三十七 益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに幾とせ耐へて今日の初霜
ポリプテルスとシクリードの両フライトによる激闘は、パイロット二名の殉職とひきかえに、仙台の解放という、予想だにしなかった成果をあげた。
しかし、朱光烈大佐の奸佞邪知たるやおそるべし、もともと、
「占領」
や、
「捕虜」
の実感がなかった市民たちである。解放されたといわれても、いまいちぴんとこない。自衛隊へのありがたみなど沸くはずもなかった。
そんな市民らにすこしでも理解をよびかけるために、陸上自衛隊が名乗りをあげ、野外炊具をもちいた食事をふるまうこととなった。
一軸二輪の車体に、白飯だけであればいちどに四〇〇人ぶん、味噌汁ならひと釜あたり二五〇人ぶん調理できる性能がひめられている六つのかまどを搭載した、
「濃緑色のものものしい屋台」
といったふぜいの野外炊具が、各駐屯地から、おもに避難所を中心に集結し、隊員たちが全力運転させて、飯を炊き、汁を沸かせる。
一食一食に真心をこめ、新雪のかがやきをみせる炊きたての白米に、出汁をきかせたわかめの味噌汁、食欲を刺激するようにピリ辛にしあげた肉野菜炒め、きゅうりととうもろこしの彩りが目にも鮮やかなツナコーンサラダなど、定食として店でだされてもおかしくない、上等な給食をだしたのである。
だが、ひとびとに笑顔は薄片すらもなかった。
自衛隊員が差し出す食事を、あからさまに舌打ちしてひったくるようにして受けとる者が大勢いた。
自衛隊の世話になるのは気にいらないが、腹はへるし、なにしろただである。背に腹はかえられぬといったようすだ。
「あんたら、飯ごときでおれらの機嫌とろうちゅう魂胆じゃなかろな」
面と向かっていいはなつ者も、ひとりやふたりではない。やはり、国民を見捨てて撤退した自衛隊への不信は、そうとう根が深いとみえる。
「国民に感謝されることが、おれたちの仕事じゃない。国民の役にたつことがおれたちの仕事だ。それを忘れるな」
古参の曹長が発破をかけるも、隊に蔓延するよどんだ空気は払えない。自衛隊員とて人間なのだ。
で、食事が終わった市民は、食器を返却しにくるわけであるが、そのさい、食器を隊員に投げつけるようにして返す者が少なからずいた。
唖然とする隊員を、かれらは嘲るような、あるいは怒りに満ちた目で睨み付けていくのであった。なかには返却もせず、食べ散らかしたまま放置して、はやばやとじぶんの寝床に引き上げるものもいた。
陸上自衛隊の仕事は、被災者への給食だけではない。
北朝鮮の爆撃で倒壊した家屋は、類焼によるものもふくめ、仙台市内だけで五千戸あまりにのぼる。アスファルトにしたたり落ちた汗が一瞬で乾いてしまうほどの猛暑のなか、がれきの撤去や、行方不明者の捜索にも、隊員らは粉骨砕身してとりくんだ。
移動式厨房である野外炊具は、白飯や湯気のたつ汁物だけでなく、揚げ物や炒め物などひととおりの料理をこしらえることができ、冷凍冷蔵庫も完備しているが、自衛隊員自身が、野外炊具でつくられた食事をとることはなかった。
なぜなら、野外炊具をふくめた自衛隊の装備は、なべて国民のために存在するべきもので、自衛隊のために配備されているのではないからである。
では、隊員らはなにを腹にいれるのか。
陽射しに痛みを感じるほどの旱天のもと、施設科隊員たちがショベルカーや75式ドーザー、あるいは素手でがれきと格闘しているあたりの、日がよくあたる地面に、マジックで数字が書かれただけの銀色のレトルトパックが、数十もならべられている。
隊員は、ちょっとした休憩時間をみつけ、レトルトパックのひとつを手にとる。
封をあければ、かぐわしい香辛料の香り。民生品とおなじレトルトカレーを自衛隊むけに卸したものだ。味は一般に販売されている商品とまったくおなじである。
それを、隊員は、白米もなしに、飲むようにのどへ流し込む。
以上で、かれの昼食は終了となる。
編隊長として、市民たちのようすをじかにたしかめるために市内をまわっていたとき、食事というにはあまりにそっけないその光景を目撃した浅間は、心配して声をかけたが、迷彩服すがたの隊員は、
「慣れるとおいしいです。こうして日なたにおいておけば、勝手に温まるし、湯煎とちがって熱くなりすぎないからさっさと食べられる。じぶんの飯なんかに時間をかけてられないです。一秒でも多く国民のために働かないと」
笑って挙手の敬礼をし、作業にもどっていった。
気の毒におもいながら、目を地面におとす。
几帳面さが特徴の陸自だけあって、レトルトパック自身が意思をもって整列したかのようであったが、浅間はそのなかに、いくつかの乱れがあるのをみつけ、さらによく注視して、銀色の表面に、歴然たる足跡がついているのを発見した。
浅間は瞬時に察した。ここにならべてあるパックが自衛隊の食事であることを承知のうえで、おそらくは故意に踏んでいった市民がいるのだ。
なかには体重をかけすぎたらしく、袋がやぶれて、中身がでてしまっているものもあった。地肌に褐色の内容物が流れているさまは、下痢便そのものであった。
またひとり隊員がきて、じぶんの番号を書いたパックを拾う。
足跡に気づき、両肩が沈むように落ちる。
それでもかれは、開封すると、ルウをいっきに煽った。
嗚咽をこらえ、汗とともに涙をこぼす。その涙がなにを物語っているか、痛察するにあまりあった。
生ぬるい、べたつく軟風が、声なき嘲笑とともに通りすぎていく。
唐突に、背筋が冷える。敵機に捕捉されているような悪寒。
刹那、遠花火のような、輪郭のぼやけた炸裂音が大気を揺らした。
ふりかえると、甍をならべる民家に視界を阻まれた南西のかなたから、風にのって、悲鳴と絶叫の阿鼻叫喚が流れてきた。薄い灰いろの煙が、風になびきながら、鎌首をもたげる。
「浅間一尉、はやくお戻りください」
戦闘機パイロットは、狙撃手と同様、敵からの暗殺対象にされやすい。万一の危険もかんがえ、浅間は、陸自が用意してくれたジープみたいな高機動車で、霞目駐屯地へ引き返した。
なにがおこっているのか、もうわからなかった。
◇
高機動車にゆられる上空、虹の環がかかっている太陽を背景によこぎるのは、威風堂々たる鵬翼の影。
かん高いターボファンエンジンの回転と排気音を登場音楽として、暗緑と茶の雲形迷彩につつまれたC-2戦術輸送機が、着陸のため、操縦士の顔さえみえそうな低空を悠々と航過していく。
C-2といれちがいに空へかけあがっていったのは、直線翼に四発プロペラをかかえたC-130Hハーキュリーズだ。荷物をおろして身軽になったのであろう巨体が、空にすいこまれるように上昇していく。
空自の戦術輸送機としては最大の搭載量と航続性能をほこるKC-767空中給油輸送機が、かなたの北空に飛行機雲の筋を長くえがく。
戦後初の国産旅客機として生をうけ、民間航空会社からはとっくに全機引退したYS-11中型輸送機までが、老骨に鞭をうち、ほんらいの仕事場である空にもどる瞬間に胸おどらせるかのように、仙台空港から二十キロメートル離れたここまで双発ターボプロップの爆音を響かせている。
固定翼機とは異なる、空気をたたく独特な騒音。
CH-47JAチヌーク大型輸送ヘリコプターが、十機ちかい編隊をくんで、浅間らの真上、手をのばせばとどきそうなところを追い越していく。
回転翼機であるがゆえに滑走路を必要としないCH-47は、陸自、空自、両隊の機体が総動員され、晝夜の別なく往復輸送にかりだされていた。
千歳や三沢から、航空機用部品、整備器材、人員に衣料品、あるいは長距離砲、車輛、野外手術システム、汎用ヘリコプターなど、もろもろの物資を仙台空港へ空輸しているのだ。
いわば、大規模な引っ越し作業である。
はこぶものはいくらでもある。空をみあげて、視界に輸送機がはいらぬ瞬間はなかった。
敵の攻撃から輸送機を護衛するため、F-15J、F-2、F-4EJ改といった戦闘機部隊、広域を監視するE-767早期警戒管制機、E-2Cホークアイ早期警戒機は、始終でずっぱりで、浅間たちも、輸送途中の護衛をなんどかつとめていた。
また、ふだんどおり、国籍不明機にたいする対領空侵犯措置のため、アラート待機にもついておかねばならない。
過去、大地震をはじめとした激甚災害が発生したときにも、不明機による領空接近は、ほぼかならず急増する傾向にあった。原因が不確定要素によるものであれ、弱った隙をみて攻めるのは、古今東西、いかなる規模の戦いにおいても常套手段だからである。
ましてや、事実上の戦争状態にある日本は、世界中から孤立無援でもあり、弱り目に祟り目ということにもなりかねない。
迂回に迂回をくりかえし、霞目駐屯地に到着。礼をいって高機動車から下りる。
駐屯地もまた、回転翼の喧騒が主役であり、支配者だった。
飛行場には、155ミリりゅう弾砲FH-70を吊り下げたCH-47だけでなく、輸送機に積みこまれて、仙台空港からは自力で飛んできたUH-1J多用途ヘリコプターが、試験飛行もかねてつぎつぎ飛来しては、地上の隊員の誘導にしたがい、足をおろしていく。
平原のごとく広くおもえた飛行場が、はやくも手狭にみえてきた。まだまだあとが残っている。
浅間は、何人もの陸自隊員たちが、いましも輸送ヘリコプターから長距離砲の荷ほどきをしている、まさにその場所……五百あまりの首が降伏勧告の忌まわしき文字を形成していた場所にむけ、無意識のうちに黙礼してから、ふたたび日の丸を掲揚することになった基地施設へと進んだ。
「率直にいって、現状はあまりかんばしくありません」
ブリーフィング・ルームにて、浅間、金本、早蕨のほか、六名ほどの四機編隊隊長をまえに、占守が口火をきった。迷彩の野戦服をまとった陸上自衛隊の自衛官も何人か参加している。
「輸送行程が予定より三十七%もおくれています。多少の遅滞は織り込みずみでしたが、とても容認できる範囲ではありません。すでに到着予定のはずの物資がとどいていないことによる影響もでてきています」
C-130H輸送機とC-2輸送機をあつかう飛行隊のいくつかは、二〇〇一年から二〇〇六年まで延長がかさねられた、
「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法」
……いわゆる9・11に端を発したテロ特措法で、米軍基地間の輸送にあたったこともある、空輸の専門職集団だ。
同法による派遣任務では、当時の戦術輸送機だったC-1中型輸送機をもちいた国内運航で三六六回、C-130H輸送機での国外輸送十五回の対米支援空輸をはたした実績がある。
かれらはその経験をいかし、戦時下での輸送というはじめての状況においても、積み荷の搭載から飛行まで、最適な計画を策定、実行し、すすんでほかの空輸部隊の範となっていた。
しかし、輸送は空輸のみで成り立つものではない。
「陸さんのほうは?」
「いずれの橋も、戦車の重量に難があります。わたしどもが応急の橋をつくってはいますが、いかんせん人手がたりません」
同席していた施設科の五月雨二等陸尉の言葉尻もよわい。
「重い? 74式でもか?」
「渡れるかどうか、強度を関係部署に問い合わせて照会していますが、かなりむずかしいとのことで……」
「そりゃあ、渡ってる途中に橋ごと落ちたら目もあてらんねえよな」
「『橋はまだある。……いまはもうない』てなことになりかねないか」
「橋って、そんな弱いもんなんすか?」
早蕨が首をかしげる。
「戦車ごときであぶないって、ぶっちゃけ手抜き工事なんじゃ……」
「おなじ四十トンでも、一トンの自動車が四十台なら耐えられる。だが四十トンの戦車ではむずかしい。重さが局所的にかかりすぎるんだ」
「また、数字のうえでの強度はたりていたとしても、橋そのものの老朽化は無視できません。これも輸送に時間がかかる一因になっています」
五月雨が書類に目を落とす。
「わかっているだけでも、四〇〇〇橋あまりの橋が、老朽化にともない、強度に不安があると試算がでています。これは陸路をもちいた輸送ルート中に経由する橋の八割に達します」
一般道、高速道路、橋、トンネルといった交通インフラストラクチャーには、寿命がある。
「高度成長期の列島改造計画とやらで、イケイケドンドンで道路やらトンネルやらつくったはいいが……」
「交通インフラの寿命は、おおよそ五十年くらいらしいな。ちょうどいまがドンピシャってわけだ」
「点検とか、整備とか、補修とか、ちゃんとやってないんすか? 世界に冠たる日本っすよ、ここ」
「成長期につくられた交通インフラは、橋だけでも、それこそ日本全土に何十万と存在する。いちどにつくったものだから、寿命もいちどにやってくる。メンテナンスにかかる手間も費用も膨大にすぎて、結果的に後回しにせざるをえなかったのよ」
早蕨の疑問に、占守が答える。
「つくるためのイニシャルコストは考えても、数十年さきまでつかえるようにするためのランニングコストは考えない。自衛隊とおなじね」
おかげで戦車のような重量級の車輛部隊が、仙台まで南下できていない。
「主力が74式だってだけでも万全とはいいがたいのに、数までそろえられねえとはな」
金本がもらすように、74式戦車は、読んで字のごとく一九七四年に制式採用された、ひと世代まえの戦車だ。
時流にあわせて、あたらしい砲弾がつかえるように火器管制装置を改良したり、敵戦車からの照準用レーザーを検知して煙幕弾を発射する防御装置を追加するなど順次改修しているものの、原設計がふるいために、陳腐化はいなめない。
74式戦車の後継として、最新型の10式戦車が調達されていたが、年に十二、三輛しか配備されていない。まだまだ74式戦車を主力としてつかっていかなければならない状況だ。
もうひとつの主力戦車、90式戦車を本土でつかう案も、きびしいものがある。
90式戦車の車重は、74式より十トンあまり重く、五十トンほど。
同世代の戦車、たとえば六十二トンのレオパルド2や、七十トンのメルカバMk.4よりは軽量だが、やはりいささか重い。さすがに、道路を走るとアスファルトが耕されるなどということはないにしても、どうしても、橋に不安がのこる。
また、ほんらい、長距離をドライブするためにつくられたものではない戦車は、平均で三〇〇キロメートル走るごとに一回故障する。
四、五十トンもある車体を動かすのだ。走行装置にかかる負荷は一般自動車の比ではない。つねに故障の危険が影のようにつきまとう。
したがって、戦車を長距離移動するときは、自走ではなく、運搬車に積載してはこぶ。
そうすると戦車の重さにくわえて、運搬車の重量もかかる。たとえば、特大型運搬車に90式戦車をのせると、合計七十トン超にもなる。
戦車が十全にたたかうためには、万全なインフラ整備が不可欠なのだ。飛行場がなければ飛行機がつかえないのとおなじである。
「専守防衛、戦うなら国内限定というのが国是のくせして、国内で戦車の運用に制限がつくとはおそれいる」
「道路にしろ橋にしろ、戦車がつかえるくらい強度をたかめようとしたら、コストがかかりすぎるからな。もちろん建前上は強度を確保しているのだろうが、ちゃんと仕様どおりに建造されているとはかぎらん。信用して渡って落ちてバカをみるのはこっちだ」
「今にきて、国内事情とかそこらへんをないがしろにしてきたツケが回ってきてるわけっすね」
「運輸省や国交省が、戦車のことをかんがえてくれるわけもない。なにせうちは、戦争しないことになってるわけだからな」
「強度よりも、さらにやっかいな問題が」
五月雨の顔にはふかい憂慮があった。
「道路、トンネル、橋、あるいは道路脇の民家に、IEDがしかけられていたというケースが多数報告されています」
室内に何人かのため息がもれる。
「第9師団第5普通科連隊のLAV(ラヴ。軽装甲機動車)や96(きゅうろく。96式装輪装甲車)、三トン半トラックの車列が神成トンネルを通行中、トンネルの出入口付近が同時に爆発し、崩落。隊員五十五名と車輛十七輛が、いまもトンネルのなかに生き埋めになっています」
あきらかに狙いすましたかのように爆発したということは、あらかじめ爆発物をしかけておいたうえに、遠隔操作で起爆せしめたのであろう。
「路肩に停められていた車がいきなり爆発したり、マンホールの蓋のうらに爆弾が設置されていたこともあります。ほかには、進路上に鹿の死骸がころがっていたので、隊員がどかせようと動かしたところ、爆発したという報告も」
感知式の爆弾を、鹿の死体の下にかくしておいたというわけだ。
「その隊員は……?」
「両腕と、顔の半分をふっとばされましたが、一命はとりとめたとのことです」
複雑な思いが胸にひろがる。
地雷にせよ手榴弾にせよ、軍がもちいる爆弾は、運用国の軍事目的にもとづいた一定の規格と設計で量産され、投入される。
ゆえに、蛇の道は蛇の論理で、どこにどんな爆弾がどのように隠匿されているか、予想し、対策することは比較的容易である。自衛隊も、地雷を除去する装備をもち、訓練もつんでいる。
そこらへんにある火薬と起爆装置からつくられた、即製爆発物(IED)と総称される手製爆弾に、この常識は通用しない。
厳密な規格も設計思想もなく、現場の人間がありあわせの材料から適当につくるため、威力から起爆手段、偽装方法まで、一貫性がなく、対策がとりにくい。
「爆弾をつくるのにとくべつなものはいりません。つきつめれば、爆薬と起爆装置さえあればいいわけです」
五月雨が解説する。
「爆薬に連動するように、無線機、たとえば携帯電話でもつければ、電話をかけることで任意のタイミングで起爆する無線操作爆弾のできあがりです」
「それなら、携帯電話の電波を妨害するとかしてみては?」
F-4EJ改を装備するクレニキクラ・フライトの編隊長、TACネーム<マラリア>の意見にも、五月雨の表情は晴れない。
「妨害することはできても、爆弾そのものを無力化できるわけではありません。敵からすれば、次をまてばいいだけです。しかも、電波妨害が有効なのは携帯電話を起爆装置にもちいたものだけで、家電製品のリモコンによる遠隔操作や、有線、接触、時限式といったほかの起爆方法には効果がありません。いっぽうで、携帯を妨害する電波を発信しつづけていると……」
「……さらに住民感情が悪化するのはさけられないな」
浅間に五月雨が肯んずる。
「起爆装置は、まあそりゃ日本だけにいくらでも現地調達できるだろうが、爆薬はどこからもってきてるんだ? ホームセンターから園芸用の肥料でもかっぱらってきたのか?」
「ものによっては、FV(89式装甲戦闘車)があっけなく大破させられてしまったほどの威力があり、われわれも調査したのですが……」
意味することに息をのむ。戦車に準ずる防御力の89式装甲戦闘車をも破壊する爆発物が、手作りでうみだされ、そのへんに設置されているなど、しゃれにならない。
「三沢基地や霞目駐屯地の弾薬の在庫を確認したところ、員数がいちじるしく不足していました」
重い沈黙がふりつもる。
状況からかんがえれば、
「連中は、おれたちの武器弾薬でIEDをつくってんのか」
というマラリアの推測が、妥当なところだった。
爆薬まで現地調達ですむのなら、わざわざ本国から輸送せずともよい。地雷のように数で勝負する兵器に、貴重な輸送枠をつぶされなくてすむわけだ。
「IEDがあるかぎり、陸路での輸送はかなりの制限がつきます。捜索と除去の難易度がたかく、人的にもすでにすくなくない損耗がでているうえ、さきのトンネル崩落で生き埋めになっている隊員の救出作業をはじめ、負傷した隊員の救護、後送にさらに人手が割かれており、結果として、輸送は空輸にたよらざるをえない状況です」
浅間は目頭をおさえた。荷物をはこぶなら、空路より陸路のほうが効率がよい。空輸のみでは兵站に不安がのこる。地道にIEDを早期発見し、解体するか迂回していくほかない。気のとおくなるような道程である。
「降服した自衛隊員とやらは?」
アシペンサー・フライトの編隊長をつとめるベルーガがたずねる。
「市民がいうには、みんなのまえで自衛隊員らが朝鮮人民軍に降服してたらしいが」
「霞目駐屯地だけでなく、宮城県にはわれわれ反攻部隊以外の自衛隊員はいませんでした」
「ひとりも?」
「ひとりも。また、住民たちも、降服以降、自衛隊の姿をこんにちまで見かけたことがないとのこと」
それだけききだすだけでも、とほうもない苦労が強いられた。まったく協力をえられないのである。
「ですが、基地でこんなものをみつけました」
五月雨がいうと、かたわらの隊員が、脇にかかえていたものを机に広げはじめた。
浅間らは、そろっていぶかしそうな顔をした。
見慣れた迷彩柄のヘルメットに、衣服の上下。
ただの迷彩ではなく、日本の植生にとけこむように、若草いろと埴土いろ、砂いろに濃い黒の斑点模様を複雑にくみあわせた、機能的配色。
どこからどうみても、陸上自衛隊員が基本装備として身につけている88式鉄帽に迷彩服2型、防弾チョッキ2型であった。迷彩服にかんしては、暗い面持ちの五月雨たちも、まったくおなじものを着用している。
「これがどうしたんだ?」
ラングフィッシュ・フライトのエチオが、空自パイロットたちの疑問を代弁する。
「われわれの装備は大小とわず、国家予算より調達費を工面しています。ですから、たとえボールペン一本でも、発注と納品の記録がのこるわけです」
迷彩服をみおろす五月雨の視線に、つよいものが混じる。
「しかしこの鉄帽も迷彩服も、記録にはいっさいありません。存在しないはずの装備です」
「一式くらいなら、なにかでミスって漏れちまったとかありそうなもんだが」
金本を五月雨がみやる。
「これとおなじく、表向き存在しない戦闘服が、あと百そろい以上も押収された、といったら?」
室内がざわついた。
横流しするにしても、殻薬莢を一個なくした程度で大わらわになるのが自衛隊だ。
「それだけの装備品がなくなっていてだれも気づかないなんて、ありえるか?」
ベルーガが顎をなでる。
浅間の目にも、ただの装備品だとおもっていた戦闘服が、どことなくぶきみに映ってきていた。
「どういう経路でやつらが入手したのかはわかりませんが、これを着ていれば」
五月雨が懸念を口にする。
「人民軍兵士が陸自の隊員に化けることも可能かと」
「なるほど。それで降服の演技をさせれば、市民は毛ほどもうたがわないってことか」
白旗をあげるにしても、わざわざ市民の面前をえらぶ必要はない。みせるのが目的だったのだろう。
「そんなにうまくいくもんすか? いや、現実にけっこううまくいってるみたいですけど」
「とんがってる飛行機はみんな戦闘機。軍艦はみんな戦艦。キャタピラ履いてりゃぜんぶ戦車。一般人の認識なんてそんなもんだよ。迷彩の上下着てヘルメットかぶってりゃ、マニアでもないかぎり、モノホンの陸自隊員にみえてもふしぎじゃないさ」
「しかも聞き取り調査によれば、空自さんが仙台の“強行偵察”任務中、北は自衛隊へ休戦協議を打電していたと」
そういえば、人民空軍の輸送ヘリコプターに乗せられていた市民の男も、そんなことをいっていた。
「休戦に応じなければ、市民の命と引き換えだと。われわれはそれを無視して戦ったことになっているらしいです」
民間人に犠牲を強要して、作戦を強行した、と思われているのだ。
「念のためにきいておくが、北からそんな話をもちかけられた事実は?」
作戦中はそれぞれ千歳と三沢にいたベルーガとマラリアが、そろって頭をふった。
「あろうはずもない。和議ならこっちから結びたいくらいだ」
無視などするわけがない。
「いまにはじまったことではないが、北のいうことは、嘘ばかりだ。そして、耳に如雨露で毒を注ぐがごとく、その嘘がことごとく信じられている」
「いかに日ごろから自衛隊が信頼されていないかがわかるな」
金本が皮肉げに笑う。
「災害派遣とかでいつも助けてやってるのに……」
小声でこぼしたのは、早蕨だった。
無言で占守がつかつかと詰め寄る。無骨な飛行服さえ着映えする端然な長身が、椅子に座っている早蕨のまえに立ちはだかる。
早蕨の当惑などかまうことなく、占守の右腕が、剛弓につがえられた矢をひくように後退。
踏み込んだ足から腰、肩、腕へ体重が移動。
つぎの瞬間、占守の右拳が、早蕨の顎をしたたか打ち抜いていた。
砲弾のような一撃は、成年男子として恥ずかしくない体格の早蕨を、かるがると後方へふきとばした。
脳震盪をおこしたらしく足元がふらつく早蕨に、マラリアやエチオたちが手をかして立ち上がらせる。
「ああして占守は早蕨をまもったんだ」
助けを断ってみずからの足で立とうとし、膝から崩れ落ちる早蕨を一瞥しつつ、金本がささやいた。
「ああ。思ってはいても、口にだしてはならないことがある。口走ってしまった早蕨を打擲することで、みなの心に発生していたかもしれない非難を同情にかえてみせた」
占守が無言のまま前へもどる。かたわらの五月雨たちが、一様に真っ青な表情をならべていた。
「戦闘服の正体は、陸さんにおまかせしよう」
浅間に、五月雨たちはがくがくとうなずいた。
「各基地のスクランブル発進の回数は?」
浅間が占守に水をむける。
「千歳、三沢、ともに平均して一日二回といったところです」
「多いな」
足を組んだベルーガがつぶやく。
空自は年に三〇〇回ほどスクランブル発進をかけている。
アラート待機をしている基地は七つあるので、ひとつの基地あたり、年間四十三回。
さらに三六五で割ると、一日に〇・一回。
つまり、現在、日本は、平時の二十倍もの頻度で対領空侵犯措置にあたっていることになる。
「対象は?」
「北朝鮮の哨戒機、偵察機が五割。あとはロシア、中国、韓国です」
「となりで戦争やってりゃ、野次馬したくもなるわな」
いって、金本がコップに水を注ぐ。
「対領空侵犯措置については、平時と同様、粛々と遂行していく必要がある。しゃんとしているところを見せてりゃ、よけいな気はおこさねえだろ」
口元をかくしながら、喉をならして一気に飲む。喉仏がべつの生き物のように上下に動く。空調はきいているが、やはり暑い。
「韓国が便乗してくることはありませんか。敵の敵は味方みたいな理屈で、北朝鮮と手を組んで侵略に加担するとか」
鼻にちり紙をつめながら早蕨が訊く。
「それはないだろう。たしかに韓国は、論理と理性を感情が圧倒する国だが、可能性はひくい」
「根拠を聞こう」
金本の試すような問いに、浅間はひとつひとつ整理する。
「まず展望がない。日本を征服できたとして、統治をどうするのか。分割統治ということになるんだろうが、どこからどこまでを取り分にするかでかならず揉める。新たな領土の奪い合い、つまり戦争の火種を生むだけだ。半島の覇権すら決着がついていないのに、これ以上の問題を進んでかかえこみたくはあるまい」
朝鮮半島の地図を思い浮かべながら続ける。
「そもそも北朝鮮と韓国が融和すること自体がむずかしい。いちど手を組めば、両国は和解したことになるのだから、正式に朝鮮戦争を終結させなければならない。すると半島の支配権はどちらになるのかが問題になる。三十八度線を国境にしていままでどおり北と南に分かれるのか? それでは両方の国民が納得しない。曲がりなりにも朝鮮半島の継承権をめぐって、半世紀以上もにらみあってきたんだ。半島ぜんぶを手にいれなければナショナリズムに傷がつく。もちろん、そんなもん政治上のただのお題目にすぎないが、両者とも、国民は自分たちこそ半島の正当な後継者とかたくなに信じている。しょせん、朝鮮半島の問題の決着は、北か南のどちらかの勝利と敗北でしかありえない」
浅間の推論に全員が耳をかたむける。
「融和がむりなら、なぜいままで、韓国も、北朝鮮も、ぎりぎりのところで朝鮮戦争を再開させなかったか。韓国がその気になれば、共産主義まがいの『主体思想』なんぞのせいで疲弊した北朝鮮を征伐するくらい、簡単ではないかもしれんが、無理ではなかったろう。ではなぜ核の開発まで許して、のうのうと様子見をしてきたのか」
「北朝鮮の打倒が現実的にできなかったからではなく、むしろ半島を統一したくなかったから、ですか?」
占守の回答に、浅間はうなずいた。
「そう考えるのが自然だな」
「どういうことっすか?」
「つまりだ、北朝鮮政府を倒してめでたく半島を太極旗で統一したとして、北朝鮮の人民はどうなる?」
早蕨が、あ、と声をもらした。
「北朝鮮の人口は、二〇〇〇万ちょいといわれている。北朝鮮政府が崩壊したら、それがすべて難民となる」
「中国や、日本海を渡って日本に流れることを考えても、半島全域を領土にした韓国が、難民の最大の受け入れ先にならざるをえない。いきなり百万単位の食い扶持がふえるわけっすか……」
しかもその難民のなかに、武装した工作員がまぎれこんでいる可能性もある。
かといって、難民の受け入れを拒めば、国際世論から針のむしろにされる。
「北朝鮮っていう国そのものも引き受けなければならない」
浅間は話を進めた。
「いわば相続だな。個人の遺産相続でも、カネなり土地なりの遺産を相続するなら、借金とかの負の遺産も相続しなければならない。それとおなじで、韓国が勝って半島を統一したなら、北朝鮮のボロッボロの経済もめんどう見てやらなきゃならない。たとえるなら、いきなり借金まみれの親戚のオッサンが居候にくるようなもんだな。そいつが背負ってる借金もこっちが返してやらなきゃならん。しかも飯は一丁前に食いやがる」
「親戚のおじさんとかおばさんって、借金ができたりこっちが宝くじに当たったりすると急にすり寄ってくるよな」
金本が茶々を入れる。何人かが心当たりでもあるのか小さく噴き出す。
「預金残高がマイナスな通帳なんざ、だれも貰いたくはない。韓国が、口では半島は自分のもんだといいながら、竹島の実効支配とちがってまったく行動に移さないのはそのためだ」
「ドイツの東西統一の二の舞はごめんってわけっすか」
「ドイツも壁がなくなってかなり経つが、いまだに東ドイツ時代の負債に足を引っ張られてる」
金本が言い、浅間が、
「いちど資本主義と社会主義にわかれた国と国の統合は、針の穴にミサイルを通すよりむずかしい」
と引き取った。
「日本が共通の敵だとはいえ、呉越同舟すれば、これらの問題に真正面から立ち向かわなくてはならなくなる。解決できる意思と計画があるんならべつだが、もしそうならとっくに半島を掌中におさめてたろうしな。ようするに、その気がないってことだ」
早蕨も得心した。
「韓国の対日参戦は、まずないと思っていいってことっすね」
「勘違いするな。可能性がひくいっていっただけで、ゼロではない。なにがおこるかわからん」
浅間にあらためて全員が首を縦にふった。
海の底から怪獣が現れ、アメリカが全世界から軍を撤収し、日本が北朝鮮から侵略をうける。
これほどの異常事態が続けば、たしかになにが起こってもおかしくはないと思えてくる。
わめき声。外からだ。
おのおの顔を見合わせたのち、窓から確認する。
基地の正門まえに、うねる熱気と波。おびただしい人間が、あるものは鉢巻きをし、あるものは幟をかかげ、あるものは横断幕をひろげて、なにかしら雄叫びをはりあげながら押し寄せている。
距離のせいで音節がつぶれて、内容はききとれない。だが、横断幕や幟旗におおきく殴り書きされた文字は読むことができた。
「戦争はやめろ」
「暴力では何も解決しない」
二〇〇人はかるく超えるであろう勢力だ。十人もいない警備隊がはばもうとしているが、押しきられるのは時間の問題だ。
浅間の足は自然に室を出ていた。ほかのパイロットや陸自隊員らもあとにつづく。
◇
「自衛隊はー、戦争をー、やめろー!」
ひとりが音頭をとってかん走ると、全員が追随。唱えてさけんで大呼する。
「自衛隊はー、即刻ー、武力の行使をー、中止せよー!」
メガホンをもった壮年の男がどなり、
「わたしたちのー、平和なー、日本をー、かえせー!」
中年の女がこぶしをふりあげ、
「太平洋戦争のあやまちをくりかえすな。話し合いで解決しろ!」
老人がふとい濁り声を響かせる。
警備隊がおしとどめようとするも、まさか銃をむけるわけにもいかない。集団はいまにも基地内へなだれ込まんとする勢いだ。
そこへ、浅間たちがあらわれた。神妙な表情ながら、大股で、自信にみちた足取りである。凡人とは一線を画する雰囲気に、有志の仙台市民たちも注意を惹かれる。
「みなさん」
多勢をまえに、臆せず浅間が語りかける。
「どうか、お引き取りを。われわれがおこなうのは、正当防衛による反攻だけです。ただ、ふりかかる火の粉を払っているだけです。そのための自衛隊です」
「わけのわからんこと抜かすな。憲法九条で、日本は戦争を放棄しているだろうが。おまえらがやっているのは、りっぱな憲法違反だぞ!」
「ならば、われわれ日本人は、このまま北朝鮮の侵略をうけいれろとおっしゃるのですか」
「論点をすりかえるな。武力をつかう時代は、もう終わったんだ。これからの時代は、話し合いだ。話し合いで、解決する時代なんだ」
「そうだそうだ。日本は先進国のひとつとして、率先して軍事力をすて、話し合いのみで解決する、世界のお手本になる義務がある!」
集団が呼応し、万雷の拍手にわく。
「北朝鮮だって人間なんだ。誠意をつくして話し合えば、きっとわかってくれる。おまえたちは、話し合いもせずに戦闘機やら戦車やらでドンパチばっかり。そんなんじゃ、うまくいくもんもいかなくて、あたりまえだ」
戦ってまもるのが自衛隊の仕事だ。交渉は管轄外である。
「いまからでもおそくない。はやいところ北朝鮮に降伏を。いまならまだ許してもらえるかも」
「許してもらえる?」
浅間が眉根をよせた。
「北朝鮮に許しを乞うのですか。われわれの同胞を、なんの罪もない一般市民を、無差別爆撃で虐殺してのけた国にですか」
「だからなんだよ。仇うちしたら、死んだ人間がよみがえんのかよ」
「復讐はなにも生まない。またあらたな憎しみをふやすだけ。なら、わしら日本人が、勇気をだして、大人の対応をみせて、さきに北朝鮮をゆるす。そうしたら、北朝鮮も心を開いてくれる」
たまりかねた早蕨が前へでる。
「プライドはないんですか! 日本人の、いや、人間としてのプライドは!」
「プライド? プライドじゃ飯は食えねえんだよ」
男が憤激し、
「プライドなんてものは、捨ててもまた拾うことができる。でも命はそうはいくまい。プライドと命、はかりにかけたら命のほうが重い。そうだろう。わしがなんか変なこと言うとるか? どこがおかしいんか言うてみい!」
老人が自明の理であるかのようにいった。
「何人もの仲間が死にました。地雷に苦しめられ、戦闘機パイロットもふたり、北朝鮮の戦闘機に命をうばわれました。みんな、あなたたちをまもるために戦って死んだんです! それを……」
「しるかよ。だれが守ってくれなんていった」
早蕨が愕然とする。
「勝手に戦って勝手に死んで、それをおれたちのせいにしてたんじゃ世話ないな」
「その戦闘機も、わたしたちの税金で買ったんでしょ? 高いおもちゃをもってたら、つかわずにはいられない。子供そのものよね」
「戦闘機パイロットなら、空の上で死ねて本望なんじゃねえの?」
「さっさと降伏しときゃ、死ぬこともなかったろうになぁ。それもプライドとやらをまもるためか?」
「バッカじゃないの」
さらになにか言おうとした早蕨の肩を占守がつかんで制する。
浅間の、連日の飛行と戦闘でいくぶんやつれた顔が、沈痛ないろをうかべる。
「わたしたちが降伏するのは簡単です。しかし、子供たちはどうでしょう」
浅間は、香寿奈のひまわりのような笑顔をおもいうかべながらいった。
「みずから選択した道なら納得もいくでしょう。けれども、子供たちにはなんの責任もないのに、生まれたときから、侵略者の奴隷にされるのです。誇るべき国も歴史もない、それはまさしく家畜の生きざまです。そのときこそ、子供らはきっとわたしたちのことを怨むでしょう。まだ見ぬ未来の子供たちのためにも、わたしたちが一丸となって闘わなければならないのではありませんか」
「勝手なことを言うな! そのせいでおれたちまで攻撃されたらどうする。あんた責任とれるのか」
「民間人に極力被害のおよばないよう、全力をつくすのがわれわれの使命です。自衛隊は防衛の組織です。そのためならいつでも命をなげうつ覚悟があります。たとえ自衛隊が全滅しても、国をまもることができたら、それはわれわれの勝利です」
「勝てるかどうかもわからんのに大口たたくな」
「国が大事とか、国を守らにゃいかんとかいうけど、それで死んでしもたら元も子もないだろう。国が欲しかったらくれたったらええ。命のほうが大事だ。命あっての物種だ」
「そうだ。命は地球よりも重いんだ」
「これ以上抵抗をつづけて北朝鮮を刺激して、もし負けたら、おれらの処遇がもっと悪うなるかもしれまいがや! 一刻も早く投降するべきじゃ!」
市民たちは、まむしのように目を三角にして、かんしゃくの怒声をあげた。
「わたしたちの闘いはなにも土地としての国を守る闘いではありません。心を守る闘いです」
浅間の声もおおきくなる。
「かりに北に降伏したとして、わたしたちがいままでと同じ暮らしを送っていけると思いますか? 北の兵は、日本人を同じ人間として見てなどいません。だからこそ民間人の頭の上に爆弾を落とし、戦闘員、非戦闘員の区別なく殺戮できるのです。そんな連中のもとに下って、安穏と暮らしていけるとは、わたしはとうてい思いません。領土もたいせつです。命もたいせつです。しかし、わたしは日本人としてのこころをこそ守りたい。降伏して占領を許すと言うことは、遊びで皆殺しにされようが、女性という女性を犯されようがかまわないということ。そんな犬畜生に堕ちたあとの民族には、最初から領土がどうこうという話は問題になりません。国は土地にあるわけではありません。わたしたち一人一人のこころにあるのです」
「なんだかんだ理屈つけて、戦争ごっこしたいだけじゃねえのか」「ふざけんなよ、この穀潰し!」「だれかを殺して得られる平和なんて平和じゃないわ!」
ひとびとの沸騰はおさまらない。話し合いがたいせつといっていたのに、話し合いをするつもりがないかのようだ。
「わたしも部下をもつ者です。土地や利権を守るためだけに部下に死ねとはいえません。しかし、日本人のこころを守るための闘いになら、わたしたちはいつでも死ぬ用意ができています」
「いや、それが仕事なんだからあたりまえだろ」
「暴力で相手をおさえこもうとする発想からしておかしい。そんなの平和じゃない。北朝鮮が反発をおぼえるのもむりないよ」
「自衛隊がいなくても、おれたちは日本人でいられる。日本人でいられなくたって、それはそれでいいじゃん。人間であることにかわりないんだしさ。ぶっちゃけ、自衛隊っていう暴力装置のいるせいで、北朝鮮との対話の機会がうしなわれてるんだよね。握り拳じゃ握手はできないんだよ」
「いいこと言った!」
集団がいちだんと沸き返る。万歳三唱でもしかねない雰囲気だ。
浅間は奥歯をかみしめた。
思い上がるな、とののしりたかった。
おれは、おまえたちのために戦ってるんじゃない、愛する璋子と香寿奈のために命をかけているんだ。
……そうぶちまけてしまいたかった。
それはゆるされない。それではもう戦えない。
市民たちがほんとうに万歳しそうになった刹那、浅間がうごいた。
両膝を地につける。つづく動作に、市民も、警備隊も、陸自隊員らも、空自パイロットたちすらも、唖然とさせられた。
浅間が、大地に両手をついていたのだ。
「お願いします。どうか、あなたがたをまもらせてください。お願いします」
吐血のような懇願とともに、さらに額をアスファルトにすりつける。
「未来の子や孫らのために、理不盡な苦難はできるだけ排除してあげたい。できるだけ、多くの可能性を残してあげたい。生まれたときから道がえらべないなど、あまりにもあわれです」
極限までさげられた頭を見おろし、一気に沈静化した集団が、気まずそうにたがいのとなりの人間を肘でつつく。
金本と占守が、浅間の横に膝を落とした。手をつき、叩頭する。おくれて早蕨もならう。
みていたベルーガやマラリアたちが、自尊心もなにもかなぐりすてて突っ伏し、五月雨たちも地に伏して願う。
市民らをまえに、優秀で気高い自衛官たちが礼拝するように土下座しているという、奇妙な構図となっていた。
老人が歯ぎしりする。
「こんな馬鹿ばかりとは思わなんだ。戦いたいんだったら、勝手にせえ。わしらを巻き込んでくれるな」
「おまえら太平洋戦争のときの軍部と一緒だ。国民のことなぞどうでもいいんだ。ただ戦いたいだけなんだ。勝手に戦って勝手に死ね!」
男の吐いた唾が、伏した浅間の後頭部に命中した。それでも浅間は頭をあげなかった。
市民らが撤収したあと、ようやく自衛官たちは立ち上がった。
浅間が仲間を顧みて、舌打ちした。
「おまえたちまでが頭をさげることはなかったろうに……」
「そんな空気じゃなかったろ」
額に砂粒をつけたまま金本が笑った。ほかの者たちも白い歯をみせる。
浅間の胸に、疼痛。
妻と娘を救いたいのだという本音を浅間はかくしている。その罪悪感が棘となって刺さっているのだ。
(こいつらは、おれが市民のために頭をさげたとおもっている。だが、ほんとうはちがうんだ。おれは、家族を助けるために……)
告白することはできなかった。勇気がなかった。
スクランブル発進を要請する警報がけたたましく鳴り響いたのは、まさにそのときであった。




