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十三  魔弾の射手

 ジェット戦闘機というものに対して万人はどのようなものをイメージするだろう。


 流線形の尖った格好のよいフォルムで、超音速で飛び、華麗なアクロバット飛行を決めてみせる。それであってこその戦闘機というものだろう。


 だがアメリカ空軍にはその世間一般が想起する戦闘機のイメージ像から全力で背を向ける航空機がいる。


 リビングストンの地上部隊のもとへ時速五五五キロメートルの低速でむかっている飛行機群は、F-15やF-16のような戦闘機然とした機体外形の概念から著しく乖離した姿をもっていた。


 丸みを帯びた機首、収納しているはずなのに半分出ているタイヤ、広い直線翼、そして尾翼手前に背負うように配置された二発のジェットエンジンは、ふつうの旅客機の翼についているのと同じ形をしていて、吸気口でファンブレードが回転しているのが見える。


 空飛ぶイボイノシシこと、A-10サンダーボルトIIの雄姿であった。


「アフガンから帰ってきたサウンジャー隊だ」


 A-10C編隊が金属的なうなりの混じったエンジン音をあげながら地上部隊のわずか二〇〇メートル上空を飛び越していく。左右の垂直安定板に、蹄に葉巻を挟み紫煙をくゆらすイノシシをデザインしたサウンジャー隊のエンブレムが誇らしく装飾されている。

 飛行隊のリーダーが発破をかける。


「さあ豚ども、怪獣とやらにご挨拶だ。派手にいくぞ!」

「イヤッホゥー!」

「あれがノリエガ大佐率いるA-10部隊だな。あいかわらず普通じゃない」


 地上部隊のひとりが頼もしげな表情で空を見上げた。


 A-10C十二機が渡り鳥のようなV字隊形で死の空を横切り、進撃をつづける大怪獣へ接敵する。


 雷電やゼロ戦らが急旋回、これまでとは毛色のちがうその戦闘機にねらいをさだめる。


 雷電が翼内の二〇ミリ機銃四挺を連続発射。ゼロ戦の機首の七・七ミリ二挺と両翼の二〇ミリ二挺、飛燕の主翼から十二・七ミリ機関砲二門と胴体の二〇ミリ機関砲二門など、敵機たちの武装が最活性化、死の輝きを放ちながらサウンジャー隊を襲う。


 高密度の弾幕に、しかしサウンジャー隊は恐れることもなく低速のまま突っ込んでいった。たちまち弾丸が機体に刺さる。火花を散らす。だが、そのどっしりとした飛行姿勢がわずかでも揺れることはない。


「ぎゃはははは! 隊長、プルーデンスの乗ってる三番機、被弾が二〇〇発を超えています。それでも飛んでます!」

「ばかいえ、ウォートホッグは二〇〇発くらい被弾のうちに入らねえ。主翼が片方ふっとんで、エンジン片肺になって、二重の油圧系統が両方イカレちまってからが本番だ。そこからやっとスタートラインだ、おぼえとけ!」

「サー、イエッサー!」


 下方から迫るプロペラ機があった。紫電改が四挺の二〇ミリを先頭のA-10、ノリエガ大佐の乗機にむけてかまえている。ちょうど懐に飛び込んで相手の腹を槍で突き上げるようなかたちだ。気力に満ちた紫電改が機銃を撃った。飛行機の急所ともいえるコクピットがダイレクトにねらわれた。コクピットの下に直径二〇ミリの弾丸が何発も命中する。ふつうの戦闘機なら首が切断されたように機首が破壊されていたであろう。

 だがA-10はなにごともないように飛びつづける。人間でいえば喉のあたりに掃射をくらっても機体になにひとつ変化がおこらない。紫電改は悪あがきに機銃を乱射しながら、ついにA-10編隊の上方へ突き抜けてしまった。高空に出た瞬間にアゴニスツのF/A-18Cが放ったサイドワインダーが出迎える。


「おい、おれ今なにかされてたかァ?」

「いいえなんにも。犬っころにでも舐められてたんじゃないですか?」


 ノリエガ大佐ら十二名の爆笑が無線にこだました。


 被弾することを前提に設計されたA-10は一トン超もの装甲板をまとっている。とくに誘爆するとまずい燃料タンクや機関砲の弾倉はこれでもかと偏執的なまでに固めてある。


 チタンは、鋼鉄の半分以下の重さしかないが、ただの鉄の数倍する耐蝕性と強度と靭性をもち、耐熱性にもすぐれ、純チタンの状態ではアルミニウムのじつに六倍の強度がある。さらにチタンは地球の地殻にごくふつうに含まれる金属で、単純な総量としては地球に存在するすべての元素中で九番目に多い。


 だがチタンは単体では自然界に存在せず、ルチールなどの鉱石から異常に手間のかかる工程をへて製錬しなければ手に入れることができない。最大級の製錬設備ですらいちどに十トン強しか生産できず、それゆえ遷移元素では鉄の次に豊富ながらも希少金属に区分されている。


 A-10は、コクピットの全周と底をそのチタンでできた超硬合金をぜいたくにもちいて装甲している。いわばパイロットは分厚いチタンのバスタブに全身を守られているようなものだ。これにより、サウンジャー隊は数で圧倒する敵機群の集中砲火にも耐える難攻不落の城砦となって不動の姿勢で堂々と正面突破ができるのだ。


「全機、ついてこい! 被弾上等、弾をくらってこそのA-10だ」

「イエス、リーダー。イエス、コーネル・ノリエガ」

「それとも、敵の射程圏外から対地ミサイルやらレーザー爆弾やらを弓矢のごとく射ち、ネズミのようにこそこそ逃げまわるのが汝らの望みなりや?」

「否、断じて否! それは腰抜けのホモ野郎の戦いかたであって、おれたち誇り高きA-10乗りの闘法にあらず! われらが使命は、アメリカに仇なす愚者をGAU-8アヴェンジャーで絶滅させることなり。飛んでいられる限界まで弾とミサイルをくらって、なおかつ敵を七砲身ガトリングでなぐり倒すことなり。手足がちぎれて臓物を撒き散らし、血反吐を吐くような強敵との闘いを制すことこそわが法悦。無傷の帰還など末代までの恥なり。味方のぶんまで被弾して、味方のぶんまで敵を地獄へ送るのがウォートホッグの義務と権利なり!」

「サウンジャーども、A-10の得物はなんだ?」

「GAU-8三〇ミリガトリング<アヴェンジャー>だ! それだけだ!」

「サウンジャーども、A-10のミサイルはなんのためについてるんだ?」

「着陸のときのカメラがわりだ!」

「サウンジャーども、A-10はなんのために飛んでるんだ?」

「アヴェンジャーを運ぶためだ! アヴェンジャーをたたきこむためのA-10だ! A-10にアヴェンジャーがついてるんじゃない。アヴェンジャーにA-10がついてるんだ!」


 パイロットたちががなりたてながら怪獣の真正面より接近する。高度も低い。ちょうど怪獣の目線あたりだ。


 命知らずどもの突撃に怪獣も興味をそそられたのかじっとみつめ、人間の挑戦をうけて立つとでもいうかのように咆哮する。


 A-10編隊のまえに、怪獣の胸から飛び出した黒い球体が胎児の発生のように変形、緑のレシプロ戦闘機となって立ちはだかる。主翼が途中から折れ曲がるようにして上に反り返り、正面からみると角度の浅い「W」の字のようになっている。逆ガル翼とよばれるその翼形以外は、全体的にはゼロ戦をひとまわり大きくしたかのような姿をしている。


 ゼロの血筋をひくもの。それは戦場の空を飛ぶことを夢見て、しかしかなわなかった幻の翼。

 局地戦闘機「烈風」がA-10と向かい合っていた。


 翼に搭載された四挺の二〇ミリ機銃を全開にして烈風がA-10に闘いを挑む。

 しかし、それは闘いとはいえなかった。


「出産祝いだ。たっぷり食らって、ついでに懐かしの地獄へ帰んな!」


 A-10の機首下から伸びたガトリング砲がうなりをあげる。

 高速回転する七砲身から連続発射された砲弾のつらなりは吸い込まれるように烈風へと叩きつけられた。


 一瞬のできごとだった。A-10の砲撃をうけた烈風は、まるで魔神の刃に一刀両断されたかのように左右に分断、断面に湯気のたつ内臓を空にさらしながら真っ二つに泣き別れになった。

 切り裂かれた機体のあいだをウォートホッグは冷然と飛びつづける。


 アメリカの戦闘機はM61バルカンという六連装のガトリング砲を標準装備しているが、A-10は専用の航空機関砲としてGAU-8アヴェンジャーを搭載している。バルカン砲の口径が直径二〇ミリに対してアヴェンジャーは三〇ミリ、バルカン砲が六連装に対してアヴェンジャーは七連装。さらにアヴェンジャーの砲弾は弾芯に劣化ウランをもちいている。劣化ウランは硬く、重く、弾着の衝撃がくわわると高熱を発する焼夷効果もある。結果として尋常ではない貫通力を発揮し、一キロ先から撃っても戦車の上面装甲を撃破できる。


 ふつうの戦闘機はたいてい右主翼の付け根あたりに機関砲を装備しているが、A-10はより射撃精度を高めるため砲身を機首と同軸に置いている。そのためにアヴェンジャーの邪魔にならないようわざわざ主脚をすこし右にずらして設計されているほどだ。また機関砲の装弾数がほかの戦闘機では平均五〇〇発前後であるのに対し、A-10は一〇〇〇発以上ももっている。A-10はアヴェンジャーが主武装というよりアヴェンジャーのために機体がつくられているといっても過言ではない。


 アメリカの機関砲としては最大最強のガトリング砲、GAU-8アヴェンジャーのまえに敵はない。戦車に逢うては戦車を屑鉄にし、トーチカに逢うてはトーチカを墓標に変える。人間相手ならば弾が二メートル横に外れてもからだが挽き肉になってふっ飛ぶこの威力。A-10が通ったあとはぺんぺん草ひとつ残らない。


 超威力の大口径機関砲のすさまじさを見せつけられて、逆に奮起したのかプロペラ機が我こそはと名乗りをあげるようにサウンジャー隊に立ち向かう。おびただしい数だ。機種も多い。烈風もいれば紫電改もいる。ゼロ戦に隼、飛燕、疾風、雷電ともう判別しきれないくらいのプロペラ戦闘機が飢えた昆虫のように大挙して襲いかかる。

 そんななかにあって、ひときわ特異なシルエットをもつ敵機があった。


「なんだありゃ? P-38ライトニングを単発プッシャー(推進式)にしたみてえな形だな」


 ゼロ戦などのほかのプロペラ機がみな機首にプロペラがついているのに対して、その敵機はコクピットのすぐ真後ろにプロペラがあった。プロペラが後ろにあるということは、エンジンが後ろにあるということだ。そして機体のデザインもカンブリア期のバージェス動物群のように奇抜なものだった。両方の主翼から後方へ伸びたそれぞれの支柱が水平尾翼で連結されているという、現代の航空機にはみられない珍妙な姿をしている。


「双胴推進式か。スウェーデンのサーブ21みてえだな」

「試作だけでおわったバルティ社のXP-54にも似ているぞ」


 たとえかれらが大戦を経験した古強者であったとしても、その機体の名を当てることはできなかったにちがいない。


 それは防空戦闘機「閃電」。烈風と同じく実戦には出撃していない悲運の戦闘機である。


 閃電が見かけによらない高速で列機を置き去りにしてA-10編隊に勝負を挑んできた。ほかのプロペラ戦闘機がエンジンに引っ張られる牽引式トラクターなのに対し、エンジンに機体を押される推進式プッシャーは速度が高いのが特徴だ。ゼロ戦で六〇〇キロメートル毎時に届かず、『ゼロを超えしもの』烈風でさえ時速六五〇キロメートル強ほどしか出ていないというのに、この閃電らは時速七五〇キロメートルという、レシプロ機の物理的限界に近い俊足で空を駆けている。


 推進式の弱点は、姿勢安定性が悪いなどいくつかある。けれど、やはり推進式が普及しなかったいちばん大きな理由は、背後にエンジンがあるのが落ち着かないという、パイロットの心理面での部分によるものだろう。なにしろ背中でプロペラが回っているので脱出したときに体が巻き込まれるおそれがある。


 だが、大怪獣の体内よりうまれし悪魔の群翼にとって、それはなんの障害にもならない。死をおそれず、味方の屍を越えて戦う者。まさに、地の底より湧いて出た不死の軍勢レギオン



 数機の閃電がサウンジャー隊を射程内にとらえ、二門の二〇ミリと一門の三〇ミリの機関銃を発射。オレンジフレーバーのアイスキャンディーみたいな弾丸が一気圧の大気を切り裂いてノリエガ大佐らのA-10に飛びかかる。


「そんなおもちゃで、このウォートホッグがどうにかできるとでも思ってんのか」


 男たちは哄笑をあびせかけ、なおも編隊を崩さず正対した怪獣へ詰め寄る。パイロットはA-10の頑丈さに全幅の信頼を置いていた。信仰しているといってもよい。


「こんなションベンみたいな弾じゃァ、ウォートホッグの毛皮は貫けねえ。タリバンの連中のほうがよっぽどたちが悪かったぞ」

「あれはいつでしたっけ。糞野郎のイヴリス・アルヤラメイヤーット=ホメイニが潜伏していた……」

「ソーロ・ミ・ア・サンデン砦!」べつのA-10パイロットがさきに思い出していった。「あんときは尋常じゃなかったっすよ。下から雨が降ってくるみたいでしたから」

「そうそ。まるでベッカー高原だった。あれにくらべりゃましでさあ。兎狩りみたいなもんです」

「ちげえねえ。まったくもってちげえねえや」


 弾雨のなかを大笑しながら突き進むA-10編隊を、ほかのものたちは言葉もなく見送るのみだった。

 怪獣まで、五マイルに迫った。体高一二〇メートルの巨躯がコクピットからは視界いっぱいにひろがるように見えた。


「全機、敵の脚部を集中的に狙え。あれだけの巨体だ、足にダメージをあたえれば自重を支えきれなくなる」


 十二機の攻撃機が機体を右に傾かせ、大怪獣の左前脚を照準におさめる。

 A-10が十一箇所あるハードポイントのうち八箇所に搭載してきたハイドラ70ロケットランチャーを目覚めさせる。

 無数の首をもつという悪しき蛇の名を冠する発射装置からロケットが畳み掛けるようにいっせいに放たれる。ロケットモーターの炎をひきずりながら飛翔していくそれらは、さながら火の雨のように怪獣に殺到していく。

 大怪獣の脚の間接部に数百発の成形炸薬ロケットが吸い込まれるように着弾。錐状に収束させられた爆風の高い圧力が常温で金属を液状化させ、その金属のジェットは超貫通力の槍となって猛然と脚部に突き立つ。


 いちどのアプローチで対地目標を殲滅するために、戦闘機なら失速するかそうでなくとも運動性が極端に落ちるような低速域でも自由に飛行できるよう設計されたA-10が宙を舞う。重騎兵たちが燃える長槍をありったけ叩き込む。


 生物のものというより荘厳な神殿を支える石柱といったほうがよいような前脚を通りすぎるとき、ひとりのA-10パイロットはたしかに見た。太陽を背負いはるか高みから編隊を見下ろす怪獣が、大きく裂けた口の端をひくつかせるように吊り上げたのを。

 逆光のなか、漆黒の悪竜が笑っていた。

 怪獣の左手が電光となってひらめき、巨大な掌が彼の乗機を包んだ。

 鉤爪の生えた手がA-10を掌中におさめ、そして機体設計の許容強度をはるかに凌駕する剛力で握り潰す。

 指の隙間から爆発の炎がこぼれた。


「プルーデンスがやられた。ちくしょう」

「まじかよ。タリバンにスティンガー撃たれながらマスかいてたような勇者だぞ」


 編隊の前方で長大な尾がぶきみに波打つ。


「ブレイク! ブレイク!」


 殺気を感じてノリエガ大佐は部隊を散開させた。八機までは難をのがれた。だが三機のA-10が颶風をともなって振り抜かれた尾にしたたか打ち据えられた。高硬度の鱗に鎧われた大質量の尻尾による高速度の衝突には、さすがの重装甲をほこるA-10も勝てなかった。羽根とエンジンがちぎれ、胴体も一瞬で細かい部品にまで破砕された。


 死神の大鎌のようにすべてを刈り取る尾の一撃をかわした八機は、乱流に機体を揺さぶられながらもそのまま怪獣の後方にまわった。


「見逃しては……くれねえようだな」


 敵機たちがサウンジャー隊の残党狩りをせんと追跡をはじめていた。閃電が機銃を撃ちめいで追いかけてくる。A-10は低速でこそ全性能を発揮できるようにつくられているのでエンジンにアフターバーナーがなく、空戦など望むべくもない。ノリエガ大佐も機の背中を穴だらけにされる音と感触に舌打ちしながらスロットルを開け、回避機動いっぱいで射線からのがれようとした。


 真下を全速でくぐっていったゼロ戦が縦にループし、前上方にまわりこんで、背泳ぎの状態のままコクピットへむけ二〇ミリを発射してきた。

 キャノピーに弾丸が直撃し、白いひびをつくって弾かれる。大佐が笑う。


「延伸アクリル製の強化キャノピーだ。おれを殺したきゃ戦車砲を持ってこい!」


 ヒュボッとゼロ戦のうしろから現れたのは、双発爆撃機“飛龍”。だがしかし、これはただの飛龍ではない。

 機首から空中給油用プローブのように長く伸びているのは、七五ミリ砲の三メートル超の砲身。飛龍から派生したキ109防空戦闘機が大口径砲をまっすぐにノリエガ大佐に向けてきていた。


「いや、それはちょっとカンベン……」


 大佐のひきつった笑いも構わず、キ109防空戦闘機が凄絶な発射炎とともに砲弾を撃ち出す。七五ミリの大口径砲弾がサウンジャー隊一番機の強化キャノピーをやすやす破壊。パイロットを骨ごと挽き肉にしてチタンの風呂桶をも突き抜け、コクピット底部を貫通した。主をなくしたA-10は制御不能になって、撃たれたいきおいで前転しながら墜落した。


「ノリエガ大佐、応答を。大佐。くそっ、大佐が食われた!」

航空部隊リトルフレンズ、下がれ。爆撃機ボンバーズが進入する」


 AWACSの通達が各機の無線に響いた。


  ◇


 高度五〇〇メートル程度の低空を高速で進撃するひと組の巨鳥。超音速戦略爆撃機B-1ランサーが翼をたたんで槍のように細長い形となって突き進んでいた。


「主目標に接近。地上攻撃用レーダー作動。投弾態勢に入る」


 二機のB-1がそろって減速する。たたまれていた主翼が稼動し、ほぼ真横になるまで展張。高速飛行特化の後退翼機から低速域で有利な直線翼機へと華麗なる変形をとげる。


「セラフからボーンズへ。MOPの投下を許可する」


 AWACSの指示でB-1の爆弾倉が開かれる。観音開きの胴体から、地を裂き山を砕く現代の破城鎚が姿をあらわす。


 それは常軌を逸した大きさの、ロケットブースターつき大型貫通爆弾だった。全長六メートル、直径一メートル、総重量十四トン、弾頭の爆薬だけでも三トンというけた外れな巨大さ。鋭く尖った先端から始まる本体が地表からの反射光を受けてグレイに鈍く光る。


 B-1二機はそれを二発ずつ搭載していた。B-1は華奢な外見に似合わずB-52ストラトフォートレスよりも武装搭載量が多いが、MOPはその十四トンという常識はずれの大重量ゆえに二発しか積めないのだ。

 地上部隊から目標の正確な座標データを受信し、爆弾のGPSにインプットさせる。


「さあ、バーベキューのお時間だ」


 ボーンズ一番機の機長がいい放ち、晒された胴体内からアームにかかえられた二発の超大型貫通爆弾が下にせりだす。


 アームが爆弾を手放し、空中に投下する。軛を解かれた破壊の使者、その最後部からロケット燃料が急激に燃焼を起こしながら噴射され、巨大爆弾が急降下をはじめる。


 落下の重力だけでなくブースターによる加速も得て、四発の弾頭が隕石のように怪獣へ降り注ぐ。GPSのデータをもとに四枚の尾翼で向きを微調整し、みずからを目標へと導く。


 二発が怪獣の右肩に直撃し、あとの二発が四足歩行する下半身の背中に命中。固いものどうしが激突するかん高い音が蒼天に響いて、それぞれが内に秘めた三トンの爆薬を炸裂させていく。


 MOPを投下しおえたB-1はふたたび翼をたたみ、四基の大出力エンジンからアフターバーナーの炎を吐いてただちに離脱。プロペラ機の追随など微塵もゆるさない高速度で戦域から去っていった。


 B-1ランサーが落としていったMOP(大型貫通爆弾)は、地下深くに設けられたミサイル・サイロや堅固な防御壁に守られた敵の重要施設などを破壊するため、鉄鋼弾頭で地表や掩弊物を貫通してから内部で爆発を起こす、いわゆるバンカーバスターとよばれる航空爆弾の超特大版である。その貫通力はすさまじく、岩盤なら四〇メートル、鉄筋コンクリートでも二〇メートル以上は貫徹する。


 大怪獣が顎を全開にして怒りの吠え声をあげ、目の前にあった自身と同じくらいの高さのタワービルを撥ねのける。ビルはガラスを崩しながら根元から折れるように倒壊した。


 だが空爆はこれで終わりではない。


 高度二万七〇〇〇フィート(八〇〇〇メートル)の高空よりひそかに迫るその大型の飛行機は、なんとも異様な見てくれをしていた。暗黒の機体は上から押し潰されたように平べったく、水平尾翼がなく、垂直尾翼もなく、胴体も主翼の一部として溶け込んだブーメランのような外形。全体的に三角形をしていて、後端は乱流をふせぐためアルファベットの『W』をふたつならべたような形となっている。


 機体全体が主翼でできた究極の全翼機B-2スピリットは電子的に『見えない』爆撃機だ。レーダーに映りにくいというかほとんど映らず、赤外線センサーも反応しにくいというかほとんど反応しない。最高度のステルス性に身を包んだその機影はじっさいに飛んでいられるのがふしぎなくらいの特異な姿である。シルエットとしてはマンタに似ている。まさにマンタだ。はるけき蒼空を雄大なる大海原とたとえるなら、B-2スピリットはそこを悠然と泳ぐマンタといえるだろう。


 ただしマンタレイに毒針はないが、B-2には地形さえ変えてしまうほどの針がある。


 そしてこのB-2三機もまた新型バンカーバスターMOPを一発ずつ搭載してきていた。


 胴体のウェポンベイを開き、目標をセットした巨大爆弾を投げ落としていく。

 三発の貫通爆弾は八〇〇〇メートルの空気をもぐって怪獣を頭上から急襲。大怪獣の後背部で鉄鋼弾頭を爆発させる。堅固な弾頭と怪獣の装甲がたがいを食いあう騒音は一帯に強烈に反響した。まるでノートルダム大聖堂の鐘を鐘楼から落下させたかのようだ。貫通爆弾の放つあまりの衝撃に怪獣の四つの足がアスファルトを踏み抜き足首近くまでめり込んだ。


 圧力に耐え、怪獣が吠え猛りながら両の拳を打ちつける。


「あれだけくらってなんで倒れん」


 ズーム機能つきの双眼鏡で偵察していた地上部隊の隊長が歯噛みした。もうかれこれ何十トンもの爆弾と砲弾を浴びせている。なぜ死なない。


 怪獣のオオトカゲに似た口腔から高温の蒸気となった息が吐かれる。そして、低く重く唸りながら青天井をふりあおぐ。


 かろうじて視認できるほどの極小の黒い点のようなものが三つ、白雲なびく碧空を遊泳していた。いましがた怪獣を空爆したB-2編隊である。


 B-2爆撃機はステルス性を第一に設計されたためB-1のようなアフターバーナーはない。だが三機は地上二万七〇〇〇フィートもの高高度におり、レシプロエンジンのアンティーク戦闘機どもではそこまで上昇することができない。よしんばできたとしても息も絶え絶えになりながら邀撃高度まで上がるには数十分はかかるだろうし、そのころには荷物を投下して身軽になったB-2は最大巡航速度でとっくに空域から脱しているだろう。

 追いかけるのがプロペラ機ならば。



 怪獣の頸部のうしろ、人間でいうところの肩甲骨にあたる部分から、続けざまになにかが垂直に撃ち出された。まるでイージス艦のVLSからミサイルが発射された時のようだ。射出されたそれは月ロケットのように猛スピードでまっすぐ空をめざす。


 AWACSの高性能レーダーはめざとくそれを感知していた。


「主目標から飛翔体の発射を確認。仰角九〇度、速度百十ノット(時速二〇〇キロ)。なおも加速中」

「真上にはB-2がいる。かれらを狙ってるんだ。ボンバーリーダーに回避しろといえ」

「なんだ? 敵の対空ミサイルか?」


 当のB-2の搭乗員たちもAWACSとリンクしているレーダースクリーンを見て蒼惶とした。このままいけば、真下からのミサイル攻撃らしきものに直撃をくらう。だが爆撃機のB-2は戦闘機のような曲芸飛行じみたマニューバはできない。


「全機、チャフ。フレア。ジャマーをありったけバラ撒け!」


 三機のB-2が機体後部の射出口からレーダー波を攪乱させる機能をもつ各種のチャフ・カートリッジと、赤外線追尾ミサイルを欺瞞するフレアを数十発、左右と下の三方向へ発射する。仕掛け花火のように大量に放出されたフレアがくっきりとした白煙をのこし、それは白い翼を広げた天使のような神々しい絵画を晴空に描いた。


 怪獣が放った飛翔体は見る間に爆撃機のいる高度に迫り、わずか三分たらずで追いついてきた。

 それらは、音もなく水蒸気の白い尾を曳いて、B-2編隊の上方へと抜けていった。


「はずれたぞ!」

「助かったぜ。ひやひやさせやがって」


 安堵に胸をなで下ろす操縦員たちに、AWACSから無線が割ってはいった。その声はあわてていた。


「まて、敵飛翔体、高度三万フィートで反転。ふたたび追尾をはじめた」


 三万フィート? B-2パイロットたちはいぶかしんだ。いまいる高度が二万七〇〇〇フィートだから、すぐ上だ。


 さらにAWACSが警告した。


「飛翔体の群れが加速。速力、五四〇ノット(時速一〇〇〇キロ)オーバー!」

「なんだと」


 次の瞬間だった。B-2の一機が激しい砲撃をうけて炎と煙をあげた。なめらかだった機体にみにくい弾痕を刻み、そこから蛇が舌を出すように火が覗いている。


「なんだ? なにをされている?」


 僚機が被弾しているのを目視した爆撃機部隊のリーダーの疑問に答えるかのように、損傷を負ったそのB-2にまた猛烈な攻撃が加えられた。


 そのとき、彼は見た。曳光弾のまじった射線がまがまがしい光を放ちながら、後上方より仲間の爆撃機に降り注ぐのを。


 視界が紅蓮に染まった。一拍おいて、爆風の振動とともに耳をつんざく爆発音が襲ってきた。

 爆撃機部隊だけでなく、AWACSの士官たちも、NORADに詰めているひとたちも、だれもがわが目を疑った。だが現実は非情だった。レーダー上のB-2は三機から二機に減っていた。ボンバーリーダーをはじめとした爆撃機搭乗員の四名は、僚機のいた空間に悪魔の火球が居すわり、かつてB-2だったものが無惨な破片となって空に散っていくのを目の当たりにさせられた。二十五億ドルのステルス爆撃機が花火になったのだった。


「スピリット・オヴ・ニューヨーク、応答せよ。スピリット・オヴ・ニューヨーク……」


 AWACSの呼びかけを乗せた電波がむなしく空を駆けめぐった。


「こちらスピリット・オヴ・サウスカロライナ。スピリット・オヴ・ニューヨークが撃墜された」それは認めがたい事実だったが、ボンバーリーダーは歯を食いしばって通信した。「敵の攻撃を受けたもよう。セラフ、飛翔体はまだいるか?」

「複数確認」AWACSのオペレーターはプロフェッショナルらしく即座に答えた。「加速をはじめている。貴機らに接近中だ」


 ありがたくないニュースだ。

 直後、ボンバーリーダーと副操縦士は機体が激烈に揺れてシートのなかでもてあそばれた。シートベルトを締めていなかったらフロントガラスを突き破って操縦席からロープのないバンジージャンプをさせられていたかもしれない。


 ふたりとも青い顔に脂汗を流していた。揺れたのは乱気流にはいったからとかではもちろんない。攻撃をくらったのだ。


「機内に火災発生。ダメージ大です。操縦系統に問題が」

「『ヒューストン、問題発生』ってやつだな」


 B-2スピリットに砲撃を浴びせた飛翔体群は、その加速のまま爆撃機のすこし上を通りすぎ、前方へと踊りでた。


 スピリット・オヴ・ニューヨークを墜とした犯人が、のこりの二機の前に姿を現した。


 それはミサイルなどではなく、ある種の飛行機だった。戦闘機としてはボディが小型で寸詰まりで、相対的に主翼が大きく見える。まるでコウモリが翼を広げたような独特のスタイルだ。垂直尾翼はあるが水平尾翼はない。


「ばかな!」煙が充満しはじめたフライトステーションのなかでボンバーリーダーが叫んだ。「あれはナチスのコメートじゃないか!」


 大戦中、高高度を飛行する連合国の爆撃機を邀撃するためドイツが開発したメッサーシュミットMe163コメートは、世界ではじめて実用化に成功した有人ロケット戦闘機として、また史上はじめて時速千キロを超えた飛行機として、航空史にその名をとどめるロケット戦闘機である。プロペラでもジェットでもないロケットモーターを推力にするこの戦闘機は、平均最大速度が時速六〇〇キロメートル前後のレシプロ機の時代にあって時速一〇〇〇キロという驚異的な速度を叩き出し、連合国がわのパイロットを恐怖のどん底に陥れた。トラウマを植えつけたといってもいい。そのトラウマは七〇年がたち世代が交代したいまでも連合国の軍関係者たちの心に残っている。だから、ボンバーリーダーがその高速機をコメートと思ってもふしぎではない。


 だが、それはMe163コメートではなかった。


 B-2編隊を攻撃している戦闘機は、かつてドイツからもたらされたコメートの情報をもとに日本が設計したロケット戦闘機、「秋水」。断末魔をあげる亡国が生んだ嘆きの翼、死期をむかえた星が最期に放つという閃光にも似た悲劇の戦闘機だった。


 まだ編隊のうしろで滑空していた何機もの秋水がロケットエンジンに再点火。濃度八〇パーセントの過酸化水素を酸化剤として、メタノールと水化ヒドラジンの混合液を化学反応させて発生した燃焼ガスで爆発的に急加速し、時速一〇〇〇キロちかい高速で斜め下のB-2を追跡する。対するB-2は最大でも時速八〇〇キロメートルほどしか出せない。


 高空を爆走する秋水がステルス爆撃機を射程におさめた。

 両翼の付け根に搭載した三〇ミリ機関砲を爆撃機の真後ろから乱射する。


 大口径の機関砲弾を雨あられと受けて、さしものB-2も持ちこたえることはできなかった。胴体との境目が曖昧な主翼が折れるようにちぎれ、失速して重力にひきずられていく。


「スピリット・オヴ・ジョージアもやられた!」

「リーダー、当機にも五機のコメートがきています。六時方向、上!」


 すでに機体は姿勢を保つのもむずかしい状態になっている。リーダーは決断した。


「ベイルアウトだ」

「高度二万七〇〇〇で?」

「どうせ死ぬんならできることやって死ぬのがおれの流儀だ。緊急脱出!」

「了解。イジェークト!」


 ふたりの操縦者は座席ごと空中に射出された。その一瞬後、五機の秋水の集中砲火を一身にうけ、かれらの乗機だったB-2、通称スピリット・オヴ・サウスカロライナも成層圏のすぐ下で爆発四散した。この瞬間、最先端の技術を結集し、もっとも価格が高い航空機としてギネスにも乗った究極のステルス爆撃機が三機も失われたのだった。


  ◇


 ロケット戦闘機がB-2を屠った戦空から八〇〇〇メートル下、つまり地上では、かわらず怪獣が家々を踏み潰しながら侵攻を続けていた。

 地上部隊の隊長が通信兵の背中から無線機を手にとる。


「ブーゲンハーゲン、一〇五ミリ砲だ。浴びせろ!」


 隊長らの上空を、四発のプロペラをもったグレイの輸送機のような大型機が轟音を響かせながら通りすぎていった。


 その大型機、AC-130Hスペクター機内では、

「地上部隊から一〇五ミリ砲使用の要請。火器管制、準備は?」

 という機長の通信機ごしの問いに、胴体部分の左側の壁に備えつけられたモニターを操作していたFCO(火器管制官)が、

「オーケーです。旋回を開始してください」

 と自信たっぷりに答えていた。


 AC-130Hが、怪獣を中心に左旋回をはじめる。搭載のレーザー測距装置で怪獣との正確な距離と角度を計測する。


「地獄への片道切符だ。ダフ屋も真っ青のお買い得価格だぜ」

 機長が嗤笑し、FCOがうそぶく。

「ブーゲンハーゲンのメギドの剣をくらいな!」


 機体の左側面から真横にむけて伸びた砲搭から破壊の砲撃が撃発された。


 大火力の狂宴がはじまる。


 一〇五ミリ榴弾砲一門が間断なく発射され、その合間を一門の四〇ミリ機関砲と二門ずつの二〇ミリ機関砲、七・六二ミリ機関砲の高速連射が縫う。それらの長射程かつ大火力な火砲が一方向にむけ、怪獣へといっせいに投射される。


 大怪獣の巨体に戦艦の主砲にも匹敵する威力の榴弾砲が着弾し、高性能炸薬が堅牢な表皮でつぎつぎ炸裂していく。その砲煙弾雨の暴風がかたときも休まることはない。

 ベトナム戦争では約一万台もの敵車輛を破壊した実績をもつ“空飛ぶ要塞”AC-130はもともと輸送機を改造した機体であるため、弾薬も燃料もタンカーなみに積載することができる。狙った敵が無力化されるまで上空で旋回しながら砲撃しつづける、まさに褐色の怨霊スペクター



「ブーゲンハーゲン、そのまま攻撃をつづけろ」


 地上部隊の隊長がAC-130の勇姿をあおぎながら部下らに指示をだす。と、隊長のいる地点の右手五〇メートルに呑龍が爆弾を投下。三階建ての煉瓦造りの民家が代赭たいしゃいろの粉塵を撒き散らす。


 つづいてもう一発が道路の上に落下、そこで信管を作動させて内蔵の爆薬を起爆する。


「伏せろ!」


 隊長の怒号も間に合わず、爆風で加速された弾殻が刃となって飛翔し、ストライカー装甲車の車上で重機関銃を発砲していた射手の首に直撃。筋肉と頸椎の抵抗などないように切断し、はね飛ばした。ヘルメットに包まれた射手の頭部が転げ落ち、首の断面から赤い液体が噴水のように吹き上がった。司令部をうしなった肉体が崩れるように倒れこむ。


 だがその両手はいまだ重機関銃のトリガーを引き続けており、均衡をうしなった射手のからだがあらぬ方向へ銃口をむけた。暴走する火線があたりを手当たり次第に銃撃する。


 十二・七ミリの銃弾がバズーカを膝射で構えていた歩兵の右脇腹に命中し、胴を上下に引きちぎりながらふっ飛ばす。さらにミニミ軽機関銃を運搬していた兵士の右ひざに当たり、ひざ関節ごと挽き肉にして彼から足を奪った。


 とっさに急旋回した海軍のF-35Cが胴体下に懸吊した二五ミリ機銃で応戦し、いにしえの爆撃機に蛮行の酬いをあたえる。

 掃射をぶち込まれた呑龍は弾痕から赤黒い血をしぶかせながら空を切って墜落、路上駐車されていたマスタングを押し潰して大地にその雄大な巨躯をたたきつける。


 蒸気と砂塵が舞い上がるなか、F-35Cに傷つけられた腹の裂け目から、おびただしい血潮とともに粘液にまみれた内臓が押し出されてくる。図体に比例してか内臓もでかい。桃いろの腸管など、人間が内部に入り込めさえしそうだった。


 道路の上に倒れた飛行機が、打ち上げられた鯨のようにとめどなく鮮血を流しているという非現実的な光景。出来の悪い悪夢のような光景がそこにあった。


 爆撃機から流れ出た血は津波のようにアスファルトを洗い、歩兵たちの足首にまで到達した。大量の血液が洪水となってあふれるさまは、ジャック・ニコルソンの怪演が光る『シャイニング』の一場面を想起させた。


 AC-130Hスペクター・ガンシップが幽遠なる上空に居すわり、それこそ怨霊のような執念深さで怪獣を砲撃し続ける。


「まだまだ足りないみたいだぞFCO。神は信仰にささげる花火をもっとご所望だ」

「聖母マリアがおれにもっと輝けといっている」


 ガンシップからの絶え間ない爆裂と銃撃を一身にうける怪獣が首をめぐらして、遠方の空中砲台をにらんだ。


 双胴推進式の閃電や、双発の屠龍、単発のゼロ戦などが、なにかに命じられたかのように、怪獣に攻撃をくわえるAC-130に猛然と襲いかかる。だが、F/A-18や空爆を終えたF-15E、計七二機のジェット戦闘機がそれを許さぬ。AIM-9LサイドワインダーとM61バルカンを駆使してブーゲンハーゲンに接近しようとする敵機をことごとく叩き墜とす。


 その間隙を、なにかが残像を描くほどの高速ですり抜ける。


「速い!」


 プロペラ機らとは次元のちがう速度のそれは、空を切り裂き、急激にガンシップとの距離をつめる。


 AC-130は原型が輸送機であるため、敵航空兵力からすれば爆撃機以上に鴨撃ちの的でしかない。近づかれればなすすべがない。


「制空部隊、ブーゲンハーゲンに接近中の敵機あり。こいつら速いぞ、五〇〇ノット以上だ」


 時速九〇〇ないし一〇〇〇キロという、プロペラ機には物理的に不可能な高速度で空を駆ける。プロペラ機相手の低速に順応していたF/A-18とF-15Eのパイロットらが、その機体の予想を裏切る速さに泡を食い、照準をしそこねた。


「くそ、まずい!」


 流星群となって疾走する禍鳥を、米軍機もエンジンをマックスパワーに入れて追跡する。だが最初から最大戦速で一目散に馳駆していた敵機のほうが防衛戦に徹していたかれらよりひと足速い。


 AC-130の左舷側から高速で接敵した機体たちが、両翼下にかかえたランチャーから炎を吐く。それはいく筋もの紅の矢となって空中の要塞めがけ放たれる。


 斉射されたのは、機関砲ではなく、ロケット弾。無誘導ゆえに空中の相手につかえるものではとてもないが、もとは中型輸送機であるAC-130ならば、その大きさと鈍重さゆえ狙い撃ちにするのは不可能ではない。


 敵戦闘機が機関砲のように撃ちまくるロケットが、蒼穹にチョークで引いた線のような顕著な白い航跡をのこす。


 ブーゲンハーゲンがあらがうようにいっせいに放出したフレアが、むなしく空に閃光を放った。


 おたがいが三次元空間を動きあっているなかで、しかも敵機からすれば横方向へ飛んでいるガンシップへ発射されたロケット弾は、はじめの二、三〇発こそAC-130の巨体をかすめ、獲物を横目に見ながら虚空に吸い込まれていくだけだった。だが射ち手はもとより発射しながら照準を修正するつもりだったらしく、しだいに射線が確実にスペクターに肉薄しはじめた。まるで暴走列車が轟音をあげながら追いかけているようだった。


 そして、ついにそのときが来た。


 尾部に第一撃が命中、弾頭のヘキソーゲン炸薬が起爆し、急激に膨張した圧力が方向舵を可動部ごと破壊し破片にして散らす。それを皮切りに、誤差を完全に織り込んだロケットの嵐がAC-130を激烈に抱擁した。爆裂で著大な主翼がブリキのようにへし折られ、ずんどうな胴体に無数のロケットが突きたつ。隔壁を貫いた弾頭が内部で炸裂して、積載していた弾薬、燃料を誘爆させる。


 さらに、じゅうぶんに距離をつめた敵機が怪鳥となってAC-130の真後ろに占位、絶対的に有利な位置からあらためてロケット弾を一斉放射をはじめた。


 外と内からの爆発が、AC-130の機体を砕き、火炎を散らせた。


「だ、だめです。これじゃサンドバッグ同然です!」


 ブーゲンハーゲン搭乗のだれかがいった。


 神が豪腕で揺さぶるかのように振動し、警報が鳴り響き、どんどん傾斜していく機内で、機長は震駭しんがいしていた。じぶんの目が信じられなかった。攻撃を終えて、機の前方を左から右へ高速で横切っていく敵機をその目で見たのだ。


「お、おれは、頭がおかしくなっちまったのか。それとも第二次大戦にタイムスリップしちまったのか」


 その敵機には、プロペラがなかった。流線形に鋭く尖った機首、翼には、対空ロケット弾を積むためのラックと、円筒形をした、翼が折れてしまいそうなくらい大型のエンジンを一発ずつ、つり下げ式に搭載していた。


 そのエンジンは、ジェットエンジンだった。


「メッサーシュミット……Me262!……」


 凶鳥がジェット噴流による卓抜した高速で空を舞う。


 世界初のロケット戦闘機をつくったナチスは、また世界で初めてジェット戦闘機を実戦配備した国でもあった。メッサーシュミットMe262は大戦末期の第三帝国が吐き出した徒花のごとき存在として、現代においても空の戦士たちのあいだでは知らぬものとていない。


 しかし仔細にその機体を観察する余裕があれば、ブーゲンハーゲン機長はある違和感を胸奥にいだいただろう。


 機長がメッサーシュミットMe262と思った敵機は、全体が深い暗緑色で、胴体横に、大きく日の丸が描かれていたのである。


 しかるにそれは正確にはMe262ではなかった。秋水と同様に、滅亡の秋をむかえていた日本が当時の盟邦ドイツから供与されたMe262の情報をもとに開発した、まさかの国産ジェット戦闘機、その名も「橘花きっか」。


 埒外の速力で天を疾駆する十数機の橘花らを、ようやく追いついたホーネットやストライクイーグルがバルカンで撃ち殺す。高速をほこる橘花とて、ジェット戦闘機としてはすべての面で能力を上回る現代の主力戦闘機たちにはかなわない。たやすくF-15Eに六時方向につかれた橘花が、ふりほどこうと無理に急旋回しようとして減速。だがそれを読んでいたF-15Eパイロットがバレルロールでエンジン出力をたもったまま距離を稼いで占位をつづける。


 時速九〇〇キロ以上あった橘花の速度は四〇〇キロ以下にまで低下し、そして増速することはなかった。


 減速したまま飛んでいる飛行機など、最新の火器管制コンピュータに制御されたF-15Eの前にはただの獲物でしかない。M61バルカンが秒間六〇発の砲弾を放ち、それはほとんどすべてが橘花に集中して叩きこまれる。


 霧状に散布される黒血がアメリカ東部の空にまがまがしい花火を咲かせた。


 橘花も本元のMe262も、そのエンジンは燃焼ガスで排気タービンを回転させ、タービンと同軸の吸気圧縮器コンプレッサーを駆動してさらに吸気を圧縮するという、ジェットエンジンの歴史のなかでもごく初期のしかけをもっている。これによって得られる推力は、機械的エネルギー損失や空気抵抗の大きいプロペラ機とは比較にならない高速性能を発揮することができる。


 だが、排気でタービンを回し、コンプレッサーを駆動し、その排気によってさらに加速するというこのジェットエンジンは、換言すれば速く回り始めるまでは速く回らないということをも意味する。変速ギアつきの自転車でいえば、最初からギア比最大で走り始めるようなものだ。いちど速度がつきさえすれば速いが、そこまでもっていくのにたいそう力と時間を要し、いちど減速すれば加速するのにまた時間がかかる。


 それとおなじ理屈で、Me262とそのコピーである橘花は、最高速度こそすさまじいが加速が非常に弱い。そのため、急加速と急減速をくりかえす必要のある格闘戦にもちこまれれば敗北は必至。


 七〇年まえなら、それでも異次元級の速度性能で敵のレシプロ機をふりきって仕切り直しにすることもできたろう。だが現代の空の覇者は、自在に加減速をあやつり、加速力はもとより最高速度でも橘花を凌駕するのだ。橘花に勝ち目など原子一個ぶんもない。

 だが、橘花をすべて撃墜したF-15EとF/A-18のパイロットたちは、みなが悔しさに唇をかみしめ、おのれのふがいなさに痛憤していた。


 かれらの眼前では、許容量を超える空対空ロケット弾の猛攻で火だるまになり、破片を撒き散らして空中分解しながらAC-130が墜落していた。守るべきものが無惨にも燃えながら羽をもがれ、空へと墜ちていったのだった。


  ◇


 コロラド・スプリングスの人類最後の砦、北米防空司令部(NORAD)の作戦室では、陸海空軍のいかなる攻撃も怪獣に対して効果をあげないことに、ヒットリアが苛立ちをつのらせていた。


「大統領!」


 その情報士官の朗々たる報告の声は、せわしなく情報が行き交う作戦室において、ひときわ力強く響いた。


「USS<ユエルン・シティ>、サンディーフック湾に到着!」

「来たか……ズムウォルト級!」


 ヒットリアの顔が輝いた。


「EMLは奴にとどくか?」


「レールガン“サジタリウス”、完全射程内です」


 ヒットリアは強く首を縦に振った。


「レールガン・ユニットの使用を許可する。準備ができしだい発射せよ。航空部隊および地上部隊は、残存する火力を怪獣にむけ、可能なかぎり足止めしろ」

「了解!」


  ◇


 ロウアー・ニューヨーク湾やラリタン湾とともに紺碧のニューヨーク港を形成するサンディーフック湾には、タイコンデロガ級巡洋艦をはじめとして、アーレイ・バーク級駆逐艦、インディペンデンス級フリゲート、フリーダム級フリゲートなど何隻もの軍艦がひしめきあうように居並んでいた。


 それらの真ん中を王者のように進む艦は、ほかの艦艇とは一線を画す異装をまとっていた。


 まるでヘラで表面をならされた粘土細工のようにのっぺりとした外観。一般的な軍艦には当然あるはずのマストやアンテナ、回転式レーダーなどといった付属物がいっさいなく、艦橋らしき場所にも窓ひとつない。水上艦というよりは潜水艦が浮上航行しているというふうに見える。おもむろに沈潜をはじめてもだれも驚きはすまい。それくらい奇抜な外観であった。


 これこそアメリカ海軍がほこる最大最強のイージス艦。現用のアーレイ・バーク級のあとを継ぐものとして建造された新鋭ステルス艦、ズムウォルト級ミサイル駆逐艦の威容だった。


 ズムウォルト級駆逐艦は基本設計として、被弾のさいに誘爆を抑え艦へのダメージを局限する新型VLSと、AGSアドヴァンスド・ガン・システムという一五五ミリ砲をおもな武装にもっている。このAGSで撃つ砲弾はロケットアシスト砲といって、砲弾にロケットブースターがついていて、従来の大砲よりもはるかに射程が延伸されている。おまけに慣性誘導やGPSなどによる誘導装置もついていて、一八〇キロメートル先の目標をねらって半径五〇メートル以内に射弾の半数を命中させられるという驚異の集弾率をほこる。もはや砲弾ではない。


 いろいろな意味で実験的な技術を盛り込んだズムウォルト級だが、<ユエルン・シティ>はさらに野心的な構想でもって産み出されている。


 主砲としてAGSではなくEMLエレクトロ・マグネティック・ランチャー、つまりレールガンを搭載しているのである。


 各種モニター群の淡いブルーの光が支配する薄暗いCIC(戦闘指揮所)内では、<ユエルン・シティ>艦長トゥイリンジャー大佐らがEMLの発射準備を進めていた。


「作戦をはじめる。総員、第一種戦闘配置」

「了解。総員、第一種戦闘配置」

「EML発射準備。承認を認識せよ」

「了解。統合電力システム、EML使用、承認認識」

「電力使用形態、ブルーに移行。EMLへの電力供給を最優先」


 ズムウォルト級の出色ともいえる超大出力機関、ロールスロイス製マリン・トレントMT30二基が駆動。あわせて搭載しているゼネラル・エレクトリック製LM500二基も大電力を生むべく発動する。


「フェイズ1。接続開始」

「了解。電力系統切り替え」

「接続を開始」

「変換応答システムに問題なし。第一、二、三集束系統の変換を順次開始」

「第一から三集束系統の変換完了を確認。システム正常」

「主ガスタービンエンジン、一番、二番、全力運転。七〇メガワットで発電中」

「副ガスタービンエンジン、フルパワー。一番と二番、ともに正常作動中、現在の出力九・八メガワット」

「電力供給システムに問題なし」

「全インバータ装置、正常作動中。問題なし」

「液体ヘリウム冷却システム稼働中、温度適正」

「電圧安定、周波数を維持」


 電力が切り替わって艦内通路の照明が落ち、数秒のちに赤い非常灯に照らされる。


「AN/SPY-3レーダー出力低下。低下幅は許容範囲内」

「MFEWシステムをカット」


 イージスの命であるレーダーや、MFEW新型多目的電子戦装置への電力をもレールガンへ回されていく。


「電力系統切り替え完了。EML発射形態への完全移行を確認」

「フェイズ2」


 トゥイリンジャー艦長の指示によどみはない。


「電圧の変動幅は〇・〇〇三。問題なし」

「インバータ群A-〇一七三に損傷を確認。電力低下は修正可能範囲内」

「ひきつづき発電および電送電圧は最高電圧を維持」

「全冷却システムはベーシック・モード、最大出力で運転。異状なし」

「電力供給および電力貯蔵システム問題なし」

「了解。フェイズ3。砲身展開」


 <ユエルン・シティ>のなにもない前甲板に細長い黒線が入り、左右に開かれていく。そこからせりあがってきたのは、破壊の矢をつがえる巨大な弓。レールガンの長大な砲身だった。


 レールガンは原理上、二本の導電性のレールがあればよいのだが、発射時に生じるプラズマが漏れること、弾が横に飛び出すことなどをふせぐため、レールとレールのあいだを覆って通常の火砲と同様に筒状の砲身に仕立ててある。そのとき、レールを覆うものは絶縁体でなければならぬ。


 黄金の陽を浴びてEMLの砲身が神々しくきらめく。


「地上部隊に連絡。ターゲットの捕捉を実行」


  ◇


「隊長。“ムーンドラゴン”が来ました。目標のマーキングを要請されています」

「ようやく来やがったか。待ちくたびれたぜ」


 舌打ちしながらも地上部隊を率いる隊長の顔は嬉しさに満ちていた。かれらが前線におもむいた最大の理由はまさに<ユエルン・シティ>のレールガンの照準をあわせるためだ。これまでの作戦行動はすべて、<ユエルン・シティ>到着までの時間稼ぎにすぎない。任務遂行のときである。


「ベータ、チャーリー、エコー、フォックストロット、ゴルフ、ホーテル、インディアの各チームに連絡。レーザーで目標の照準データをとれ」

「了解」

「ジュリエットは?」

「連絡がつきません。キロ、マイク、ノヴェンバーも同様です」

「リマはいけるか?」

「損害がでていますが、リマ、オスカー、パパ、キューベックが合流、再編成して行動しています」

「よし、そいつらに衛星経由でデータを送らせろ」

「了解!」

「いそげよ、海でダイアナがお待ちかねだぞ」


 隊長の命をうけ、各チームが怪獣の捕捉にかかる。三脚に乗せたレーザー・デジクネーターで不可視レーザーを照射、進撃している怪獣の正確な座標を測定し、データを収集する。集積されたデータを、ネットワーク機材をもつリマ・チームへ送信。リマ・チームには、各チームが観測して精度を高められた目標の位置情報が一手に送られてくる。


 リマ・チームの兵士が骨組みだけの傘みたいなパラボラアンテナを片手に掲げ、べつの兵士がラップトップ・コンピュータで解析したターゲット情報を衛星へ送信した。


  ◇


 <ユエルン・シティ>においては、EML発射準備が最終段階に入りつつあった。


「地上部隊からデータ受信。ターゲット捕捉」

「ターゲット、確認した。超長距離射撃モード」


 前方を向いていた砲塔が旋回。艦の左舷側へ砲口をむける。大陸の、はるかかなたの目標へ。


「電力抵抗損失、増大。想定内」


 フライホイールが高速回転。電力を一時的に回転エネルギーに変換し蓄積。電力系統を安定化させる。


「フェイズ3への移行問題なし」

「フェイズ4」

「最終安全装置解除」

「自動装填装置、起動」

「射撃用諸元、入力を開始」


 モニターのひとつに、電子的に再現されたチェスタータウン付近が表示される。X軸、Y軸、Z軸がいそがしく動き回り、その交点が、ある一点に落ち着いていく。


「風向1-3-8。風力2」

「湿度、気圧の誤差修正」

「自転、重力の抗力誤差修正」

「フェイズ5」

「全電力をサジタリウスへ」

「射撃用最終諸元、入力完了」

「電圧安定、問題なし」


「プロジェクタイル装填」


 砲身の最奥部に弾体プロジェクタイルがセットされる。それは重量十五キログラム、直径一五五ミリメートル。非伝導体である樹脂の砲弾の表面を、導電体たるアルミニウムでコーティングしたEML専用プロジェクタイル。


 サジタリウスの砲身からは、気化したヘリウムが白煙となって漂っていた。


 三次元図上で、座標を構成する三つの軸線が交わる点が固定される。


「EML、発射準備完了」

「発射システム、オールグリーン」


 ズムウォルト級ミサイル駆逐艦USS<月龍都市ユエルン・シティ>、その名の真価を問う。


「全エネルギー投入。サジタリウス発射!」


 次の瞬間、砲口から膨大な火炎が吐かれ、大海を揺るがす轟音とともに、秒速二四〇〇メートルという超々高速で弾体が撃ち出された。


 宇宙へ向かって。


 湾に陣どる<ユエルン・シティ>がいちど高度六〇キロメートル、つまり成層圏のさらに上の中間圏にまで弾体を撃ちあげ、弾道飛行をさせる。大気密度の低い天空を通過させることで初速を保ったまま滑空。目標を目指す。


 さらに五秒後、サジタリウスが次弾を発射。以降、五秒間隔で超々速度の弾体を射出する。

 レールガンは発射に必要な電力の充電さえ間に合えば、速射砲のごとく連射が可能なのだ。


「EML発射開始。第一波の到達は三五〇秒後を予定」


 そして、惑星規模の山なりの軌道を描いて飛翔したプロジェクタイルが、約一二〇キロメートルの大気を切り裂き、プラズマの炎をほうき星のようにひきずりながら、ほぼ初速と同等の超々高速を維持して怪獣に激突。そのすべてを拒絶するような広い背に着弾し、耳を聾するほどの大音響を打ち鳴らす。


 二〇〇〇から二四〇〇メートル毎秒という激甚な運動エネルギーと超衝撃波が大怪獣を撃ち抜く。


 怪獣がいままで発したことのない悲鳴をあげ、前のめりによろける。四つの脚が懸命に踏ん張り、転倒を防ごうとする。


 だがそこへ二発めが着弾。さらに怪獣が前方へとおされる。

 立て続けにレールガンの砲弾に撃たれた怪獣は、進行方向にそびえていたガラス張りの高層ビルにたたきつけられた。建物のガラスが白い飛沫となって飛散する。


 そこに最後の弾丸、じつに十二発めが到達し、怪獣がビルに抱擁。超衝撃を怪獣ごしに伝達されたビルは張りぼてであったかのように崩落をはじめ、瓦礫とガラスを土砂のように怪獣へ降り注がせた。


 ビルそのものも折れるように倒壊。怪獣が断末魔の叫びをあげながらついに倒れ、その上へと覆い被さっていった。


 それはまるで、死者の棺に蓋をしたかのような光景だった。


  ◇


「やったか?」


 NORAD作戦室では、主モニターにて怪獣の惨状を見ていたヒットリアがだれにともなく呟いた。


 職員の大半はもろ手をあげて狂喜乱舞していた。作戦室は喚声の坩堝と化した。チトーの冷静になれという呼びかけも効を奏しない。みな勝利の喜びに湧いている。


 少数派の堅物なオペレーターたちは状況を逐一報告するのを続けていた。


「USS<ユエルン・シティ>EML発射システム休止、砲身のレール構造材劣化率四十三パーセントを突破。CEP保証限界値。砲身の交換にとりかかります」

「つぎの発射までどれくらいかかる?」

「十七分後を予定しております」


 聞いていたサラザール補佐官が首をつっこむ。


「あの超威力だ、ケリはついてます」


 大統領はあいまいに頷きながらも、正面のモニターを見据え、その破壊の光景を確認する。


 艦艇搭載式試製電磁投射砲“サジタリウス”の超破壊力。


 レールガンは二本の導電性のレールに電流を通して電位差を発生させ、そのときのローレンツ力でプロジェクタイル(投射体。つまり弾)を撃ち出すものである。理論じたいは左手一本で展開できるほど簡単だけれども、兵器としてみた場合、その威力はこれまでの砲などくらべものにならないほど壮烈である。


 従来の火砲や銃は火薬を爆燃させそのときの圧力で弾を撃つしくみとなっている。だから火薬のガスが膨張する速度以上には弾は速くならないし、逆に加減もできない。


 だがレールガンは、流す電力量で自由に初速をコントロールでき、電力を強くすればするほど弾を速く発射できる。その初速の上限は、相対性理論が正しければ理論上は光速である。そして、物体の運動エネルギーは速度の二乗に比例する。


 <ユエルン・シティ>に搭載されたレールガン“サジタリウス”は、計画では砲口初速およそマッハ七で撃ちだし、最大で高度一五〇キロメートルの宇宙空間まで撃ちあげて、放物線をえがいて終末速度マッハ五くらいで目標に着弾させる。その射程は長大で、実験段階の現時点でさえ四〇〇キロメートル超という驚異の大威力を叩きだす。これは東京から大阪の距離に匹敵する。


 この超々高速度の砲弾にあらがうことは地球上のあらゆるものにとって不可能。神をも射殺す、絶対の一撃。


 爆撃機による空爆が面制圧なら、レールガンによる艦砲射撃は究極の点攻撃である。その構想は、アンチ・マテリアル・ライフルの極限型といいかえてもいい。


 それを十二発も直撃でくらったのだ。怪獣の生存はだれが見ても絶望的だ。すべては終わった。


 勝利を実感するために、じっとモニターを見つめる。


 なにかが動いた気がした。


 目の錯覚かと思い、目をこらす。


 倒壊したビルの、山のような瓦礫。その山頂の瓦礫が落石となって転がり落ちていく。


 時間が凍結したような一瞬。

 凍った時が超高熱で融解、止まっていたぶんを取り戻すように加速して流れだす。


 瓦礫の山が内部から爆散、礫を全方位にふきとばした。


 そのなかから起き上がるのは、漆黒の巨神。大怪獣の威容だった。


 作戦室に、どよめきが広がった。


 モニターのなかでは、怪獣が竜のごとく天へむけて咆哮していた。


「化け物めっ……」


 打って変わって静まりかえった作戦室で、だれかの呟きが妙に反響した。


 ひとしきり吼えた怪獣が動きを見せた。四本の脚を器用に使い、方向転換を始める。


「目標、回頭。方位1-0-9」

「なんだと」


 士官がコンソールを操作。怪獣の向きから直線を伸ばす。


 向き直った怪獣の延長線上には、海。ニューヨーク港のサンディーフック湾があった。


「まずいぞ。USS<ユエルン・シティ>に伝えろ。大至急回避!」


 怪獣が、正確に一二〇キロ先の、見えるはずもない<ユエルン・シティ>のいる方角を向いていた。


「目標が主砲の発射準備に入りました!」


 怪獣の口腔に鬼火が灯る。


 刹那、それは爆光となって放たれた。


 石油など化学燃料は理想的環境下においてもその質量の一億分の一しか熱量に変換されない。


 だが重い原子核に中性子を衝突させる原子核分裂では、じつに千分の一という莫大な変換効率をもつ。


 質量は熱量のかたまりだ。一グラムの物質は九〇兆ジュールもの熱量と等価である。


 その超々熱量を一方向に収束させる大怪獣の死の息吹が、地平線のかなたへ放射される。


 中途にある建物も、自然保護区に指定されている山や森も、その軌道上にあるものがすべて蒸発を通り越し、プラズマ化して削り取られていく。


  ◇


 ズムウォルト級は、ステルス性のため、艦橋部に窓はない。ゆえにCIC内からは潜水艦のように、外界を直接肉眼で観察することはできない。


 もしできていたら、百名の乗員は西の方角に第二の太陽が出現したかのような閃光を目にしていただろう。


「艦長、地上部隊から緊急入電。目標が生存。こちらを向いています!」


「目標が、主砲を発射したもよう!」


 それらを聞いたトゥイリンジャー艦長は、大きく息を吐いて諦念したようにどこか遠くをみやった。


 そして、こぼした。


「作戦は、失敗だったな……」


 一秒後、CICは白く輝く奔流に呑まれ、白光と同化した。


  ◇


「USS<ユエルン・シティ>、蒸発!」


「付近の巡洋艦や駆逐艦も被弾。損害不明!」


 絶望的なしらせにヒットリアは両の目頭をおさえて沈黙。作戦室も、さきほどの歓喜の嵐がうそのように静まり返る。


 まるで、葬儀の夜のようだった。鬼籍に入ったのはアメリカ合衆国だ。


 主モニターでは、怪獣が蒸気と怒号を吐きながら巨体の向きを変え始めていた。ふたたび、西の方向をめざす。


 なにごともなかったかのように。


  ◇


 前線はさらなる地獄となっていた。怪獣へむけ横にスライド飛行しながら対地ミサイルを射ったアパッチが、橘花の空対空ロケットに撃墜される。その橘花をバルカンで墜としたF-16Cファイティング・ファルコンが、いつのまにか真後ろについていた一式戦・隼の弾丸をたったひとつのエンジンの排気口にくらい、制御不能になって墜落する。どの米軍機も原始的な戦闘機どもへの対処でせいいっぱいで、まともに怪獣へ攻撃をくわえられない。


 地上部隊もAT-4バズーカやグレネードランチャー、戦車などで応戦するが、すでに消耗しきっており、とても決定打にならない。


 隊長がM4カービンの弾倉を交換しながら叫んだ。


「もっと支援機が必要だ!」


  ◇


「しかしいいんですか中佐。われわれはネヴァダで待機との大統領じきじきの命令では……」

 ラングレー空軍基地のパイロット控え室からハンガーへむかう廊下を、ネロ・ヒットリア中佐と副操縦士が大股で突っ切っていた。ネロの青い瞳に迷いはない。


「国防長官から秘匿通信があった」

「マヘンドラ国防長官から?」


 早足で歩きながらネロはうなづいた。


「父には話をつけると。じぶんが正しいと思うことをしろと耳打ちしてくれた」

「まさか……信じられない」


 アイアン・パンツの異名をとるあのマヘンドラが現場の戦士にそんな理解を示してくれるとは……。言いつつも副操縦士の顔は希望に輝いていた。出撃するなという命令は戦闘機乗りにとっては息をするなというようなものだ。

 ドアを叩くように開く。戦闘機を格納する広大なハンガーにはアンサン隊所属の搭乗員が全員揃い、飛行服を着用して整列していた。白人、黒人、ラテン系、構成人種はさまざまだがその表情は例外なく意欲に満ちあふれ、闘志と士気のかたまりとなっていた。


 ネロ隊長はかれらの前に仁王立ちした。


「わたしはこれより奴のもとへむかい、近接航空支援を敢行する。すでに何人もの犠牲者が出ている。危険な任務だ。だが前線の味方は一ポンドでも多くの支援を必要としている。もちろん正式な出撃命令は出ていない。これはわたしの独断専行だ。諸君に強制するつもりはない。生きて戻れる保証はなく、死んでも勲章も出ないかもしれない。それでも」ネロは部下たちひとりひとりをいまいちど見渡した。アンサン隊は複座であるF-15Eストライクイーグル十二機の飛行隊だからネロとその横にたつ副操縦士をのぞいて二十二人が並んでいる。もう二度と見られないかもしれないかれらの顔をしっかり目に焼きつけながらネロは語を継いだ。「それでもわたしとともに飛びたい者はいるか」


「隊長は行くんでしょ?」


 ネロがアンサン隊に配属されて以来の付き合いのパイロットがいった。となりの機の兵装システム士官がつづけた。


「隊長が行かれるのに部下が行ってはいけないなんて法がありますか。われわれを導いてください、隊長」


 ネロはからだの底からエネルギーが湧いてくるような気がした。そしてハンガーじゅうに響き渡るような大声を張り上げた。


「ほかに来たいものは?」


 整列した二十二人がいっせいに拳をふりあげ、雄叫びを発した。歓呼で大地が割れんばかりだ。


「意気軒昂です、中佐」


 副操縦士のことばにネロはなんども首を縦に振った。この命知らずたちがいるかぎり、アメリカに敗北はない!


「爆装完了後、ただちに出撃だ。やつに地獄をみせてやるぞ」


 ネロは副操縦士に拳をつき出した。


「翼に名誉を」

「翼に名誉を」


 繰り返して、ふたりは宙で拳をぶつける。さらに副操縦士は仲間の搭乗員たちに拳とともに句を伝えていく。ネロ・ヒットリアの名のもとに、アンサン隊のメンバーの心はひとつだ。


 止めるものはいなかった。ゆるやかに固まり堂々たる足取りでエプロンを歩くアンサン隊の面々を、予備のパイロットたちや整備兵は止めはしなかった。誇り高きネロ・ヒットリア率いるアンサン隊の前にどうして立ち塞がれよう。邪魔するものはおろか、敬礼して見送るものさえいた。


 日が傾きはじめていたラングレー空軍基地のF-15Eの列線に歩みよるアンサン隊からは、一種独特のオーラが漂っていた。エースパイロットのオーラ。数ある戦闘機パイロットのなかでもとびきり優秀であるという厳然たる事実からくる自信だ。


 ネロは前席に座りこみ、副操縦士は後席に搭乗した。キャノピーが閉じられ、外で担当の整備兵が親指を立てる。ネロも同じく親指を立て返す。


 無線機をつなぐ。


「全機、無線をチャンネル4にセット」


 ほかの十一機から順に了解と返ってくる。


 感度良好だ。始めよう。


「アンサン隊、出撃!」

 F-15Eストライクイーグル、第1戦闘航空団第98飛行隊アンサン隊の十二機が轟音を響かせ飛び立っていく。まばゆい西陽を弾かせて空へ昇りゆくF-15Eはほかのだれよりも、どんな飛行機よりも美しかった。


 編隊を組み、巡航高度で飛行。


 ネロはスロットル・レバーに備え付けられている無線機を操作し、AWACSとの回線を開いた。


「セラフ、こちら第98飛行隊隊長、ジャスティス。応答ねがう」


 返信は早かった。


「ジャスティス……?」ネロのTACネームを反芻し、一瞬ののちに驚愕の声をあげる。「まさか、ネロ・ヒットリア中佐か? なぜここに」


「アメリカの危急存亡のとき、われわれが矢面にたつ。暴力の嵐にわれわれは民草をまもる盾となり、矛ともなろう。そう誓った」


 AWACSに通信を渡すが、ネロが、ネロひきいるアンサン隊がこの場にいることに対する驚きからか二の句を継げなかった。


 ネロはふたたび語りかけた。


「セラフ、こちらは一番機から十二番機までJDAM装着済みMk-84(二〇〇〇ポンド爆弾の一種)を十発ずつを装備している。空爆許可ならびに誘導をねがう」


  ◇


「大統領」


 チトーが来て、ヒットリアは椅子に腰かけたまま応じた。通常兵器最強の一点突破能力をもつレールガンさえ効かないという現実をつきつけられたばかりとあって、その顔は疲弊のいろが濃い。


 しかし、チトーからもたらされた情報は、さらにヒットリアの心を粟立たせた。


「ご子息の、ネロ・ヒットリア中佐以下、アンサン隊のF-15Eが爆装して、ラングレー基地から飛び立ったとのことです」


 チトーのほうを凝視したまま硬直しているヒットリアに、将軍はさらにつたえる。


「空中管制機からの報告では、現在、目標との交戦地域に向かっていると。空爆の許可を要請されているそうです」


 ヒットリアの、午後の青空をそのまま写し取ったような瞳は、見開かれたままチトーにむけられていた。しばらく将軍を見上げていたヒットリアの目に、すさまじい憤怒の炎がふきあがる。


 椅子が後方へふき飛ぶほどの勢いで立ち上がったヒットリアは、この場にいない息子に怒鳴り散らした。


「なぜおまえがそこにいる。わたしは命令したはずだぞ。ネヴァダにいるはずのおまえがなぜ」


 みなの注意と注目がヒットリアに集中した。ただひとり、だれも見ていなかったが、マヘンドラだけが、超然としていた。


「ネロとアンサン隊を即刻呼び戻せ。全員まとめて営倉にブチ込んでやる」


 ヒットリアの剣幕に押され、士官のひとりがAWACSに伝達する。


 だがそのとき、作戦室に無線の声が響いた。声だけでも高潔で清廉な青年とわかる声だ。


「とうさん。いや、大統領。そんな命令はむだです」


 ほかならぬネロ・ヒットリアが、直接NORADに無線をつないでいた。


「馬を水辺に引っ張ってきたとて、馬に水を飲ませることはできない。馬自身が水を飲もうとしなければ、人はそれを強制することはできない。なぜなら自由意思こそが、神が森羅万象に与えてくださった至宝だからです」


 ヒットリア大統領は烈火のごとく顔に朱を広げた。


「わたしは全軍の最高指揮官だぞ。おまえも軍属なら命令にしたがえ」


「ぼくは軍人である前にひとりのアメリカ国民、そしてひとりの人間でありたい。そしてぼくの魂はこう叫んでいる――」


 それは、闇を切り払う紅蓮の言葉。


「『国がなにかしてくれると思うな。じぶんが国のためになにができるか考えろ』と!」


 ヒットリアは瞠目して絶句した。その言葉は、ヒットリアが大統領選のときにかかげたスローガンだった。


 虚を衝かれた大統領をしり目に、その息子はいい放つ。


「いまこそじぶんを生み、そして育んでくれた祖国に万分の一でも恩を返すとき。アンサン隊、エンゲージ!」


 無線が一方的に切られ、質量をもっているかのような重い沈黙が作戦室に降り積もった。



  ◇


 ネロを筆頭にした十二機のF-15E編隊は、最大推力で戦域に接近していた。遠目にも、F-16やF-35、A-10などの友軍機が懐古的な敵戦闘機と激戦を繰り広げているのがわかる。


 そして、その向こうで、異形の大怪獣がアメリカを蹂躙しているのも。


 アレンタウンは、とりたててなにもない、ごくごく平凡な街である。そう、朝になれば子供たちが黄色い声をあげながら学校へ行き、夜には家々で家族が食卓を囲んで団欒を楽しみ、週末には恋人たちが並んで歩く、どこにでもあるありふれた街。


 それが無惨に踏みつぶされ、破壊されていく。そこに住んでいたひとびとの、慎ましやかで、しかしなにものにもかえがたい幸福ごと。ネロは怒りに燃えた。


「全機、兵装スタンバイ。マスターアーム、オン」


 声だけは冷静に命令をくだす。

 夕陽を背負って高速で近づくアンサン隊の気配を察した敵戦闘機が機種をむける。


 あらたな獲物をみつけた肉食獣のように疾走。勝ち名乗りをあげんばかりに突撃してくる。


「ジャスティス、正面から複数の敵機。お話にならないほどの数です」

 後席から兵装システム士官がレーダー情報を報告。レーダー警報が鳴らないのは、つまり敵が捜索ならびに追跡レーダー波照射装置を有していないからだ。


 つまり、敵機は機関砲、それもレーダーによる射撃管制の補助もなく、まったくの勘と目視のみで狙いをつけなければならないということである。そんな弾丸など、恐るるにたらぬ。


「全機。弾などにはあたらん。ここはわれらの国で、やつらにはそうでないからだ。浅ましき驕敵の弾丸が、神の従順な信徒たるわれらにあたるわけがない」


 十一機の仲間から、威勢のよい返事が電波に乗って寄せられてくる。


 こういうときは、臆して慎重に飛ぶより、思いきって一気に翔破してしまうにかぎる。凶弾とは、怯懦のきもちを嗅ぎつけ、それを頼りに飛んでくるものだ。


 小山のような巨体を揺らす怪獣だけを見て、機体を操作する。HUDには誘導爆弾の照準が現れ、落とすべき座標をさがす。


 空域を飛ぶすべての米軍機へ常時発信されていた、地上部隊のレーザー・レンジ・ファインダーによる目標の位置情報をF-15Eのアビオニクスが受信。誘導爆弾のロックが完了する。


「ジャスティスよりアンサン隊、火力を頭部に集中しろ。首をもいでやる」

「ジャスティス、投下用諸元、入力完了」

「よし。チャリティー、やつにたっぷり食わせろ!」


 ネロの号令一下、一番機の爆弾投下を皮切りに、アンサン隊のすべての機体が、胴体下とコンフォーマルタンク下、そして主翼下に搭載していた精密誘導爆弾をリリース。それはGPSによる誘導をうけてたがわず大怪獣の竜のごとき頭部めがけ滑翔する。


 テレビ誘導の対地ミサイルのように正確無比な投下。一二〇発、じつに十一万キログラムぶんの爆薬が、怪獣の顔で爆裂を浴びせる。


 爆煙が払われ、現れたのは、角一本折れていない、無傷の鬼相。


 怪獣が右手の爪で頬を掻いた。それは余裕のあらわれなのか。


 その牙の隙間からは、青白い炎がこぼれていた。


「いかん、ブレイク!」


 鋭く旋回しようとしたアンサン隊の十二機を、まばゆい白が塗りつぶしていく。


 怪獣の破壊の光が奔流となって放射。質量の縛鎖から解き放たれた超々熱量が、F-15E戦闘爆撃機をかけらすら残さず蒸散させた。


 熱線の通り道になった空気が急加熱させられ、急速に膨張。あまりの高熱に音速を超え、爆風となって平凡な町を駆け巡る。


 はじかれた空気が低い轟きをともなってもどっていく。


 怪獣の笑声のような吠え声がそれに重なった。


  ◇


「アンサン1、応答せよ。アンサン1、聞こえるか」

「アンサン全機と連絡つきません。レーダーからもロスト」

「全チャンネルでよびかけをつづけろ。バースト通信もためせ」


 騒然とするNORADで、大統領がただひとり、モニターを見つめて立ちつくしていた。横に立つチトー将軍も、愕然としていた。


「気高いお心が砕けてしまった……」


 そのチトーのひとりごとは、ネロのことを言っていたのかもしれないし、父親のことを指していたのかもしれなかった。


 地上部隊および航空部隊に、損耗過大のため撤退命令がくだされた。


 アメリカの大地を落日の赤光が染め上げていた。それは単なる物理現象ではなく、アメリカという国家の落日をも象徴しているかのようだった。


  ◇


 大都市東京の闇は深い。どこにでもある街の、どこにでもある居酒屋。油とやにと手垢で黒ずんだ縄暖簾をくぐった先の手狭な店内は、会社帰りのサラリーマンたちで殷賑をみせていた。遠く海のむこうで世界の命運をかけた死闘が繰り広げられていることなど、一顧だにしない。きょうその日の仕事さえ大禍なくすめばそれでよい、頽廃的なまでの楽観主義のあらわれがそこにあった。


 頬骨の張った大将が注文をこなしながら人の好さそうな笑みを浮かべて、また新たに入ってきたひとりの客を迎える。

「いらっしゃい。なににしましょう」


 カウンター席に大将と差し向かうように座ったその客は、アイロンのかかっていないくたびれたスーツといい、輝きをうしなってくすんだ革靴といい、ゆるめたネクタイといい、これもどこにでもいるうだつの上がらない会社員のような風采だった。道ですれ違ってもだれも気にとめない、いや、直接会話を交わしても翌日には風貌の印象を相手に忘れられてしまうような、だれの人生にもなんの影響を与えない、生まれながらにしてその他大勢に含まれることを運命づけられたといってもよい、ただの男だ。職場でもそのような扱いを受けているのかもしれない。特徴をあげるとすれば、顔は、大将と似てかん骨が出ているというくらいなものだ。


 良しも悪しくも人畜無害なその男性客は、使い古された鞄を石造りの床に置いて愛想笑いをして大将にいった。


「あしたの朝はいい天気だそうですよ。鳥たちが飛ぶには絶好の日和だそうで。もしかしたら国産のハゲワシに襲われるかもしれないのが少々気がかりですが。それで、わたしなんかは当日の掃除の役目を負わされましてね」


 喉を鳴らして笑う男に、大将は変わらぬ笑顔で応対する。だが、よく目をこらせば、大将の笑みにはさきほどにはなかった陰惨な兆しがごくわずかに混じっていた。


「お客さんもたいへんですな」


「へへへ、まったく」男は思い出したように腕時計を見た。「しまった。きょうは女房に寄り道するなとおおせつかってるんだった。それじゃ、大将」


「あいよ!」


 男は椅子の足下に置いたひび割れた革地の鞄を持つと、席を立って店を出ていった。その後ろ姿は、いちど雑沓に紛れ込めば二度と発見できなくなるであろうと思えるほどこの土地の風土に馴染んでいた。


 へべれけに酩酊した最後の客を送り出したあと、大将は店を閉めた。もう二度と開けることもないだろう。しかし感慨はない。


 夜空はわずかに瑠璃いろに染まりはじめていた。夜明けがちかい。


 文字通り、新たな夜明けである。


 大将は薄く笑って二階の住居部分へ上がった。そして、息子を呼んだ。高校生になったかならないかくらいの、えらが張っているあたりが父親によく似ている少年だ。父と子は、生活臭の染みついた六畳の部屋で、擦りきれた畳の上に向かい合って正坐した。


「きょう、お達しがあった」


 父親が切り出した。日本語ではない。ハングルである。


「明朝に決行だ。やっと、わしの親父、おまえの祖父にあたる代からの役目が果たせる。このときの、このためだけに、わしやおまえは生まれ、そして生きてきた」


 父は腰を上げ、押し入れの襖を開け、身を乗り入れるようにして、屋根裏からゴルフバッグを取り出した。


 持ち重りのするバッグを畳に横たえ、ファスナーを滑らせる。


 口から覗くのは、冷たく黒光りする凶器たち。父親がバッグに手をいれ、そのひとつをつかむ。それはAK-47アサルトライフルだ。表面が剥げた銃身や傷んだ銃床が年季を感じさせる。父は機関部を覗き、コッキングレバーを引いて、銃床を右肩に当てて構えた。熟達した動作の円滑さは、大将が素人ではなく銃火器の取り扱いに精通していることを物語っていた。実銃の重みを無言で語る赤ら顔の中年男が、侘しい蛍光環の灯りにものものしい影をつくる。


 構えを解いた父親は、AKをいったんそばへやって、バッグの中の品物にさらに手を伸ばす。


 引き抜かれた父親の右手に握られていたのは、掌に収まるオリーブドラブの鉄球。破片手榴弾だ。


「使い方はわかるな」


 父の問いに、息子はためらいなく頷いた。


「わしらの代でおつとめが果たせることを光栄に思わねばならん。わしの父親はこの国で日本人として死んでいった。なにもなければ、わしらも同様だったかもしれん。草が花を咲かせる時が来た。ありがたいことよ」


「うまくいくでしょうか」


 息子の不安そうなようすに、父親は装備を確認しながら、


「かならず行く。そのためにわしやわしの同志らは何十年も機が熟すのを待っていたのだから。日本をやるうえで、これまでの最大の懸念は在日米軍じゃったが、それがもうこの国にはいない。あの怪獣とやらの出現はわしらにとって望外の幸運じゃったの。なくなりはすまいと思われとった米軍基地が、まさかもまさか、きれいさっぱりなくなってしもたんじゃからな。この千載一遇の好機をのがすまいという同志書記長のご決断。なんたる慧眼か!」


 父はバナナ型弾倉に真鍮いろのライフル実包をいっぱいに込めた。弾倉をAKに装填し、息子に手渡す。


 息子は、父親同様にまるで手慣れたものかのように各部の作動ぐあいを確認し、構えて照門から照星を覗く。


 小銃をおろした息子に、父親は、


「米軍ぬきの自衛隊など恐るるにたらん。最初の数日で打撃を与えれば、やつら、反撃すらできまい」

「あの怪獣に感謝しなければなりませんね」息子は酷薄に笑って返した。「怪獣が神の創造したものなら、天はわれわれに勝利せよと命じているのでしょうか」

「ちがいない。まったくもってそのとおりじゃ。わしらは日本人に同化して通名を名乗り、隠れてきたが、それもきょうでしまいよ。いまこそ、わしらの命を偉大なる同志書記長の御為につかうときぞ」


 続いて取り出したのは、緑を主体にした迷彩服。そして同様の迷彩がほどこされたヘルメット。


 それはまちがいなく、陸上自衛隊で制式採用されている戦闘服と、88式鉄帽であった。いうまでもなく民間で入手することなどできようはずもない装備品である。


 ふたりは手早くそれらをまとった。畳のうえで、半長靴ともよばれる戦闘靴をはく。その姿を見れば、おおよその一般人は陸自の隊員と信じてうたがわないであろう。


 鉄帽の下には、接客しているときの陽気な笑顔を浮かべていた大将とは別人のような、醜悪に歪んだ笑みがあった。立ち上がった彼は、息子に宣言した。


「あす、われら朝鮮民族の正統を受け継ぐ朝鮮民主主義人民共和国は、日本という国を盗る!……」


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