三十八 ガラスのゆりかご
街はどこへいっても廃墟の展示会だった。
建物は倒壊し、大小さまざまな瓦礫が散乱し、道路に隕石の衝突痕のような大穴がえぐられているさまは、いつか報道でみた米軍の<衝撃と畏怖>作戦で破壊されたバグダード市街と重なるものがあった。
途中、璋子たちはコンビニエンスストアに寄った。ほかの建物と同様、ガラスはことごとく割れ、店内も台風が通りすぎたように荒れていた。電気もきていないし、もちろん店員もいない。
璋子と香寿奈は、手分けして、罐詰や菓子、即席ラーメンといった保存のきく食糧と、飲み物をアウディにはこんだ。
車に積みおわったあと、璋子は、商品を指差し確認しながら、携帯電話の電卓機能で消費税ぶんまで計算し、代金をレジのちかくの、あまり人目につかないところに置いた。
「そこまでしなくても……」
香寿奈に、璋子は後部トランクを閉めながら笑った。
「泥棒なんかしたら、おとうさんに怒られるわよ。こういうときだからこそ、社会のルールは守らなくちゃいけないの」
携帯端末の電波受信表示をみる。
やはり圏外。
アンテナの中継局が被害にあったか、そもそも電話会社が営業どころではないのか。いずれにせよ夫に電話するのはむりそうだ。東京に爆撃機がきて以来、璋子の端末も、香寿奈のものも、回線に接続できなくなっている。
ちいさなため息とともに運転席にのりこもうとして、璋子の顔色が変わった。
後部座席にいるはずの義母が、いなくなっていたのだ。
さっきまでは呆けた顔で虚空を見つめながら座っていた。そう遠くへはいっていないはずだ。
「香寿奈は車のなかにいなさい。ドアはぜんぶロックして。なにかあったら大声をだすのよ」
璋子は脱け殻となった見知らぬ街をあるいた。
爆撃をうけるまえは、全国チェーンの居酒屋に家電量販店、ホームセンター、ファストフード店やシネマコンプレックス、量産された画一的な集合住宅が織り成す、平凡な地方都市のひとつであったろう街並み。
いまは、もうなにもない。だれもいない。
義母をみつけるのにさほどの労力はいらなかった。年老いているがゆえ、歩く速度がおそいからだった。
「お義母さん、こんなところにいたんですか。さあ、帰りましょう」
「おじいさん、おじいさんがいない」
「お義父さんはですねぇ、もうお帰りになって、お義母さんの帰るのをまってますよ。お義父さんのところへ帰りましょう」
しわだらけの手をとり、義母がじぶんの足で歩きだすのをまっていたとき、墜落したヘリコプターに押し潰されて無残な惨状をさらす一軒家のまえで、途方にくれたようにうずくまっている女性をみつけた。
義母はまだしばらくうごきそうにないので、女性に近寄ってみる。
「どうかされましたか」
女性は、声をかけられてはじめて璋子の存在に気づいたように顔をあげた。目には泣き腫らした赤い跡があった。
璋子も、そのときはじめて、女性の腹がふくれているのに気づいた。おおきさからみて、もう産み月とおもわれた。
女性がとぎれどきれにいうには、かかりつけの病院で検診をうけている途中、おそろしい爆音をふりまきながら、みたこともないおおきな飛行機が何機もやってきて、爆弾をばらまき、街を一日で地獄へ変えてしまった。運よく病院はたいした被害もなく、しばらく臨時の避難所としていたが、なによりも夫の安否が気にかかってしかたがない。
数日して、遺体が回収され身元のわかった犠牲者の名前が公民館に貼り出されたときき、お腹をいたわりながら確認にむかった。
そこに夫の名前がないように祈った。なければまだ希望をもつことができる。
しかし、彼女の目は、漢字が判明せずカタカナのまじっている何百名もの氏名の羅列から、いともたやすく愛する者の名をみつけだした。
失意に沈みながら徒歩で自宅に帰ると、このありさまである。
彼女は絶望し、へたりこみ、何日ものあいだ、ここでこうして涙にくれていたのだという。
おなじ家庭をもつ者として、彼女の悲しみは痛いほどわかった。璋子の夫とて、まだ生きているとはかぎらないのだ。
それにしても、空爆や夫の死というショックの連続にもかかわらず、よくいままで産気づかなかったものだが、たまたまということもかんがえられる。
夏だから冷える心配はないとはいえ、アスファルトのうえで飲まず食わずで座っているのは、お腹の子のためにもよくない。
「ねえ、よかったら、わたしたちといっしょにこない? たいしたものはないけど、食べ物や水もあるし……」
「……でも……」
「おかあさんになるんでしょう? 母親のからだは、母親ひとりのものじゃないのよ。いまはなによりも、お腹の赤ちゃんのことを考えてあげなくちゃ。そのためには、まず、あなたが前を向いて生きていかないと」
女性がうつむき、ふくらんだ腹をそっとなでた。
「この子のため……」
「そうよ。あなたのためになることが、お子さんのためになることなの。わたしも母親だから、あなたみたいなひとをほうってはおけないわ。だからね、おねがい。いっしょにきて」
手をさしのべる。
女性は、腹をなでていた手をおずおずと伸ばした。璋子がしっかりとつかむ。
「ゆっくり立って。ゆっくりゆっくり。だいじょうぶ?」
また空にむかってなにがしかつぶやいている義母と、臨月の妊婦をつれ、車にもどる。
「助手席がいいかな。ええっと……」
「……子ノ日奏といいます」
女性は、名乗るのがいまさらになってしまったことを恥じるように、顔を赤くした。璋子はかまわずほほえんだ。
「よろしくね、奏さん。香寿奈、手、貸してあげて」
香寿奈が後部座席からおりてくる。
そのとき、はるか頭上をかん高いジェットエンジンの轟音がよぎっていった。
二十機ほどの機影が、南東の方向へむかっていた。ごま粒よりもちいさいが、璋子と香寿奈の目は、飛びゆく機体がF-15Jイーグルであることを確実にとらえた。まだ自衛隊が全滅したわけではないらしい。
とてつもなく高いところを飛んでいるはずなのに、あっというまに空のかなたへ消えていく。
「あのなかに、おとうさんもいるのかな」
「そうね。とりあえず、手を振っておこうか」
◇
アラート待機についていた第311飛行隊のスティングレイ・フライトのF-15J二機が、おのれ自身がミサイルになったがごとく蒼穹へ飛び立っていったかとおもうと、さらなる警告が発報される。
格納庫へ緊急召集された浅間たちにくだったのは、発進命令。
状況および作戦内容のブリーフィングは、空のうえでおこなうとのこと。
ただごとではない。
整備員らが、まるで腕が四本あるかのように整備を加速、武装を装着していく。
胴体中央に、六一〇ガロンの機外燃料タンク。
増槽をとりかこむように、胴体の四隅にAIM-7Mスパロー中距離空対空ミサイルを計四発。
主翼下の発射機に短距離空対空ミサイルとして、90式空対空誘導弾、略称AAM-3をおなじく計四発。
機首根元下で、武器小隊の整備員たちが、二十ミリM61バルカン砲弾を専用の装填機で装填。機内の弾倉が、飢えたけもののように砲弾を際限なく啜りこみ、よけいな部品を吐き出していく。
空対空戦闘における完全武装をほどこされ、垂直尾翼に菫の翅も美しいオオムラサキの部隊章のF-15Jイーグルが、出撃のときをまっている。
機付長と敬礼をかわしたあと、コクピットへ飛びこむ。
エンジン点火から飛行可能になるまでの三十分のあいだに機器確認をすませ、混信もはなはだしい無線で管制塔と交信。
先に位置についていたアンヘル・フライトのF-2二機が離陸していってすぐ、誘導路から滑走路に進入。
金本の機体とならんで、同時に発進し、空へとむかう。
「ポリプテルス1、アマテラス。ウェイポイントを更新する。確認せよ」
空中管制機からの指示で、上昇しつつ機首を方位1-4-0、つまり南東へむける。
HUD上には、ウィスキーマークとよばれるWの字の機体位置基準、自機の飛行方向をしめす総合速度ベクトルマーカー、方位計と現機首方向、左端に対気速度計、右端に海抜高度計のほか、機体のかたむきを操縦士におしえるだけでなく、上下の角度を五度きざみであらわしている基準線といった、基本的な表記群にくわえ、航法用モードの情報も列挙されている。
HUDの右下隅、高度計の下に、<1 NAV>の表示。
現在自機が、一番めの航路点へむかっていることと、HUDが航法用モードであるという意味だ。
その下には、航路点までの距離が二十・五海里である旨、さらにいちばん下に、あと二分弱で航路点へ到達するとの表示がならぶ。
一番航路点を通過。<2 NAV>に表記がきりかわり、航路点までの距離と、到達予想時間も、あらたな数字へうまれかわる。
HUD上部に水平に表示されている方位計には、自機がとるべき予定飛行方位をつげる垂直線。
HUD中央部には、十字のかたちの操舵方向指示マーク。つぎの航路点への方向をしめしている。
だから、パイロットは、方位計の目盛り上にある予定飛行方位の垂直と、目盛り下の機首方位マークが縦にそろうように、また、操舵方向指示マークが、W字の中央にかさなるように操縦していれば、設定された地点へ、最適な航路を経由して飛んでいけるというわけだ。
本職の戦闘機乗りなら、とくに神経をつかわなくともこなすことのできる飛行である。
ポリプテルスの四機にくわえ、アシペンサーやラングフィッシュたちF-15J部隊、アンヘルとコリドラス編隊のF-2に、クレニキクラ・フライトのF-4EJ改部隊が、HUDに投影された航路点にしたがい、高度二万六〇〇〇の空、綿をしきつめたような雲海をのぞみながら、音速一歩手前の高速度で急行する。
敵味方識別装置で味方の数を確認。
定数よりF-15Jが三機、F-2が一機、F-4EJ改が二機、それぞれたりない。
各編隊長の報告では、いずれも機器に不良があり、発進不可、または離陸後RTB(基地へ帰還)とのこと。稼働率百%などありえないが、やはりきつい。
「全機よくきけ。四十五分まえ、哨戒飛行中のアメノサギリが、くりかえし発信されているモールス符丁を受信した」
アマテラスをはじめとしたE-767早期警戒管制機のみならず、E-2C早期警戒機も、交代で二十四時間、空をみはっている。
アメノサギリは、哨戒任務についているE-2Cのうちの一機にあてられたコールサインだ。
「信号によれば、発信源は海上自衛隊。敵航空機からの追撃をうけつつ撤退しているとのことだ」
艦隊の陣容は、おおすみ型輸送艦<おおすみ>、<くにさき>。
ひゅうが型ヘリコプター搭載護衛艦<ひゅうが>、<いせ>。
いずも型ヘリコプター搭載護衛艦<いずも>。
ましゅう型補給艦<おうみ>。
しまゆき型練習艦<しまゆき>、<しらゆき>、<せとゆき>。
ひびき型音響測定艦<ひびき>。
うらが型掃海母艦<うらが>の、あわせて十一隻。
「そりゃまた、しっちゃかめっちゃかな編成だな。F1とタンクローリーがいっしょに走ってるようなもんだぞ」
金本が笑う。
艦種も、定係港も、所属艦隊もばらばらな艦が、どうしてひとかたまりになっているのか。
「状況が混乱しているが、艦隊は複数の攻撃機から攻撃をうけている。すでに損害もでているようだ。ポリプテルス1、チャンネル1-3で<いずも>と直接交信できるぞ」
「ラジャー」
二番航路点を通過。あらたに三番航路点が設定されたことをたしかめつつ、<いずも>に無線をつなぐ。
「<いずも>、こちらポリプテルス1。感明送れ。ついでに天気はどうか?」
送信ボタンをはなすと、けたたましい警報……レーダー照射をうけている警告や、火災警報の絶叫の伴奏に、乗組員たちの指示に悲鳴に怒号の合唱がいりみだれた最悪の演奏が、いちどきにヘルメットのヘッドフォンになだれこんできた。
「ポリプテルス1、こちら<いずも>艦長代理、吹雪二佐。感明よし。天気晴朗ではないし、波も超高しといったところだ」
吹雪の怒鳴り声には、断崖絶壁に追いつめられた人間の切迫さのなかに、仲間が救援に飛来していることへのよろこびが微量に配合されていた。それだけまずい状況ということだ。
「吹雪二佐、こちらは対空の航空支援を要請されている。編成は15(じゅうご。F-15J)が九機、F-2が七機、F-4が三機。いずれもAAM(空対空ミサイル)フル武装。千歳からのF(戦闘機)も合流予定。すでに15が二機、先行してそちらにむかっている。状況確認をねがう」
「了解。二週間まえ、東京が電撃的に空襲された日のことだ」
首都強襲の急報に混乱しながらも、<いずも>はじめ、こんごう型イージスシステム搭載護衛艦<こんごう>に<ちょうかい>、あたご型イージスシステム搭載護衛艦<あしがら>や、あきづき型護衛艦<あきづき>など最新鋭艦が属する第2護衛隊群の定係港でもあり、佐世保地方隊司令部もある長崎県佐世保港にて、出動要請、ないし命令をまっていた。
すると突如、一個中隊は組めようかという人数の陸上自衛隊員が、やけに重たそうな背嚢を背負い、半長靴の音もさわがしく押し寄せてきて、佐世保にも北朝鮮の爆撃機編隊がむかってきている、通信および指揮命令系統がずたずたになっていて連絡のとりようがないからこうして直接きた、われわれは護衛艦隊のサポートのために第4師団から派遣された、事態は一刻をあらそう、<こんごう>ほか、戦闘艦への乗艦許可をくれ、とまくしたてる。
情報がまったくない状況だったため、現場の人間は一も二もなく承諾した。
いまからかんがえなおせば、妙なところがいくつもある話である。海上自衛隊の艦は、海上自衛隊の乗組員だけで行動できるものであって、航行に陸上自衛隊の助けなどいらない。
輸送艦ならまだしも、なんのために海自の戦闘艦へのりこむのか。大仰な背嚢も気にかかった。
だが、そのときは、ふしぎと、だれも気にしなかった。
したとしても、声をあげるものはいなかった。陸上自衛隊の正規の戦闘服でかためていたし、非常事態でもあるので、うたがいようがなかった。
乗艦してから、たっぷり一時間は経ったときだろうか。
いまだなんの命令もないので港から出ることもできず、ただ市民たちを乗せられるだけ乗せて、気を揉んでいたところ、だしぬけに、<こんごう>と<あしがら>が、艦橋構造物がふっとぶほどの大爆発をおこし、あっけにとられる僚艦の乗員らが見つめるなか、佐世保港に錨をおろしたまま、なすすべなく轟沈した。
まだ敵の機影もみえていない。攻撃をうけたけはいもない。
爆発は連鎖し、<ちょうかい>、<あきづき>だけでなく、はたかぜ型対空誘導弾搭載護衛艦<しまかぜ>、あぶくま型護衛艦<じんつう>、あさぎり型汎用護衛艦<あまぎり>に<さわぎり>、はつゆき型汎用護衛艦三隻、むらさめ型汎用護衛艦四隻など、ほとんどの戦闘艦が兵火のえじきとなった。
なにがなんだかわからないが、とにかくおそるべき事態がおきている、命令をまってなどいられない。
そう判断し、<いずも>は、はやぶさ型ミサイル艇<おおたか>、<しらたか>をつれて、緊急出港。みえぬ敵からのがれながら、太平洋がわへでて、あてなき撤退をはじめた。
「情報がほしいが、強力な電子妨害で通信不能だった。戦闘艦でないがゆえに、へたに陸に近寄るわけにもいかない。沖合いを放浪しているあいだに、同様の事情でにげてきた呉と横須賀の艦と合流。よせあつめの艦隊をつくり、味方をさがしながら北上していた」
三番航路点を通過。空中に仮想的にもうけられた輪をくぐり、四番めの航路点へむかいながら、浅間は酸素マスクのなかで喉をうならせていた。
最悪だった。
おそらく、乗艦をもとめた自衛隊員とやらは、ほんものの陸上自衛隊員ではない。五月雨たちにもみせられた、存在しないはずの装備をまとった、存在しないはずの部隊だ。
北朝鮮の兵士らが、戦闘服の偽装でもって海自の目をあざむき、艦に爆薬をもちこみ、爆破せしめたとかんがえるのが妥当だろう。
自衛隊に化けた北朝鮮兵が沈めた<こんごう>と<ちょうかい>は、日本がほこる海の守護神、こんごう型イージスシステム搭載護衛艦だ。
艦の目となるレーダーは、従来の回転式ではなく、平板に、きわめて小型の送受信素子を昆虫の複眼よろしく無数にしきつめた、位相配列レーダーアンテナだ。
四枚を四方にむけて艦の構造物に設置することで、全周三六〇度の半球面上をつねに見渡し、死角がない。
最大捜索距離は四五〇キロメートルにもおよび、二〇〇以上の目標物を探知できる。
高性能レーダーで敵機を発見するだけでなく、距離、高度、移動速度などを正確に分析し、探知した複数の目標のうち、どれを優先してたたくか脅威度を判定し、適切な火力を実際に行使する。
索敵から攻撃までの一連の過程を、すべてコンピュータが半自動でこなしてしまう武器システムMk.7、通称イージスシステムは、むだに人間に依存しないため、個人の練度の差や、精神状態といった人的要素のせいで応戦がおくれるなどということがない。
敵がまだ遠くにいる段階で発見し、航空機にはスタンダード・ミサイルをはじめとした対空ミサイル、敵艦には長射程の対艦ミサイル、潜水艦であればアスロック対潜ミサイルなど、豊富かつ圧倒的な誘導兵器で撃滅、近づかれるまえに排除する。
千里眼のごときするどい目と、瞬時に状況をみきわめる頭脳、十五以上の敵と同時に交戦できるという手の多さをかねそなえたイージス艦のまえに、敵はない。
イージス艦にたたかいをいどんだ敵は、艦影をみることすらかなわないまま、その身を蒼き海に供物としてささげることになる。
まさに難攻不落の、しかも移動可能な、洋上要塞。
その気になれば、こんごう型一隻で、北朝鮮の空軍と海軍を同時に手玉にとることもできるだろう。
<あしがら>は、こんごう型をもとにさらに発展、船体を一六一メートルから一六五メートルへ、排水量も七二五〇トンから七七五〇トンへと大型化させた、自衛隊がもつ最新にして最大の戦闘艦、あたご型イージスシステム搭載護衛艦だ。
おなじイージス艦でも、防空管制能力、電子戦性能、兵器搭載量、すべてでこんごう型を上回る。
さらには、こんごう型、あたご型は、ともに北朝鮮の弾道弾から日本をまもるBMD(弾道弾防衛)構想の柱ともなっている。
はるか宇宙空間より飛んでくる弾道弾を、自慢の強力なレーダーと火器管制能力、スタンダード・ミサイル三型とよばれる超精密な誘導弾などを駆使して、大気圏外にて迎撃するのが目的である。
こんごう型とあたご型は、艦隊のみならず、日本本土防衛の主役となっているのだ。
また、イージス艦といえど、宇宙を超々音速で飛翔する弾道弾を迎撃するには、もてる全性能を傾注させなければならない。
そのあいだ、自身や艦隊の防空に隙が生じることになる。
弾道弾対処に専念できるよう、迎撃態勢中のイージス艦の護衛をつとめるべく新造されたのが、あきづき型護衛艦だ。
あきづき型に搭載された00式射撃指揮装置3型は、とくに防空にひいでており、イージスシステムにつぐ探知距離と同時交戦能力を実現。
敵機の攻撃から、じぶんの身だけでなく、僚艦もまもる、和製イージス艦ともいえる高性能護衛艦となった。
そのほかにも、イージスシステムこそないが伝統の旭日旗を揚げるに恥じぬ性能をもった護衛艦と、世界屈指の練度にささえられた海上自衛隊の乗員が、海と空に、不可視の鉄壁を築きあげている。
通常兵器、戦略兵器のいずれをもってしても、島国ゆえ海という天然の濠を味方につけた海自の護衛艦隊のまえには、ただただ海水の塩辛さを味わう運命しかまっていない。
北朝鮮が、このアジア最強の戦闘艦隊をほうっておくはずもなかった。
正面からの正攻法では護衛艦隊に勝てない。
だから、贋の自衛隊となって艦内に侵入し、内側から爆破するという奇策にでたのだ。
あらゆる敵をよせつけぬイージス艦も、内部からの爆発にはあらがいようがない。
最先端のイージスシステムも、各種ミサイルも、百発百中の主砲も、なにひとつ出番のないまま、一隻につき三〇〇名をこえる乗員を道連れに、佐世保の海の底に沈められたのだ。
「ということは、ほかのイージス艦やら護衛艦やらも?」
日本は、<こんごう>、<あしがら>をふくめ、六隻のイージス艦を保有している。
「<しまゆき>や<ひゅうが>によれば、そのとおりだ。おなじように陸自隊員がのりこんできて、ドカンとやられたらしい」
横須賀のこんごう型<きりしま>も、隣り合って停泊していた汎用護衛艦たちとともに爆沈。
呉のむらさめ型汎用護衛艦<いかづち>、たかなみ型汎用護衛艦<さざなみ>、あぶくま型護衛艦<あぶくま>、<せんだい>なども、同様の運命をたどったという。
舞鶴港は日本海がわにあるせいか、舞鶴から遁走してきた艦とは遭遇していないが、同基地を母港とする<みょうこう>も<あたご>も、おそらくぶじではないだろうとのことだった。
きけばきくほど胸糞のわるい話だ。
さしもの北朝鮮も、投入できる爆薬と人員にはかぎりがある。
すべての艦艇を葬ることはできないので、イージス艦をはじめとした戦闘艦を優先してねらったのだ。
いま生き残ってにげている艦は、いずれも輸送艦に補給艦、掃海母艦や事実上のヘリ空母、それに乗組員をそだてるための練習艦で、みずからは直接たたかわない補助的なものばかりだ。
だからこそ難をのがれたのだろう。
「で、戦略的撤退をくりかえしているうち、敵航空機にみつかり、それから三日三晩、いれかわりたちかわり、ぶっつづけで攻撃をうけている。もう弾薬も燃料も乗員も限界だ。対艦ミサイルこそ射たれていないが、レーザー誘導爆弾のほか、ふざけたことに無誘導爆弾で急降下爆撃をしかけてきてやがる。すでに<しもきた>、<おおたか>、<しらたか>が撃沈されている。ほかの艦もダメージがひどい。わが艦だけでなく、<ひゅうが>、<いせ>、<おおすみ>、ならびに<くにさき>には市民をおおぜい乗せているんだ。かれらにサーフィンをさせるわけにもいかない。空自さん、支援をたのむ!」
「了解だ。あと一二〇秒でこちらの射程にはいる。もちこたえてください、吹雪二佐」
「ありがたい!」
「ポリプテルス1、アマテラス。スティングレイ1と2がエンゲイジ、ターゲットを目視確認。敵機は複数のFC-1、JH-7、Q-5と判明。現在WVR(有視界)戦闘中」
スティングレイの二機は、緊急発進で出撃したため、武装は短射程ミサイルと機関砲しかない。最初から接近戦をいどむしかないのだ。
「スティングレイ1が一機撃墜。いいぞ。その調子だ」
中継をききながら四番航路点をすぎ、最後の航路点となる五番航路点へむかう。エンジン全開で駆けつけてやりたいが、目的地は宮城県沖約四〇〇キロメートルさきだ。燃料を節約しながら飛ばなければならない。
「敵は名ばかり第四世代機に型おくれ攻撃機。イーグルなら目をつむってても墜とせるな」
金本が楽観する。
直後だった。
「アマテラス、こちらスティングレイ2。スティングレイ1の様子がおかしい」
不穏な空気が無線からただよいはじめた。
「スティングレイ1、応答せよ」
最終航路点へ機体を飛ばしながら、浅間たちも音声無線にききいる。
つぎに放たれた声は、
「スティングレイ1がベイルアウト」
パイロットが脱出した、という信じられない一報だった。
F-15Jイーグルの操縦士ともあろう者が、機体を捨てて脱出だと?
「アマテラス、ポリプテルス1。スティングレイ1は撃墜されたのか」
「敵からの攻撃の兆候は確認できていない。RWR(レーダー警戒受信機)警報もなかった」
「てことは、またIRSTとIIRミサイルか?」
金本の推測に、全員が、MiG-29の赤外線捜索追跡装置と画像赤外線誘導ミサイルによる隠密攻撃の奇襲と、仙台の空に散った秋霜と霧島、両パイロットの最期をおもいだす。
「スティングレイ2によると、スティングレイ1の機体に損傷はなかったようだ」
AWACS管制官の報告に思考の糸がからまる。
攻撃されてもいないのに、精鋭のイーグル乗りが日和って脱出などするはずがない。
「スティングレイ2から通信。スティングレイ1パイロットは、ベイルアウト直前、いきなり目がみえなくなった、といっていたらしい」
「……ほんとうに目をつむってたのか?」
「不明だ。注意せよ」
「スティングレイ2、ポリプテルス1。いったん離脱し、われわれの援護につけ」
「スティングレイ2、ラジャー。アウト」
気をひきしめ、ぎらつく太陽と澄明な青空、延々とつづく雲海だけで目印もないなか、海に着水したであろうスティングレイ1パイロットのぶじを祈りつつ、ひたすら航路点めがけつっこんでいく。
「くそっ、また一発くらった!」
こんどは<いずも>の悪罵だった。
「<いずも>、アマテラス。被害状況をしらせ」
「OPS-50対空レーダー、OPS-28対水上レーダー、TACAN(戦術航法装置)アンテナに被弾。ESM(ドップラー方位探知アンテナ)、スーパーバードB衛星通信アンテナ、インマルサット、沈黙。艦橋にもダメージ。浸水はないが、死傷者多数! どの艦も似たようなものだ!」
<いずも>、<ひゅうが>、<いせ>、<おおすみ>、<くにさき>は、輸送艦やヘリコプター搭載護衛艦をなのっているが、艦橋を右によせ、艦首から艦尾まで全体が甲板となった外見は、航空母艦そのものだ。
艦容もけたちがいにおおきく、おおすみ型で全長一七八メートル、基準排水量八九〇〇トン。
ひゅうが型は、全長一九七メートル、基準排水量一万三九五〇トン。
いずも型は、全通飛行甲板型が乗った全長二四八メートルの船型に、一万九五〇〇トンの基準排水量をつめこんだ、戦艦大和にせまる超巨大艦だ。
八十階建てほどの高層ビルが横倒しになって、海に浮かんでいるようなものである。
いずれも戦闘艦ではない。武装はかぎられている。
ひゅうが型の対空兵器は、スパローを改造した発展型シースパロー短距離艦対空ミサイルが発射できる垂直発射装置が十六個。すべてが対空ミサイル用というわけではなく、潜水艦を攻撃するためのアスロック対潜ミサイルにも割かれている。あとは、戦闘機のバルカン砲を流用した近接防空用機関砲(CIWS)が二門あるにすぎない。
いずも型は、もともとイージス艦に護衛されて行動することを前提につくられたため、自衛火器はCIWSに、サイドワインダーを改造した射程十キロ未満の短距離ミサイル発射装置と、最低限におさえられている。
おおすみ型はCIWSだけで、ミサイルはない。
ひゅうが型につぐ巨体のましゅう型補給艦<おうみ>にいたっては、完全に非武装となっている。
さながら朝鮮人民空軍に爆撃演習の的を提供しているようなものだ。そんなものが六隻もいる。
まともにたたかえるのは、汎用護衛艦から練習艦に転用されたがゆえに現役艦なみに高度な兵装をもった、<しまゆき>、<しらゆき>、<せとゆき>の三隻だけだ。
本業の護衛艦ではない練習艦三隻で、六隻ものでかぶつをまもるなど、至難をとおりこして無理難題だ。むしろ、よくいままで全滅をまぬかれていたものだとおもう。
五番航路点に接近。艦隊もちかいはずだ。
浅間は全機に無線をつないだ。
「レーダー、ECM、オン。スパロー、スタンバイ」
自身も機首レーダーを起動、妨害電波も展開させる。
F-15J、F-2A、F-4EJ改の編隊が、たとえ雲がなかったとしても肉眼ではとうていみえぬ距離の敵へ、レーダーのマイクロ波をいっせいに浴びせかける。
「アマテラス、艦隊にたいし脅威度の高い目標を優先し、個別にターゲットの指示をたのむ」
「了解」
「全機、射程にはいりしだい発射しろ。あたらなくてもいい。とにかく敵を散らせ。なにがあっても艦をやらせるな。じぶんの家族が乗っているとおもえ!」
もしひゅうが型が一隻でも沈めば、四〇〇人ちかい自衛隊員と市民が宮城県沖の海棲生物の滋養分となる。
「市民のため、ですか?」
陰鬱な声は、早蕨からだった。
「ぼくらが命がけで助けても、けっきょくは、国民は自衛隊が嫌いなんです。感謝しろとはいわないですけど……むくわれません」
なんのためにたたかうのか。少年の面影をのこしたパイロットは、迷っているようだった。
「わすれるな。おれたちは最高指揮監督者である総理大臣の許可もなく、政府や自治体や防衛省の要請も、命令もなく、勝手に弾薬をつかい、勝手に反撃している。すでにおれたちは法にそむいている」
日の丸をいただき飛翔するジェット戦闘機の編隊、その先頭で、浅間はしずかにことばを継ぐ。
「このまま北朝鮮の侵略をうけいれたなら、日本は北の属国となる。それをふせぐ力をもっているのは、おれたち自衛隊だけだ。だからおれたちは、朝鮮人民軍を駆逐し、しかるべき審判をうける」
「ぼくには……理解できないんです。なぜ、じぶんたちを守ろうとしている人間に、つばが吐けるのか」
早蕨の声は義憤にふるえていた。
「雨が降ってよろこぶ者もいれば、雨が降ってはこまる人間もいる。あるひとつの事象にたいし、賛成する者と反対する者の両方がいる。それこそ民主国家の正常な姿だ。北の属国になれば、どちらかいっぽうしか許されない」
属国になるということは、北朝鮮がまた戦争をおこしたら、日本人は北朝鮮の人民として、敵国の虐殺に従事しなければならなくなるということだ。否やは許されぬ。逆に、日本人が北朝鮮の敵から鏖殺の対象とされることもあるだろう。
「いまの国民には、時間が必要だ。戦争に敗けるということがなにを意味するのか、そもそも戦争の勝ち敗けとはなにか、冷静にかんがえるための時間がな」
熟慮せずに服従をえらんであとで悔やんでも、もうおそい。
「北朝鮮の脅威を排除したあと、それでもなお国民が北朝鮮に屈伏したいというのなら、おれはだまってその決断をうけいれる」
仙台市民の罵声が脳裏によみがえる。
「勝手にたたかって、勝手に死ね。おれたちにとって、いちばんふさわしいことばだ。とりあえずは、たたかうことを許されたってわけだ」
早蕨だけでなく、三沢からの戦闘機パイロット全員が耳をかたむけていた。
「納得したか?」
「……半分だけは」
浅間はあえて軽く笑ってみせる。
「なら、のこりの半分だけでいい、おまえの目の前にいる、おれのためにたたかってくれ。おれだけじゃない。ローウェイやエンドリをぶじに帰還させるために、おまえの力をかしてくれ。おれたちには、おまえが必要だ」
浅間の説得に、純鉄の戦士は息をのみ、それから、
「了解です!」
ひとすじの光明を見いだしたように随嬉するのだった。
「相手が助けを求めていようが、求めていまいが、しったことか。そこに人がいるかぎり、一命を賭してでも助ける。そのための自衛隊だ」
飛燕の速度で、自衛隊機たちは大気を切り裂き、突撃していった。




