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二十一 黙示録

 チトーは二十分ほどでもどってきて、核攻撃に必要な手配を完了した旨を報告した。

「どうやって撃ち込む。ICBMか?」

「さきの戦闘から判明したことですが、目標は千発以上の巡航ミサイルを熱線でいちどに撃破するという、驚異的な防空能力を有しています。よってミサイルによる攻撃では効果範囲に接近するまえに破壊されるおそれがあるため、核地雷の使用を選択しました」

 チトーはガラスのマップ・テーブルに水平の線を書き込んだ。カナダとの国境、五大湖の下をかすめるように左へ伸びた線が、ある一点で停止。丸を描いて印をつける。

「目標がなにをめざしているのかは完全に不明ですが、敵はまっすぐ西にむかって進撃しています。よって予想進路の延長線上で、準備や住民の避難に要する時間などを配慮した結果、ここ、クローヴァー・タウンへの設置が最適であると具申します」

 クローヴァー・タウンは、五大湖第二位の水量をほこるミシガン湖に面した街だ。湖をはさんだ斜向かいにはアメリカ北西部最大の都市シカゴがある。

 ここで水爆を炸裂させれば、ニューヨークにつぐ世界都市たるシカゴをふくめた、いくつもの市街が消滅することになる。

「五大湖が、六大湖になるかもしれんな」

 大統領のつぶやきも、あながち冗談のようには響かなかった。

「設置までどのくらいかかる?」

 チトーが腕時計を見やる。

「技術者の話では、コンピュータによるシミュレーションで稼動を確認する時間もふくめて、地雷に仕上げるまでに一時間。運搬と、周辺住民の安全の確保などで三時間。余裕をみてプラス一時間。目標がいまの針路と速度を維持していたなら、その四十五分後に直撃地域に到達と計算されております」

「起爆は夜明け前になるな」

 それが希望の払暁となるかどうかは、だれにもわからないのである。

「今回の作戦で核地雷にもちいられる弾頭は、M666A2、フェンリル型と通称される水爆です」

 チトー将軍が解説する。

「本来は大陸間弾道弾(ICBM)や、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)に弾頭として装着する代物ですが、それを核地雷として使えるように改造します」

 地雷とはいっても、通常のもののように踏まれて爆発するのではなく、起爆はあくまで無線によっておこなわれる。

 そのスイッチを押すのは、まぎれもない、大統領その人なのである。

「ほかの核保有国には、作戦の内容と核の使用をすでに通達し、了承をとりつけてあります」

 ヒットリアがうなずくと同時に、黒服のエージェントたちが十人ばかり、作戦室に入ってきた。

 揃いのサングラスを装着し、表情も歩き方も一様に無機質で機械的だ。カンフーが得意なヒューゴ・ウィーヴィングがまじっていてもおかしくない。

 詰めていた士官たちが黒服の行進を固唾をのんで見守る。

 黒服のひとりは、これまた黒いスーツケースを提げていた。スーツケースと男の手首とは、手錠で繋げられていた。

 手錠が解錠され、スーツケースが大統領の座するテーブルに厳かに安置される。

 ちがう黒服が、赤い樹脂製のパッケージをチトーに渡す。

 チトーがパッケージを真っ二つに折り、内封の紙片を取り出して確認。

 印字されていた番号をスーツケースの入力装置に打ち込むと、何重ものロックが外される。

 スーツケースが生物の顎のように開けられ、正体を現す。

 なかに詰まっていたのは最新鋭の個人識別装置だった。

 ヒットリアは核の起爆装置、グレイプニルという暗号名をもつブラックケースを、複雑な顔で見下ろした。

 戦略核兵器の使用には、合衆国大統領の判断と許可が必要となる。

 フェンリル型も例外ではなく、その起爆スイッチは、大統領の掌紋、脈拍など、個人に固有の生体情報から本人と認識しなければ、入力を受け付けない。

 大統領のバイタルサインそのものが、核兵器の鍵なのだ。

 生体情報は大統領就任時に登録され、誤差を考慮した平均値をもとに、すべてが合致しなければ認識しない。

 そのため他人が起爆させることはまず不可能。

 たとえ本人であっても、脅迫や薬物による誘導など、精神状態に異常があった場合は呼吸率や脈拍数が乱れるためやはり認識しない。

 つまり大統領本人が自分の意思で安全装置を解除しないかぎり、核は起爆できない仕組みになっている。

 電子的にも最高度の防御機能をもち、その電脳防壁を突破してハッキングするには、ペンタゴンとNSAのスーパーコンピュータが総掛かりでも十年はかかる。

 さらに万一、不正な侵入をゆるした場合には、自己喪失機能により、そのブラックケースでは永遠に起爆コードが入力できなくなる安全装置が組み込まれている。

 まさに禁断の兵器をいましめる拘束具。神話にうたわれる最終戦争の日まで凶狼を封じる神の縛鎖。

 大きく深呼吸し、認識装置中央のタッチパネルに右掌を乗せる。グレイプニルによる走査がはじまり、生体情報を識別する。

 全員の注目が集まるなか、識別装置に緑の光が灯った。

 鍵は開かれた。

 あとはその時を待つだけだ。


  ◇


 ヒットリア大統領が核攻撃の決断を下したというニュースは、五分以内にアメリカ全土を駆け巡った。

 クローヴァー・タウンを中心とした半径三百キロメートルには、強制的な避難命令が出された。

 これほどの広範囲の住民を避難させるとなると、ふだんならそれこそ小さな国ひとつを動かすほどの時間と労力がかかる。

 だが避難命令の出た地域は、もともと怪獣の進撃する進路上でもあったため、すでに何割かの市民が自主的に避難していた。

 軍がトラックや輸送ヘリを総動員させたこともあり、懸案だった住民の避難はおもったより円滑に進んだ。

 核攻撃の準備は着々と実行にうつされていた。

 結果を見とどけさせるべく、チトーは核爆発の影響圏外に戦車部隊を配置した。

 またAWACSやジョイント・スターズが各地の空軍基地からあわせて十機ほども発進し、全方位の高空からクローヴァー・タウンの方向を見まもった。

 NORADでは、ヒットリアが決断の重さに耐えていた。

 正誤の判断をだれかにゆだねることはできない。

 決断し、責任を負うことこそが、民主主義の指導者であり、大統領の任務だからだ。

 正しいのか、まちがっているのか。それをすべて自分で考え、決めなくてはならない。

 ヒットリアは椅子の背もたれに体重をあずけた。体の各部の骨が音をたてた。

「核兵器は、使わないことにこそ意味があると思っていた」

 ため息混じりの述懐は、だれにも聞こえない。

 作戦室に警報が鳴り響いた。

「観測部隊より入電。目標、クローヴァー・タウンに接近」

 地下要塞の司令部がにわかに騒がしくなった。

「避難状況は?」

「周辺住民の避難、完了しています」

 舞台はととのった。

「目標がゼロ地点に接近。フェンリル直上に到達まで六十秒」

 正面の大型スクリーンには、戦車隊の偵察小隊が撮影している暗視カメラの映像が映し出された。

 光を電子的に増幅した映像は、粒子の荒い緑色に染まりながらも、夜の街を克明に浮かび上がらせる。

 緑がかった市街地のむこう、闇のなかから、巨大な悪魔が姿を現した。

 大怪獣の威容は暗視カメラ独特の色合いと画質で、より不気味さを増しているように見えた。ぎろりと光るふたつの眼が、とくにそうであった。

 核地雷がしかけられているとも知らず、まっすぐ近づいていく。

 ゼロ地点、つまり地雷の真上までもう数百メートルもない。

 大統領はブラックケース内の保護パネルを跳ねあげ、赤いスイッチに指をかざした。

 ヒットリアの手は震えた。かつて世界で初めて原爆を実戦で使ったアメリカが、こんどは実戦で初めて水爆をも使おうとしている。それも、まもるべき国土でだ。

「目標、ゼロ地点に到達」

 うわずった士官の声に、ヒットリアは覚悟をきめた。

「神よ、許したまえ……」

 親指が、起爆スイッチを深く押し込んだ。

 瞬間、フェンリル型地雷に搭載された起爆装置の原爆が起動。

 瞬間的な核分裂が発生し、水爆の燃料たる重水化リチウムが核融合を起こすための超高温、超高圧の条件が成立。熱核弾頭がその真の姿を顕現せしめる。

 アメリカの大地に、太陽が生まれた。

 閃光は空から夜を瞬時に駆逐。極大の爆光と高熱が、大怪獣を都市ごと包みこむ。

 重水素や三重水素の、相互の電磁気的反発力を越えて原子核を衝突させる核融合により、莫大な超々熱量が発生。

 さらに、核融合によって高濃縮ウランの核分裂が誘発、威力を等比級数的に拡大する。

 生じた巨大火球の表面温度は、爆発後〇・二秒で八〇〇〇度以上にまで達した。

 それは神の憤怒のごとき瞋恚しんいの炎となって、地上のあらゆるものを一掃する。

 夕陽よりも赤く輝く火球を、いくつもの白い水蒸気の輪がとりまく。まるで、天使の頭上を飾る光輪のようだった。

 怪獣の熱線をも上回る大破壊力が、灼熱の怒濤となって吹き荒れる。

「やった!」

 マヘンドラ国防長官がいつもより一オクターヴ高い声で叫んだ。

 いかに怪獣の装甲が強固だとて、構成物質が蒸発してしまっては意味がない。

 原爆が一度きりの核分裂であるのに対し、水爆は三段式の起爆で破壊力を累乗倍に増加させる。

 人類のもてる兵器で最強をほこる熱核爆弾のまえには、万物がひとしく塵に帰す。

 その核融合の奔騰が、足下で炸裂、直撃したのだ。生き残れるわけがなかった。

 一同はモニターに釘付けになっていた。

 火球は爆発から一分以上も存在、ゆっくりと上昇しながら天と地を焼き続けた。

 その光はすさまじく、遠くメキシコからでも、北の夜空が漂白されるのが見えた。方角が正しければ、中南米の民らは早すぎる黎明だと勘違いしただろう。

 やがて光輝が収束していき、夜空にあっても明瞭な原子雲が首をもたげた。

 そのキノコ雲は頭頂が成層圏をやすやすと突破し、傘の直径は、二十キロメートルにもなんなんとした。

 感覚的には北米大陸の中西部全体がキノコ雲にすっぽり覆われてしまったかのようだった。

 それはまさに世界を火に包む地獄の業火。黙示録の到来のような、絶対的な破滅の光景だった。

 マヘンドラをのぞいたNORADの面々はその破壊の光景に言葉をなくし、ただただ畏怖の念にとらわれた。

 かつてヒロシマやナガサキを襲った大惨禍が、とるにたらない子供の爆竹あそびに思えてしまうほどの超威力。

 事実、ナガサキに投下されたファットマンの核出力は、TNT爆薬に換算して十八キロトン、火球の大きさは一〇〇メートルに満たない、小規模なものでしかなかった。

 だがこの水爆の核出力は一〇〇〇キロトン、いわゆるメガトン級と文字通りけた違いで、火球の直径など、五〇〇メートルをゆうに超えていた。

 熱線と爆風のもたらす加害半径など、比べるべくもなかった。

 閃光の余波と衝撃波で、暗視映像も真白く塗りつぶされた。

「映像回復まで待機されたし」

「見るまでもない。決着はついている」

 傲然と腕を組んで作戦室を睥睨するマヘンドラにチトーが非難がましく一瞥したが、本人はいっこう気にしなかった。最初からこうすればよかったのだといわんばかりに得意げになっている。

 緑を基調にした映像がだんだんと鮮明になっていく。

「どうだ、目標は確認できるか?」

 チトーが偵察部隊に問いかける。

「爆心地に、なにかいる……」

 偵察小隊の声は、気味がわるいほどうつろだった。

 画面を埋めつくす靄が一気に晴れ、熱核兵器炸裂後の惨状を映し出す。

 NORADに集う大統領以下、将官たちの口から、神の名がこぼれた。

 高熱で大地は溶岩と化し、大きく擂り鉢状にえぐられている。

 隕石の衝突痕のようなその中心に、漆黒の悪魔がいた。

 景色が陽炎にゆらめくなか、怪獣が腕を交差させ、四本の脚で立っていたのだ。

「確認しました。目標に損害なし。くりかえす。目標に損害なし」

 地上部隊の報告を聞くまでもなく、NORADの要員たちは失望にうめいていた。怪獣の体表には、かすり傷ひとつついていなかったから。

「われわれの最終兵器が……最後の希望が潰えた……」

 だれかのつぶやきが、全員の絶望を代弁した。

「待ってください。目標に変化あり」

 報告の無線でふたたび正面モニターに注目があつまる。

 怪獣が天にむかって咆哮。

 その広い両肩から、左右一対の暗黒が噴出、夜天をさらに黒く覆わんと急速に広げられていく。

「なんてことだ、やつは、まさか……」

 ヒットリアたちは画面の前で立ちつくした。

 怪獣が、巨大な黒翼を背負っていた。

 翼手目にも似たその翼の翼開長は、じつに一〇〇〇メートル超にもおよんだ。

 絶望色の巨翼をまがまがしく広げる。白みかけた空が、黒き翼に包まれる。

 まるで、夜明けなど許さぬと嗤笑ししょうしているかのようだった。

「核爆発のエネルギーを、吸収したのか……」

 チトーがこぼす。

 ヒットリアの足から力が抜け、腰を椅子へ落とす。

「目標が移動を開始」

 怪獣が両翼を水平に開き、疾走をはじめる。

 四本のたくましい足が灼熱の大地を蹴り、巨体が驀進ばくしん

 その速度はみるみる上がっていく。

 黒翼が跳ねあがり、刹那、力強くうち下ろされた。

 山が、浮いた。

 生きた城塞のごとき圧倒的な大質量が、空を飛んでいた。

「目標、飛翔。飛び立ちました!」

 大統領も、諸将も、士官らも、冷静沈着なシークレット・サービスたちも、ただただ呆然とその映像をながめた。

 進行方向は、かわらず真西。

 ただしこれまでとちがって、大怪獣は飛んでいる。進撃速度はいちじるしく上昇した。

 一〇〇〇メートルを超える巨翼を悠然とはばたかせ、長い尾をなびかせて朝焼けの空をいく、巨大な体躯。

 世界を呑み込む巨狼をも食い殺した悪竜。終末を告げにこの世ならざるところからきた邪神の姿を、皆、ただ見送るしかなかった。

「戦闘機部隊を出撃させますか?」

 チトーの形ばかりの質問に、

「水爆さえ効かなかった相手だぞ。空対空ミサイルがなんの役にたつ? 犠牲がふえるだけだ」

 ヒットリアはかぶりを振りつつ答えた。

「部隊を撤収させろ。航空部隊だけではない。全軍だ」

 マヘンドラが信じられないとでもいいたげに目を見開いた。

「あきらめるのですか大統領。一発だけでは効きませんでしたが、何発も食らわせれば効果があるかもしれないではありませんか。わが国のもつありったけの水爆を、奴にぶつけるのです」

「撤収させろと言ったんだ」

 大統領は声を荒げて一蹴した。さすがのマヘンドラも引き下がった。

 画面のなかの巨竜が、首を動かして、こちらを見た。正確には、映像を送っている戦車部隊を見ているのだ。

「奴がこっちをむいている」

「見つかったのか」

「全軍に撤収命令がでた。大至急、離脱を……」

 陸上部隊の通信が作戦室にも反響した。

 直後、空を飛ぶ怪獣の口腔に、鬼火が宿った。

 閃光。

 映像は砂嵐となり、部隊との通信も途絶した。

 怪獣が、空からの大攻勢を開始したのだ。



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