第3話:催眠
外の騒がしさとは対照的に静かな校内。
晶達はこれから通う予定の校舎の中に無断で足を踏み入れた。
「どうするんだ、これから」
晶が腕を組んで他の二人を見上げた。眼鏡の奥の瞳から精一杯の迫力をかもし出そうとしているが、それは二人に届かなかった。
「そうですね、まずは捕まった人がどこにいるか調べましょう」
秋彦は形のいいあごに手をかけながらもっともらしい事を言う。
「やっぱり一人より三人だよね」
元気そうな西村。
晶は片方の眉を上げて西村の顔を見た。
「大体お前、一人でどうにかするつもりだったのか?」
「うん。矢野と付き合っていると、たまにこういう事があるから」
「はあ?」
不審げな顔をする晶。
「実はあいつ、ここの理事の息子でね、いわゆる坊ちゃんなんだ」
「それで誘拐などが頻繁に?」
あごに手を当てつつ秋彦が聞く。
「うーん、誘拐だけじゃなくて他にもいろいろとね。あいつ妙に運が悪いから」
「まあ、それはなんとなく納得できるな」
「たまたま朝一番に来たら強盗団ですからね」
うなずく二人。
「だからね、こういうの持ってるんだ」
そういって西村は鞄から銀色の缶のような物を取り出した。
「何だこれ」
「催眠ガス入りのカートリッジ」
「はあ? 何でそんなもの持ってるんだ」
「いや、いつもは催涙ガスなんだけどね、今日はたまたま」
「そうじゃなくて、どこで手に入れたんだ」
「僕の手製」
「手製?」
不審げな顔をする晶。
「というと、おまえが作ったのか」
「そうだよ」
あたりまえのようにいう西村。
「……効くのか?」
「うーん、こないだ近所の犬に試したんだけど、急に発情期になってね、それで」
「絶対に使うな」
「えー?」
「それは催眠ガスじゃない」
「でも、犬はちゃんと寝たよ」
「発情したんじゃないのか?」
「その後飼い主に襲い掛かってね、ぶん殴られた後でちゃんと寝たよ」
「……いいかよく聞け、絶対に使うな。むしろ捨てろ」
きつく言う晶。
「うーん、分かったよ」
残念そうに缶を鞄になおす西村。
晶が秋彦の方を見ると、携帯電話で何か話していた。
「何やってんだ秋彦」
「いえ、ちょっと知り合いに電話を」
携帯電話を耳に当てたまま答える秋彦。
西村が身をかがめて晶に訊ねる。
「晶、知り合いって誰?」
「俺も知らん。つーかかがむな。そんなことせんでも聞こえるから」
秋彦が携帯電話をポケットにしまった。話は終わったようだ。
「兄さん、強盗団は校舎二階にいるらしいですよ」
「そうか、って誰から聞いたんだ?」
「知り合いです」
黙って聞いていた西村がしゃがんで晶に訊ねる。
「晶、知り合いって誰?」
「だから俺も知らん。つーかしゃがむな。俺の背にけちつける気か」
憤慨する晶をよそに、秋彦が歩き出した。
「階段はこっちですよ」
そう言って歩きながら校舎の端のほうを指差した。西村が感心したような声をあげる。
「よく知ってるね」
「これから三年間通うところですから、構造をよく把握しておくのは当然の事です」
「ふーん、そういうものなの」
「まずいな……」
二人の間を歩いていた晶がつぶやく。
「どうしました? 兄さん」
「階段から誰か降りてくるぞ」
「何人ですか?」
「足音は二人だな」
西村が不思議そうな顔をする。
「足音? 全然聞こえないけど」
「兄さんの耳は鋭いですから」
「秋彦、どこか隠れる場所はあるか?」
振り向かずに聞く晶。
「ないですね」
あっさり言う秋彦。
「あれ、教室は?」
あたりを見まわす西村。
「全部鍵がかかっています」
ドアの取っ手に手をかけながら秋彦が呟く。
「という事は、先手必勝だな」
そう言って晶は階段に向かって駆け出した。
「じゃ、僕も」
そう言って走り出す西村。
「危険だから待っていた方がいいですよ」
走り出す秋彦。
「何でおまえらまでついてくるんだ!」
「水臭いじゃない」
「一蓮托生です」
三人が走る先、階段の角から二人の男が出てくるのが見えた。
「ちっ」
舌打ちしつつ姿勢を低くして加速した晶の頭上を、銀色の缶が飛んでいった。
「……!!」
即座に後ろに飛ぶ晶。
綺麗な放物線を描いて二人の男の足元に落下したそれは、勢いよく白い煙を噴きだした。
「な、何だこれは!」
「ごほっ、ごほっ」
むせる二人。
晶は後ろを振り向く。
「西村……あれ使うなって言っただろうが!」
「いや、でもこういうときには催涙ガスが役に立つと思うんだけど」
「催眠ガスでは?」
「あ、そうそう。ほらぐっすりだよ」
二人の方を見ると、やや前かがみになって股間をおさえていた。
「なっなん……」
「えっあれっ……」
混乱しているようだった。
「……どう見ても催眠でも催涙でもないんだが」
「しいて言えば催淫ですね」
「いや、これからぐっすりだよ」
力強く主張する西村。
混乱していた二人の男は、ふと顔を見合わせた。
しばらく見つめあった後、静かに二人の距離が縮まり始める……
「……秋彦、別の階段はどこだ」
「この校舎の逆の端です」
「そっちから行くぞ」
「え? でもまだあの人たち寝てないよ。」
「いいから来い! 急ぐぞ!」
急接近する二人を背に走り出す三人。
「急げー!!」
耳をふさいで走る晶。
背後では耳障りな音が新たな世界の誕生を高らかに告げていた。




