四十五 現代の零戦
「ポリプテルス1(ワン)、警告。方位2-8-0より高速で接近する機影あり。五機。速力、マッハ一・三」
という不穏な知らせがアマテラスよりもたらされたのは、敵フリゲート戦隊に一六〇キロメートルまで近づき、海面を辷るような超低空飛行のために高度警報でコクピット内が満たされるなか、七〇キロメートル後方にいるアンヘル編隊の射線をあけようと右の方向舵ペダルを踏みこんだときだった。
不明機の群れは、各機がおよそ五〇キロメートルほど間隔をあけて鶴の翼の陣形をとり、日本海を小松へむけてまっすぐ南下している浅間からみて北西の方角から、やはり小松基地にむけて超音速巡航しているとの由。
「アマテラス、不明機の機種は判別できるか」
「ネガティヴ。いまだ長距離のため識別できない」
方位から考えて、北朝鮮から発進した戦闘機とみて間違いないだろう。
不明機群との距離は五五〇キロメートルほど。いずれにせよ接敵までにはまだ時間がある。
「アンヘル1へ、ポリプテルス1。こちらは航空優勢を維持する。予定通り艦を殺ってくれ」
「アイ・コピー」(了解)
「ポリプテルス2、5。合図で7Gハイレートクライム、アフターバーナー、高度をエンジェル8まで上げろ」
金本と漣が返事をよこす。
アンヘル編隊と時機をあわせるため、アマテラスがカウントを開始する。三、二、一、
「レディ、ナウ!」
たがいがみえぬほど距離をあけているなか、ポリプテルスの三機とアンヘルの四機がいっせいに急上昇。
おのおのエンジンから丹青の縞模様の烈火を伸ばし、海から飛び出した大鵬のごとくとなって天をめざす。
すぐにアフターバーナーを切り、機首を水平へもどす。
七機ともが、慣性力をも考慮して気圧高度二四〇〇メートルきっかりに高度をあげる。
レーダー警戒受信機が反応。円い表示画面の十二時方向に、下に線を引かれた<8>の記号。ソホ級フリゲートの対空レーダーだ。
二時には、地上施設レーダーであることを示す四角で囲まれた、<FA>の記号があった。敵は福井空港のレーダーをも我がものとしているのだ。
みつかるのは時間の問題だ。早急に片をつけなければならぬ。
対艦任務においては、複数種かつ複数発のミサイルによる飽和攻撃こそが真髄である。
戦闘機戦闘でいえば、レーダー誘導ミサイルにはチャフや妨害電波を、赤外線誘導ミサイルにはフレアといった対抗手段をもちいる。誘導方式によって有効な手段が異なるのだ。
対艦ミサイルも同様である。
画像赤外線誘導方式のASM-2と、みずからレーダー波を放つアクティヴ・レーダー誘導方式のASM-3を同時に発射すれば、敵はそれぞれに対抗手段を講じなければならない。
「アンヘル3、ターゲット・アルファをロック」
「アンヘル4、ターゲット・ブラボーをロック」
アマテラスのオペレーターたちが、F-2両機から送信されてきたレーダー情報を解析。
ロックしている目標が敵のフリゲートであることを確認し、攻撃許可をくだす。
ASM-2D/Lを搭載しているアンヘル三番機と四番機が、目標艦隊まで一五〇キロメートルの位置で二発ずつ発射。
動力たるターボジェット・エンジンの高温の排気を高速で噴射し、増速しながら高度を下げていく。
海面すれすれに落ち着き、巡航状態になるころには、飛翔速度は時速一〇五〇キロメートル前後に達していた。あと八分ほどで目標に到達する。
アンヘル三番機と四番機は、左右に別れて離脱。
その後方から、アンヘル一番機が直進。
ASM-2が発射されてから正確に六分後、三番機と四番機と同様に敵水上部隊まで一五〇キロメートルの地点に到着。
垂直尾翼では第4飛行隊の部隊章たる盲目の天使が微笑み、頭上の光輪と背中の白翼も美しい輝きを散らす。
機首のJ/APG-1位相変換素子レーダーが、電波のビーム幅を狭め、そのぶん極限まで探知距離を延伸。
戦闘機が苦手とするルックダウン状態であるにもかかわらず、一五〇キロメートルもさきの敵艦船を探知、捕捉する。
世界に存在するであろうあらゆる艦対空ミサイルの射程距離の外から、アンヘル1が新鋭のASM-3空対艦ミサイルを投下。即座に機体を反転させる。
角張った外観をした二発のASM-3は、そろって固体燃料に点火。
爆発にひとしい急速燃焼を後方へ指向させ、九〇〇キログラム超の弾体を超音速域まで一気に急加速。
燃焼がつきたとき、内蔵されているもうひとつの動力が目を醒ます。
ジェットエンジンの仕組みは、吸気、圧縮、燃焼、排気の四段階に単純化することができる。
ファンブレードで吸いこんだ空気を圧縮機で通常の三十倍まで圧縮し、燃料を噴射して燃焼させ、排気することで推力としているのだ。
しかし、超音速ほどの高速度で飛翔していると、空気も超音速で空気取り入れ口に飛びこんでくるため、圧縮機がなくとも勝手に圧縮される。
このラム圧とよばれる圧力で圧縮された高圧空気を燃焼させるラムジェットエンジンは、超音速飛行でこそ真価を発揮する内燃機関である。
固体燃料が燃えつきたあとの空洞を燃焼室とし、超音速飛行状態のASM-3が、ラム圧によるジェットエンジンを始動。
さらなる加速。
空対艦ミサイルの速力は、じつに音速の三・五倍にまで達した。
ミサイルの通過した一瞬あとの海面が、衝撃波で真白い激浪となって左右に疾走していく。それは、漁船程度の小型船なら軽く転覆させ呑みこんでしまうほどの狂濤。
先頭を飛翔中のASM-2の一発が指揮機となって、高度を高くとる。ほかのミサイル群は低空飛行。
指揮機となったミサイルは赤外線シーカーで三隻の敵艦を認識、どの目標に突入するかをそれぞれのミサイルに最終確認させる。
さらに、全弾同時一斉弾着の実現のため、各ミサイルに飛行経路の微妙な変更や加減速といった指示もだす。
ミサイル自身によって統制された、ターボジェットによる亜音速のASM-2四発と、ラムジェットの極超音速のASM-3二発が、朝鮮人民海軍の三隻のフリゲートへ殺到する。
一五〇キロメートルの長距離を翔破するころ、さきに発射されていたASM-2に、ASM-3が追いつく。
アンヘル一番機の射ったASM-3二発は、双胴船型が特徴的なソホ級フリゲートの左舷の舷側に直撃。マッハ四ちかい超速度での激突にも耐えられる高衝撃型貫徹式弾頭は、船体の完全複殻式装甲や隔壁を紙のように貫通した。
侵入した艦の内部で信管が起爆。
爆風によって分断された弾頭の破片が鉄の暴風となり、解放された焼夷材が一八〇〇から二〇〇〇度の猛火を召喚。超高温により空気が膨張する。膨張速度が音速を超えるため、爆風となる。
全長七十四メートル、一九〇〇総トンの戦闘艦は、ふたつの火球によって、原型すらとどめず爆砕された。
もし人間に対して戦車砲を撃ちこんだなら、ああもなろうか。しかも二発も叩きこんだのだ。乗員の生存も絶望的とおもわれた。
ASM-3と一秒も前後することなく、アンヘル三番機と四番機がはなった対艦ミサイルも、それぞれの羅津級フリゲートの目前で龍のように急上昇。
直後、折れるように急降下。
質量ある落雷となって艦橋構造物や甲板にふりそそぎ、反撃どころか回避行動をとるひまさえあたえず着弾した。
全長一〇五メートル、満載排水量一八〇〇総トンという、三十階建ての細身の建造物を海に浮かべたような羅津級が、まるで艦内に火薬をくまなくつめこんでいたかのように大爆発し、なすすべもなく粉砕。いっぽうの羅津級など、船体が中央から前後に真っ二つに切断され、大小さまざまな爆発をくりかえしながら轟沈した。
アマテラスや、E-2Cホークアイ早期警戒機がレーダー情報を解析し、空対艦ミサイルがみごと全弾命中、敵艦船を全滅せしめたことを浅間たちにつたえた。
雑音混じりの無線につかの間、歓声がわいた。
直後である。
レーダー警戒受信機が、四秒間の連続信号を発報。以降は断続した電子音の警報を鳴らしつづける。
レーダー警戒受信機の円形の表示画面には、五時方向の外側に、<N035Irbis-E>と付記された光点。
耳元で氷をアイスピックで砕くような音がした。
なんの音かと当惑していると、顔が急に冷えていく。
また同じ音。
血の気が引いていく音だと理解したときには、E-767空中管制機にむけ無線の送信ボタンを押していた。
「アマテラスへ、こちらポリプテルス1。スパイク。ファイヴ・オクロック。接近中の機体はSu-35と判明した。全隊に知らせてくれ」
レーダー警報が鳴りやむ。表示画面からも放射源たる光点が消えた。
「ポリプテルス1へ、アマテラス。了解した。レーダー照射した機体は何機か?」
「一機だ。いまは照射されていない。おそらく捜索のためビームをスィープさせていたのだろう」
左右の水平線のやや上から、それぞれ金本と漣のF-15Jが機体を寄せてくる。たがいが援護しあえる位置にいないと危険だ。
「ロックされていないことから、敵はまだこちらを探知できていないものと推測する」
「了解。こちらのレーダーでは追尾できている。接近中の目標を不明機からSu-35に変更。目標群は、貴機の3-0-8から3-4-0に展開。速力マッハ一・三を維持したままなおも針路1-6-5にとり飛行中。距離、一八四ノーティカルマイル。高度三二〇フライトレベル」
Su-35と識別できたのはレーダー照射してきた一機だけだが、おなじ速度で随行してきていることから、五機ともが同機種、ないし、同系列の機体とみてまちがいない。
「カマクナラか?」
「北から飛んでくる“フランカーE”編隊に、カマクナラ以外の飛行隊がないことを祈るばかりだ」
右後方八〇〇メートルに占位した金本に返す浅間の脳内では、疑念の靄が凝結し、確信という明瞭な水となって滴りはじめる。
アンヘル二番機が温存していたASM-3二発を投下。三番機と四番機も、残りのASM-2D/Lを二発ずつ発射した。
超音速と亜音速の対艦ミサイルが、六本の白煙の軌跡を描きながら右ななめ前方へ伸びていく。
ASM-3はアクティヴ・レーダー誘導式対艦ミサイルだが、相手のレーダー波をたどって飛翔するパッシヴ・レーダー誘導方式もそなえる。HARM(対レーダーミサイル)のような使いかたができるのだ。
ASM-2D/Lは、ミサイルのシーカーが映す赤外線画像をリアルタイムで母機に送信。パイロットが画像を見ながらミサイルを遠隔操作することにより、対地目標も攻撃できる。
ASM-3は敵航空戦力の目となっている福井空港のレーダーをつぶし、ASM-2は地対空ミサイル施設の破壊にむかう。
「コリドラス・フライトは五分後に到着予定」
「アマテラス、コリドラスの連中にオードブルはいただいたっていっといてくれ」
いまごろF-2A四機編成のコリドラス・フライトは、爆弾を満載して福井空港に急行しているはずだ。
「ポリプテルス5、スパローは使用可能か?」
「FLOODによる目視圏内であればなんとか。長距離モードではCW(誘導波)が遮られそうです」
浅間への漣の返答には悔しさがにじんでいた。
雑音が大きくなっている。まだ電子妨害機は健在らしい。
占守らに首尾をたずねようにも、妨害電波の強度が高い電子妨害機近辺にいるために無線がつながらない。
最悪の予想が脳裡をよぎる。
無線に応答がないのは、通信が妨害されているからではなく、応答すべき相手がいないからではないか?
どうすべきか浅間は迷う。
Su-35編隊は超音速巡航で小松基地へ直行している。あと十分たらずで到着するだろう。
五分と五分の状況で戦って勝てない相手である。
電子妨害下での戦闘など無謀にすぎる。
「いまからおれたちが電子戦機を狩りにむかっても、目的を果たしてもどってくるころには、カマクナラは小松基地上空でひと暴れしたあとだ。それからやつらに戦いを挑んでも、敵にとっては戦力の逐次投入と同様の状況となる」
「近接航空支援機の護衛として陸側から小松へむかっているイーグルの十二機といち早く合流し、待ちかまえておくほうが得策か」
浅間に金本が同調する。消去法だがしかたがない。
水いろに煙る景色のなかに、幽かに陸地が透けて見えはじめた。小松である。
前方に火器管制レーダーを指向すると、妨害電波の緑のちらつきのなかに、市街地上空を飛び交ういくつもの機影が映る。
さらに接近。距離がちかくなったことで敵味方識別装置の質問波が妨害電波を突破、捕捉機たちに送信される。
信号が自動的に返信されてきて、機体がスティングレイやラングフィッシュといったF-15Jの編隊や、F-2Aを駆るスネークヘッド編隊、F-4EJ改のクレニキクラ編隊であることを浅間の乗機が認識。
応答がない機はすなわち敵機。VSD上で長方形の記号となる。
「スティングレイ1へ、こちらポリプテルス1。景気はどうだ?」
赤外線誘導式ミサイルのシーカーの冷却を開始。
亜音速での飛行による空気摩擦で二〇〇度以上に熱せられていたシーカーが、液化アルゴンガスによって熱を除去され、視力をとりもどしていく。
「ポリプテルス1、こちらスティングレイ1。AAA(対空砲)とSAM(地対空ミサイル)と敵機なら売るほどある」
さきの作戦で失明させられたポルカにかわり、繰り上げ人事的にスティングレイ編隊長をつとめているモトロが苦笑まじりに返してきた。
「とにかく目標の数が多い。手を貸してくれるとたすかる」
「そのことだが悪いお知らせだ。現在Su-35が五機、小松に接近しつつある。全機につたえてくれ」
「最悪だな。了解した」
「ポリプテルス1へ、こちらアマテラス。小松基地の陸上部隊が再編制され、包囲網の突破を図っている。基地は現在、敵のヘリコプター部隊、攻撃機、ロケット砲部隊、長距離砲部隊、さらに前衛の突撃砲と歩兵からの攻撃を受けている」
「サンドバッグだな」
「敵地上部隊をスネークヘッドならびにクレニキクラ・フライトが叩いているが、敵のMiG-29が航空優勢を奪おうとしている。Su-25“フロッグフット”も脅威だ。ポリプテルス・フライトは制空部隊と協力して敵機の掃討に当たってくれ」
スティングレイにラングフィッシュ、アシペンサー編隊が、MiG-29やFC-1梟龍の飛行隊と交戦状態に入っている。
電子妨害で視程外戦闘ができないため、短射程ミサイルと機関砲をもちいた近距離戦をいどむしかない。なかには飛行機雲がからまるような組んずほぐれつの格闘戦になっている機もあった。
「スネークヘッド1から入電。『われ、正面からレーダー照射を受く。機種はMiG-29』」
アマテラスに搭乗しているオペレーターのひとりが空域の全機に通達した。
基地の東から爆撃行程に入ったF-2の編隊が敵機に狙われている。
「アマテラスへ、ポリプテルス1。われわれが向かう」
「ラジャー。敵方位1-9-5、距離二十四ノーティカルマイル、高度三〇〇〇、レフト・フランキング。“フルクラム”二機。針路0-5-0」
真南をむいている浅間たちからみて、一時の方向、一〇〇〇メートル低域にMiG-29が二機。右前方から左へ横切ろうとしている。
小松飛行場から南西に二十五キロメートルの東尋坊上空を通過中の敵は、爆撃態勢にあるスネークヘッド編隊に正反航戦をかけるつもりだ。
「スネークヘッド1へ、こちらポリプテルス1。そのまま投弾コースを維持しろ。おれたちが片づける」
「ポリプテルス1へ、スネークヘッド1。ありがたい!」
敵機の針路と速度から、何秒後にどのあたりにいるかすばやく暗算。
金本と漣を引き連れ、やや右へ旋回し、東尋坊北東の加賀市上空へ接近。
「2、マッドスパイク。テン・オクロック」(ポリプテルス二番機、十時方向地上からレーダー照射検知)
「5、マッドスパイク。ナイナー・オクロック」(ポリプテルス五番機、九時方向地上からレーダー照射検知)
舌打ちまじりの金本と漣の報告とほぼ同時に、浅間もレーダー警戒受信機の警報に鼓膜を貫かれた。
表示画面を一瞥。小松市のある九時から十一時の部分が、おびただしい数の対空砲と地対空ミサイルの捜索レーダーで埋めつくされていた。熱烈な大歓迎である。
「ポリプテルス・フライト、ECMオン」
自身も搭載電子戦機材を操作しながら、僚機らに電子妨害の起動を指示。
座席のうしろで、二十基もの並列演算処理装置をはじめとした電子戦機材が、無限音階の駆動音を奏でる。
瞬間、ガラスを金属の爪で引っかいているような警報音が消え失せ、レーダー警戒受信機表示画面のレーダー放射源記号は、脅威対象外を意味する外縁に追いやられた。
地対空ミサイルはもちろん、対空砲も、航空目標の捜索と照準にはレーダーをもちいている。
F-15Jの戦術電子戦装置は、照射された敵レーダー波を、機体各所の警戒受信アンテナで受信。デジタル変換して中央コンピュータに送る。
中央コンピュータは電波成分を解析し、最適なレーダー阻塞用の放射雑音電波、あるいは欺瞞妨害電波として発信。
レーダー波として用いられることの多い二から二〇ギガヘルツの周波数帯域であれば、対空砲であれ地対空ミサイルであれ、あらゆる脅威レーダーを無力化させることができる。
レーダーなしでは、高度数百から数千メートルを亜音速で飛び回る戦闘機など、墜とすどころか発見することもできない。
かつて敵戦闘機からのレーダーロックも防いだ電子の結界が、いままたF-15J各機の周囲に張り巡らされているのだ。
下からの脅威がなくなり、浅間はゆるやかに上昇しつつ、MiG-29二機編隊の予想進路上へむけ増速。
スロットル・レバーをアフターバーナーなしの最大推力位置まで倒すが、加速がにぶい。
なにしろ両翼に増槽をかかえている。
増槽ほど重くて空気抵抗になるものはないが、すこしでも燃料が惜しいため、まだ落としていなかった。
「ASM-3、弾着、今!」
アンヘル一番機からの無線と同時に、レーダー警戒受信機画面から福井空港のレーダーの記号が消滅した。
敵機はこれで地上管制レーダーの支援を受けられなくなった。
浅間たちは積層雲の天井を突き抜けた。
雲量は八。地上一八〇〇メートルの空は八割が雲に覆われている。雲を隠れ蓑に接近すれば気づかれない。
こちらからも敵機や地上を視認できなくなるが、かわりにアマテラスが距離を教えてくれる。
予想進路上に到達。
三機のF-15Jが、そろって左ななめ下にむけ旋回。
機体重量が重いぶん大きくなる旋回半径を考慮した高度から滑り落ちる。
袈裟懸けの旋回を終え、機体が水平にもどる。
計算どおり、直進する敵機の二キロメートル後方についた。
“フルクラム”の排気口と主翼の輪郭を肉眼で確認。
浅間のイーグルの翼には、シーカーの冷却が完了したAAM-3が獲物をもとめて待っている。
敵編隊より二〇〇メートルほど下を維持しつつ、後方から接近。
“フルクラム”のキャノピーは真後ろもふくめた全周の視界を約束するが、さすがに後ろの下方まではみえない。“フルクラム”にかぎらず、後下方は飛行機の最大の死角なのだ。
死角からはずれないよう操縦し、レーダーを切ったまま、ミサイルのシーカーを起動。
HUDの中央に、ちいさな照準円が出現。
照準円はシーカーの視野を表している。
二機のうち左にいるMiG-29を照準円におさめる。
耳元で熊蜂が飛んでいるような音。シーカーが目標の赤外線を認識している音だ。
敵機を照準円にとらえつづけるうち、浅間の左目に赤が映る。
目標のMiG-29の垂直尾翼に、赤き鳥の部隊章。真紅の翼は細長く、尾羽は蛇の舌のごとき二又。
かつて仙台で遭遇し、卑劣な蛮行で秋霜と霧島を惨殺した飛行隊が、目の前にいた。