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六   歯車はまわる

「なんとしたことだ」


 ヒットリアは執務室のデスクを拳でたたいた。グラスが倒れ、水が血のようにひろがった。


「一度ならず二度までも空母打撃群が全滅とは」


 室内にひしめく大勢の人人は、予想だにしえぬ結果に茫然自失としているものと、各省庁やじぶんの機関へいそがしく電話をかけ、どなり声をあげているものの二種類にわかれた。


 騒然とした空気で執務室が擾乱されるなか、マヘンドラ国防長官とジュガシヴィリ駐米ロシア大使が無言で視線を交わしたのに気づいたものはいない。


 チトー将軍が副官に訊く。


「周辺海域にわが軍の空母は」


 インカムつきのヘッドセットを装着した副官が、統合軍のコンピュータと接続されているラップトップをすばやく操作し、首をふる。


「もっとも近いものでも、アフリカ大陸南のUSS<ジョージ・H・W・ブッシュ>です。とても第7空母航空団のF/A-18E・Fスーパーホーネットの回収には間に合いません。イングランドから現場海域にインヴィンシブル級が急行していますが……」


 どのみち、USS<ジョージ・H・W・ブッシュ>もじぶんの航空団を艦載しているので、それにくわえてリーヴズアイズやウィズインテンプテーションズたちを着艦させることは不可能だ。英海軍のインヴィンシブル級は、ハリアーのような垂直離着陸機の運用を目的とした軽空母なので、固定翼機であるスーパーホーネットや、E-2Cホークアイの救援には使えない。


「せいぜい、海面に漂流している乗員、飛行士らを救出することしかできぬか」

「は……」

「生存した第7空母航空団に、ノーフォーク海軍基地の方向へむかって燃料のつづくかぎり飛べとつたえろ。燃料の残量がなくなったら機体を捨ててベイルアウト。海上にて救出を待つんだ」

「了解」

「ノーフォークからはイージス艦、ミサイルフリゲート、揚陸艦、あらゆる艦艇を出動。全力で救出活動にあたらせろ」


 みなが各各の仕事に追われるなか、マヘンドラ国防長官がゆっくりと立ち上がり、傲然と言い放った。


「諸君。今回の作戦失敗は、わが国がいま、重大な安全保障上の危機に直面しているということと同時に、わが軍の戦力の多大なる損失への早急なる対処が求められる緊急事態が発生したことを意味するものである」長躯から発せられる鉄の声に、全員が耳を奪われる。「同一と思われる敵に、空母打撃群を二個も撃破され、われわれの海軍力、航空戦力は現在、著しく弱体化している状態にある。国内配備の戦力のみで部隊を再編成しようとするとなれば、圧倒的に戦力が不足することは明白」


 国防長官のひとことひとことに、幕僚、統合軍司令官、諸将が固唾をのむ。


「また、そのようなことをすれば、わが国土の対領海、領空侵犯措置能力も激減し、われわれが巨大生物対策に身を削っているあいだに他国の侵犯をゆるす結果にもつながるだろう」


 敵は怪獣だけではない。マヘンドラはそうつけ加えた。


 たしかに大西洋にまたあらたに艦船部隊を派遣すれば、アメリカ本土のほかの地域、海域の防衛に穴が開くことになる。ただでさえ、最初に撃沈されたUSS<ハリー・S・トルーマン>を旗艦とする打撃群のかわりにアイクを大西洋に配備し、本来アイクが担当していた海域をUSS<セオドア・ローズヴェルト>が、USS<セオドア・ローズヴェルト>がもともといたところにはまたべつの空母打撃群が……と埋め合わせに埋め合わせをかさねてやりくりしている状況である。これ以上に大西洋に軍事力を割くとなると、もはや通常の国土防衛力の低下は無視できない。南米諸国からは麻薬を積みこんだセスナが大挙してくるだろう。防備が手薄になっているところへロシアや中国、イランから、いまがチャンスとばかりに核ミサイルが本土を襲うかもしれない。そうなればアメリカは怪獣襲撃よりも前に息絶える。


 二隻もの空母の沈没。その経済的、軍事的、政治的損失に、大統領をはじめ、政府閣僚、官僚ら、ホワイトハウスをソフト面で支える者たちは、あらためてその被害の甚大さを噛みしめていた。


 大多数の人人の思考がそこまで到達したのを読んで、マヘンドラはふたたび口を開く。


「そこで、わたしは大統領に進言します」


 それは、世界の天秤をひっくり返す狂気の提案。


「世界中に点在する在外アメリカ軍基地。そこから兵力を一時撤収させ、損失した戦力の充当および、敵巨大生物の本土襲来にそなえるのです」


 時間が停止した。室にいただれもが、マヘンドラがなにをいったのか、とっさに理解できず、なんども国防長官のことばを脳内で再生し呻吟し、裏面にかくされた真意をはかろうとした。


 だがマヘンドラがしごく真顔であり、その表情に皮肉諧謔のたぐいの成分が毫厘ごうりんもないことに気づき、執務室は一転、ごうごうたる抗議と悪罵が入り乱るることとなった。なにを愚昧なる心得違いをいうぞ、さこそ銃もつ暴漢のまえで裸になるにひとしき愚行なり、在外基地をもって敵勢力への抑止力となっているにもかかわらず兵力を撤収さするとは、これすなわち鍵も窓も鎧戸もすべて開け放ち、あまつさえ留守にするとひろく公言して家を空けるも同じなりしやと、みなほかのものが声を張り上げて主張しているのにかまわず叫ぶようにいうので、憤激と非難と怒号の目にみえぬ激湍が押し寄せてくるようだった。マヘンドラはしかし濁流にいささかも動じず、むしろおのれを指さし口角に泡飛ばして反論するかれらを、動物園の檻のなかで暴れ散らかす猛獣をみるようなひややかなる面持ちで黙然として観察していた。しかるにマヘンドラの興味はそちらになかった。表向きは、紛糾たる反論をいかにも殊勝に受けとめているふうであった。だが、視界のはじで、ほとんど白眼の部分でみるようにして、マヘンドラはヒットリア大統領のようすをうかがっているのであった。


 大統領は、テーブルにかけたまま、なにごとか沈思黙考しており、葛藤していた。ゼニス・ブルーの瞳は氷河の底のような冷徹な青さへと変じ、大統領としては年若い顔貌は、憂国の老将のような荘厳なものとなっていた。


 ヒットリアの背から、現実には燃えていぬ炎がふきあがるような錯覚をマヘンドラはみた。もしヒットリアを視界の中心にすえていたら、かえってその炎は見えなんだであろう。目に入るか入らぬかの境界であったからこそ、視覚以外の感受性が働いたのかもしれなかった。


 だから、立ち上がった大統領のほうにはっきり顔をむけたときには、そのような光輝はどこにも見受けられなかった。


 静かに。ヒットリアが吐息を漏らすささやきのように小さくいうと、聞こえるはずもないのに、あれだけ侃々諤々に騒々しかった室が、栓をひねったように、ぴたり、といっぺんにしずまった。ペンをカーペットに落とす音さえシンバルを叩き鳴らすのに匹敵するほどのしじまが、執務室を支配した。大声でどなるよりもちいさな声のほうが心に届くとはいうが、ヒットリアがそれを意図したかどうかはさだかではなかった。


 大統領は、一語一語を明瞭に発音していった。


「マヘンドラ国防長官の案は、たしかに突飛で、常識にかけ、通常時ならば聞くにたえぬ妄言でしかない」


 室の人間たちはおたがいの顔を見合いながらなんどもうなづいた。その顔が、目を見開いてヒットリアにもどる。


「だがいまは、通常時ではない」


 室内の空気がおそるべき速度で変化しはじめた。空気のいろの移りかわるのを視認できそうなほどだった。

「わたしには、アメリカ合衆国大統領として、まずなによりも、アメリカ合衆国の国民を守る義務がある。そのために生きている。そのために生まれてきた」


 みながヒットリアに釘付けになっていたので、部屋の一角でマヘンドラが勝利を確信したように口唇の右端を上げたのをみつけたものは皆無だった。


「通常時なら通常の方法でのぞんでよかろう。しかしいまは緊急時だ。それも人類史上もっとも異常な脅威にわれわれは直面している。異常な状況に対しては、こちらも異常といえるほどのおもいきった方法で対処するくらいでなければとうてい、この困難を乗りきることはできないのではないか」


 分銅を慎重に乗せてきた天秤が、倒される。


「在外アメリカ軍基地から、すべての部隊、すべての兵力を撤収させる。およそアメリカ軍に属するヒト、モノはすべて、アメリカ本土に結集。総力をもって、われらの祖先が血を流して切り開いたこの国土を防衛し、やつを迎え撃つ」


 ヒットリアがアメリカ合衆国軍統合軍のひとつ、アメリカ欧州軍の統合軍司令官の海軍大将に命じる。


「オランダ、ノルウェー、デンマーク、イタリア、スペイン、トルコ、ドイツ、ベルギーからわが軍を帰還させろ。可及的すみやかに、早急にだ」

「ほんきですか、ミスター・プレジデント! わが国はNATO諸国の多くに部隊を駐留させているのですぞ。いまおっしゃられた国々がまさにそれです」


 アメリカ欧州軍の司令官は、NATO軍のヨーロッパ連合軍最高司令官でもある。


「多少ならばともかく、いきなり完全撤退など、大混乱を招来せしめます」

「わが国は未知の敵に尋常ならざる痛撃をうけた。情勢はすでに混乱しているのだ。これ以上の混乱を防がねばならぬのだ」


 海軍大将は雷に打たれたように表情を緊張させた。


「では……アメリカ欧州軍の即時かつ完全な撤退を?」

 ヒットリアがうなづく。

「アメリカ合衆国大統領として命令する。撤収だ」

 濃紺の軍服を着こんだ海軍大将は背筋をのばし、命令を受領した。

「ドイツも撤収でかまいませんか? ドイツには相互防衛援助条約のもとに軍を駐留させておりますが」

「ドイツこそ優先して撤収させなければならぬ。駐留兵力は欧州最多の七万人だ。これはわれわれにとり貴重な増援となる。相互防衛援助条約とは、すなわち、条約を締結した二か国間のどちらかが軍事的脅威にさらされたとき、もういっぽうの国が、自身に攻撃を受けたも同然ととらえ、協力して集団的自衛権を行使することを約束するというものだ。わが国はいま、まさしくその軍事的脅威に国家と国土と国民がさらされている。であるならば、ドイツからわが軍の兵力を撤収させて本土防衛にあてるのは、わが国のとうぜんの自衛権であり、撤収に難色など示さず、その間の自衛を自国でまかなうなどの間接的協力を率先しておこなうことが、相互防衛援助条約におけるいまのドイツの役割である」


 したがって条約違反には該当しない。ヒットリアは断言した。


 自国に米軍基地があるならば、防衛戦略も自然とそれありきで構築されるものである。米軍だのみといってもよい。それをいきなり撤収させといて、抜けたぶんはじぶんたちで随意にせよ、それこそが条約における相互防衛援助というものである。大統領はそういうのである。


 海軍大将は敬礼して受諾を確認し、さっそく命令をはたすべく執務室を辞していった。


 つぎに、アメリカ北方軍司令官の空軍大将に令達する。


「カナダから撤収だ。駐留部隊をアメリカに帰すのだ」

「カナダの防空任務は、実質、われわれがすべておこなっているのが現状ですが、よろしいのですか」

「かまわん。カナダはあれでもNATO加盟国のはしくれだ。自分の身くらい自分で守れよう。万一われわれの撤収中に領空侵犯、侵略攻撃をうけようとも、そのときはNATO諸国が団結して解決してやればよいのであって、わが国に負うべき責任はない」

「わが国はNATO加盟国なれども、いまは緊急事態であるため、隣国といえども協同防衛に戦力を割けない。ゆえにそのさいに、まちがってもアメリカに参戦を求めないことがNATOの義務である……と?」


 空軍大将の問いに、大統領は壮重に首肯した。アメリカ北方軍司令官は踵をあわせて敬礼した。


「了解。カナダから駐留部隊をすみやかに撤退させます」


 中南米を管轄下におくアメリカ南方軍の統合軍司令官を務める陸軍大将を指さす。


「キューバのグァンタナモ基地を撤収。ただし、中南米からの麻薬取り引きの取り締まりに必要な人員、兵力はひきつづき駐留、監視のこと」

「は、了解」

「バラゲール! バラゲール海兵隊大将!」

御前おんまえに」


 中東の米軍部隊を指揮下におくアメリカ中央軍司令官の海兵隊大将につたえる。


「クウェート、カタールのアメリカ軍を全面撤収させよ。きょうにでもだ」

「了解」

「アフガニスタン、イラクからもだ」


 一同はどよめいた。


「正気ですか! イラクでは、暫定政府が発足はしたものの、いまだにテロがあいつぎ、実質的には無政府状態がつづいています。いまアメリカが撤退したら、イラク国内はますます混沌に陥ります」

「アフガンとて同様です。段階的に撤収作業は進めていますが、きょう、あす、アメリカがいなくなれば、原理主義者どもがよろこんで勢力を増し、かろうじてたもたれていた秩序が砂の城のように崩れさります。警察がある日突然、姿を消すようなものです」


 サラザール首席補佐官やファーロング外相の抗議に、大統領は冷然とこたえた。


「諸君は、よその国の人間と、わが国の国民と、どちらが大事なのかね」


 悛烈なひとことに、だれひとり反対の声をあげられない。

 バラゲール中央軍司令官が「大統領」と質問する。

「おそれながら、キルギスからもですか」


 キルギスはかわった国で、国内にアメリカとロシア、それぞれの基地を擁し、土地を提供している。キルギスは周囲をカザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、アフガニスタン、中国、ロシアと、なにかと問題のたえない物騒な国ばかりに三六〇度を取り囲まれている。この複雑な渦中でキルギスのような小国が生き残るには、巧智でしたたかな外交戦略が必須になる。


 ロシアという国は、周辺の国がすべてじぶんの友好国でないと気が気でない性分をもつ。かつてソ連の構成国だった国に対しては言わずもがなで、キルギスにもとうぜん、ロシアの基地を置くことで親露をせまった。キルギスがロシアに逆らっていいことはひとつもない。キルギスはロシアの基地を両腕を広げて歓迎した。


 いっぽうアメリカとしては、せっかくソ連が崩壊したのに、そうしてロシアの版図が拡がって影響力を強めていくのは都合が悪い。そんなアメリカの胸中を察してか、キルギスは巧妙な交渉をアメリカにもちかけた。キルギス国内にアメリカ軍基地を誘致したのだ。アメリカとしては望外の申し出だった。ロシアを牽制するためにロシアのちかくに米軍基地を置きたくても、ばか正直に「ロシアへの抑止力のため」といってアメリカが基地を建設すれば角が立つ。だがこれなら、あくまでもキルギス側の誘致に応じたという形をとれるし、アメリカの意図によるものではないという体裁が整う。それに、キルギスはソ連の一員だったのでとうぜんロシアに近いが、カザフスタンを挟んでいるため近すぎるということもなく、絶好の地理にあったのだ。ロシアとてもそれはおもしろくはないだろうが、だからといってキルギスを力任せに圧殺しようとすればそれこそアメリカに大義名分をあたえることになり、アメリカの思う壺だ。戦力的にも正面きってアメリカと戦火をまじえるわけにはいかない。こうしてキルギスはロシアとアメリカ、ふたつの大国を味方につけることで、弱肉強食の国際社会のなかでうまく世渡りしてきたのだ。一歩まちがえればアメリカとロシア両方に占領され分割統治という名の植民地にでもされていたか、自国をロシアとアメリカの決戦場にしていたかもしれない、危険な賭けだったともいえよう。ちなみに、基地を置かせているのだから、キルギスにはアメリカとロシアから賃借料が支払われている。この賃借料は、キルギスの欠くべからざる財源となっている。


 ここから米軍を引き揚げさせれば、ロシアがよろこぶだけだろう。


 しかし大統領の指示は揺るがなかった。


「命令はかわらない。完全撤退、完全撤退だ。全速力でアメリカ本土に戻らせろ。全速力で、全速力でだ」

「はっ」

「いまはロシアとにらみ合いしている場合ではない。われらには火急の任務があるのだ」


 つづいてアフリカ大陸を支配下においているアメリカアフリカ軍の司令官を務める陸軍大将を呼ぶ。


「アフリカからも撤収だ。精強なアフリカ米陸軍の力がほしい」

「了解です。ジブチはどうしますか大統領」

「撤収してかまわないだろう。かの国にはドイツとフランスも駐留している」


 そして、太平洋、アジア、オセアニアと、地球のほぼ半分を管轄するアメリカ太平洋軍司令官の海軍大将に厳命する。


「オーストラリア、ニュージーランド、アジア、すべての駐留国からわが軍を撤退させよ。東海岸に回して手薄となった西海岸の防壁を再構築しなければならん」

「オーストラリアとニュージーランドとは、太平洋安全保障条約が結ばれていますが」

「わが国の国益の足枷になりかねん条約など、アメリカは必要とはしていない。いざとなれば破棄だ。怪獣を撃破してからまた締結でもなんでもすればよい」

「韓国との米韓相互防衛条約もですか閣下」

「むろんだ。朝鮮半島がどうなろうとアメリカのしったことではない。アメリカがもっとも大事なのはアメリカの安全保障なのだ」

「パラオに、ミクロネシアも?」

「そのとおりだ」

「このふたつは、米国とのあいだでそれぞれ締結されている自由連合盟約により、安全保障の権限を米国が保持しています。つまり自前の軍隊がなく、国防をすべてアメリカに委任しているということです。それでもですか」

「それでもだ。成熟した国家なら、国民をあずかる国家なら、自国の防衛は自力でおこなうのが常識だ。それを盟約だからといっておこたってきたほうがどうかしているのだ。アメリカに罪があろうはずもない」

「では、日本も?」


 ヒットリアは、そのとおりだ、とこたえた。


「三沢、横田、横須賀、厚木、岩国、佐世保、すべての基地からアメリカ兵を発たせよ」


 太平洋軍司令官以外の、武官や高官も口々に尋ねる。


「沖縄も……ですか」

「撤収だ。普天間、嘉手納、ホワイト・ビーチも撤収させろ」

「キャンプ・シュワブはいかがしましょう大統領」

「引き揚げろ。第3海兵師団戦闘強襲大隊、歩兵大隊はただちに帰還させろ。キャンプ・フォスター(キャンプ瑞慶覧のこと)の基地司令部も撤収、辺野古弾薬庫などの補給施設、天願桟橋などの港湾施設、訓練場から爆撃場にいたるまでの演習場もすべてだ」

「大統領。キャンプ・ハンセンは?」

「撤収しろ。あたりまえだ。第12海兵連隊、第5海兵航空管制中隊、第3衛生大隊もふくめた基地の総員を合衆国に呼び戻せ」

「キャンプ・コートニーの第3海兵遠征軍と第3海兵師団も撤収ですか」

「とうぜんだ。キャンプ・コートニーは第3海兵師団司令部ごと合衆国に帰還させよ」


 ヒットリアがみなに腕を伸ばして託宣する。


「いいか、すべてだ。世界中に散らばるわれらがアメリカ軍の戦力をすべてここに集結させるのだ。他国の基地にアメリカ兵士をひとりたりとも残すな。総力をもってやつを撃退するのだ。この史上最大の難局を乗り越えられねば世界戦略など意味はない。急場しのぎはとかくネガティヴに受けとめられるが、あすがなければ十年後もないのだ。他国に部隊を駐留させておいて、本国が滅びては本末転倒もはなはだしい。すべて、すべての兵力を投入し、国民のすまうこの本土の防衛をなす。本土をおろそかにして自国の国民を守れぬ政府に存在意義などない」


 サラザールに指示する。


「イスラエルに、相互防衛援助協定にもとづく軍事支援を要請しろ。また中華民国には、台湾関係法を持ち出して、武器、人員の拠出を取りつけろ。あまって困ることはない」

「わかりました」


 それからチトー将軍を呼ぶ。


「太平洋を試験航行中のズムウォルト級を至急、東海岸にまわしてくれ。EMLをも使わなければならないかもしれん」


 チトーの顔に緊張が走る。


「あの新鋭ステルスイージス駆逐艦をですか。まだEMLユニットは実用段階までは到達しておりませんが」


 EMLとは、エレクトロ・マグネティック・ランチャー、すなわちレールガンのことである。


「今回の参戦がちょうどよい実験となろう。目標を撃破できなければ、前政権から中途でひきついだ膨大な予算のかかるEMLの開発が中止となる、それだけのことさ」


 大統領命令をうけたチトーが敬礼した。


「了解しました。ズムウォルト級ミサイル駆逐艦USS<ユエルン・シティ>をただちに東海岸に移動させます」


 チトーは、ふとあることを思い出した。


「大統領、僭越ながら、ラングレー空軍基地のアンサン隊の配備はそのままで……?」


 ヒットリアの表情に、逡巡のいろがかすめる。第1戦闘航空団第98飛行隊、通称アンサン隊は、ヴァージニア州のラングレー基地に配属されている。F-15Eストライクイーグル十二機編成のアンサン隊は、敵巨大生物にたいし、爆撃機と戦闘機をかねた機体を駆る貴重な戦力となることが予想された。


 だがヒットリアの回答は重々しい。


「あいつは未熟だ。対怪獣ではなく、防空の哨戒にでもまわすのが賢明だろう」


 一見釈然としないヒットリアのことばに、しかしチトーは納得したようにうなづいてみせた。大統領も人の子であり、また人の親である以上、情というものは捨てきれぬ。人の情をもっているからこそ、チトーはヒットリアに忠誠を盡くせるのである。

 大統領のかつてない大規模な命令をこなすため、執務室は、ホワイトハウスは、そして全世界が奔走をはじめる。

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