二十九 あの花はどこへ行った
浅間もレーダーを注視。
敵味方識別装置に応答しない大型の機体が、南西の方向からまっすぐ三沢基地にむけ飛んできている。
判別不能。
乗機のイーグルも、空中管制機も、見たことがない飛行機だといっている。
超音速をだしていることから、はっきりしているのは、
(民間機でもなければ味方でもない)
ということだ。
対空兵器の殲滅もまだすんでいない。まして輸送機は攻撃されればなすすべがない。
浅間の決断は早かった。
「アマテラス、ポリプテルス1。おれたちがインターセプトし、敵性か否かを目視で確認する。誘導をねがう」
有無をいわせぬ口調に、
「ラジャー。ターゲット・ポジション1-9-8。トラッキング0-5-0。フライトレベル300。120ノーティカルマイル」
アマテラスも反対する理由はなく即座に答える。
「ラングフィッシュ・フライトは輸送機の支援をつづけてくれ。ポリプテルス、いくぞ」
「ウィルコ」
金本、占守、早蕨が、先行する浅間のあとを追う。
三機の不明機は二二〇キロメートル先にいる。これは東京から長野までに匹敵する長距離だが、マッハ一・一の速度なら十分ほどで翔破されてしまう。時間との戦いだ。
不明機と会合するときに、こちらの高度が二万七〇〇〇フィートになるようにゆるやかに上昇しつつ、浅間たちは邀撃にむかった。
不明機群との距離が一五〇キロをきったあたりだ。
機内にクラクションが鳴り響いた。
レーダー警戒受信機には、外縁部にシンボルが灯っている。
捜索レーダーを照射されているのだ。
「ポリプテルス1、RWR警報。ストレンジャーからレーダー照射をうけている」
「ポリプ2、こっちもだ」
「ポリプテルス3、おなじく」
「ポリプテルス4、こちらもです!」
交信もなくレーダー波を浴びせてくるなど、好意的という言葉とは隣の恒星なみにほど遠い。
不明機が敵性航空機であることは明白となった。
警報は鳴りやまない。偶然レーダー波が当たっただけではなく、ちゃんと浅間らの機影をみつけて、ねらいを定めたようである。
ロックオンこそされていないが、戦闘機乗りにとって敵からレーダー波を浴びせられ続けることは、満員電車のなかで背後に立った中年親父の鼻息をずっと首筋にかけられているような不快感をもたらす。
(敵は三万フィート、こちらはまだ二万フィートたらず。自分より低空にいる相手が見えるということは……)
彼我の距離が百キロにまで縮んだ。敵が中射程ミサイルをもっているなら、そろそろ射程圏内である。
こちらは短射程のミサイルと機関砲しかもっていない。スパローを搭載してこなかったことが悔やまれる。大身の槍をふりかざす相手に短刀だけでいどむのは心もとない。
敵は超音速、こちらも亜音速で反航しているので、考えているあいだにぐんぐん距離が詰まる。
(やってみるしかないな)
浅間は決心した。
「ポリプテルス、合図でエレメントごとにビーミング。レディ」
手短に伝えて用意させる。自身も操縦桿を握りなおす。
「ナウ!」
四機が九十度横転、さらに操縦桿をひく。
浅間と金本は右に、占守と早蕨は左に、直角に旋回する。
ちょうど、対進してくる敵機らの前方で二手にわかれた状態だ。
するとどうだろう。狂女のように喚いていたレーダー警報が、ぴたりと鳴りやんだではないか。
レーダーは、発信して跳ね返ってきた電磁波を受信することで、敵機の位置情報などを測定する。
だがレーダーは都合よく敵機の反射波だけを受信するわけではない。
地表や海面もレーダー波を反射するので、戦闘機が下方向にレーダー波を照射すると、そのことごとくが反射してきて、レーダーが真っ白く覆いつくされてしまう。
この地表や海面からの邪魔な反射波をクラッターという。
旧来の戦闘機がもつレーダーでは、敵機が自機より下にいるとクラッターにまぎれこんで、姿を見ることすらできなかった。
戦闘機にとっては致命的な問題である。
これを解決したのが、パルス・ドップラー・レーダーだ。
クラッターを受信しても、ノイズとして除去してしまえば、レーダーには敵機の機影だけが映ることになる。
コンピュータがクラッターをクラッターと判断するための材料は、自機との相対速度だ。
すなわち自機の飛行速度と等速で接近してくるものは止まっているわけだから、それはクラッターである。
クラッターを取り除くことで、近代の戦闘機は下を見る(ルックダウン)ことを可能にし、じぶんより低空にいる敵を撃墜する(シュートダウン)ことができるようになった。
このルックダウン・シュートダウン能力を実現するパルス・ドップラー・レーダーは、現代の戦闘機にとり、必須の装備となっている。
浅間たちは、このレーダーの裏をかいたのだ。
こちらが敵に対して真横に飛べば、敵のパルス・ドップラー・レーダーにはどう見えるか。
自機とおなじ速度でちかづいてくることになるのだから、クラッターだと勘違いしてしまう。
つまり、レーダーから幽霊のように消えてしまうのである。
低空のこちらを正確に捕捉してきたことから、敵機がパルス・ドップラー・レーダーをもちいていることはすぐにわかった。
前後方向の速度をゼロにするとレーダーに映らなくなる性質を利用し、敵機に対して直角に旋回して追跡の目からのがれた、というわけだ。
敵機は浅間らを見失っている。
浅間らには、AWACSの支援があるので、自分たちでレーダー捜索しなくても、敵機の位置も高度も針路もすべて把握できている。
依然敵機に対し真横に飛行しつづけるポリプテルス四機。
三機の敵機が、浅間たちの数十キロ後方を通りすぎていった。やつらめ、戸惑いが操縦にあらわれたか、速力がマッハ〇・七にまで落ちている。
「いまだ。殺るぞ」
浅間の言葉とともに、四機が機首をひきあげる。
上昇、ループの頂点に達したところで機体を水平にもどす。
敵機の三、四十キロ後方から、高度をかせいで同等の高さになった四機のイーグルが、短兵急に追いかける。
スロットル・レバーを前へ倒し、アフターバーナーに点火。急加速。
十五キロまで近寄ったところでバーナーをきり、自機の火器管制レーダーを作動。捕捉する。
このままミサイルでかたづけてもよかったが、ぶじに近づけると、こんどはいったいどんな飛行機なのかという興味がわき、どうしても肉眼におさめておきたいという欲求に駆られ、ぎりぎりまで接近してみることにした。
航法灯が見えてきた。まだけっこう距離がある。近づくにつれ、右に緑、左に赤の航法灯が、どんどん離れていく……。
でかい。こんなものがさっきまで音速で飛んでいたのが不思議なくらいな巨大さだ。
三機編隊をくむ敵機の左側につき、真横から観察する。
自機と比較した目測で、全長約三十メートル。十階建てのビルが、羽を生やして飛んでいるかのような偉容。
胴体は細長く、後退角の強い主翼はいかにも速く飛べそうである。翼下に長いミサイルを四発かかえている。
機首の両側の空気取り入れ口にちょっとだけのぞく、円錐形の頂点。
空飛ぶ大艦巨砲主義が、そこにいた。
「接近中の機体と接触。機種がわかった。ツポレフTu-128“フィドラー”だ」
巨鯨がヒレを動かしてF-15Jのそばからのがれようとするが、巨体ゆえに機動性がすこぶる悪い。ほとんど直進だけしかできないようだ。
「世界最大の戦闘機か。生でお目にかかれるとは幸運だな。糞と一緒に便所へ流してやりたい幸運だが」
金本が冷たく笑って吐き捨てた。
Tu-128“フィドラー”は、冷戦時代のソ連の空を守っていた邀撃専用戦闘機だ。
ソ連は広い。
侵入してきた敵機を迎撃するためには、長大な航続距離と射程が必要になる。
速く遠くまで飛ぶためにでかいエンジンを積み、遠くの敵を墜とすためにでかい機首レーダーを載せた結果、Tu-128は機体が爆撃機とかわらないくらい巨大になった。
浅間らが推力をよわめ、減速。“フィドラー”編隊の真後ろ、絶好の攻撃位置に陣取る。
諸元をととのえる自衛隊機にたいし、“フィドラー”は、ただまっすぐに飛びつづけるだけだった。
巨大すぎる“フィドラー”は小回りがまったく利かない。
武装は中距離のレーダー誘導ミサイルだけで、機関砲も搭載していない。
ただ射程までミサイルを運ぶだけ。
格闘戦をすること自体、想定していないのだ。
長い槍はたしかに脅威だが、懐にもぐりこむことさえできれば、短刀でも勝機はある。
さて、基地と輸送機はもう目前だ。
「右の一機はおれがやる。ローウェイはまん中。左のはエンドリとパルマスが仕留めろ。ブレイク」
手早く指示をだし、おのおの目標にやにわに詰め寄る。
右端の“フィドラー”の背後についた浅間がロックオン。手持ちのミサイル二発をエンジンへ向けぶちこむ。
宇宙往還機なみの超大型エンジン二基が大爆発、爆風は衝撃波となってTu-128の巨躯を真っ二つにへし折った。
隣の相棒をみる。
金本が放ったサイドワインダーは、たがわず編隊中央の巨大戦闘機に命中。
エンジンが吹き飛び、上半身だけになった“フィドラー”が、鮮血のように炎の尾を曳いて落下していった。
ミサイルを一発ずつしかもっていない占守と早蕨は、編隊左の目標に交互に発射。二発とも吸い込まれるようにエンジンに刺さり、敵機を流れ星へと変えた。
空の魔王を屠った大鷲が、なにごともなかったかのように通常どおりの編隊飛行にもどる。
「こちらアマテラス。レーダークリア。当該空域の敵性勢力の排除を確認。対空兵器もほぼ沈黙したようだ」
時を見計らったように基地上空に輸送機が到達。
後部の斜路が城門のごとく開かれ、旋回をはじめる。
「マスかきやめ。降下開始!」
「股ぐらがいきりたつ!」
「花火のなかにつっこむぞ!」
威勢のいいかけ声が無線に響いたかと思うと、輸送機の尻から隊員が次々と飛び降りる。
空中に躍り出た隊員の背中から、紐みたいな落下傘がのびて、ぱっと開く。あっという間に、基地の空は白い落下傘に埋めつくされた。
「まるで輸送機が産卵してるみてえだな」
金本が感想をもらす。戦闘を終え、そんな余裕まで出てきていた。
「バブーン作戦、バードイーター作戦もおおむね順調に進んでいる。航空部隊、帰還せよ」
三沢基地の制空権を維持するための戦闘機部隊も、すでにこちらにむかってきているとのこと。
アマテラスの指示にしたがい、浅間たちはいったん千歳基地へと機首をむけた。
帰りしな、編隊の数をかぞえてみる。浅間は一驚した。来たときとまったく同じ機数が飛んでいたのだ。
対地攻撃部隊は、機関砲の弾をくらったものがちらほらいたようだけれども、いずれもほとんど飛行に支障のないかすり傷だけだった。
(はじめての組織だった作戦で、ただの一機も欠けずに完遂させるとは)
浅間は誇らしかった。
と同時に、悔しくもあった。
最初からこうしてまともに反攻できていれば、東京をむざむざ陥落させずにすんだのではないか、という想念が頭をよぎったのだ。
(とにかく……)
いまは作戦の成功を喜ぼう。
奪われたなら取り返せばいい。きょう、そのことが実証されたのだ。
この戦役で、自衛隊は北海道から東北へ駒を進めたことになる。まず、完勝といってよい成果であった。
さらに……。
本作戦で、戦闘機部隊は、敵戦闘機、地上兵器からのレーダーをしこたま浴びた。
周波数帯や強さなどのデータは、すべて、機体のコンピュータが記憶している。
敵レーダーの情報を解析することによって、次からはより効率のよい電子対抗手段がとれるようになるだろう。
なによりパイロットらは、実戦という最高の訓練により、きわめて多くの経験値をえた。
(戦闘機も、パイロットも、戦えば戦うだけ、強くなれる)
のである。
基地に帰ってから、浅間が、もろもろの報告をするさい、基地司令の東雲空将補に、
「中射程ミサイルをもった敵機にBVR(視程外)戦闘をしかけられて、難儀しました」
と遠回しにいうと、東雲は、うむ、うむ、と何度もうなずき、
「次回からはスパローを搭載して出撃できるよう、わたしが直接かけあってみよう」
すまなそうに笑いながら、そう確約してくれた。
「それにしても、なんで北朝鮮軍は“フィドラー”なんかもってたんですかね?」
酸素マスクの痕も消えていない早蕨が、控え室にむかうときに首をかしげた。
浅間も疑問に思っていた。
Tu-128は長距離邀撃戦闘機で、領空が広漠なソ連だからこそ配備することに意味のある機体である。
日本の三分の一くらいの面積しかない北朝鮮がもっていたとて、文字通り無用の長物にすぎない。
「あれだろ。かつての日本みたいに、でかいのが偉いとか思って買ったんだろ」
歩きながら金本が答えた。手にはHUDを記録した記憶素子をもっている。これから飛行記録を見返しながら、デブリーフィングという名の反省会をするのである。
「通販じゃないんですから。そんな理由で採用しますかねぇ」
「独裁国家だからな。親分が、あれほしい、て言やあ、だれも逆らえねえのよ。だってほら、男ならでかさに憧れるもんだろ」
「そうっすかねえ」
「あら。早蕨くんは大きさについては関心ないの?」
占守が風鈴のような声で笑った。早蕨の顔に朱が差す。
「男は、でかさがすべてじゃないっすよ」
「まあ。じゃあ確かめさせてもらおうかな」
長身の美女は、年下パイロットの尻をさわるという性的嫌がらせでブリーフィング・ルームへと追いやっていった。
残された浅間と金本は顔を見合わせて笑った。熾烈な戦闘の直後とは、とても思えなかった。




