四十 夢見る操り人形
「何本にみえますか」
左目をかくした状態で右目をこらすが、担当医官の初雁二等空佐が何本の指をたてているのか、浅間にはまったく見当がつかなかった。
まぶたを閉じて、開けても、なにも変化がない。
電灯もつけず、窓からの陽の光も厳重に遮断した暗室に幽閉されているような心もちだった。
あてずっぽうで三本だと答えると、暗闇のむこうで、初雁が神経質そうなため息をついた。
「勘で答えないで。見えなかったら見えないといって」
いら立ちをふくんだ医官に、浅間は、ぜんぜん見えないと正直にいうしかなかった。
「どうなんだ、一過性のものなのか」
浅間の右となりに、まるで息子の診療の付き添いできた父親みたいにならんで腰かけている東雲空将補が、身をのりだして訊いた。
浅間も、左目にかぶせていた、先端が皿状になった黒棒をおろす。
しろい蛍光灯の眩光が、明順応しきっていない瞳孔に針となって刺さる。
闇一色だったのが、じつは室内はこんなに明るかったのだとしり、浅間は、みずからの肩から空気が抜けるように力が抜けていくのを感じていた。
「網膜だけでなく、水晶体や視神経にも異常がみられます。このまま浅間一尉の右目の視力が恢復しない確率は……九十九・九九九%」
人体の専門家の冷厳な診断に、一縷の望みまでも無残に断たれる。
「時間がたてば、明暗くらいはわかるようになるかもしれませんが、逆にいえば、たとえ治癒したとしても、それが限界です」
浅間だけでなく、東雲までもが絶句していた。
「見えない目をつかうのも、かえって不都合でしょう。これをお使いなさい」
そういって、初雁二佐が引き出しから、包装に入った合成革皮製の黒い眼帯をとりだした。
軽い放心のままうけとった浅間は、すこしためらってから封をきり、しぶしぶながらも紐を頭のまわりにまわし、右目に眼帯をななめに装着した。
初雁二佐のつぎの指示で、両の腕をまくる。
ひきしまった筋肉で立体的な陰影をもつ腕には、雲みたいなかたちの痛々しい紫が点在しており、しかも末端にいけばいくほど痣は広く、色も濃くなっていた。
両足も同様である。
まるで、鉄パイプで全身をふくろだたきにされたかのようなありさまだった。
じっさい、打撲にもにた鈍痛がつねに四肢を支配していて、どこかをうごかすとさらなる激痛が脊髄までつらぬき、そのたびに浅間は顔をしかめねばならなかった。
過剰なまでの高G機動を多用した代償は、毛細血管の破裂による全身の内出血というかたちで、浅間に重くのしかかっていた。
医官が、浅間のむくんだ右手を無遠慮にもつ。青紫に染まった手の甲を、指圧するように親指でおした。
骨が割れるかとおもうほどの刺激に、意図せずうめきがもれる。
「痛いですか」
あたりまえだと毒づいたのは、胸のうち。
「では、ヤクでも出しましょうか」
という初雁二佐は、冗談でもなんでもなく、真顔である。
自衛隊法第百十五条の三で、当該部隊の医師の処方箋があれば、麻薬や覚醒剤の所持、または使用が、合法的にみとめられている。
「もうちょっとわるくなったら、お世話になります」
薬物にたよる気には、まだなれなかった。つかう機会があるとすれば、依存を気にしなくてもよい状況、つまり死ぬ寸前くらいなものであろう。
「こりゃ、エリミネートはまぬかれませんね」
痛み止めだけもらって医務室をあとにし、通路で東雲とふたりになって、浅間は内心をごまかすために笑っていった。
ほんのすこしの不調が生死に直結する戦闘機パイロットには、航空身体検査による、ひじょうにきびしい健康基準が課されている。
身体不調の者をむりに飛ばしても、墜落のような大事故の危険性をいたずらにふやすだけで、いいことはなにもない。エリミネートは本人のためでもある。
航空身体検査の基準は、視力なら、両目とも裸眼で遠距離〇・二以上、近距離一・〇以上が最低条件となっている。
隻眼など論外だ。
「われわれ反攻部隊は、もとより数がかぎられている。原則、幹部だけで構成されている戦闘機パイロットはなおさらだ」
東雲の言に、浅間はわれしらず足をとめていた。
「さきの空戦で秋霜と霧島をうしない、こんどは五名ものパイロットが完全失明、さらに一名は死亡が確認されている。率直にいうと、つかえるものは死ぬまでつかわなければならない」
老眼が浅間をみすえる。
「その年で健忘症とは感心できんな。おまえたちポリプテルスは、優先的に作戦参加を義務づける。わたしはそういっておいたはずだぞ」
あえて有無をいわさぬ東雲に、浅間は姿勢をただし、頭をさげた。
◇
東雲につづいてブリーフィング・ルームの扉をあけると、意見をかわしあっていた隊員らが、いっせいに浅間に注目した。
右目にかけた黒眼帯に、さまざまな視線があつまる。
「会いたかったぞ、柳生烈堂!」
と、最初にさけんだのは、金本であった。
浅間としては、返答はひとつしかない。
「ちゃーん!」
脳天から出した高音に、年かさの隊員たちは腹をかかえて爆笑し、早蕨のように若い者は困惑顔。占守はひとり、頭をかかえていた。
「いいか、占守。男ってのは、でかいけがや古傷の跡を自慢したがる傾向にあるんだ」
「理解できかねます」
「そうだろう、そうだろう。おれもそうおもう」
合皮の眼帯を指でたたきながら浅間はわらってみせた。
F-2部隊のアンヘル・フライトをひきいるアルタムが、腰に手をあてる。
「なんか食いたいもんあるか?」
「ああ。ルタオのドゥーブル・フロマージュとヴェネツィア・ランデヴーが食べたい」
「あるかそんなもん」
ほれ、とアルタムが個包装された喜久福という宮城銘菓の大福を投げてよこす。
放物線の頂点にたっした時点で、弾道がおおきくそれていることを脳が警告。
重症の内出血にむしばまれている全身が、自動的に反応。
左へからだをずらし、さらに真横へのばした左腕の先端へ、重みのある和菓子がおさまる。
「アルタム、おまえ、学生のとき野球へたくそだっただろう?」
「中高とテニスをやっていた。おかげで、いまでもひとのいないところへ投げちまう」
大福をうけとめた左手を中心に、神経の灼けるような痛みがはしる。
だが、表情にはださない。頭のわるい男特有のつよがりだが、これだけはゆずれない。
室には、濃緑の飛行服姿の空自パイロットや整備小隊長だけでなく、海自と陸自の自衛官もが詰めていた。
濃紺の幹部用作業服に身をかためているのは、海上自衛隊の自衛官たち。敵機群の猛攻から艦と市民をまもりぬいた猛者たちだ。
陸上自衛隊の自衛官は、迷彩の野戦服を着た臘人形のごとく、休めの姿勢のまま微動だにしない。
壁沿いにならぶ陸自隊員のうちの何人かに、自然と目が動く。
ほかの自衛官らとは、からだの内側から発する圧力が、桁ひとつちがう。
かりに万全な健康体だったとしても、かれらに肉弾戦をいどんで勝てる光景が、浅間にはまったく想像できない。
おなじ陸自であり、すぐとなりで佇立している五月雨も、こころなしか震えているようだった。
これまでは、おなじ自衛隊でも、陸と海と空とでは、べつの会社ほどのへだたりがあった。いまでは三位一体となっている。協力しあっていかねば戦えない。
「海のお客さんはどうなりました?」
包装をはぎとり、いま氷室から出してきたみたいにひんやりとした大福を、ひとくち、かじる。
赤子の肌のような薄皮の餅の下には、紫がかった光沢も美しい、なめらかな舌ざわりのこしあん。さらに中心には、純白の生クリームが深窓の姫君のように眠る。
生クリームは雪の清らかさをもってめざめ、はにかみながらもほほえみをうかべ、じぶんの身をさしだす。
艦隊救出戦を遂行し、ほうほうの体で仙台空港に着陸した浅間は、そのまま担架で運ばれ、いまのいままで検査と治療に追われていたため、まる一日なにも口にしていなかった。
甘いものに胃が踊り、脳がよろこぶ。
「空自さんのおかげで、海上の救助活動ののち、<いずも>はじめ、艦はすべて、二十時間まえぶじ仙台塩釜港に到着。重傷者はヘリやオスプレイでさきに搬送したので、死者も最低限におさえることができた」
海自幹部のひとりが白い歯をみせる。
声でわかった。吹雪二等海佐である。
「<くにさき>のことは、もうしわけありませんでした」
眼帯に封じられた右目と、閉じた左のまぶたの裏に、敵の爆撃でなすすべもなく撃沈されたおおすみ型輸送艦<くにさき>の最期がよみがえる。
「いや。むしろ、損害も犠牲も最小限に抑制できた。感謝こそすれ、責めなどしたらバチがあたる」
浅間は左目をあけた。吹雪二佐の笑顔がまっていた。
「われわれがほんとうに憎むべきは、北朝鮮だ。そうだろう」
吹雪のうしろにひかえる海自隊員たちも、一様に顎をひき、賛意をしめした。
浅間は、しっている。
重傷患者のごとくかつぎこまれ、食事もないままの検査につぐ検査で、貧血になりそうなほど血を抜かれていたとき、扉や壁を貫通して、中年女性とおぼしき怒声がひびいてきたことがあった。
耳をそばだてると、どうやら<ひゅうが>か<いせ>に乗艦していた市民で、塩釜に到着したあと、希望して仙台空港にきたものらしい。
いまや仙台空港周辺は、陸上自衛隊が野外手術システムを展開し、野外炊具で給食活動に精をだし、野外入浴セットによる臨時浴場を市民に提供するなど、無料の接待提供施設と化している。
戦時下という状況で、食事だけでなく、風呂まで提供できるのは、世界ひろしといえども陸上自衛隊だけであろう。
八月にはいったばかりで、焼くような日射と、水分子を飽和状態までふくんだ熱風が、蒸籠のなかにあるような苦熱を東北の地に演出している。
入浴を目あてに陸自のいる都市をえらんで移動したがる市民がいるのも、当然といえば当然のことであった。
しかし、陸自の野外入浴セットも、無限にひとをうけいれられるわけではない。
そこで順番あらそいがおきる。
最初のほうは、みな日本人らしく遠慮して順番をゆずっていた。
ところが、もとからいる市民と、海上自衛隊によってはこばれてきた市民、あわせて数千名が、一部隊の野外入浴セットにあつまる。
ゆずっていたのでは、いつまでたってもじぶんの番がこない。
汗は湿度の高い空気に蒸発をこばまれ、べたつく粘液となる。
一日もすれば、全身が生乾きの雑巾のごとき悪臭をはなつようになる。
もとより非常事態下でふだんより自由が制限されている。慣れない環境でいらいらは募るいっぽうだ。熱い湯で汗でも流さねばとてもやっていられない。
しまいには、風呂にはいる順番をめぐって、暴力沙汰にまで発展する事態となった。
隊員が秩序をよびかけても、歯止めにはならなかった。
自衛隊に逮捕権も、出入り禁止を通告する権利もない。
隊員の目のとどかないところでは、なおさらであった。
怒鳴り声の主もそんな事情かとひとり推量していたのだが、つぎに女は、頭痛を誘発する金切り声で、こう叫んだのである。
「なんであたしたちを、あんたたちなんかの船に乗せたのよ!」
予想とちがう論点に、腕から赤黒い血液がチューブに抜かれていくのをみながら耳に神経をあつめると、
「あいつらは、自衛隊の船だから攻撃してきたのよ。おかげでうちの息子がけがしちゃったじゃないの。もし障害がのこっちゃったりしたら、あなたたち、責任とってくれるの!……」
応対しているらしい自衛隊員らが必死に謝り、またなだめているのもきこえてくる。
沈んだ<くにさき>のほかの艦も、無傷ではない。
同乗の民間人に負傷者もいる。
爆弾の破片や爆風が、自衛隊員だけをねらうなどということもない。
「戦争ごっこやりたいなら、よそでやってほしいわ。わたしたちをまきこまないでよ。いい迷惑よ、ほんと」
陸にあがってこの様子だ。
じっさいに艦を運用していた海上自衛隊の隊員には、さらに強意の苦情をよせていたことは、想像に難くない。
それでも、吹雪たちは、快晴の洋上にかがやく太陽のような笑顔をならべている。
受難者はじぶんたちではない。真に苦難を背負っているのは、ほかならぬ国民なのだという思いが、かれらから陰性の情念を放逐し、背筋を正させていた。
「艦の応急処置と補給作業、乗員の休養が終わりしだい、輸送の任につく。最初の出航は、十三時間後を予定」
吹雪に浅間は顔をほころばせた。
ましゅう型補給艦は、海上自衛隊最大の補給艦だ。
艦艇や航空機用の燃料、弾薬、食料、整備用機材など、およそ自衛隊の作戦遂行に必要な補給物資を五〇〇〇トンもはこぶことができる。
おおすみ型輸送艦も、単純な積載量ではましゅう型におよばないが、輸送機に比し、文字通りけたちがいの大量の物資を輸送しうる。
とりわけ、ましゅう型にも搭載できない戦車、たとえば90式戦車なら十輛、10式戦車なら十二輛の輸送が可能な点は、戦車の輸送手段にことかいていた自衛隊には望外の翼賛となった。
ほか、二艦のひゅうが型と、一艦のいずも型のヘリコプター搭載護衛艦も、数十輛の車輛と山のような物資をはこぶ能力をもつ。
これら艦船による輸送の精髄は、海路を利用するという一点にこそあった。
陸路には、北朝鮮がしかけた即製爆発物が舌なめずりして獲物の到来をまっている。
機雷は、地雷にくらべ、特殊な設計と敷設手段を必要とする。ありあわせの材料で製造してばらまいたのでは用をなさない。
敵航空機に注意さえすれば、現状では海上輸送こそが、もっとも安全かつ凱切な輸送の経路にして方法といえた。
「空輸より一往復あたりの時間は十数倍かかるがな」
という金本に、浅間は、
「C-2輸送機でも、いちどに搭載できる量は三十トンほど。海さんのフネはそれより二桁多く積める。この積載量は時間の欠点をおぎなってあまりある。なにしろ、戦車のように一輛もはこべないものもはこべるんだからな。〇と一のちがいは、一と一〇〇よりもおおきい。ほかの物資にしろ、急ぎで必要なものは空輸で、時間がかかってもいいものは海路で輸送してもらえばいい」
救助活動の結果、光をうしなった空自パイロットとともに、緊急脱出した北朝鮮パイロットも回収された。
「回収? 収容ではなく?」
「北のパイロットは四名発見しましたが、うち一名は溺死。ほか三名もすでに死亡していました」
吹雪のかたわらの海自隊員が答えた。
「いずれも頭部に銃創がありました。脱出ののち、自決したものと」
「死ぬんなら、最初から脱出しなけりゃいい。わざわざベイルアウトしててめえのドタマふっとばす理由ってなんだ?」
金本の細い目には怜利な光があった。暗に、救助作業にあたった海上自衛隊の隊員が報復に私刑をくわえたのではないかといっているのだ。
「われわれにはなんとも……。朝鮮人民軍でもなければ、ファイター・パイロットでもありませんから」
「おそらく北朝鮮は、捕虜になることを兵にゆるしていない」
浅間がひきとった。
「お偉方から、危機的状況におちいっても脱出せず最後まで戦えとでも命令されているのだろう。ベイルアウトして捕虜にでもなったら、ぶじに帰国したのち、殺してくれとさけぶまでいたぶられるハメになる」
「なら亡命して、帰らなきゃいいんでは?」
アシペンサー三番機のオシェトラが疑問をなげかける。
「かれらにすれば、それは地球以外のべつの惑星へにげるのとおなじようなものだ。祖国の長い手からは逃げられないと刷りこまれている。虐待されている子供が他人に助けをもとめないみたいなものだ」
「なら最初からベイルアウトできないようにしておくのでは? 安全装置をつけたまま出撃させるとか」
「殉死とは、つねに自由意思のもとでなされねばならない。あのパイロットは国の命令でむりやり死にに行かされた、のでは箔がつかない。脱出可能な機体であるにもかかわらず、みずから退路を断って国に殉ずる道をえらんだ。そういうことにしておけば、あとの兵士らにも発破をかけやすくなる。建前として脱出装置はつかえる状態にしていたはずだ。撃墜された北朝鮮パイロットは、せまりくる海面を前にして、わずかな望みをかけて、必死のおもいで射出座席のレバーをひいたのだろう」
おなじコクピットを職場とする人間どうし。
顔も名前もしらないが、心境は収斂され、国籍をこえて、似たかたちへいきつく。
「落下傘にゆられて着水したのち、海上自衛隊の艦がちかづいてきたところでわれにかえり、自衛用か自殺用かはわからないが携行していた拳銃をおのれのこめかみにあてた。そんなところだろう」
自衛官らが複雑な表情でうなる。早蕨の顔には、理解不能の色。
「正式な命令ですらなく、みずから望んで死ねなんて、どうして部下にそんなことを……」
「捕虜とは人質だ。つまりはカードとしてつかえる。本国の不利となる材料になりたくなかったか、はたまた暗殺を恐れたか……。赤い国は裏切り者をゆるさんからな」
「かつてはわが国も似たようなものだった。一概には責められまい」
だまって話をきいていた長良二佐が口をひらいた。
「わたしの祖父は太平洋戦争末期に特攻隊にえらばれた。えらばれたとはいっても、形式上は志願だった。志願しなければいいと幼いわたしはいったが、祖父は笑ってこういった。わが隊からも特攻をだすことになった、われこそはとおもう者は前へでろ。上官がいうと、横にならんでいた十人ほどの仲間がみな足を一歩ふみだした。上官と仲間がにらんでくる。それでしかたなしにじぶんも進み出たのだと。なかば強制の志願だ。ほんとうに強制なら、作戦ともいえぬ外道の戦法で死んでこいと命令をだした上層部へ怨み言もいえる。だが特攻隊はあくまで志願とされた。いまでいう、自己責任だ。もしかしたら、軍部がすこしでもおのが責任をかるくするために、搭乗員に自主的に志願させるかたちをとったのかもしれん」
鬼の教導隊パイロットの目が、哀愁に彩られる。
「祖父はゼロ戦に乗って知覧から沖縄へむけ飛び立ったが、離陸していくらもしないうちに機体が不調となった。これでは特攻どころではない。基地に引き返してから、整備のいい機体でもういちど行かせてくれと上官にたのみに行ったら、したたかぶん殴られたそうだ」
まるで長良自身がその祖父であるかのように、薄く笑いながらつづけた。
「きさま、怖じ気づいて逃げ帰ってきたな。それでも皇国の軍人か。恥をしれ。……英雄として送り出されたはずの特攻隊員がしれっと基地にいることがしれたら、ほかの兵の士気にかかわる。祖父は人目につかないよう、便所もない独房に幽閉され、そこで終戦をむかえたらしい」
全員が長良の話に聞き入っていた。長良の目が現実へもどる。
「北朝鮮もおなじような状態なのではないか? 祖国には家族もいよう。妻子に累がおよぶとちらつかされれば、自決は自然な選択肢となりうる」
「身元がわかるようなものをいっさい身につけていなかったので、名前さえわからないありさまです。どう弔ってやればいいのか……」
「こっちが無碍にあつかったら、それを武器に非難するつもりなのだろうな。なにしろ、拉致被害者の遺骨だといって、赤の他人の骨を送りつけてくる国だからな。死者すら利用してくるぞ」
よって、自衛隊員の遺体よりも優先して葬送してやらねばならない。
「戦闘で亡くなった隊員のあつかいは、どうなるのでしょう」
早蕨が東雲にたずねた。
「戦死ですか」
「わが国は、戦争を憲法により放棄している。わが国に戦争はない」
東雲は、むかででも食わされた顔をしていた。
「戦争がないことになっているから、戦死ではない。あくまで事故死。それも、命令にない勝手な作戦行動中の、だ。特進もあるまい」
「火葬はいつです。せめて花とともに弔ってあげたいのですが」
「葬儀屋も焼き場も、市民の遺体のぶんで当面いっぱいだ。まっていればこの暑さで腐る。ふつう、遺体はなかにドライアイスを詰めて腐敗をふせぐが、なにせ数が多い。結果として、土葬にするしかない」
早蕨はこぶしをにぎりしめた。
「生きているうちは穀潰しだなんだとののしられ、命をかけて戦って死んだら、こんどは蛆の餌。かれらが浮かばれません」
「それが、自衛隊だ」
断言する浅間に、みなが注目する。
「ほめたたえられるのが自衛隊の役目ではない。国民からの感謝はあくまで副次的なもの。おれたちのやっていることは、たとえばニートの息子をむりやり働かせようとする親みたいなもんだ。本人にはうらまれる。しかしけっきょくは本人のためだ。傲慢だろうがな」
海自の隊員につづきをうながす。
「海上には敵機の機体の破片のほか、ミサイルの破片も浮かんでいました」
写真を伸ばしたものを白板に磁石ではりつける。
「分析の結果、破片はパイソン3赤外線誘導式短射程空対空ミサイル。あるいは……」
「これは、なんの冗談だ?」
長良のいかめしい表情に嫌悪が添加される。
「まさか、霹靂8(ピーリーパー)?」
占守の予想に、隊員がそのとおりだとうなずいた。
霹靂8は、イスラエルのパイソン3を中国がライセンス生産したミサイルだ。
ライセンス生産は、基本的にまったくおなじものをつくるのが原則となっている。
塗装がなければ、米国のF-4EファントムⅡ戦闘機と、それを日本がライセンス生産したF-4EJとでは、外見から判別するのは、理論上は不可能だ。
同様の理由で、パイソン3と霹靂8も一卵性双生児のごとき相似形をもつ。
北朝鮮とイスラエルに、武器供与や輸出入をするほどの接点はない。
むしろ北朝鮮は、パレスチナ、イラン、シリアなど、イスラエルと敵対している国との関係がふかい。イスラエルにとって北朝鮮は間接的な敵国といえる。ミサイルの破片はパイソン3ではなく、中国製の霹靂8である可能性のほうが高い。
「ライセンス生産したミサイルを中国が北朝鮮に売ったかくれてやったか……製造国の許可なしに輸出してもいいんでしたっけ?」
ラングフィッシュのアネクが首をかしげる。
「そういう契約をしていたのならならともかく、勝手によそに売っぱらうのはだめだ。ライセンス生産契約とは技術を売ることだ。兵器は機密のかたまり。その情報を漏洩しないという信頼関係のもとに認可がおりる。韓国のF-15Kが、ライセンス生産を許可されず、完成品輸入となったのは、地続きで国境を接している北朝鮮にF-15の技術や情報がもれることを米国がきらったからだ。そもそもライセンス生産の契約締結時に、いくつ製造するかも決められる。それ以上生産することはできない。輸出をみこんで配備に妥当な数より異様に多い生産の要求をだせば、当然あやしまれる」
「パイソン3は、性能的にはAIM-9Lとほぼ同等で、実戦配備された一九八三年当時では最新鋭のミサイルでした。霹靂8として中国でライセンス生産がはじまったのも、おなじく八三年」
浅間につづき、占守が事実をつげる。
「つまり当時の最先端のミサイルです。その販路を中国にゆずるイスラエルではありません。第三国への輸出などみとめるはずもない」
長良も顎をひいて肯定した。
「だからこそ、中国は霹靂8の製造でえたノウハウをいかし、おなじ赤外線誘導型ミサイルの霹靂9(ピーリージウ)を開発した。霹靂9はバングラデシュやパキスタンといった他国への輸出に力がいれられているが、中国自身はほとんど配備していない。霹靂8は自国用、霹靂9は輸出用というわけだ」
浅間が顎に指をそえる。
「IR誘導AAMを中国が北に供与するならば、霹靂8でなく、霹靂9であるほうが自然なはず。北朝鮮への兵器の輸出をイスラエルがゆるすはずがない」
「しかし、現実に霹靂8を北朝鮮の戦闘機が装備していた。なぜだ」
複雑な方程式を解かされている気分だった。変数が多すぎて、解をもとめようがない。
「方向からしてまちがってるんじゃないか?」
金本の声で現実にもどる。相棒は鼻で笑っていた。
「中国は契約をまもる国じゃない。ロシアと中国はSu-27二百機のライセンス生産契約に調印した。しかし二〇〇四年、九十五機だけで中国は生産を一方的に中断。のこり一〇五機のあつかいについてロシアが回答をもとめたが、中国はこれを無視した」
金本が事実をつらねる。
「二〇〇五年には、中国はJ-11の近代化名目でロシアからAL-31Fエンジンと関連部品を輸入した。だがじっさいには、エンジンはJ-11Bの試作機につかわれていた」
J-11、別名、殲撃十一型は、中国の瀋陽飛工業公司がライセンス生産したSu-27SKの中国側名称だ。
Su-27SKは、F-15Cと似て、純粋な制空戦闘機であり、対地、対艦攻撃能力はかぎられたものだった。
対地兵装は、それこそ無誘導のロケットか、爆弾だけ。
強撃五型“ファンタン”のようなふるい攻撃機と、つかえる兵器がかわらない。高価で貴重なJ-11をわざわざ投入する意味がない。
九〇年代にはいると、南沙や尖閣諸島などの領有権問題、台湾海峡での政治的緊張など、周辺国との摩擦を背景に、長距離を翔破してなお敵の航空勢力を排除する航続力と空戦能力、洋上の敵艦を攻撃する対地対艦攻撃能力をあわせもった、多用途戦闘機の必要性が高まった。
先進国でもむずかしい要求である。中国の独力では無謀にちかい。
あらたに戦闘機を開発するよりも、航続距離と制空能力の傑出しているJ-11に対地攻撃能力を付加した改良型をつくったほうがてっとりばやい。
瀋陽飛工業公司が、J-11を多用途戦闘機化した改良型たるJ-11Bの開発にとりくんでいることをあきらかにしたのは、二〇〇二年だった。
「もともとロシアは、Su-27のライセンス生産は許可したが、エンジンやらアヴィオニクスといった基幹部分のコンポーネントの国産化は認可していなかった。ところがJ-11Bには、ロシアの同意なくコンポーネントをコピー生産したものがつかわれているとの疑惑が濃厚になった。ロシアが真偽をたずねても、中国は知らんぷりだった」
みなが金本の話に耳をかたむけていた。
「つぎに中国は、空母<遼寧>用にSu-33を十四機だけ買いたいとロシアに打診した。十四機なんて数じゃ、実戦配備なんざ望むべくもない。少数だけ買って、あとはコピーする気まんまんなのはあきらかだった」
ロシアは当然のごとく輸出を拒否。
けっきょく中国は、ウクライナからSu-33を一機だけ買って、殲撃十五型としてみごとにコピー生産した。もちろん違法である。
「中国てなそんな国だ。契約だの約束だの、屁ほどにも思っちゃいない。ライセンス生産したミサイルをよそに売るくらい、中国なら平気でやる」
自衛官たちが納得の声をもらす。
長良の眉間には、いまだ疑惑のしわが消えていなかった。
「敵は霹靂8だけでなく、“マレボルギア”や“フラウンダー”まで飛ばしていた。これは、どう説明する」
長良がきくと、さすがに金本も、肩をすくめてわからないと意思表示した。
一番機と四番機のパイロットを“マレボルギア”により盲にさせられたアシペンサー編隊の二番機、ベステルも首をかしげる。
「ステルス無人機に、FC-1梟龍、殲轟七型“フラウンダー”攻撃機、霹靂8。ありえないことだらけです」
「Su-35もな」
浅間のひとことで、全員が口をつぐむ。
北朝鮮から東京を奪還するとなれば、Su-35を装備し、奇怪な犬の標章をもつ朝鮮人民空軍の飛行隊、カマクナラ中隊との対決はさけられないだろう。
「東京空襲以来、幸運にもまだ遭遇していないが、そろそろ対抗策をかんがえねば」
浅間が同意をもとめると、空自だけでなく、陸自、海自の自衛官らも神妙にうなずく。
「Su-35“フランカーE”は、制空戦闘機であるSu-27を極限まで発展させた、第四世代プラス・プラスに分類される多用途戦闘機です」
占守が口火をきった。
「短射程と中射程のIR誘導AAMに、ARHAAMといった対空兵装だけでなく、十二基のハードポイントにレーザー誘導爆弾、対レーダーミサイル、対地対艦ミサイルを任意に選択、混載が可能で、最大八トンの武装を搭載。しかもその状態でさえ推力重量比は一・一四です」
かつて日本を焦土にしたB-29戦略爆撃機の搭載量が、最大で九トン。航続距離とのかねあいでじっさいには七トン強だった。
八トンとは、艦載機として世界でもっともすぐれた戦闘攻撃機といわれるF/A-18Eの搭載力と同等だ。
ただし、F/A-18Eは、増槽を搭載しないとおそろしく航続距離がちぢむ。
しかも、なにも積んでいなくても海面高度では音速を突破できないほど最大速度が低く、加速も上昇も遅く、機動性能も現代ジェット戦闘機としては悪い。
F/A-18Eの対空性能は、アクティヴ・レーダー誘導式ミサイル頼みの、ミサイルの運び屋でしかない。
「超強力な電子走査レーダーとARH式AAMをもったSu-35は、BVR(視程外)、WVR(視程内)両方で敵を圧倒する戦闘機です。大量の機内燃料に裏打ちされた長大な航続距離と、推力重量比のおおきなエンジンをつかって超音速巡航でちかづき、爆撃機なみに搭載した爆弾や精密誘導兵器で攻撃をおこない、対地兵装投下後は“フランカー”として制空任務を敢行することが可能です」
Su-35のおよぼす脅威は、空だけでなく、地上や海上の部隊も無縁ではないということだ。
「おれたちはいちど、敵のSu-35をみたが」
隻眼の浅間が記憶をたどる。
「十二ある搭載架には、AA-10“アラモD”やAA-11“アーチャー”とともに、AA-12“アッダー”も搭載されていた」
室内に無音の緊張が満ちる。
「早蕨」
浅間がよぶと、早蕨が姿勢を正す。
「現代の戦闘機の強さとは、なにで決まる?」
「レーダー、AAM、データリンクの三つです」
「そのとおりだ。そしてその三つにおいて、わが航空自衛隊のF-15は、米国、韓国、シンガポールなど、イーグルを導入しているほかの五ヶ国すべてに負けている」
居ならぶ自衛官たちが絶句する。日本のF-15がいちばん弱いと当のイーグル・ドライバーが告白し、ほかのパイロットたちも異論を挟まなかったからだ。
「現代の航空戦は、視程距離の外で雌雄を決する」
浅間は忸怩たる思いでつづけた。
「いままでの視程外戦闘はSARHミサイルだったが、これは対抗策がとりやすい。命中まで母機が誘導してやらねばならないからな。だが、ARHミサイルは、自身に搭載されたレーダーで目標を探知する。母機は発射後、回避機動やつぎの索敵など、さっさとつぎの行動にうつれる。この差はおおきい。セミアクティヴ・レーダー誘導ミサイルは、誘導中に敵にねらわれたら、誘導を中止してにげなければならない。ミサイルは無駄射ちにおわる。だがおなじ状況でも、アクティヴ・レーダー誘導式のミサイルは、追尾を続行できる」
最大速度や加速性能、機動性に上昇力など、空戦にかかせない能力が劣っているF/A-18Eが、なぜ世界に冠たる米海軍の空母にて艦載機の主役を張れているのか。
現代の戦闘機にとり、近接戦闘の性能はさほど重要ではない。
何十キロメートルもの距離からアクティヴ・レーダー誘導式ミサイルを射てば、自動的に決着はつく。
空戦など、する必要がないからである。
「AAM-4はどうです」
二尉の階級章をつけた海自の隊員が、不思議そうにたずねた。
「AAM-4なら対抗できるのでは?」
AAM-4と通称される99式空対空誘導弾は、米国の発達型中射程空対空ミサイル(AMRAAM)にならって日本が開発した、国産のアクティヴ・レーダー誘導空対空ミサイルだ。
AMRAAMと同様に射ちっぱなし能力をもち、射程はスパローの二倍。
試験では、一二〇キロメートルさきの無人標的機四機に同時攻撃したところ、すべて直撃せしめたという驚異の命中精度をほこる。
「たしかにわれわれにはAAM-4がある」
浅間の返答は重々しい。
「だがつかえない」
陸海の勇士たちの顔に疑問の色が表出する。
「わが国は、世界的にもかなり早い段階でF-15を導入した」
浅間は苦いものを感じながら説明した。
「それだけ、舊式の機体が多いということだ」
日本がF-15の導入をはじめたのは、一九七八年。
AIM-120AMRAAMが開発を完了し、本家本元たる米空軍の実働部隊にいきとどいたのは、湾岸戦争も終結の曙光がきざした一九九一年のことである。
「ミサイルは、槍や刀とはちがう。もてばつかえるというものではない。あたらしいミサイルをつかうには、母機にもあたらしい能力がもとめられる」
新型ミサイル開発以降に設計された戦闘機には、もちろん運用能力がある。
ふるい戦闘機に搭載するには、機体を相応に改修しなければならない。
あまりにふるいと、改修さえ不可能だ。
「開戦まえ、空自には二〇一機のF-15があった」
東雲がため息をついた。
「そのうち、改修できるロットは、九〇機程度」
日本が保有しているF-15のうち、半数ちかくがふるすぎて改修できない。
「おまけに、これは陸海空とわずわれわれ自衛隊の共通のなやみだとおもうが、予算の都合もある。改修はおくれにおくれてきた」
いまあるF-15JにAAM-4を搭載できるようにするだけでも、中央コンピュータの運用飛翔プログラム、プログラム式兵器制御セット、空対空質問送信系、レーダー警戒受信機と電子妨害手段、ミサイルをとりつけるランチャー、火器管制装置などなど、多様な部分を改修しなければならない。
これらにくわえ、周辺国の軍事刷新が急速にすすんでいることもあって、F-15の性能を時代遅れにしないために、新型機首レーダーへの換装、電子妨害下でも通信可能な無線装置の搭載、IRST(赤外線捜索追跡装置)の装備など、新技術をもりこんだ近代化改修がくわえられる。
予算額はふくれあがるいっぽうだ。
「量産改修機は二〇〇四年度に二機、二〇〇五年度四機、二〇〇六年度二機、二〇〇七年度は一機もなし。二〇〇八年度には二十機の改修予算がみとめられたが、実戦部隊の本格運用にはとおくおよばない数だ。そもそも、AAM-4はたしかに実用化はされたが、実弾の調達、配備はかぞえるほどしかない」
理由はひとつ。
カネがないのである。
「日本は世界有数の防衛費をもつが、物価の高さに打ち消されているうえ、高額なMD(ミサイル防衛)や在日米軍の駐留経費などに食われて、自由につかえる予算はすくない。うちだけにかぎっても、C-2やF-35の調達費捻出、ASM-3の開発など、おおきな買い物つづきでさらに予算がタイトになっている」
イーグルの近代化改修をあとまわしにするしかなかった年度もある。
「現状でつかえるイーグルは、すべて未改修の機体ばかりだ。AAM-4もAAM-5も搭載できない」
「つまり……」
青ざめる海自隊員に、浅間が答える。
「アクティヴ・レーダー誘導ミサイルを装備している敵機に、おれたちはセミアクティヴ・レーダー誘導ミサイルで挑まなければならないということだ。たとえるなら、機関銃をもっている敵部隊に竹槍でつっこむようなもの」
事実の非情さに、室内の空気が沈む。
「F-2は、AAM-4の運用能力があったはずでは?」
吹雪の疑問に、アルタムが首を横にふる。
「対空ミッションならAAM-3とAAM-4を四発ずつ搭載できるんですが、対地や対艦ミッション時には、搭載スペースを爆装にまわすことになります。稼働可能な機体の数の問題もありますし、F-2を対空ミッションにあてると、近接航空支援に穴があくおそれが」
陸自隊員らが、それは困るという顔をならべた。
F-4EJ改を駆るクレニキクラ編隊の長、マラリアが、
「ファントムは論外だな」
とさびしげにつぶやいた。
施設科の五月雨が、おそるおそる手をあげる。東雲が手を差しだし、発言を許可する。
「アクティヴ・レーダー誘導のミサイルとは、そんなにおそろしいものなのでしょうか」
東雲が浅間に目線で合図する。浅間は咳払いをしてから、
「身の毛もよだつ存在だ」
重い口を開いた。
「アクティヴ・レーダー誘導ミサイルは、自身に搭載された送受信可能なレーダーで自律誘導し、みずから目標へ飛んでいく。ただし、空対空ミサイルゆえ、レーダーは小型なものしか積めない。AMRAAMでも、自身のレーダーの射程は、それこそ目視距離内、二〇キロメートル程度でしかない」
AMRAAM自体の有効射程は、五〇キロメートルほどもある。
「アクティヴ・レーダー誘導ミサイルの飛行過程の大半は、慣性飛行モードで誘導される。慣性飛行モード中は、母機はただ断続的に目標位置の情報を更新、ミサイルに送信してやるだけでいい。極端な話、ロックオンしている必要さえない」
陸自や海自の自衛官のなかでも、回転翼機のパイロットたちは、おなじ空を仕事場にもつ共通項から、浅間のいわんとしていることを理解しはじめたか、顔が険しくなっていく。
「スパローのようなセミアクティヴ・レーダー誘導ミサイルは、基本的に発射まえにロックオンしなければならない。発射したあとは、誘導のため、レーダー波が通常の離散型パルスから、継続波にかわる。波形の変化と発射はイコールであるので、RWR(レーダー警戒受信機)によって、発射をたやすく探知できる」
さきの戦いでは、艦隊を救うため、敵機のレーダー警戒受信機にミサイル発射警告を発報させる目的で、セミアクティヴ・レーダー誘導ミサイルの特性を利用した。
しかし、通常の戦闘機戦闘において、敵にミサイルの発射を探知されてしまうことは、欠点以外のなにものでもない。
「アクティヴ・レーダー誘導ミサイルの発射は、RWRでは探知できない」
浅間はあえて淡々とつげた。
「発射のまえとあとでレーダー波形が変化しないため、ミサイルが発射されても、そのことをRWRが判断できないんだ」
いつ射たれるかわからない。
いつ射たれたかわからない。
「アクティヴ・レーダー誘導ミサイルは、母機に指定された空域に到達すると搭載レーダーを作動させ、捜索を開始する。この段階で、はじめて、目標となった機はミサイルの存在をしることになる。目標を完全にみつけたミサイルはロックオンに移行するが、あくまでもそのレーダー波形は離散型パルスであって、継続波ではない。だからロックオン警報は鳴るにしても、発射警告は鳴らない。ミサイルがちかくにきて、そのレーダーを作動させるまでは、ミサイルが発射されたことをしることもできないわけだ」
一対一ならともかく、戦場は敵と味方の発するさまざまな電波がいりみだれている。
レーダー警戒受信機は、味方のレーダー波には反応しないよう設定もできるが、敵が空と地上に多数いれば、どうしても警報がつねに鳴り響いている状況になる。
そんななかで、発射警告ならともかく、ロックオン警報だけで水平線のはるか向こうから飛翔してくるミサイルに注意し、対処するのは生半可なことではない。
戦闘機たるもの、敵から逃げているだけでもだめだ。敵をできるだけ撃墜し、味方を支援しなければならない。
「AA-12“アッダー”の性能は、AMRAAMと同等か、それ以上といわれている。射程は五〇から一〇〇キロメートル、最大速度はマッハ四・五。機動性は、最大で十五Gを超えるらしい」
「十五G……」
海自のヘリコプター操縦士が、おもわず反駁する。
人間が耐えられる重力加速度が、九G。浅間は十一・五Gで気を失った。
秒速一五〇〇メートルで空を裂き、人体の許容を凌駕する運動性をもっておいかけてくる。
ミサイルだから、燃料の燃焼が終わったあとは、速度も機動力も落ちる。額面上の性能を百%発揮することも現実にはないだろう。
だが、たとえ八掛けの性能だけでも、あまりに脅威にすぎる。
「もし、“アッダー”がアムラームスキーのあだ名どおり、AMRAAMに匹敵する性能をもっていれば……そして、連中にアクティヴ・レーダー誘導ミサイルをちゃんと整備し、運用する能力があれば」
浅間は現実的な判断をくだした。
「わが方の航空優勢の確保は、きわめてむずかしいものとなる」
全員が唖黙り、状況の深刻さをかみしめる。
現代戦では、航空優勢の有無は、そのまま作戦の成否に直結する。
地上部隊や洋上部隊にとって最大の脅威とは、敵航空機による空からの攻撃だ。
航空機は高速で移動できるだけでなく、地形をほぼ完全に無視して進出し、さえぎるもののない上空から爆弾や対地ミサイルを投射してくる。
虫や魚は、鳥にはかなわない。
まさに天敵である。
攻撃機、あるいは爆撃機は、重い対地兵装のため、だいたい鈍重である。
戦闘機のいい的だ。
だから戦闘機が機能していれば、敵の攻撃機は、地上洋上部隊に手出しできなくなる。
ところが、より強い敵戦闘機によってこちらの戦闘機が駆逐されてしまったら、敵の攻撃機は、心おきなく任務に専念できる。
正面の敵だけでなく、天敵たる頭上の敵機の攻撃にもさらされることになる。
そうなれば作戦は失敗したも同然だ。
カマクナラ中隊を打倒して航空優勢をたしかなものにしないかぎり、自衛隊に明日はないのである。




