脱出
“捕まっているところから何者かの手を借りて抜け出す”
ぶっちゃけると、今回書きたかったのはそれだけだったのですが、書いてみたら何だか暗い話になってしまいました。そういった話が苦手な方はご注意下さい。
早いとこ明るい展開にしないとなぁ・・・
捕まってからどれ程経ったのだろう。丸2日から3日は経っているはずだ。
クロムは、そんなことをぼんやりと考えていた。
当前ながら、牢屋になっている船内には日光は射さず、時計も無いので、時間がほぼ全くわからないのだ。
捕まった直後には威勢良く出せと叫んでいた人たちも、今や疲れか諦めか、座り込んだり寝転んでいたりしている。
クロムも、錠が開いたりしないか……などと淡い期待をしながら色々やったが、悉くその期待を砕かれて諦め切っていた。
時間がわからないということは、結構精神に来るものがある。
しばらく経つと、船が一瞬大きく揺れ、動かなくなった。それとほぼ同時に扉が開くと、海賊たちが牢部屋に入ってきて、囚人たちを鎖で繋いで外へ連れ出していく。どうやら、何処かに着いたらしい。
クロムも繋がれて外に出される。外は日が落ち、辺りは暗くなり始めていた。 船を下ろされ、久しぶりの陸地を歩く。少し歩くと、すぐに今度は車に乗せられた。狭そうな籠の付いた、粗末な馬車だ。
馬車が停まったのは、街の裏通りの様な場所だった。
馬車から下ろされて見たのは、繋がれた人々が一人ずつ舞台のような所に立たされていた光景だった。
そして彼らを、身なりの良い人間たちが見定め、時折海賊に金を出して、囚人を連れて行っているのが見えた。
(こいつらは……人を……?)
人身売買。
クロムは、この状況を全く飲み込めずにいた。しかし、自分も売られるのかと考えた途端に恐ろしくなって、体が震えてきた。
舞台では、屈強な体躯の元水夫が売りに出されていた。
労力としてみれば結構なものだろう。すぐに“購入希望者”が続出し、結局、上等な服のボタンがはち切れそうに太った男が他より頭ひとつ抜けた金額で“購入”していった。
元水夫は少し抵抗の素振りを見せたが、目ざとい海賊に見つかって数発殴られた後、引きずられるように遠ざかっていった。
(何だよこれ……)
クロムは最早、混乱に近い状態にあったが、それでも強い恐怖に固められて動けずにいた。
人身売買は順調に続いていき、東洋風の服を着た少女が舞台に出された。
“買い手”から低い歓声らしき声が挙がり、少女が怯えたように反応すると、歓声が余計に増えた。
(おれと同じぐらいの……女の子……)
クロムにはその歓声がひどく嫌なものに聞こえた。恐らく、少女はもっと嫌な思いでいるだろう。
そう考えると、せめて何とか出来ないものかと思い、自身の恐怖も忘れ始めていた。
次々と少女に“購入希望者”が出る。
(止めろ……)
“希望者”の一人が金の袋を出し、丸ごと一つ、海賊に渡す。
(止めろ……)
金を受け取った海賊が少女の拘束具を外して、
「止めろ!!」
…………
一瞬、場の全てが固まって動かなくなった。
海賊が、“買い手”が、少女が、囚人たちが、叫んだクロム自身までもが呆気にとられ、何が起こったのか判りかねていた。
「あ……あれ?」
また声に出したところで、クロムは自分がヒノモト語で話しているのに気づいた。
もしかして通じないかと焦っていると、急に頭に激痛が走り、目がくらんで意識が少し遠のいた。海賊に殴られたのだ。
続けざまに2発、3発と飛んできた拳が、クロムを打ち据えた。
痛みに動けないクロムを海賊は舞台に叩き出し、剣を抜いて見せしめに殺すと宣言した。
(くそ……こんな……)
死ぬのは怖いが、不思議と後悔は無かった。むしろ、自分のやりたいようにやれた気がして、少しだけ誇らしかった。
その時だ。
突然、舞台が濃い煙で包まれ、煙の中に一つの影が飛び込んだ。
不意をつかれた海賊を弾き飛ばし、影は何故か囚人の拘束具を破壊し、次に少女とクロムを助け起こした。
混乱する“買い手”たちを尻目に少女を抱えて走る影……マントの男を、クロムはただ追いかけた。