隠れ家
「なぁ、引き離したみたいだし、そろそろ質問したいんだけど……」
“市場”を抜けてからどれ程時間が経っただろう。辺りはすっかり暗くなり、夜になっている。
それほどに時間をかけて慎重にたどり着いた先には、男の隠れ家らしき小屋があった。中に入り、クロムが先を走っていたマントの男にそう呼び掛けると、男は面倒臭そうにしながらも一つひとつ質問に答えてくれた。
名前はバル。主にこの辺りを縄張りに盗賊をやっている。
助け出した少女は彼の妹で、助けに来た所でクロムが場を困惑させていたのを利用し、ついでに他の囚人たちも解放して場を乱して逃げたのだという。
「こいつももう要らねぇかな」と言ってマントを脱ぎ捨てると、灯したランプが黒い帽子をかぶった赤毛の頭を映した。
左頬に切り上げたような傷のあるその顔は若く、せいぜいクロムの二つ三つ年上という位だった。
「オレの事はこんなもんで良いだろ。次、お前の番」
質問には答えて貰った。当然次は自分が答える番だろう。クロムは自らの事情を話した。
バルは終いまで黙って話を聞き、ふんふんと頷いた後に、
「そうか、じゃあクロム、とりあえず礼を言わしてもらうぜ。お前のバカには助けられた」
と礼を述べ、
「言い方って物があるだろ・・・」
というクロムの抗議を無視して、
「さてと、オレは寝る。明日にはオレたちの家にこいつを帰すから早ぇんだ」
とだけ言うと、さっさと奥に引っ込んでしまった。
後に取り残され、自分はどうしたものかと困るクロムに、
「あ……ごめんね?バルあんちゃん、ほんとは優しいんだけど、ちょっと無愛想っていうか……」
と、バルの妹がおずおずと話しかけてきた。
クロムはそうなんだと返事をして、次に、自分はどうしたら良いだろう、ここから出ていくべきなのかとバルの妹に聞いた。すると
「え?家に来るんじゃないの?
バルあんちゃんも、そのつもりで何も言わなかったんだと思うし」
との事だったので、クロムはありがたく同行させてもらうことにした。
積まれた木箱の横が空いていたので、クロムはそこに毛布を借りて休ませてもらった。
暖かい毛布の中で、クロムは考えていた。
この旅は、元々目的も計画も、用意も無い旅だ。母親の故郷などにも行ってみたいとは思うが、その名前も知らなければ、そこが最終目的地でもない。ただ、行けたら良いなという位のものだ。
そんな軽い気持ちで故郷を飛び出して早速捕まって、売られかけたのは凄い不幸だと思う。いや、もしかしたら天罰のようなものかもしれない。
それでもあの時に、少女が売られかけたあの時に思いきったお陰で、幸運にも助けられて、次の目的地と一時の仲間もできた。
もしかしたら目的が無い分、この旅は“人”が大切になってくるのかもしれない。
そこまで考えると、クロムは眠った。明日からはまた、違った気持ちの旅になる。
窓からは、月明かりが優しく射し込んでいた。