表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/50

四十一 暴力革命

「しかし、おまえは米軍との合同訓練で、F-22に勝ったのだろう?」

 東雲が思いだし、たずねてくる。

「いくらSu-35とて、F-22より高性能ということはない。勝ち目はあるのではないか?」

 浅間はかぶりをふった。

「勝てたのは、SRM(短射程ミサイル)とガンのみの有視界戦闘限定という条件があったからです。空自と米空軍の親睦をふかめるための、いわば余興の試合です。つかえるものはなんでもありの本番では、訓練空域に入った瞬間に撃墜されました。あれが仮想攻撃でなく、実弾のAMRAAMなら、自分はここにはいないでしょう」

 東雲が、うーむ、とうなった。

 AMRAAMを装備している敵との訓練では、ロックオンされた時点で、撃墜と判定される。

 アクティヴ・レーダー誘導ミサイルにとって、ロックと撃墜は同義語ということだ。

「BVR戦闘では、ぜったいにかなわない」

「ではWVR戦闘にかけるしかないが、もしドッグファイトになってしまった場合、われわれはSu-35に勝てるのか?」

 アルタムとアネクが懸念を口にする。

「理想は、飛ぶまえにたたくことだ」

 浅間は腕をくんだ。

「駐機しているところを急襲し、爆撃してしまえば、そもそも空戦などする必要がない。もっとも安全で確実だ」

 それに金本がおおきくうなずく。

「Su-35が拠点にしている飛行場は? 羽田か? 成田か?」

「偵察飛行隊や測地衛星が偵察していますが、羽田はたしかに敵の空軍が占拠しているものの、Su-35の姿はいちども捉えていないそうです」

 自衛官のひとりが答え、ふたたび沈黙する。

「なら、Su-35はどこからきてるんでしょうか」

 早蕨が大多数の疑問を代弁する。中隊規模の戦闘機が煙のように消えてしまうはずがない。

「じゃ、いまはそれは保留にしておこう」

 金本がきりかえる。

「どこをねぐらにしているのかわからない。地上で“フランカーE”をたたけない以上、空の上で出くわす危険性が高い」

「後ろからこっそり忍び寄って、背中を刺すしかないな」

 浅間は自嘲ぎみにこぼした。正攻法では勝てないのだ。

「AWACSがあります。こちらがレーダーをカットしたまま、AWACSに誘導してもらえば、敵に気づかれずに接近できます」

 アネクが希望を語る。

「占守、可能だと思うか?」

 浅間が水をむけると、女は秀でた顎に二指をそえ、

「おそらくですが、至難のわざかと」

 冷厳に結論をしめした。

「現代の航空戦では、AWACSは必要不可欠なものとなっています。高々度から超強力レーダーで戦場全体を見渡し、敵機の動向を見張り、味方機に適切な指示をあたえて誘導、管制するAWACSは、いわば砦であり、空飛ぶ天幕であり、天守閣です。もしAWACSを墜とされるようなことがあれば、戦闘機編隊は頭を欠いた烏合の衆と化します。場合によれば、それだけで即時撤退を余儀なくされることもかんがえられます」

 まず前提から確認していく。

「しかし、機体間相互データリンク・システムを各機にもたせれば、一機一機のレーダーが収集した情報を全機がリアルタイムで共有できるため、戦闘機が限定的にAWACSの機能を模倣することが可能です」

 近年のロシア戦闘機は、情報を一手にになうAWACSよりも、機体相互間の情報共有に重きをおいている。

 “フランカー”も例外ではない。

「データリンクされた“フランカー”が五機いれば、単機の場合よりもレーダーによる捜索範囲は五倍になります。それだけでなく、データリンクで結ばれた機体は、友軍機が捕捉した目標もじぶんが探知したのとおなじにあつかうことができ、たとえば仲間がロックオンしていれば、自機はロックオンしていなくともミサイルを発射する、といった芸当も可能です」

「たとえば、三時方向からロックされているのに、いつのまにか九時の方向からミサイルが忍び寄ってくるわけだ。ミサイルのシーカーが起動して存在に気がついたときには、もう逃げようがないほど接近を許している」

「敵の“フランカー”一機に発見されることは、全機に発見、認識されたも同然です。レーダー警戒受信機もリンクされていれば、仲間が脅威レーダーにさらされていることを戦場にいる“フランカー”の全機が探知します。無線で教えてやったり、対処しやすい場所にいる“フランカー”が援護するなどして、たがいがたがいをまもる。死角はありません。まさに全にして個、個にして全です」

「戦闘機編隊がミニAWACSとでもいうべき能力をもってるから、被撃墜が即敗北を意味するAWACSを飛ばさなくてもいいってことか……」

 マラリアがつぶやく。

 戦闘機編隊がAWACSをかねることができれば、貴重な戦力を護衛に割かなくてもよい。作戦の自由度もあがる。

「AWACSは、機能を一機に集約しているがゆえに、撃墜と同時に指揮系統が崩壊する危険性をつねに孕んでいるわけですが、ロシア式なら、一機や二機が墜とされても、捜索範囲が多少せまくなるだけで、大混乱にはいたりません。柔軟性と抗堪性をかねそなえた通信指揮システムといえます」

 占守の説明をきいていた吹雪が、内心の畏れを払拭するように、

「反則的だな。まるで子供の妄想を具現化したかのようだ」

 と乾いた笑いをみせた。

「すべて墜とすつもりでないと、“フランカー”の網は破れないということか」

 吹雪の吐息に、占守がすこし考える。

「複数の機体が収集したレーダー情報は、単にそのまま垂れ流しで相互通信させたのでは混乱をきたします」

 唇が答えを導きだす。

「どの機体がロックしたのか、そのポジションの目標を攻撃するならどの機体が最適なのか、情報を解析し、群れを統率する指揮機が必要になります」

「前線で戦えるAWACSを目指している以上、指揮機も戦闘機でなければならない。互換性や、編隊を組む必要があることから、おなじ“フランカー”系列の機体であることが望ましい」

 浅間に占守がうなずく。

「膨大なレーダー情報を処理し、何機もの味方をリアルタイムで管制する作業は煩雑を極めます。操縦や戦闘と並列しておこなうのは現実的ではありません。よって、最低でも一機は複座型のSu-30か、Su-35UBが、指揮機として同行しているはず」

「そいつを墜とせば、比較的おおきなダメージを与えられる」

 早蕨が目を輝かせていったが、

「どうやって墜とすのかが大問題だがな」

 金本の再確認は、質量をもっているかのように重かった。

「いくら高性能な戦闘機でも、乗ってるやつが大したことないなら宝の持ち腐れです」

 早蕨がいいつのる。

「ハイテクであればあるほど、それをつかう側にも高度な教練が必要になります。北朝鮮にSu-35をつかいこなすほどのパイロットなんていますかね?」

「カマクナラ中隊は、朝鮮戦争時に組織された督戦隊だ」

 長良がさえぎった。

「督戦隊とはいっても、よくいわれるような、戦場の後方にひかえて、にげる味方の兵を撃ち、むりやり戦わせるというものではない。空軍は訓練に実機をつかう。ジェット戦闘機なら飛行訓練中に機体ごとよその国へ亡命することも可能だ。朝鮮人民空軍の督戦隊は、そういった脱走兵を領空内にいるうちに処分するためにつくられた」

 敵役となってパイロットを鍛えることを目的としているがため、仮想敵国の空軍を日夜研究している教導隊が解説する。

「北朝鮮の戦闘機は、訓練中の脱走対策のため、燃料を満タンにすることはないといわれている。しかし脱走と判断されてから出撃するカマクナラ中隊の戦闘機は、脱走機を追いかけて撃墜するという任務上、そのときどきでもっとも性能の高い戦闘機を装備し、燃料も満タンにして発進する。つまりふつうの人民空軍機より逃避行しやすいわけだ。だから、カマクナラ中隊に配属されるパイロットは、人民空軍のなかでもとくに党への忠誠心が高く、思想上も身元も問題のない者ばかり。むろん腹芸だけでなく、返り討ちにあっては元も子もないので、操縦、戦闘でもとびきり優秀なのをそろえているという話だ」

 浅間は唾を吐きたいきもちだった。敵ではなく、味方を殺すために専門の部隊を創設するなど、近代の軍の常識からは甚だ逸脱している。

「カマクナラ中隊のその伝統がいまも受け継がれているなら、かれらは事実上、北朝鮮最強のパイロット集団ということになる。すくなくとも、じっさいにやつらを排除するまでは、そのつもりで挑まねばなるまい」

「味方殺しのハゲタカが最強というのも、なんだか妙な話ですね。エンブレムも変だし」

 早蕨が苦し紛れに悔しさをにじませる。

 東京にて、Su-35編隊を間近にみたときの記憶が、脳裡に写真のようによみがえる。垂直尾翼には、魚類か両生類のような背鰭せびれをもつ黒犬の標章があった。

 鴣禍コカ戦災之兆センサイノキザシなどとよばれる妖怪であることはしっているが、具体的になにを意味するかはわからない。さしもの長良もしらないようだった。

「たぶんだが、ブルケのつもりだ」

 口を開いたのは、金本だった。

「ブルケ?」

 浅間の問いに、

「朝鮮につたわるむかし話にでてくる犬だよ」

 金本が返す。浅間は無言でさきをうながした。

「宇宙の果てに、カマクナラという王国があった。カマクナラってのは、暗闇の国を意味する。ブルケは、カマクナラにいる猛犬だ」

 金本が滔々と語る。

「カマクナラには太陽がなかった。カマクナラの王は、じぶんの国が暗いのがいやだった。そこで王は、ブルケに太陽をぬすんでくるよう命じた。ブルケは太陽をくわえたものの、あまりの熱さに口のなかをやけどしてしまい、途中で断念した。いまでもカマクナラの王は太陽をぬすむことをあきらめておらず、ときおりブルケを送ってくる。日蝕は、ブルケが太陽をくわえた瞬間らしい」

 自然現象の不思議を超常的な存在で説明する、ごくありふれた神話だった。

「で、現代のカマクナラの王さまは、太陽のかわりに日の丸をぬすみにやってきてるってわけか?」

 浅間がいったとき、通話を終えた五月雨が、室内をふりかえる。

「苫小牧の北受信管制局より連絡。当該地域の撮影に成功、解析を終了したとのことです」

「本題は、これからだな」

 室の照明が落とされる。

 ブリーフィング・ルーム前方、壁にかけられた六十五型の液晶テレビの電源がいれられ、文字列と数列をひとしきり表示したのち、隊員が入力を切り替える。

 六十五インチの対角線をもつ大型の液晶には、画面を横に二分割するような、長い水平の棒。

 数秒まつと、灰いろの棒の左端が、硬貨一枚もない薄さだけ、緑いろに染まる。

 時間とともに、緑は棒の灰いろを押しだし、左から徐々に右へと版図を伸ばしていく。

 円筒の内部を緑の液体が満たしていくような表示だった。

 北受信管制局がはるかな天より入手した、膨大な量の情報。

 平時から数が足りていないと各方面から指摘されていた管制局の専門要員たちが死にものぐるいで解析した画像を、電子的に受け取っているのだった。

「安全対策はできてるんだろうな?」

「管制局との送受信は、情報を量子変換させる方式の暗号化通信をつかっています。かりに傍受されたとしても、通信時にそれがノイズによって明確にわかる仕組みになっていますし、非正規に暗号を解読するには二十日はかかります」

「室内に盗聴器は?」

「事前に確認しておきました。完全にクリーンです」

「いちおう、もういちど盗聴電波の探知をやっておけ。搬送波レーザーによる会話盗聴もかんがえられるから、窓からみえる範囲に不審者がいないか見張りをたてろ。フロアを封鎖し、民間人だろうが自衛隊員だろうが、用のない者はちかづけさせるな。先方にも同様の警戒をするようつたえろ」

 東雲の懸念ももっともだ。情報管理のお粗末さは日本のお家芸といえる。念には念をいれる必要があった。

 横棒を緑が完全に満たし、情報の取得と、暗号化通信の用意がととのった旨の表示があらわれる。

 まず映し出されたのは、薄暗く、素人目にはどのような用途があるのか不明な、無数の機材に席巻された一室。

 図書館の書架のごとく部屋の壁をうめつくす鉄の棚につまれ、ならべられた電子機器の山脈は、みずからの起動状態をしめす表示灯もあいまって、さながら夜景にうかぶ高層建築物となって、その頂上を天井寸前まで伸ばしていた。

 ところどころに色とりどりの付箋とともに、最新設備には似つかわしくない古式な御札が貼られているのは、どうか作動不良を起こさないでくれという局員らの願いからであろう。

 人工物で雑然としながらも整然とした混沌のなかでは、作業着たちが機材の調整や情報の整理に追われていた。

 画面が、唐突に右にふられる。

 あらわれたのは、やけに新しい作業着を着た、髪の薄い中年男。黒縁眼鏡の奥の目は、毛細血管がうきあがり、赤く充血していた。

 北受信管制局の天津風あまつかぜ局長だ。ろくに寝ていないのだろう。無精髭が、顎と口まわりに黒い芝生となって生えていた。

「天津風、苦労をかけるな」

 東雲が画面のなかの天津風に、正確には、液晶の上部に設置された撮影機に男くさい笑みを投げかける。

「おまえじゃなくてもやってたよ。仕事だ」

 小型撮影機をじぶんでこまかく調整している天津風は、表情筋ひとつ動かさなかった。

「お知り合いで?」

「防大の同期だ。将補になったとたん退職して、内閣情報センターに再就職。いまは北受信管制局の頭だ」

 つまり天下りである。しかももと空将補にしてはあまり条件がよくない。重工業メーカーや大手航空会社の重役の椅子に座っていてもいいはずだ。

 浅間がなんと反応してよいか迷っていると、

「コネってのはたいせつだよな。おれみたいな年寄りでも、こうして役にたてるときがある。相手があんなやつでもな」

 顔をよせて、悪だくみの相談のようにうそぶいた。

「しかし、なんでおまえがそんな疲れた面してるんだ。いつものようにふんぞり返ってりゃいいだろう」

「最近の若いもんは、上が動かないと仕事したがらないんだ」

「おまえがやることなんてなにもないだろう。コンソールひとつ動かせんくせに」

「防衛省時代から、忙しそうに働く演技だけは定評があったからな」

 天津風がはじめて笑みをみせた。かれらなりの舊交きゅうこうの温めかたであるようだった。

「で、具合はどんなだ」

 東雲の問いは、天津風の体調への気づかいではない。

 天津風もはなから承知しているのか、あるいはみずからの健康など気にかけない性質なのか、

「まず、これをみてくれ」

 部下に指示して、映像を切り替えさせた。

 液晶いっぱいに映されたのは、天空より見下ろす神の視点。

 大気圏よりもはるか上、航空機などおよびもつかぬ、永遠の無音と暗黒の世界から垂直にみた、地上の風景。

 情報収集衛星たる画像衛星<いざなぎ>と、対となって行動するレーダー衛星<いざなみ>による宇宙からの写真、すなわち衛星写真であった。

「三沢や大舘能代、秋田空港のときは天候にめぐまれたが、今回は雲がずっと蓋をしていた。雲がちょいと切れた瞬間を見はからって撮影した」

 液晶が全画面で衛星写真を映しているので表情はうかがえないが、天津風の声はこころなしか得意げである。

「おまえが撮ったわけじゃあないだろう」

「部下の手柄を、さもじぶんが立てたかのようにふるまう。これも防衛省時代からの特技だ」

 室内の陸海空の自衛官が衛星写真に注目する。

 とくに注釈がないから、上が北だ。

 高野山や梅ノ木山からなる山々を背に広がる街並み。広大な水田に休耕田、耕作放棄地。

 画像は、二本の滑走路と付随する誘導路を中心にすえている。

 左上は、翡翠がかった青をたたえる日本海。

 海岸線が、画像の上部中央あたりから、左端の真ん中よりやや下へむけななめに走る。海は、長方形の画面において、海岸線を底辺とする直角二等辺三角形となっていた。

「三十五分まえに撮影された、石川県小松市、小松基地の様子だ」

 浅間も左目だけで見いる。

 航空自衛隊小松基地。

 いまは亡き秋霜と霧島の両名が所属していた、シクリード・フライトの母基地だ。

 茨城の百里基地とともに中部日本をまもっていた戦闘機基地こそが、目下、浅間たちの最大の懸案事項であった。

「空自と陸自の残存部隊が小松市ごと立てこもり、敵の攻撃に耐えている。現在は市の大半を失陥。部隊は小松基地にのこるのみだ」

「敵の規模は?」

「説明する」

 基地の南一帯にひろがる水田地帯は、画像上の縮尺によれば、縦におおよそ一五〇〇メートル、横は約二〇〇〇メートルにもおよび、道路整備も碁盤の目のごとくいきとどいている。

 水田なので平地である。

 敵にとっても、部隊を容易に展開しやすい。

 牽引式の榴弾砲が、基地から一五〇〇メートルあたりの水田に三本足の砲架に乗った状態で、見本市よろしくこれでもかとならべられている。

「三脚の榴弾砲なんてものは、ソヴィエトのM1963一二二ミリ榴弾砲でしかありえない。砲はすべて基地方向へと指向されている」

 衛星写真は、榴弾砲一門あたり五名で射撃操作に従事している北朝鮮兵らの姿まで、鮮明にとらえていた。

 数は、局員がかぞえたところ、三十四門。

 さらに、榴弾砲よりちかい、基地から一〇〇〇メートル付近の各道路には、こけいろのトラックが、これまたわんさかと駐まっている。

 むろんただの路上駐車ではない。

 トラックは、いずれもやけに鼻が長く、荷台にあたる部分に、長細い管を何十もたばねてマッチ箱のような形状にしたてた物体を乗せている。

 うち一台が、背中の管の集合体から、顕著な濃い白煙を基地の方角へと伸ばしていた。

「車種は簡単に特定できた。ウラル4320トラック。それに多連装ロケット砲の発射台を乗っけたものだ。ちょうど発射の瞬間をとらえていたので、飛翔中のロケットから同定できた。直径一二二ミリメートル、全長三・二三メートルのBM-21グラート多連装ロケット弾を搭載している」

 BM-21は、発射装置に三〇基装填されたロケット弾を、わずか十数秒で全弾発射してしまう連射能力をもつ。

 面制圧、または、前進する主力部隊の邪魔となる敵の火点や兵力に瞬間的な集中攻撃をくわえる後方支援役としてつかわれる。

「グラートを積んだウラル4320トラックは、確認できただけで十七台だ。かりに十七台のBM-21グラートが一斉射撃した場合、十五秒のあいだに五〇〇発以上のロケットが小松基地にふりそそぐことになる」

 M1963一二二ミリ榴弾砲とあわせれば、単位時間あたりの弾量は、まさにグラートの別名そのままに、けっして無視できない被害をもたらすだろう。

 南西の一角には、三本のミサイルを背にのせた装軌式の車輛が六輛かたまっていた。

「対空兵器としては、SA-6“ゲインフル”が配備されている。外からくる航空機に対してというより、基地から飛び立とうとするヘリや戦闘機を処理するためだろう」

 また、火砲や多連装ロケット砲に弾薬を補給したり、燃料、水、食糧をはこんでいるとおぼしき車輛も、部隊の規模にしてはややすくないが確認できた。

 浅間たちはなにもいうことができなかった。

 これでもまだ、基地の南側だけなのだ。

「基地の東は、前川をはさんだ市街に敵部隊が展開。正面火力の中身はバカみたいな数のM1963とグラート、さらに前衛として一〇五ミリ装輪自走対戦車砲が二十輛つめている」

 画像が拡大。

 前川に寄り添うように走る県道二十五号線で停車している一〇五ミリ装輪自走対戦車砲の一輛が、詳細に表示される。

 化学防護車をおもわせる角ばった車体に、長砲身をそなえた旋回砲塔がのる。

 避弾経始を考慮して前面が10式戦車のようにくさび形となっている砲塔には、副武装の十二・七ミリ重機関銃もみてとれた。

 一見して戦車のようだが、足が無限軌道ではなく六輪のゴムタイヤである。

「また中国か」

 どこからともなくこぼれたつぶやきが、室の暗い床に落ちた。

 中国北方工業集団公司が開発した一〇五ミリ突撃砲は、戦車ではないが、主砲たる一〇五ミリメートルライフル砲は、対戦車砲弾はもちろん、対戦車ミサイルを発射することも可能だ。

 装輪のうえ、戦闘重量二十トンたらずの軽量もあいまって、整地では高い機動力と速度を発揮する。道路の舗装がいきとどいている日本の市街地にはもってこいだ。

 車体側面にいくつもぶらさげている麻袋の中身は、土か砂だろう。土嚢あるいは砂袋を即席の増加装甲にしているのだ。

「前衛部隊には、AKを装備した歩兵のほか、SA-7“グレイル”をかついだ兵士もいた」

 SA-7は、肩撃ち式の携行対空ミサイルであるため、射程はみじかいが、機動力はSA-6“ゲインフル”より高い。

 一〇五ミリ装輪自走対戦車砲を中心に小銃と携帯型対空ミサイルで武装した歩兵部隊の前衛、一二二ミリ榴弾砲とM-21多連装ロケット砲の後衛が、基地の東側を占拠していた。

「小松基地の西側も、耕作地や民家がたちならぶ、どこにでもある地方都市がひろがっている」

 天津風の声とともに、画像が西へずれていく。

「兵種と構成は基地東側と似たようなものだ。榴弾砲が二十一門、グラートが十八台、一〇五ミリ突撃砲が十六台。北陸自動車道にも榴弾砲が配置されている。さらに、すべての地上部隊には、80式装甲兵員輸送車と、それに榴弾砲を搭載した70式自走榴弾砲がつきしたがっている」

 いったん画像の倍率がもどり、広範囲の俯瞰ふかんとなる。二〇〇〇メートルをこす小松基地の滑走路が、人差し指の第一関節よりもちいさくなる。

「おまけに、小松から二〇キロメートルの沖合いには、朝鮮人民海軍のフリゲートが三隻、陣どっている。艦種も特定できた。羅津ナジン級が二隻と、ソホ級一隻だ」

 舷側を陸地へむけた三隻のうち、いわゆるふつうの戦闘艦というべき凡庸な艦容をしている二隻が、羅津級フリゲート。

 ふたつの船体を横にならべてくっつけたような姿形をしているのは、北朝鮮で唯一ヘリコプターを搭載できる艦、ソホ級フリゲートである。甲板には、機尾翼のないずんぐりむっくりしたKa-29“ヘリックス”が艦載されていた。

「羅津級フリゲートは、艦首と艦尾に単装速射砲と二連装砲を一門ずつ搭載。対空機関砲として三〇ミリメートル連装機関砲、対艦ミサイルの発射装置も装備している。ソホ級のほうは、主砲が一門しかないかわりに、対艦ミサイルの発射筒が二倍の四基ある」

 天津風が冷徹に結論をくだす。

「つまり、小松基地は、海をふくめた東西南北、全周三六〇度を、完全に包囲されていることになる」

 液晶画面だけが照明となっている室内の空気が、緊張に硬質化。だれかがつばを飲む音がやけにおおきく響いた。

「敵の航空機は?」

「市街地の適当なところに“ハインド”が駐機されている。みつけられたのは十一機だ」

 画像は、基地からはずれ、南西へと移動した。

「小松基地から約三〇キロメートル離れた福井空港に、Su-25が七機。また、An-12輸送機がひっきりなしに離着陸をくりかえしている」

 一〇五ミリ突撃砲も80式装甲兵員輸送車も、アントノフAn-12で空輸することができる。福井空港を野戦滑走路がわりにつかっているのだろう。

「福井空港にSu-35は確認できないか?」

「そんなものは写っていない。“フロッグフット”と“カブ”、ついでにヘリコプターならわらわらいる」

「基地はぶじなのか?」

「ここからみるかぎりは、まだ灰にはなっていない。建物に多少の損害はみられるがな」

「すでに包囲をかためている。とっくに総攻撃をかけていてもいいはずだ」

「いまからやる気なのかもしれないし、あるいは、攻撃しようにもできないということもかんがえられる」

「どういうことだ」

「大規模な攻撃には、大規模な補給態勢が必須になる」

 事実を写す衛星写真から、天津風が真実を読みとる。

「たとえばM-21多連装ロケットは、三〇発のロケット弾を十数秒で射ちつくす連射性能があるが、再装填には十分から二十分かかる。一台だけでそれだ。補給する車輛がグラート五台につき一台しかなかったら、三〇台のグラートが第二波攻撃可能になるまで一時間から一時間半以上も空くことになる。いまのところ、正面火力に対して補給態勢がじゅうぶんとはいえない。補給部隊および弾薬を空輸で増派している最中である可能性が高い」

 小松基地に残存している自衛隊が奮闘したのか、敵にもそれなりに出血を強いたのだろう。敵に予想以上の兵站不足をもたらしているのだ。

「逆にいえば、その補給態勢がととのったとき……」

「小松基地は瓦礫の山となるだろうな」

「小松基地に通信をこころみているが通じない。電子戦機の機影はあるか?」

「雲の上にいるから簡単に捕捉できた。An-12を改造した電子妨害機が一機滞空している。福井空港にいるもう一機と何時間かで交代しているようだ」

 小松基地は、物理的にも電子的にも包囲されているのだった。孤立無援である。

「小松にどの程度の戦力が立てこもっているかわかるか?」

「のんきに屋外にでているやつなんかいないからな。正確な人数はわからんが、10式戦車を装備する機甲部隊を中心に、AH-1Sヘリ部隊、特科部隊、ほか、連隊規模の隊員が籠城している」

 小松基地は航空自衛隊の基地だ。陸上自衛隊は駐屯していない。

「おそらくは、東京が襲われたあの日、われわれと同様、部隊を全滅させまいと首都圏の駐屯地から撤退したのでしょう。ろくに組織だった反撃もできないまま追われ、まがりなりにも自衛隊基地である小松に身をよせ、基地の空自とともにきょうまでふんばってきたのではないでしょうか」

 浅間の推測に、東雲もおおきく首を縦にうごかした。

 当たっていればおそろしい事実だ。小松の生き残りは、東京急襲から二週間あまり、ずっと北朝鮮の追撃と攻囲に耐えてきたことになる。

 音声の背後で、部下らしき男が天津風をよぶ声がする。天津風が応じる。

「地上部隊も大仰だが、フリゲートのほうも気にかかる」

「とは?」

「<いざなぎ>の赤外線モードの写真と、<いざなみ>のレーダーで撮影した写真を重ね合わせた結果、三隻の対艦ミサイル発射装置に、通常の対艦ミサイルにはない熱反応を観測した」

 画像がひと刷毛され、光学から熱分布、電波観測モードに変わっていく。

 光学衛星とレーダー衛星が、もてる全性能を駆使し、海にうかぶ船体を透視する。

 海が黒く、船体が緑に染められた画像。

 三隻のフリゲートには、くっきりとミサイルの形状に黄色く光っている弾体が装填されていた。

「中身まではわからない。だが、弾頭が通常のものでないことはたしかだ」

 完全な包囲状態で沈黙していることもあいまって、舊式きゅうしきもはなはだしい老朽艦が、やけに不気味な存在にみえてきた。

「ざっとこんなものだ。小松は四面楚歌もいいところだぞ」

 液晶の左下に小窓のごとく天津風の疲弊した顔があらわれた。

「小松上空がまた雲に覆われたので、追加の写真は撮れていない。衛星もつねにいい位置で止まってくれるものでもないしな」

 偵察衛星とは、超望遠デジタルカメラを装備した光学衛星と、電波をもちいて観測するレーダー衛星の二機を一組とし、二組の四機体制で運用するのが理想的だ。

 しかし、衛星を載せたロケットの打ち上げは、あいついで失敗。

 やっと軌道に乗せることに成功した光学衛星<ににぎ>は、電源系の障害から姿勢制御不能におちいり、大気圏へ再突入して消滅。

 また、レーダー衛星<さくや>は、予定より早く寿命をむかえたため、地上からの指令でおなじく大気圏へ再突入し燃えつきた。

 一部のスポーツ紙をして『天孫降臨』と最大限の皮肉をもって揶揄されたが、なにしろいちどの打ち上げに数百億円かかる巨額事業である。

 許容しがたい財政難もあり、当面は<いざなぎ>と<いざなみ>の二機一組のみで情報収集衛星の任をまっとうしなければならない。

 本来の成果を発揮できないのはむりからぬこと。だれを責めるわけにもいかないだろう。

「きわめて有意義な情報だった。礼をいう」

「東雲空将補、事態は一刻をあらそいます。さっそく小松基地の救援作戦の立案にとりかからねば」

 浅間の気ははやるばかりだ。いまこの瞬間にも、北朝鮮軍が総攻撃を開始するかもしれないのである。

「浅間一尉というのはきみかね」

 天津風の目が浅間に動く。

「東雲から話はきいている。ずいぶん男らしい面構えだな」

 眼帯をみて天津風が煙草のやにに染まった歯をみせた。

「きみは戦闘機のパイロットだったかな」

「はい」

「戦闘機パイロットなら、将官までのぼりつめたあとは、いい天下り先が期待できる。渡りをするにも苦労しないだろう」

 予想しない会話の流れに、浅間はとまどった。

「天下りはいいぞ。わたしなんか、週に一度か二度の出勤だけで、五年もつとめれば、年収と退職金で平均的なサラリーマンの生涯収入を手に入れられる。もと戦闘機パイロットなら、三菱重工や川崎重工、日航あたりに天下りできるだろう。わたしよりさらに条件はいいだろうよ」

 生々しい話に東雲を見やると、ただ苦笑いをうかべるだけだった。

「われわれ自衛官がそうやって天下りできるのは、一にも二にもこの国が平和だったからだ。平和でなければ天下りなどありえない」

 小窓の天津風が真剣な顔となる。

「平和をとりもどせば、心置きなく天下りできる。きみ、家族は?」

「家内と、娘がひとり。あと、年老いた母がいます」

「天下りは国家公務員の正当な権利だ。家族にも楽をさせてやれるぞ」

 天津風は撮影機に顔をちかづけた。

「正義感や愛国心もけっこうだが、人間は、他人のためだとかならず途中で挫折する。じぶんのためならどこまでも戦える。だれかの犠牲になろうなどとはおもわないことだ」

 もとよりそのつもりだと暴露するのは、さすがにためらわれた。肝に銘じておきます、と無難に返答しておくにとどめる。

「天津風空将補」

「元、空将補だ。いまはここの局長だよ」

「あとでまたお話しできますか。いろいろお伺いしたいこともありますので」

 画面のなかで天津風が片眉をぴくりとあげた。魚類のような目で浅間をにらむ。

「老人の繰り言でよければな」

 浅間は撮影機にむけ頭をさげた。

 最後に東雲と天津風が別れの挨拶をかわし、北受信管制局との通信が終了した。

「まだ再就職先を気にする歳でもなかろうに」

 東雲がにやにやと笑っていた。

「問題は、再就職できるかどうかですがね」

 机を四つかためた上に、自衛官らが小松市周辺の地図をひろげる。

「敵の包囲網は完璧だ。小松基地には対戦車ヘリや戦闘機もいるが、離陸した瞬間に撃ち墜とされるため地上で撃破されるのをまつしかない。かぎりなく制空権にちかい航空優勢をにぎられているがゆえに、敵の攻撃機とヘリが遠慮なく闊歩できる状況にある」

「近接航空支援で、長距離砲、ロケット砲、SAMをすみやかに排除。有視界戦闘が基本の一〇五ミリ突撃砲は、基地に残存している部隊で対応できるため、優先順位はさげてもよいかと」

 マラリアが名乗りをあげた。F-4EJ改は、五〇〇ポンドの爆弾を二十四発搭載することができる。

「Su-25は、ジュウゴ(イーグル)で瞬殺できます。すでに離陸し小松を攻撃している場合は、ジュウゴが掃蕩にあたります」

「福井空港に駐機されたままの場合は、われわれコリドラスが爆撃にあたる。空にあがっていたときは、ジュウゴにまかせ、われわれは地上の支援にまわる。そこらへんは臨機応変に対処する」

 ラングフィッシュのレピドシレンに、F-2部隊のコリドラス・フライト編隊長、信濃が応ずる。

「フリゲートは、アンヘル・フライトにまかせよう。ソホ級の近接対空砲は航空機だけでなく、対艦ミサイルにも対応可能ときく。まずASM-3でソホ級を攻撃。二隻の羅津級はASM-2でしとめる」

 東雲の案にアルタムが首を縦にふる。

「対艦ミサイルをつんだF-2は重い。ポリプテルスが護衛しろ」

「電子妨害機がいます。レーダーなしで電子妨害機を墜とした経験のあるわれわれはそちらが適任では?」

 浅間がいうと、

「では、占守二尉と早蕨二尉が電子戦機の撃墜に、浅間一尉と金本二尉はアンヘル・フライトの護衛につけ」

 ポリプテルスの四人が踵をあわせ、命令を受諾する。

「陸上部隊も送りこまねばならない」

 東雲が意見をのべる。

「これだけの規模の敵だ。パラシュートによる空挺降下では装備に不安がでる。ヘリボーンが最適だとおもうのだが」

 たずねる東雲に、迷彩服たちはまったくおなじ動作でうなずいた。

「ですが、仙台空港から小松基地までは約五〇〇キロメートル。CH-47の行動半径は二〇〇かそこら。ロクマル(UH-60JAブラックホーク)では増槽をつけてもとどきません」

 アネクが地図を指でなぞり、レピドシレンが膝をうつ。

「海自さんがはこんできてくれたオスプレイがあります。オスプレイの行動半径は、無給油で六〇〇。一度の空中給油で一一〇〇キロメートルにまで伸びます」

 両翼の先端にある回転翼の角度を、垂直から前方の九〇度のあいだで可変させられるV-22オスプレイは、空輸の概念を劇的にかえた次世代機だ。

 回転翼を垂直にたてればヘリコプターのごとく垂直離着陸と空中静止を可能とし、前方へたおせば固定翼機のように高速で飛行できる。

 積載量だけならCH-47チヌーク輸送ヘリにゆずるが、速度は二倍。

 チヌークとちがい空中給油できるので、航続距離は理論上、無限である。

 戦術面では、速度と航続距離からなる機動力はなによりたいせつである。

 どれだけ荷物をつめても、間に合わなかったり、必要な場所へとどけるまえに燃料ぎれになってしまっては意味がない。

 また、ジェット輸送機による空挺降下では、落下傘をもちいる。

 C-2は優秀な輸送機だが、空中でとまることはできない。時速数百キロメートルで飛びながら、隊員をばらまくように降下させることになる。

 個々の隊員の降下地点がばらけることにつながるし、空中にほうり出される落下傘降下であるがゆえに、どうしても軽装備となる。

 ヘリコプターなら、滑走路のない場所でも着陸できるので、ねらった場所に局所的に部隊を投入することが可能だ。装備の自由度も比較的高い。

 固定翼機なみの速度で進出し、回転翼機と同様に隊員と装備を集中投下できるのは、オスプレイをおいてほかにない。

「アメさんにむりやり買わされたやっかい者が、まさか役にたつ日がくるとは」

「しかし、オスプレイにはどうしても改善できない、運用上の欠陥が」

「なんだ? 墜ちるのか?」

「いえ。護衛がつけられないんです」

 占守が東雲を通して全員に解説する。

「通常、輸送ヘリには、空対空ミサイルを搭載した攻撃ヘリを護衛につけます。ところが、オスプレイの飛行機モードでの巡航速度は時速五〇〇キロ超。時速二〇〇キロがせいぜいのコブラやアパッチでは追いつけません。かといって、戦闘機からすればおそすぎる。オスプレイの対抗手段はチャフ・フレア・ディスペンサーだけで、武装はなし。敵の攻撃にはまったくの無防備です」

「じゃ、敵の航空機やSAM、AAA(対空砲)を可能なかぎり沈黙させ、高いレベルの航空優勢をもぎとってからオスプレイを呼び寄せるしかないか」

 浅間に東雲が息をもらす。

「それでも携SAMまで根絶させることはできない。超低空で侵入するのは?」

「オスプレイは、飛行機モードからヘリモードにかわるとき、東京タワー一本ぶんほどの高度をうしないます。超低空で飛行していた場合、目標地点付近に到達したのち、いったん上昇してから変形するというシークエンスを踏まなければなりません」

 占守の瞳には理知の光があった。

「もともとオスプレイは、ヘリモードでの急降下ができない機体です。超低空侵入は、結果的にさらに時間がかかるため、敵地での着陸といってよい本作戦ではいささか危険かと」

 ヘリコプターの回転翼が下へむけて打ちおろす突風を、ダウンウォッシュという。

 ダウンウォッシュによる地面効果のおかげで、ヘリコプターはホバリング上限高度を超える高山地帯でも空中静止を可能にしている。

 オスプレイは、ダウンウォッシュの速度が極端に遅い特性がある。ヘリモードで真下へ急降下すると、機体がダウンウォッシュを追いこしてしまう。

 こうなると揚力がゼロになり、あえなく墜落となる。

 機体をヘリモードで着陸させるだけでも、少々とはいえ時間を要する。むだな手順を増やしたくはない。

「わかった。航空優勢の確保ののち、オスプレイを空域へ進出させよう」

「オスプレイに乗せる部隊は? 激しい戦闘が予想されますが」

 浅間が訊くと、

「かれらに行ってもらう」

 手で陸上自衛隊の面々をしめした。

「第一空挺団をふくめたレンジャー有資格者で、臨時にレンジャー部隊を編成してもらっている。かれらほど適任の人材はおるまい」

 迷彩の野戦服たちが、不敵な笑みをうかべる。

 ひと目みたときから、常の陸自隊員とは威圧感がちがうとおもっていたが、かれらこそが、その名も高きレンジャーというわけだ。

 金本が、野戦服の右胸に、朝潮と書かれた名札を縫いつけたレンジャーに目をむける。

「たしかにうわさできいたことがある。宴会かなんかで、一万やるから二階から飛び降りてみろとか煽られた朝潮ってやつが、四階の窓から飛び降りて、無傷でもどってきたとか」

 うそかまことか、朝潮はただ口の両端をつりあげた。となりの五月雨が朝潮をみあげて蒼白となる。

 作戦のため、会計科や需品科に配属されているレンジャー有資格者、いわゆる隠レンジャーもあつめられているとの由。

「<いずも>、<ひゅうが>、<いせ>に艦載されていたオスプレイ七機のうち、四機は稼働状態にもっていけるそうです。パイロットも艦に同乗していましたので問題なく飛べます」

 一機のオスプレイには二十五名の隊員が乗れる。

 精鋭のレンジャーのみで組織された、百名の挺身部隊。

 オスプレイの機動力とあわさったとき、地上最強の歩兵部隊となるだろう。

「小松基地には、わが方の大規模な部隊が籠城している。合流することができれば、われわれにとり、さらなる戦力の拡充となろう。準備がととのいしだい、小松基地救出作戦を決行する!……」

 小松を直上から撮影した衛星写真に、心臓が早鐘をうつ。可及的すみやかにかけつけてやりたかった。

「もしもですけど」

 早蕨が不安げな声をあげる。

「もしも、小松にカマクナラ中隊がきたら、どうします?」

「どうするもこうするも、現状の戦力では、どうしようもねえな。おまえがさっきいった戦闘機の強さを決める三つの要素、レーダーとミサイルとデータリンク、すべてでこちらよりまさっている。弱いもんが強いやつに勝てる道理はない」

 金本がやけくそに笑ってみせる。悲観しているのではない。現実だ。

 浅間も脳を回転させるが、頭が悪いのか、燃料がたりないのか、打開策がうかんでこない。

「糖分がほしいな。おいアルタム。さっきの大福もういっこくれ」

 アルタムが喜久福の包みをつかみ、ふりかぶるのを、浅間が手で制する。

「おまえの制球はパンジャンドラム以下だから投げてよこすな。というか、食い物を投げるな。人づたいにまわしてくれ」

 哨然としたアルタムが、となりのレピドシレンに大福をわたす。レピドシレンはアネクに、アネクは長良に、長良はベステルに手渡していく。

 複数の人間の手を渡り歩いて、大福が浅間へちかづいてくる。

 浅間の左目に、光がひらめいた。

 東雲から大福をうけとったとき、浅間は熱病のような興奮に指先がふるえ、全身に鳥肌をたてていた。

「おまえ、そんなに腹へってたのか?」

 東雲のあきれたような声も、浅間の耳には入らなかった。


  ◇


 会議ののち足をむけたパイロット控え室で、浅間は携帯電話をみつめた。

 画面には、待ち受けに設定してある家族の画像。璋子と香寿奈の笑顔が、二輪の薔薇となって咲き誇っていた。

「心配か?」

 音もなく背後にたっていた金本が声をかける。浅間は画面から目を離さず、鼻を鳴らした。

「いちおう、心配だ、と答えておかないと、人格をうたがわれてしまう」

「気にするなよ。もう手遅れだ」

 かわらぬ軽口に、浅間の心が慰められる。

「作戦の日取りがきまった。明後日、一〇三〇時、第三ハンガーに集合だ」

 そうか、とだけ答え、端末をしまいこむ。

「会えるさ。かならずな」

「……ああ。そうだな」

 飛行機は揚力がなければ飛べない。

 浅間にとって、家族こそが揚力であった。

 右頬に風圧。

 頭をむけ確認すると、眼前に金本の拳があった。

 拳は、浅間の頭部にふれるかふれないかのところで停止していた。

「右の視野は、完全に死んでるとみていいな」

 さらにふりかえる。

 金本の顔には、厳しさと哀惜とが等配合されていた。

 浅間は、ただただみじめだった。

 金本がその気なら、浅間はいまごろ右のこめかみを拳に打ち抜かれていた。

 空の上で、右からの敵やミサイルに気づかなければ、待っているのは、撃墜、死。

 哀れむように鼻で笑ったのち、金本の表情が、決意と覚悟へとかわる。

「おまえが右目をやられたんなら、おれがおまえの右目になろう。おれたちふたりならやれるさ」

 拳を、こんどはゆっくり、双方のあいだの宙にかかげる。

 浅間は、不可視のなにかに胸をかきむしられていた。

 家族が揚力なら、浅間には、仲間という翼があったのだ。

「右のついでに、左と前後と上下もたのむ」

「アホか」

 浅間も握り拳をつくり、あきれかえっている相棒の拳に打ちつける。

 まるで、酒を酌み交わす朋友が、さかずきを打ちあわせているかのようだった。


  ◇


 高速道路をひた走るうち、燃料計の針がエンプティ位置を越えた。

 喘息のような音をたて、エンジンが息絶えた。惰性でしばらく進み、やがて停止する。

 ガス欠になってしまっては、アウディA4アバントもただの鉄のかたまりだ。璋子たち四人は車から降りた。乗り捨てていくしかない。

 行けども行けども、ちゃんと機能している街がない。爆撃で焦土となった都市はもちろんだが、無傷な街も、そこに息づいていたひとびとが逃げだしたか、もぬけの殻となっている。

 こんな状況でガソリンスタンドにふだんどおり営業していてほしいなどというのは、あまりに身勝手な願いなのだろう。

 ともあれ、車がなければ歩くしかない。

 璋子は、香寿奈の肩をかりてゆっくり足をすすめるかなでに目をむけた。

 腹はまるまるとふくらんでいる。

 肉体的、精神的ストレスをあたえると、母子ともに負担をかけることになる。

 病院もない現状では、腹の子になにかあっても打つ手がない。

 とにかく、車が必要だった。

 道路には、自動車も散見された。しかし、どれも璋子たちと同様、燃料がきれていた。あたりまえだ。動ける車を路上に放置していくわけがない。

 交通量ゼロの高速道路を徒歩で移動していると、もしかしたら、じぶんたち以外、もうこの国には人間はいないのではないかという、ばかげた錯覚さえいだいてしまう。

 ふいに、袖をひっぱられた。

 袖をつかむのは、枯れ木のような腕。

「こわいよ、こわいよ」

 義母がひび割れたくちびるを震わせた刹那、大気を裂くかん高い金属的なうなりが耳朶をうつ。

「かくれて!」

 そばに放置されていたハイエースの影に、女四人が身をよせる。車内ににげこんでいる時間はない。

 高速道路を身に巻いた山むこうから、エンジンの爆音も高らかに二機の飛行機がとびだし、頭上を飛び越していく。

 機体は大型で、双発。イーグルに似ているが、曲線が多用されており、首が鶴のように長い。

 機種まではわからない。だが、夫が乗っているような、日本の戦闘機ではないことはたしかだった。

 璋子たちは、ワンボックス車と防音壁にはさまれている。飛行機のパイロットからはみえないはずだ。

 飛行機はエンジンの排気音をのこし、みるみる遠ざかっていった。エンジン音も離れていく。

 安全になったと確信できるまでまってから、ふたたび移動をはじめる。

「ねえ」

 奏が苦しげな息づかいの合間からことばを紡いだ。

「どうして、飛行機がくるたびにげるの? もしかしたら、生きてるひとをさがしてるのかもしれないじゃない」

 ここへくるまでも、ときおり、民間の旅客機でもなければ空自の航空機でもない飛行機が空を我が物顔で飛んでいるのを、何度かみている。

 なにが目的なのかはわからない。

「東京に爆撃機がきて、爆弾をばらまいた。わたしたちは東京はあぶないとおもって脱出した」

 道すがら語った事情をくりかえす。

「で、そのとき、わたしたちは兵隊に銃で撃たれたわ。あの飛行機も、やつらの仲間かもしれない」

「やつらって……?」

「さあ、わからないけど」

 彼女たちは、日本を襲っている勢力が北朝鮮人民軍であることをしらなかった。テレビもラジオもネットもつかえない。情報はないにひとしかった。

「もしやつらの飛行機なのだとしたら」

 撃ってきた兵隊が自衛隊の格好をしていたことは伏せて、考えを述べる。話が複雑にこじれてしまいそうだった。

「たしかに、生きている人間をさがしているのかもしれない。でもそれは、たぶん、助けるためじゃない」

 奏の疲弊した顔から、血の気がひいた。ひきつった笑みをはりつける。

「日本の飛行機かも。自衛隊とか……」

「自衛隊じゃないわ。あんな飛行機、日本にはないもの」

 即答に、奏がいぶかる。

「どうしてわかるの?」

 璋子はすこしだけ悛巡したが、信じてもらうための材料はほかにないと判断した。

「夫が、航空自衛隊の戦闘機パイロットなの」

 奏が納得の声をもらした。

「おとうさん、かっこいいんですよ。ほら」

 肩をかす香寿奈が、ポケットから携帯端末をだし、フォルダから目当ての画像を選択。奏にしめす。

 F-15Jの堂々たる機首を背に、香寿奈を中心として、揃いの濃緑の飛行服を着た四人の男女が画面におさまっていた。

 基地航空祭にいったさい、香寿奈が父と同僚とともに撮影させてもらったものだ。

「これがおとうさん」

 香寿奈が画面の父を指さす。父は、同僚のまえで娘といっしょに写真に撮られて、気恥ずかしそうにしていた。

「香寿奈ちゃんは、おとうさんのこと、すき?」

「だいすき」

 迷いのない返答に、奏も顔をほころばせた。

「で、いっしょに写ってるこの女の人が、占守さんて人。クールでかっこいいの。こっちの男の人は、早蕨さん。わたしがみるに、このふたりは、できてるね。なんか早蕨さんて尻に敷かれるタイプな感じするけど」

 思春期の少女は、年上の同性の話し相手としては最適なようだった。会話をしていれば、新たな命をやどして繊細になっている心身も、いくらか緊張がやわらぐだろう。

 車をさがしているうち、サービスエリアにさしかかった。

 駐車場は、半分ほどが埋まっているが、やはり人はひとりもいない。

 璋子は、かたっぱしから車を一台一台のぞいていった。

 はじめにみるのは、燃料計だ。燃料ぎれでは話にならない。

 エンジンをかけていないと燃料計の針が正常にはたらかない車種については、鍵がささっているかどうかをたしかめる。

 あわてて逃げだしたのか、鍵をさしっぱなしにしている車はすくなくなかった。

 あまり条件にあう車はなかった。四人が乗れて、食糧や水も積める車である必要がある。

 車さがしをしているうち、中型の白いトラックにあたった。席は三人ぶんしかないが、荷物を荷台につめるのは便利だとおもえた。

 運転席にのりこむ。鍵はない。こういう場合、映画では、バイザーの裏にしまってあることが多いが……だめもとでバイザーをおろした璋子は、目を丸くした。鍵が滑り落ちてきたからである。

 鍵をイグニションにさしこむ。エンジンがかかり、目覚めの咆哮をあげる。

 燃料は、半分。このおおきさのトラックで半分なら、ざっと二〇〇キロメートルはらくに走れるだろう。

 璋子は三人にトラックへ乗るよう呼びかけた。

「このトラック、ぬすむの?」

 香寿奈がそういうので、

「だいじょうぶだいじょうぶ。貸してもらうだけよ。あとでガソリン満タンにして返せばオッケーよ。たぶん」

 香寿奈は、ニューオデッセイみたいな目で璋子をみた。みつづけていた。

「前には三人しか乗れないから、わるいけど、香寿奈、荷台に乗ってくれる?」

 ごまかすようにいうと、香寿奈は「はーい」と答えて身軽に荷台に這いあがった。

 トラックを運転するのははじめてだったが、マニュアル操作なのは愛車だったアウディA4とおなじなので、慣れればそれなりに快適だった。

 国籍不明の戦闘機にみつからないよう、まわりの音に注意しながら、高速道路を下り、さらに十数キロメートルも走ったころ、ひとりの生存者をみつけた。

 歳のころは、五〇くらいだろうか。よごれた作業着姿で、男は路肩にぽつねんと座りこんでいた。

 声をかけると、男も生きている人間をみたのはひさしぶりだったようで、相好をくずした。あてはないが、いっしょにくるかどうかと訊くと、顔を輝かせた。

 香寿奈が手をひっぱり、男を荷台へあげる。

「すまねぇなぁ、こんなおっさんを乗せてもらって……」

「いえいえとんでもない。わたし、浅間香寿奈っていいます。おじさんは?」

 香寿奈は初対面の人間とも物怖じせずに会話をかわした。

 香寿奈が生まれてしばらくのあいだは、父の転勤につきあう形で住むところを転々とする生活だった。学校でともだちができても、すぐに別れてしまう。そのため、香寿奈はだれとでもすぐに打ち解け、新しいともだちをつくる技能を身につけていた。

 それから一時間ほど走るうち、もう二〇人の生存者を発見した。そのうち十人は、いつまでもたむろしているわけにはいかないと、よろこんでトラックに乗ってきた。

「なんだか、にぎやかになってきたわね」

 後写鏡をのぞいた奏が、脂汗を流しながらも笑っていった。出産がちかいのかもしれない。

「なぁに、旅は道連れってね!」

 日がかたむくなか、無人の街をやけに活気にあふれたトラックが進んでいく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ