ぎは、革の胸当てと手袋とマントを買った時点で早くも尽きかけていた。

(これだけで刀なんか買えるかなあ……)

 まず刀を選ぶべきだった、とクロムが反省しながら街を歩いていると、安物らしい刀を無造作に並べて売っている店が目に入った。


 藁にもすがる思いで店主に今ある金で買える刀はないかと相談したところ、鞘に妙な紋が入った木刀を渡された。

 なんでも、曰く付きの木刀で下手な真剣よりも強いらしいが、中々買い手がつかないから特別安くしているそうだった。


 結局、ナイフも付けるという条件で木刀を買った。

 いざとなったらナイフを使えばいいやと考えていた。




 だが、魔物が弱いのと木刀が強い(?)のとで、今のところ困ったことは無い。

 バルは見つけていないが、既にいくつか牢屋の鍵をを外し、囚われていた人たちから情報を貰っていた。




(さて、この部屋は……)

 ゆっくりドアノブを回し、そっとドアを開ける。


 部屋の中では、二、三十人ほどの人たちが大きな牢屋に入っている横で、見張りらしき男が何やら怒鳴っている。


(なんだろアレ……

 いや、まずあの見張りだな)

 クロムはドアを閉めると、木刀を抜いてドアの横の壁を何度か殴り付け、ドアを挟んで反対に隠れて構える。

 数秒後に不審そうな様子で出てきた見張りに後ろから一撃をお見舞いして眠ってもらい、部屋に入って探索を始める。


 牢の鍵を探してみたが、見張りは持っていなかった。

「すみません、この牢屋の鍵ってどこにあるか分かりますか?」

 鍵の所在を牢の人たちに聞いてみる。


「……君は?いや、今はよそうか。

 ここを開けるつもりなら大変だぞ。人買い連中で一番腕利きの奴が持っている。悪いが、君一人では恐らく……」

 そう返した男は、やつれてはいたが体格は中々の物で、力も強そうだった。このおっさんもその“腕利き”にやられたのだろうか。


(うーん……だとすると結構な奴だなあ。できるだけ戦うのは避けたいけど……)



 クロムが悩んでいると、


「クロム!?

 オメー何でここに……」

「あ、バル!お前を助けに来たんだよ……ってお前、ここに入ってるのか!?

 よりによって……」



 やっと見つけた仲間を助け出すには、まだ先に困難がありそうだ。



 しかし、

「……そうだ。クロム、何処かにオレらの持ち物を放ってある部屋があるはずだ!そっからピック取ってこい!」

「えっ、ピック……って何?」

「細い棒に持ち手の着いた盗賊の道具だ。オレがそれで錠を開けてみる!」



 クロムの浅い経験では、“腕利き”と呼ばれる者を相手取るには不安がある。

 それなら錠を外せるものを探してこじ開けよう、という事らしい。



 クロムにも異存は無い。「分かった、探してみる!」

 バルに言い残して、部屋を出た。






(ピックってコレで良いのかな?

 まあ、違ったら戻ればいいか)


 バルたちの牢に向かいながら、クロムは少し気楽にそう考えていた。


 今はもうほとんど魔物や人買いを見かけていない。クロムが戦っていない奴はニトロが粗方倒してしまった様だ。元々、あまり数は多くなかったのだろう。




 革袋を片手に走っていると、大きな扉が見えてきた。

(ここまで来たか、もう少し!

 ……あれ、ちょっと開いてる?)


 大きくて目立つ扉は、目印にするにはぴったりだった。

 だから、その小さな違いにも気付いた。そして、気になるままに扉に近づき、そっと中を覗きこむ。



 すると、広めの部屋の中で戦う二人が見えた。

 片方はよく判らないが、多分人買いだろう。格好が他の人買いと似ている気がする。

 もう片方はハッキリとニトロだと判った。今は布を巻きつけた様な服を取り、鎖帷子姿で戦っている。


 しかし、ニトロが徐々に押され始めていた。

 人買いが振るう二本の剣をかわしきれておらず、攻撃もなんなく弾かれている。



(やばいな……)

 ニトロを助けたいとは思った。が、クロムは迷っていた。


 今すぐ一人で助けに行くべきか、バルたちを解放してから急いでここに来て助けて貰うか。


 言い替えれば、自分一人で行って助けになるのか、牢まで行ってここに戻ってくるまでニトロは耐えられるだろうか。

 その二つで迷い、焦っていた。




 その時、

「誰だ、そこに隠れているのは。出てこい」


 扉越しにではあるが、思った以上に近くで声がした。声の主は人買いだ。


 少し目を離した間のことで驚いたが、ばれてしまっては仕方ない。

 袋を置いて、大人しく扉の影から出た。



 人買いはクロムを少し見ると、

「鼠が二匹もいたか。他の奴は何をしているのだ……まあいい。

 悪いが捕まって貰う」



 そう言いながら、いきなり人買いは剣を横薙ぎに振るった。

 二、三歩ほど間が空いていたが、剣から紫色の波が飛び、クロムに襲いかかってきた。


「うわっ何だコレ!?」

 凌げないだろうと思いつつも、何もしないよりはマシと木刀で払う。

 すると、以外にも波は、妙な手応えを残して相手の方に返っていった。


「……あれ?」


 もしや囮か、とすぐに人買いに向き直ったが、攻撃は来なかった。

 見ると、人買いは何故かゆっくりとした動きで、一歩一歩踏みしめる様に近づいてくる。

 追ってくるのは分かるが、ふざけているのかと思うほど遅い。さっきニトロと戦っていた時とは大違いだ。



 訳が分からないが、相手の動きが遅いならこちらとしてもチャンスだ。

 部屋の反対側で倒れていたニトロの元に駆け寄り、助け起こす。


「ニトロ、大丈夫か!?

 うわっ、傷だらけだ!立てる?肩貸そうか!?」

「クロム?……ダメだ、あいつ……魔法を使ってくる。

 食らうと体の動きが鈍くなって……勝負にならない」

「魔法……?

 よ、よく分からないけど鈍いのはあいつの方だよ。今はニトロの方が心配だ、逃げよう」

「あたしは大丈夫だよ。あんな奴くらい、なんとでも出来る。だからクロム、先に逃げてなよ……」



 口調は軽いが、ニトロは結構負傷している。少なくとも一人では、あの人買いから逃げることすら難しいだろう。

 もし今ここで、クロムがニトロを置いて行ったら、きっと彼女は助からない。そう考えたら……



「嫌だ、逃げるならニトロも一緒だ」

「クロム……!」

「そんな顔しても駄目だ、担いででも行くからな。

 ……ん、来たか。ニトロ、ちょっと待ってて」


 クロムは立ち上がり、木刀を抜いて人買いに向き合う。後ろから「何?その刀……」という声がしたが、返事はしなかった。


「貴様……一体何をした?」


 さっき程では無いが、人買いはまだ少しゆっくり動いている。何やら怒っている様だが、怒りたいのはこちらの方だ。


「さあね」

 売り言葉に買い言葉で返してやるが、


(あれ、まだ何もしてないよな……?)

 と思っていたのは本当だったりする。



「ふざけるな……!」

 人買いが二刀を降り下ろすが、その叫びにも剣にも、あまり鋭さが無い。クロムでも剣をかわし、反撃を入れるのはそう難しくなかった。


「ぐっ……何故だ、何故私に……」

 相手も思った様には動けていないらしいが、知った事ではない。


「遅い!」

 左手を打って剣を一本叩き落とし、追撃をしようとした所で人買いが後ろに跳んで間合いを離した。



 やっとまともな速さで動いた人買いは、剣を落とした左手にいつの間にか紫色のスライムの様なものを纏わせていた。

「今まで散々不覚を取られたが、それも終わりだ。

 これを使うと面白味が無くなるのだが、最早手段は選ばん!

 行け“バインド”!」


 人買いがそう叫んで左手を突き出すと、スライムがクロムに向かって伸びて行く。




 人買いは実際、必死だった。


 彼が得意とする鈍化の魔法は、対処法が少ないことで、その筋では有名な魔法だった。この鈍化の魔法と、じわじわ相手を弱らせる冷酷な戦法が彼を“腕利きの人買い”と呼ばせている大きな理由だ。



 それが、目の前のこの餓鬼が何をしたのか、鈍化の波は自分にはね返ってきた。

 おかげで何でもない筈の餓鬼の攻撃を何度も食らった。それは身体よりも、むしろ人買いの自信をひどく傷つけた。


 だが、もう終わりだ。

 この“バインド”こと緊縛の魔法は、鈍化より遥かに魔力の消費が激しい上に、片手が塞がる等使い勝手も悪く、何よりも捕まえる達成感を全く感じられないので好きではない。


 しかし、その分強力な魔法であることは間違いないので本当に厄介な時の切り札として信用してきた。



 だから、バインドのスライムが餓鬼の木刀の一撃で弾けて飛び散ったのを見た時は、自分の心も弾けて飛び散った様に感ぜられた。






「はーん、そいつはまた大変だったな」

「バル、ちゃんと聞けよ!助けてもらってそれは無いだろ!?」


 全ての牢を解放して廃教会を脱出すると、空の端がうっすらと白み始めていた。もう少しすれば日の出だろう。



「お、クロムだ」

 脱出者の人混みの中から、いつの間にかニトロがクロムたちに近づいていた。


「お友達は見つかった?」

「ああ、ニトロのおかげで見つけられたよ、ありがとう。

 でもこいつ全然こっちの話聞かないんだよ!どれだけ大変だったか、とかさあ……バル、この人にぐらいはお礼言えよ」

「うるせぇな……んん!?

 あ、貴女は!?」

「君がバル?あたしはニトロ、賞金稼ぎさ。宜しくね」

「ど、どうもッス!

 えーと、助けて頂いてありがとうござっした!」

「ふふっ、言えてないよ?そんな緊張すること無いでしょ」

「サ、サーセン!」



(……こんなバル初めて見た)

 何だか妙な状況だが、ニトロは笑っているので大丈夫だろう。


「クロムのこと、お願いするよ?あたしもあんたたちにまた会いたいからね」

「任しといて下さいッス!」

「そういえばニトロ、傷とかはもう良いの?

 あの時あんなに元気無かったのに」

「あー、傷は手当して貰った。……あの時はねぇ、あいつの剣めちゃめちゃ痛かったし……

 まあ、もう大丈夫だよ」

 ニトロの手には手錠の鍵束が握られている。

 彼女の仕事も大成功の様子だ。

「そっか、良かった。

 じゃあ、おれたちはそろそろ行くよ」

「うん、あたしも色んな所行くからさ、また会ったら宜しく!」

「こちらこそッス!」




 港街ナケシ。

 大陸の玄関と呼ばれるこの街は、諸島と大陸、表と裏、様々なものをその大きさで抱え込む交易の街。

 出会いと別れの形も、また様々である。


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