三十五 生きてこそ
リンカーン・ハイウェイは、東はニューヨーク市のタイムズスクウェアから、西はカリフォルニア州サンフランシスコまで、つまりアメリカ合衆国の東西を水平につらぬく、超長距離の高速道路だ。
総延長三四〇〇マイル(五四五四キロメートル)のこの道路は、赤、白、青のトリコロールにイニシアルの「L」を中央に配した標識とともに、世界に自動車が普及しはじめたモータリゼーションの時代から現代にいたるまで、アメリカ国民のあらゆる世代に愛されてきた。
しかし……。
盛夏の炎天下、ルート66にならぶ知名度をほこり、ふだんなら時速八十マイルだって出せるアメリカ版アウトバーンともいえるドライヴコースは、この数日というもの、神の手でぎっしりと詰めものをされたかのような大渋滞であった。
「もう、だめだな。この十二時間で、十マイルも進めてない」
「やめてロバート。希望は、あきらめた者から順に逃げていくのよ」
すべての車線が西行きの車で埋めつくされ、何百マイルもの舗装路がまるごと車列となっている。さながら、ハンガリーじゅうの自動車をブダペストにつめこんだような超過密度だ。
「ママのいうとおりよ。なにかできるうちは、できるかぎりのことをしなくちゃ」
後部座席で、少女が亜麻いろの波打つ髪を震わせながらシートベルトをつかむ。となりの少年もうなずく。
「いざとなったら、ぼくがおじさんを背負っていくよ」
助手席の男性が目の端に陽光を滲ませながら首を縦にふり、運転席の女性も決意をあらたにハンドルを握りなおす。
しかし、前方も後方も、道路がつづくかぎり車輛の海がひろがり、栓でもされているかのように列は微動だにしない。
おびただしい数の車のエンジンが放つ排熱と、容赦なく照りつける射光、おまけにアスファルトの照り返しで、車内はサウナ状態となっていて、ふたりの子供たちは、すでに背中いちめんに汗疹をつくっていた。
風をもとめて外に出れば、直射日光で熱射病になる。もう何人も全身を真っ赤にして倒れているのを目撃してきた。
かといってエアコンを作動させれば息つくまもなくガス欠となる。
そうして息絶えた車を乗り捨てていく者もいるので、よけいに道路は塞がれた。
シャイアンあたりまではそれでもよかった。広漠な平原に舗装路が走り抜けているだけなので、放置された車をよけていけばよい。
しかし、グラニットをすぎ、湛水面積がヤンキースタジアム三個ぶんもあるウィリアムズ・ナンバー3貯水池を左手にのぞみ、さらに西へ進んでララミー市まで八マイルのところにきたリンカーン・ハイウェイは、両脇を乾いた赤土むきだしの断崖にはさまれ、逃げ道がない。色とりどりの自動車の複雑きわまるパズルに頭をかかえるだけである。
「きました。みなさま、わたくしジェイムス・レキシントンは、この放送をお聞きになっているだれかのために、最後まで実況をつづけます。命つきるまで」
運転手の女性がラジオのつまみを手当たりしだいにまわしていると、ぐうぜんにもどこか近辺を飛び交っていた電波の一端をつかまえたらしく、うわずった男性の金切り声が飛びこんできた。
「みえます、もうわたしの近眼の目にもはっきりとみえます。東の地平線から、なんと形容すればよいのでしょう、翼を生やした、黙示録のけもののごとき大怪獣がその姿を現しました。まっすぐこちらにむかってきています。とてつもなく巨大です。まるで戦艦ミズーリが翼を生やして飛んでいるかのようです。翼長は、三〇〇〇フィート以上はありましょうか。あっ」
男性がいったのとほぼ同時に、車外の、雲ひとつない青き天蓋が、稲光のように白く光った。後部座席の少女が悲鳴をあげ、少年が恐怖に顔をひきつらせながらもだきしめる。
「いま、怪獣が火を吐きました。火といっていいのでしょうか、目もくらむ閃光のような光線です。怪獣は、わたしからみて、左、北の方角を射ちました。あそこは、ネブラスカのミッチェルあたりでしょうか。なんということでありましょう。怪獣が火を吐き、あたりが光につつまれたかとおもうと、つぎの瞬間には、はるかかなたの大地から、キノコ雲が一本、高々と屹立しているのであります。おそらく、怪獣はここにくるまでにも、いくつもの都市と市民を焼きつくしてきたのでしょう。まさに破壊神の所業です。まただ。また怪獣が光線を発射しました」
強い南部訛りのレポーターは、息継ぎもわすれたかのように、おのが使命を果たさんと機関銃よろしく喋りつづける。
「こんどは南です。かすかにしかみえませんが、キノコ雲の足下に、ロッキー山脈の稜線が。コロラドのデンヴァーが攻撃をうけたもようです。いまこの瞬間、あのキノコ雲の下で、人口六十万をかかえる美しき平原の女王都市が、なすすべもなく焼却されているとでもいうのでしょうか。市民の避難が完了していることをただ祈るばかりであります」
男性のことばの機関銃が、弾詰まりをおこした。強制的に排莢し、なんとか連射を再開させようとあがく。
「怪獣の口に、また光が灯りました。怪獣は、こちらをむいています」
ラジオから流れる声が震える。電波越しでもわかるほど、ごくりと音をたててつばを呑んだ。
「みなさま、怪獣は、目にうつるものすべてを破壊しながら、西へ進んでいます。どうかすみやかなる避難を。生きて、アメリカ市民としてのつとめをまっとうされんことを。わたくしはわたくしのつとめを果たします。ああ、もう怪獣が目の前にいるかのようです。最後にみなさま、この中継をお届けできて、わたくしは仕合わせでした。すさまじい光です。さようなら皆さん、さようなら」
またもや青天がまたたき、火山が噴火したような重低音の轟音が、谷に挟まれたリンカーン・ハイウェイを鳴動させた。
ラジオも、大雨が降りしきっているような雑音に満たされてしまった。
車の天井が、唐突にへこんだ。直後、靴裏がフロントガラスをふみしめ、ボンネットから前方の車のトランクへと飛び移っていく。
いよいよしびれをきらしたひとびとが、車での避難をあきらめ、自身の足をつかって逃げはじめたのだ。ラジオの中継をきいて尻に火をつけられた者もいるのだろう。ミッチェルもデンヴァーも、ここから百マイルと離れていないのだ。
もうこうなっては車列は一インチも動かない。
運転手の女性と、助手席の男性が、顔を見合せ、意を決してうなずく。
「ルナ、キース。車を降りて。食糧と水をわすれないで」
「もっていけるだけもっていくんだ。このあたりは夏でも夜は冷えるから、寝袋も」
少女と少年が、ちいさな背にバックパックを背負う。
まるでバックパックに逆に背負われているようなふたりを、車内から大人ふたりが見送る。ふたりはけげんな顔をした。
「パパ、ママ、なにしてるの。はやくいこうよ」
ルナのよびかけにも、両親は車から降りるそぶりをみせない。父親が、パワーウィンドウを下げる。
車内の男女は、微笑をうかべていた。
「おまえたちだけで行きなさい。パパがいては、おまえたちの足手まといだ」
ルナの愛らしい顔が凍る。少女の緑の目は、助手席に座る父の足に注がれていた。
父親の左足は、膝から下が義足だった。
ルナが産まれる何年も前、たまたま銀行強盗の現場に居合わせた父は、一瞬の隙をつき、犯人をとりおさえることに成功した。
そのとき、犯人がくるしまぎれに射ったショットガンの散弾が、父親の脛なかばをふきとばしてしまったらしい。
みずからの危険をかえりみず英雄になった父親は、代償に左足をうしなった。警察から表彰をうけたと聞いたが、それで足がもどってくるわけでもない。銀行からは少額の見舞金が書き留めで送られただけだった。犯人ももう出所しているという。
それでも父は、ルナの前では恨み言のひとつも口にしなかった。
そんな父が、ふたたびじぶんを犠牲にしようとしている。ルナは首を横にふった。
「やだ。みんなで逃げる。家族を見捨てるなんてできない」
「そうだよ。おじさん、いっしょに行こう! おじさんひとりなら、ぼくがなんとかするよ」
荷物だけですでに足元があやしいキースも車にすがる。
「ききわけなさい。おまえたちふたりなら、きっとどこへだって行ける。わたしのせいで若いおまえたちを死なせたくはないんだよ」
父が娘から少年へ視線を移す。
「キース。おまえをひきとって、もう五年になるな。実の親でもないわたしたちにおまえは文句もいわずになつき、ルナにも優しくしてくれた」
キースの幼顔に複雑な胸中がにじむ。
「おまえを、ほんとうの息子だとおもってた」
あくまで笑みをくずさない義父に、キースがこらえきれずに嗚咽をもらす。
「父からの願いを、息子としてきいてくれ」
洟をすすりながらもキースは顎をひいた。義父の目をうけとめる。
「わたしたちのかわりに、ルナを守ってやってくれ。そして、できれば彼女をそばに置いてやってくれ」
キースとルナのほほが桜いろに染まる。
「ルナは、わたしたちがこの世に存在していたことの、唯一のあかしだ。おまえになら預けられる。どうか、生きて、わたしたちの血を後世にのこしてくれ。わたしたちのアダムとイヴになってくれ」
少年はぼろぼろ涙をこぼしながらなんどもうなずいた。
「ぜったいに、ルナはたいせつにします」
だからどうかいっしょに、といいかけたキースを、義父がさえぎった。
「なら、まずはここから物わかりの悪い娘を連れていけ。男なら、愛した女をむりやりにでも誘拐するものだ。彼女をほんとうに愛しているか、わたしたちにみせてくれ」
真白い光がハイウェイを襲った。露出している皮膚に、わずかながらも痛みを感じるほどの熱があった。
ややあって、轟音が両崖の赤土をくずし、木々を揺らしてざわめかせる。
閃光から爆音までの間隔がみじかい。近づいてきている。
「さあ、もう時間がない。はやく行け」
狂乱したひとびとが、車をつぎつぎ飛び越えて逃げまどう。
避難民が濁流となって、リンカーン・ハイウェイを駆けめぐる。流れに突き飛ばされたキースのからだが揺れる。
流されまいと窓枠にしがみつく少年は、腹をくくった。この五年、ずっといおうとしていえなかったことばを、いま、いわなければなかった。
「とうさん!……」
たったそれだけだった。ただのひとことであった。父子の別れは、それでじゅうぶんであった。子は泣きながら少女の手をとり、父は目を腫らしながらもあくまで笑顔で見送った。
なおも両親を呼びつづけるルナをひっぱり、キースは人の濁流を横切って、子供特有の身軽さで、崖をよじ登り、山林のなかへ姿を消した。道なりに逃げるよりわずかでも安全とおもえたからだった。
父と母は、未来を託したちいさな背がみえなくなったあとも、しばらくのあいだ見守っていた。車外の喧騒などとはまったく関係もなく、ふたりの心中は、凪のようにおだやかだった。
「きいたか。あいつめ、最後にわたしのことを父とよんでくれた」
母も指で目をぬぐった。
「どうせなら、わたしのこともママってよばせるんだったわ」
「よびもどすか?」
冗談とわかっていても、母はかぶりをふる。
「おまえも、あの子たちといっしょに行ってやればよかったのに」
「あなたの足じゃ、天国に行くのも一苦労でしょう。だれかが手をひいてあげなくちゃ」
女が笑い、つられて男も笑った。
後写鏡に反射した真紅の光輝が、ふたりの目を射抜いた。
ふりかえると、赤く燃える炎の大海瀟が、路上の車と人間を巻き上げ、のみ込みながら、ハイウェイを追いすがってくるのがみえた。
ふたりは、どちらからともなく車を降りた。火焔の怒濤から目を離さず、ゆっくりと。
道路の脇に、ひとかたまりになった集団がいた。ユダヤ教徒の頭巾をかぶり革表紙の聖書を手にした老人が、ヘブライ語の歌をうたっている。老人を中心に、十数人の老若男女がひざまずき、手をくんで祈りをささげる。
炎の壁がみるみる迫ってくる。
逃げゆくひとびと、あきらめて神に祈るひとびとを背景に、ふたりが見つめあう。
「きみには、苦労ばかりかけた。愛してるよ、シャロン」
「わたしも愛してるわ、ロバート」
女は夫の義足をいとおしそうになで、瞳をのぞきこんだ。
「ねえ、あなた。最後にひとつ、きいてもいい?」
「なんだい?」
女は、息がかかるほど男と密着し、たがいの体温を共有するように抱きあった。
「浮気、したことある?」
思いもよらぬ問いに、ロバートは目を丸くした。
「ないよ」
答えをきいたシャロンが、胸板から顔を離し、ふたたびロバートを向き合った。女は女神のように清冽な笑顔を浮かべながら、まなじりから、透明な涙を流していた。
「……うそつき」
灼熱の暴風がアスファルトを蒸発させ、超熱量で自動車を赤く輝く液体にし、あらゆる人間を熱波だけで瞬時に炭化、爆風でふきとばした。
しばらくのち、巨翼をはばたかせながら大怪獣がおぞましい吠え声とともに上空を通過していったが、それを見届けた者は皆無だった。
◇
コロラドの州都デンヴァーを直撃した熱線の震動は、核攻撃をもふせぐコロラド・スプリングス地下のNORADをも容赦なく襲った。立っていられないほどの揺れが何十秒もつづき、吹き抜けの天井から砂がこぼれおちる。
さすがに核シェルターをかねているだけあって、物理的な被害はきわめて限定的なものにおさえられたが、要塞に詰める人員の精神には少なからぬ打撃をあたえた。
「大統領、いますぐご決断を。わが国が保有するすべての核で飽和攻撃をかければ、かならずや成果があげられるはずです」
マヘンドラ国防長官がしつこく進言する。
「まだ試験段階ですが、われわれにはファルコンHTV-2もあります。アメリカの大地と財産をまもるために、われらは兵器をもっているのではありませんか」
地上基地から二段式ロケットで弾体を空気抵抗のない宇宙空間まで打ち上げ、そこから大気圏内へ再突入させて落下、最大マッハ二十二という極超音速で敵地を粉砕するファルコンHTV-2は、弾頭こそただのタングステンのかたまりだが、一秒に七・五キロメートルも進む運動エネルギーが、核兵器なみの破壊力と貫通力をうむ。迎撃も防御も不可能な、まさに宇宙時代の超兵器だ。
その超々速度のため、飛翔中の制御がむずかしく、まだ完全な実用化にはいたっていない。
「飛行している目標にファルコンHTV-2を命中させることは可能かね?」
「針の穴にラクダを通せといわれるほうがまだましですな」
マヘンドラがいまいましそうな表情をむけるが、チトーはいっこうに気にしない。
「もともと移動目標に対してつかう兵器ではありません。飛行していようがいまいが、直撃を望むのは難題かと」
ヒットリアが背もたれに体重をあずけ、水銀灯を吊るす天井をあおぐ。
「戦車、戦闘機、戦略爆撃機、対戦車ヘリコプター、榴弾砲、MLRS、空母、巡洋艦、駆逐艦、レールガン、そして水爆。これだけ投入してなんら効果がなかった。極超音速飛翔体とて奴には通用しないだろう」
将官らが息をのむ。
「あらゆる攻撃が、奴には効かない。何万という核を撃ちこんでも、それは確実に七十億の人類を道連れにするいっぽうで、奴をたおせるかどうかは未知数。あまりに分のわるい賭けだ。わたしは人類の命運を賭け金にする気はない。これ以上の交戦は無意味だ。兵らの命をむだに散らすだけでしかない」
広大な作戦室の人間すべてが、ヒットリアのつぎのことばをききのがすまいとしていた。大統領が重要な決定をくだそうとしている。
ヒットリアは正面の主モニターをにらんだ。北米大陸を俯瞰した地図上を、赤い点で表示された大怪獣が、一定の速度で左へ進んでいた。
「しかし大統領、できるだけのことをするのが、力をもつ者の義務では……」
「ファルコンHTV-2の威力は、レールガンよりはるかに絶大だ。まともに飛ぶかどうかもわからないものをつかって、見当ちがいのところを攻撃してしまったらどうする。そこが難民の密集地だったらどうするのだ。はずしましたではすまんのだぞ」
マヘンドラをヒットリアが一蹴した。
「怪獣がご子息の仇であることをお忘れですか。ご子息の無念を晴らしてやるのが、父親の責務ではありませんか。それとも、大統領にとってネロ中佐は、仇をあきらめてしまえるような存在にすぎなかったのですか」
チトーが耐えかねてマヘンドラに詰め寄ろうとするのを、ヒットリアが片手をあげて制する。
「わたしはアメリカ合衆国大統領、ジョージ・ヒットリアだ。一国をあずかる指導者が、私怨に突き動かされてはならない」
毅然といい放つと、マヘンドラさえ気圧されあとずさった。さらに食いさがろうとしたが、けっきょくは沈黙するにとどめた。作戦室の人員らがかもし出す雰囲気から、あきらかにじぶんの旗色が悪いということをみてとったからである。
「敵の針路に変化は?」
大統領にたずねられた士官が、制御卓をすばやく操作。ニューヨークに上陸してから現時点までの動向から、怪獣の未来位置を計算。
「敵主目標の針路に変化なし。現在の針路と速度を維持すれば、六時間後には西海岸に到達する見込みです」
「艦載機の姿はあるか?」
「ありません、大統領。オペレーション・ラグナロクを最後に確認されていません」
大怪獣から亡霊のごときレシプロ機が発進するのは、きまってこちらが軍事行動で干渉したときだけだということを、みな思い出していた。フェンリル型水爆をもちいたオペレーション・ラグナロク以降、有効とおもわれる手段がいくら協議をかさねても発案されなかったため、怪獣にたいする攻撃は、機銃弾一発さえもおこなわれていなかった。
「全軍に令達」
ヒットリアがたちあがり、室をみわたす。
「わが国を侵攻中の巨大生物にたいするすべての攻撃命令を、現時刻をもって解除。これよりすべての部隊は、敵の予想針路上の市民の避難と、難民の支援、治安維持活動にまわす。さっそく編成にとりかかってくれ」
マヘンドラが目をむいた。
「なにを考えておいでです、大統領閣下! あの怪獣はどうするのです」
「怪獣は倒せぬ。わが軍の火力は、奴をおしとどめるどころか、その針路をいちども変えることができなかった。ただのいちども」
ざわつく作戦室でヒットリアが息を吐く。
「そして、奴自身も進行方向を変えたことはない」
ヒットリアは追跡ディスプレイを見据えた。深山の湖のような、波ひとつない瞳だった。
「すなわち、あれは、ハリケーンと同様の自然災害の一種であるとみなすことができる。ただ生きているというだけの違いにすぎん。ハリケーンが国を襲っているのなら、われわれがすることは、軍の災害派遣以外にないだろう」
「ばかな! 怪獣はあきらかにわれらに敵意をもって無差別攻撃をかけている。侵略の意図のある敵がわが国を蹂躙しているのを、ただだまってみていろと? 正気の沙汰じゃない!」
マヘンドラはヒットリアに人差し指をつきつけた。
「ハリケーンと同様の災害とみなす、ですと? よくもそんな詭弁がいえたものですな。それはすなわち、わが軍が負けたとみずから認めたも同然だ。アメリカの国際的な地位は失墜する。世界中であらゆるタガがはずれます。もしそうなったら、ヒットリア大統領、どう責任をとられるおつもりですか」
ヒットリアは、むしろ憐れむような眼差しを投げかけた。
「天変地異にたいして、勝ったも負けたもない。それに、わがアメリカ軍は世界の軍事費の半分を占める最強の軍隊だ。われわれがとめられなかったのなら、世界中のどの国でも倒せまい。きみの心配は杞憂だ」
ヒットリアの青い瞳に、強靭な意志がやどる。
「むだであることがわかっている軍事作戦などに、わがアメリカの若者に血を流せと強要することこそ、正気の沙汰ではない。ちがうかね」
マヘンドラは口をあんぐりと開けた。
「むだな作戦に兵を投じるより、もっと現実的な方策に動員する。朝鮮戦争やベトナムの轍を踏んではならん」
ヒットリアが、チトーをはじめとした各軍の将軍に下命した。かれらの表情には、とうとう怪獣を倒すことができなかったという失意と、これ以上の軍の損耗をふせげた安堵とが、等量に含有されていた。
大統領の方針転換にともない、あらたな命令を実行すべく、NORADじゅうの職員が奔走をはじめる。
そのなかでただひとり、マヘンドラだけが、苦虫をかみつぶしたような顔でヒットリアをねめつけていた。




