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十二  見よ、いと貴き翼

「目標はハドソン川を渡河しピッツバーグ方面へ向け移動中、コードTWを認証せよ」

「激しい戦闘になるぞ。各隊とも気をひきしめていけ」


 ヒットリアが身を乗り出す。


「まずは無人機による攻撃をくわえろ。敵の出方を探るんだ」

「了解、プレデター隊、リーパー隊、ペガサス隊、交戦を許可する。目標はイーストオレンジを侵攻中の敵巨大生物」


 下知はラングレー空軍基地の地上誘導ステーションでUCAV(無人戦闘機)を制御しているパイロットたちにただちに通達された。一機にそれぞれ割り当てられたパイロットとセンサー員の計ふたりが各各のUCAVのテレビカメラ映像を見ながら操縦している。さながらゲームセンターのようだ。いわば四〇〇キロメートル離れたこのコントロール・ブースがコクピットというわけである。


 昨今は危険をともなう敵地偵察はもっぱら無人機に担当させるのが世界の趨勢となっている。そのさいただ偵察するだけではもったいないからと敵を攻撃できるように武装を可能にし、かつて原初の戦闘機がそうであったように、無人偵察機が無人戦闘機へと変化していったのはある意味とうぜんの流れであったかもしれない。


 指令を受けた無人機の大編隊が高度を落とし、攻撃態勢に入る。その編隊は三つの機種で構成されていた。


 MQ-1プレデターはUCAVの代表的な存在だ。コクピットのないのっぺらぼうな機首は顔のない人間を思わせ、宇宙人のようなつかみどころのない冷酷な印象を見るものにいだかせる。機体後部の単発プロペラで推進し、武装としてはヘルファイア対戦車ミサイルを二基、もしくはスティンガー対空ミサイルを二基搭載できる。数はこのプレデターがいちばん多い。一五〇機はいる。


 プレデターに似ているがより大型なのがMQ-9リーパーだ。プレデターを改良し、航続距離や攻撃力をさらに高めた新型UCAVである。最大六発ものミサイルを搭載可能で、たとえば空対空ミサイル二発と対戦車ミサイル四発、対戦車ミサイル四発と爆弾二発などの混載ができるのでより柔軟に幅広い作戦に対応し汎用性が高められている。その攻撃能力を生かし、中東では性能試験もかねて多くのアラブの民を血祭りにあげた慈悲なき死神である。尾翼が下向きについているのがプレデターで、上向きになっているのがリーパーだ。リーパーは三〇機ほどが参加している。


 異形揃いの無人機編隊のなかでひときわ異彩をはなつ機体の一群があった。X-47ペガサスである。ふつう飛行機といえば胴体に主翼や尾翼がついているものだが、その機影は全体的に菱形で胴体がなく、翼が胴体のかわりをはたしている。翼だけで機体が構成されていて、航空機というよりUFOといったほうがよいような異様な外形である。さもありなん、これまで世界中で目撃されてきたUFOの正体の何割かは、実験飛行していたのがたまたま人目にふれたペガサスの姿だったのである。


 ペガサスは米海軍が開発を進めている艦上ステルス無人機で、空母での運用が想定されている。まだ本格的な実戦配備はされていないが、飛べて爆弾が運べるだけでもじゅうぶんだ。


「地上部隊はどうだ?」

「エセックス・カウンティー空港とモリス・タウン空港に輸送機到着。展開しています」


 両空港にグレイの大型輸送機がひっきりなしに着陸をはたす。高翼に四発のターボファン・エンジンをかかえ、T字型の垂直尾翼に図太い胴体。これぞ米空軍ご自慢の長距離輸送機、C-17グローブマスターIIIだ。着陸したC-17は機体後部の貨物扉を開け、迅速に積み荷を降ろす。M1A2エイブラムス戦車が機内から吐き出される。ほかのC-17は多連装ロケットランチャー(MLRS)一輛と五〇名の運用要員、ほかのは一〇輛のハンヴィーを積んできたもの、三機のアパッチを空輸してきたのや二〇〇名ちかくの歩兵を運んできたのもいる。それらが積み降ろしをすませしだい離陸して、またつぎのC-17が着陸してくる。作戦に投入されたC-17は一六五機にもおよんだ。空輸された戦車や装甲車輛、兵員は数知れない。


「行け行け行け! 早くしろ!」

「戦車部隊はリビングストンでやつを待ち受けろ。あの野郎を灰にしてこい!」


 土煙をあげて戦車が疾駆し、アパッチが双発エンジンのうなりをあげて飛び立つ。


「M777長距離砲部隊、配備中」


 ニューヨークより西に一〇〇キロメートルほど離れたベスレヘム周辺に、ヘリと飛行機を足して二で割ったような珍妙な航空機が大火砲を吊り上げて集結する。史上初のティルトローター機と名高いV-22オスプレイは、機体の両側に肘を直角に曲げた人間の腕のようなものをもっており、その先端にローターがついている。腕を垂直にすればヘリのように垂直離着陸ができ、前へ倒せば飛行機のように高速で水平飛行できる。従来の米軍ヘリにくらべ巡航速度は二倍、積載能力は三倍、航続距離は十倍という画期的輸送ヘリである。

 五〇機ものオスプレイが機体下に吊り下げて運んできたのは、米海兵隊の野戦部隊の主力、一五五ミリ榴弾砲だ。ほとんど砲身と四脚だけでできているような榴弾砲をおろし、結索を解いてオスプレイは離脱。地上の兵隊が五〇輛の榴弾砲を人力で所定の位置へてきぱきと設置する。


  ◇


 陸上の別働隊は飛行中のC-17の機内で出動準備をしていた。


「敵が見えました。まもなく降下地点です」


「総員降下準備!」


 貨物室で四列になって向かいあって座っていた兵員がおもむろに立ち上がる。


「もういちど確認するぞ。おれたちの任務は観測およびミサイル誘導による味方の支援だ。ウイングスーツで降下したのちは設定ポイントにすみやかに移動、地上部隊や戦闘機部隊の目になるんだ。おれたちがいないと友軍が弾をあてられん。退却はナシだ。自分の持ち場を墓穴と思え!」


 空挺隊員がフルフェイスの酸素マスクを着装する。後部ランプが開かれ、高度五〇〇〇メートルの絶景が眼下に飛び込んでくる。なにもかもがミニチュアに見える。ミミズみたいにみえるのは全長数キロもある貨物列車だ。


「怖いやつはいるか?」


 言われて兵隊がにやにやと笑う。


「おれはタマが縮みあがっちまいそうだ!」


 隊長のことばに全員が爆笑した。空挺降下は一にも二にも糞度胸だ。


「ではいくぞ童貞諸君。仕事の時間だ、ロックンロール!」


 隊長を筆頭に隊員がつぎつぎ貨物扉から飛び降りていく。空へ解き放たれた隊員は、腕と足の間と両足の間の皮膜を広げてムササビのように滑空、降下ポイントを目指していく。

 何十マイルもむこうに大怪獣の影。大規模な火災も見える。


 ムササビたちは空を時速三〇〇キロメートル超という驚異的なスピードで滑空し、ビルとビルの間を器用にすり抜ける。


「開傘! 開傘!」


 グライダー型のパラシュートが開かれ、減速して着地。降下用の装備を切り離して各各の任務へ走る。べつのC-17が落としていった装備や弾薬をあらためる。狙撃班は対物狙撃銃をかかえてビルへ駆けこみ、観測班は機材を装備して韋駄天となって疾走した。付近の道路ではCH-47チヌークが前後についた回転翼を回すターボシャフト・エンジンの轟音をあげながら機外に吊り下げて空輸してきたハンヴィーをおろしている。


「エアフォースの攻撃機と爆撃機がむかっている。空爆までに間に合わせろ。地上部隊の砲撃準備がととのうまでよけいな交戦はさけろ。最前線はわれわれの特権だ。センパーファイ!」

「センパーファイ!」


  ◇


 怪気炎をあげる兵隊たちの上空を無人機の編隊が航過していく。


「対戦車ミサイルロック」

「ミサイル発射」


 七五機のプレデターがヘルファイア対戦車ミサイル二基をリリース。戦車の上面装甲を突破する威力を秘めたAGM-114L、通称ロングボウ・ヘルファイアが薄い白煙を曳きながら晝間ひるまの流星群となって怪獣に殺到する。


 一五〇発の対戦車ミサイルを真正面から受け止める。竜のような頭部、無数の孔の開いた胸、胴にミサイルが突き立ち、装填された成形炸薬が起爆。エネルギーが円錐状に収束し、あまりの高圧力にユゴニオ弾性限界を突破した金属板が液状化、金属ジェットと化し、高温高圧のドリルとなって怪獣の表皮に牙をたてる。


 たった一発で主力戦車を撃破せしめるヘルファイア、それが一五〇発も降り注ぐ。


 爆煙のなかから現れたのは、傷らしい傷をなにひとつ負っていない大怪獣の威容。無人機の群れに豪と咆哮を浴びせる。


「目標に効果なし」

「リーパー隊、これよりJDAM二〇〇〇ポンドを投下する」


「了解、投弾を許可する」


 リーパーが翼下に搭載している二発の爆弾は、二〇〇〇ポンド(九五〇キログラム)爆弾にJDAMジェイダムと呼ばれる誘導装置を装着したものだ。これをつければただの自由落下爆弾が巡航ミサイルなみの精密誘導兵器に早変わりする。


「投下、投下!」


 リーパーの翼から大型の爆弾が切り離され、慣性で空中を滑翔。GPSによりプログラムされた座標へ舵を操作してみずからを導く。


 二〇〇〇ポンドもの爆薬となると、周囲数百メートルを一瞬で吹き飛ばす威力がある。それが六〇発、怪獣という単一の目標に集中する。


 GPS誘導により全弾が正確に着弾し、爆炎と爆風が荒れ狂う。怪獣は炎に包まれ、衝撃波が建物のガラスをことごとく打ち砕いていく。

 だが……怪獣はさしたるダメージをうけたようすもなく歩き続ける。


「目標に損害を認められず。進行速度に変化なし」

「ペガサス隊、投弾コースへ突入せよ。Mark77の使用を許可する」


 十二機のペガサスがエイのような機体をすべらせて怪獣へ突撃。下面のウェポンベイを開放し、地獄の門を開く鍵を覗かせる。


 投下された白い外装の爆弾は空を切り、怪獣の体表面で炸裂。紅蓮の火炎が青空を焦がし、膨大な熱量が漆黒の鱗を舐め回す。すさまじい高熱に道路のアスファルトまでもが煮えたぎり、タールのように溶解した。輻射熱がじゅうぶんに距離をとっていた歩兵たちにまで叩きつける。


 それはMark77焼夷弾が生み出した焦熱地獄だった。


 かつてベトナムを焦土にしたナパーム弾は、強力だが生きながらに人を焼く残虐性が問題視され、世論の高まりから撤廃せざるをえなくなった。ナパームで焼き払われた村から逃げ惑う少女の裸形はいまなお多くのひとびとの脳裡に深く刻まれている。


 だがかわりを作らずに兵器を放棄するアメリカではない。禁じられたナパームの後を継ぐものこそ、このMark77である。


 Mark77は燃料を爆薬にもちいた着火性爆弾だ。灯油にアルミニウムと脂肪酸からなるえんの増粘剤を混ぜ、燃料の粘度を高めている。さらに燃焼時間も長く、十分以上も燃え続ける。

 その燃焼温度は一三〇〇度以上。鉄をも溶かす超高温である。

 Mark77は焼夷弾ではあるがナパームではない。ナパームはガソリンやナフサに増粘剤を混合したものをいうが、Mark77の主成分は灯油だ。つまり、ジェット燃料である。


 いわば一三〇〇度で燃える油を一〇〇〇ガロン以上も頭から浴びたのだ。生物なら肉どころか骨まで焼きつくす灼熱の業火。しかも混合された燃焼促進剤が酸素を供給しつづけるため、いちど着火すればあたりが酸欠になろうが水に飛び込もうが時間まで燃えつづける凶悪さをもつ。


 ナパームの鬼子が生んだ焼盡しょうじんの焔が熱烈な抱擁をあびせ、大怪獣の巨体は山火事よろしく燃えあがった。猛火を後光のように背負って、しかし意にも介さず進撃する。


「目標にダメージなし。繰り返す、目標に損害なし」

「気化燃料爆弾だ。サーモバリックを使え」


  ◇


 激戦地を遠望する小高い丘のうえに、見るも怪異な老人がいた。汚ならしい垢まみれの服をまとい、れだらけのゲートルを脛に巻きつけた東洋系の老体だ。そこから砲撃と爆発、怪獣の咆哮が輪唱となって響き黒煙が高く高くあがるのを睥睨していた老人は、ひびわれた唇を震わせて叫んだ。


「むだじゃ。やつはこの世のものにあらず。人殺しの武器では倒すことかなわぬぞ。わからぬか。時代に翻弄され、死地をもとめるしかなかったかれらの怒りと憎しみのまえには、いかな鉄火もものの数にはあらぬ」


 焼夷弾を投下して怪獣の上空を通りすぎていたごま粒ほどのペガサス一二機が旋回して再突入しようとしていた。


 怪獣が、立ち止まった。両腕を真横に広げて胸を張る。


 老人は犬歯をむきだしにして吠えた。


「来るぞ。“死”が来る。あな恐ろしき“死の翼”がやってくる! 目あるものはみよ、その瞋恚しんい赫怒かくどのすさまじさを。耳あるものはきけ、その彼岸よりの無念の叫びを!」


  ◇


 怪獣の胸の孔の奥でなにかが蠢く。

 それは亡霊の胎動、黄泉からの使者の到来。


 孔のひとつから内径とほぼ同じ直径の黒い球体が射出される。それを詳細に観察できたものはいないが、できたとしたなら悲鳴をあげていたことだろう。


 球体の表面には、無数の人面が浮かんでいた。いずれも苦痛にうめき、憤怒に燃え、苦悩にゆがんだ表情をしている。


 黒色の球は空中で変形をはじめた。粘菌のように自在に形状を変化させ、前後に伸びて胴体をつくり、左右に伸びて主翼をつくった。


 先端に形成されたプロペラが回転。色彩まで変容して全体は単色のオリーヴドラブ、主翼には真紅の円を描いた。

 日出ずる国がかつて大戦期に産んだ戦闘機であった。


 北大西洋で<ドワイト・D・アイゼンハワー>らが交戦した隼や雷電といった機種とは一線を画すスマートなデザインの機影。尖った先端からなだらかにふくらむ曲線を描いて、格好のよい垂直尾翼に収束する、流麗な流線形のプロポーションだ。主翼は大きく長く細く、機体の清雅なデザインは男装した麗人にも通ずるものがある。


 その飛行機は三式戦闘機、またの名を飛燕という。


 怪獣の胸部からつづけざまに飛び出す暗黒の球体はおなじように飛燕に変身し、ツバメのように群れをつくって編隊飛行にうつる。まるで巣を攻撃されて怒り狂う蜂たちのようだ。禍禍しい殺人蜂たちは射出されたいきおいそのままに飛翔し無人機の邀撃にかかる。


「歓迎委員会のお出ましだ。プレデター、リーパー、AAM(Air to Air Missile、空対空ミサイル)ロック」

「ロックオン」


 蜂の巣から放出されわらわらと群がる飛燕を、リーパーとさきほどヘルファイアを撃たなかったプレデターが捕捉する。両UCAVが搭載している対空ミサイルは携SAM(携帯型地対空ミサイル)としてあまりに有名なスティンガーを空中発射仕様に改造したものである。


 スティンガーミサイルは対象の放射する赤外線にむかい誘導される。怪獣が赤外線を出していなくとも、怪獣が使役する敵機はロックオン可能ということは先の海戦で実証ずみだ。


 統合戦術情報分配システムにより個別にロックする目標が割り当てられ、自動的にミサイルロックが完了する。目標を重複することはない。


 スティンガーは七五機のプレデターが二発ずつ、三〇機のリーパーが四発ずつ装備している。敵機が出現することは統合参謀本部でも予測していたため一機でも多くのミサイル運搬機がほしかった。最大速度が時速二〇〇キロメートルたらずのプレデターと、時速四〇〇キロメートルは出せるリーパーとをむりやり編隊を組ませたのはそれが理由だ。


 スティンガーを構える無人機と飛燕とが真っ向からむかいあう。


「射程に入りました。全機、発射準備オールグリーン」

「発射を許可する」

「了解。プレデター35、FOX2!」

「リーパー20、FOX2!」


 ほか、スティンガーをもつすべてのプレデターとリーパーがAAMを発射した。スティンガーは小型な細身を宙に踊らせ、固体燃料ロケットに点火して指令された目標へまっしぐらに突撃する。


 スティンガーは狙いをけっしてはずさない。捕捉していた飛燕のエンジン部にその名のとおり突き刺さり、信管を起動させ爆発をおこす。飛燕たちはスティンガーに見る間に墜とされていった。超音速で飛来したスティンガーを螺旋を描くような機動でいったんは回避しえた飛燕もいたが、ターンして追尾を再開したミサイルの執念深さにやられた。キャノピーのうしろ、人間でいうところの腰の部分に直撃し、爆発で機体を真っ二つに引き裂かれてあえなく撃墜となった。


「フレアなどのジャマーももたないポンコツどもめ。追いすがるスティンガーからのがれるのに手一杯で、こっちへ反撃するいとまもないみたいだぜ」


 プレデターもリーパーも涼しい顔をして巡航している。発射後はスティンガーミサイルが勝手に追尾してくれるので母機は逃げるなり次の目標をねらうなりべつの行動がとれるのだ。


 高位からダイブしてきた飛燕があった。速度は時速一〇〇〇キロメートルちかい。亜音速に達している。飛燕は急降下しながら一機のプレデターにねらいをさだめた。高アスペクト比の翼内に一挺ずつ仕込まれた一二・七ミリ機関砲と、胴体に搭載された二挺の二〇ミリ機関砲がいっせいに火を噴いた。


 大半ははずれたが、たまたま一発だけ命中した一二・七ミリ弾が「マ弾」とよばれる炸裂弾だった。これはいわば榴弾の一種で、命中時の衝撃で信管が作動して爆発するしかけになっている。プレデターに命中したマ弾が機内で炸裂し焼夷効果が燃料タンクにまでおよび誘爆。顔のない無人機は内部から炎を盛大にあげて墜落していった。


 そのプレデターを操縦していたパイロットとセンサー員のテレビ画面は真っ暗になり、ついで狩猟と決闘が生きがいという異星人のグロテスクな素顔が大写しになった。異星人にはフキダシで「GAME is OVER」という台詞がつけられていた。ふたりはがっくりと肩を落として、


「プレデター74、ダウン。プレデター74、ダウン」


 と報告した。あとはタイムカードを押して帰るだけだ。


 一機が偶然にもちかい確率で撃墜されはしたものの、その後は各機が周囲三六〇度を厳に警戒しはじめたため飛燕につけいる隙をあたえなかった。飛燕の二〇ミリ機関砲は、口径こそ米空軍機が標準装備しているM61バルカンとおなじだが、射程や命中精度、発射速度などあらゆる点で雲泥の差がある。初速がたいしたことないため重力の影響をうけやすく、すぐに放物線をえがいて落下してしまうのだ。弾速が遅いということは命中しづらいということでもある。また一二・七ミリ弾も、マ弾がタンクに直撃したらべつだが、口径そのものが小さいので何十発と同じ箇所に命中しつづけなければダメージらしいダメージはない。


 そもそも無人機と飛燕とでは運動性能の面で勝負にならなかった。無人機はなにしろ人が乗っていないので有人機には真似のできない機動ができる。急加速、急減速、急上昇、急降下。急激なGをものともせず、プレデターやリーパーはイーストオレンジ上空を舞い踊る。たいした工夫をせずとも、ただ急旋回しただけであっさり敵機の尻がとれる。後方からスティンガーをロックし、あとに残るは沈黙のみ。空は最新鋭無人機とミサイルの独壇場だ。


「話には聞いてたがすげえ数だな。何機いやがる」

「AAM残弾ゼロになった機はすみやかに退避せよ。ペガサス隊はサーモバリックをスタンバイして高度一万フィートまで上昇、目標の六時方向から投弾だ」


 ヘルファイアをもっていたプレデターはすでに帰投しており、スティンガーを撃ちつくしたUCAVも帰路につく。逃がしてたまるかといわんばかりに飛燕が送り狼となって追いかけてくる。


 運動性ではひけをとらないUCAVだが、リーパーの最大速度は時速四〇〇キロメートル強、プレデターにいたってはその三分の一程度しかない。対して追ってくる飛燕は時速五五〇キロメートルは出せるようだ。後方より接近して機関砲のねらいをつける。


「くいついたぞ。六時に二機。七時と二時からもお客さんだ」

「シャル・ウィ・ダンスと洒落こむか。UAVのタンゴについてこれるか?」


 嘲弄めいた笑いを浮かべながらパイロットが操縦捍をにぎり、センサー員が自機周辺の状況を逐一つたえる。このふたりにかぎらず、無人機を制御するメンバーたちに気負いや緊張はみられなかった。墜とされても死にやしないという事実が余計な力を取り除くのにひと役かっている。


 なにより、追いかけられるのは策のうちだ。


「UCAV全機、なるべく長く敵機の遊び相手になってやれ。ペガサスが安心して投弾できるように」


 プレデターとリーパーが釣り餌となって亡霊を惹き付けているそのさらに上空で、ペガサスが兵器倉を開き、第二の爆弾をみせる。高度三〇〇〇メートルの空からでも怪獣の巨躯はやはりでかい。後ろからだと長大な尾がさらに長く伸びているようにみえた。そのうえまだ燃焼をつづけている焼夷弾の焔をまとい、その巨体を神話の霊獣のように神々しく演出していた。なびく火焔はかがやく光の翼にも見え、頭部の紅蓮は獅子のたてがみのようでさえあった。


 ペガサス編隊が地上の大怪獣にむけ機首をやや下降させる。


「投弾コース算出」

「投下用諸元、入力完了」

「投下!」


 一二機のウェポンベイから放たれた爆弾が惰性で滑空しながら怪獣の背中へと向かう。ペガサスたちは投弾後すぐさま機体を反転させ、アフターバーナーに点火して最大加速で空域を離脱する。


 プレデターとリーパーも曲芸飛行じみた機動でおちょくるように飛燕から逃げ回っていたが、ペガサスの爆弾投下のコールがなされると即座に怪獣に、つまり、爆弾の炸裂地点となる場所に背をむけ、フルスロットルでまっすぐ遁走した。速度勝負で勝つ飛燕がしめたとばかりにテールに占位して射撃。撃ち墜とされる機体があいついだがだれも気にしない。そのまま飛燕あいてに踊っていたらどのみちあの爆弾の巻き添えをくらう。


 ペガサスからの贈り物は怪獣の背後、斜め上、約五〇メートルほどのところで真の姿を現世に解放した。


 閃光がはしり、極大の轟音が街と空と大地を揺るがす。


 太陽と見まがう直径五〇〇メートルもの橙いろの大火球が一二個現れ、十数ブロックもの範囲の町を熱風と衝撃波で吹き飛ばす。炎熱と爆圧が全方位から大怪獣を責め立て、蒸し焼きにする。


 それはサーモバリック爆弾がつくりだした広域焼滅の焔だった。


 塊の状態では燃えないアルミニウムも粉にして表面積を増大させれば爆発的な燃焼をおこす。おなじ理屈で、酸化プロピレンやジメチルヒドラジンなどの燃料も気化させた状態で着火すると固体爆薬など足下にも及ばぬ急速燃焼をみせる。


 気化燃料爆弾とよばれる兵器は、いわばガス化した燃料の拡散している範囲の空間そのものが爆弾となるため、トリニトロトルエンいわゆるTNT爆薬や、プラスチック爆弾に用いられるRDX爆薬を超越する絶大な破壊力をほこる。


 ペガサスが投下したのは、その気化燃料爆弾の原理を応用し、燃料にサーモバリック爆薬という専用の爆薬をしこんだ極上の殺戮兵器だ。広大な範囲を一瞬で殲滅せしめる超破壊力。それはすべての通常兵器のなかで最大規模の破壊の嵐をもたらし、これより強力な兵器は禁断の核兵器しかない。


 超広範囲に荒れ狂う火焔と熱風と衝撃波は町を薙ぎはらい、空を舞っていた飛燕たちをことごとく焼きつくしていった。爆風の圧力は高熱の怒濤となって旧世紀のレシプロ機を一機のこらず打ち砕き、叩き墜として消し炭にしたのだった。


 大火球は上空に昇って光輝を失い、キノコ型の煙雲となってそそりたった。遠目にみていた歩兵たちも、それがサーモバリックによる破壊の狼煙とわかっていても、やはり核爆弾が炸裂したようにしかみえなかった。


 灼熱の暴風がおさまり、弾かれていた空気が四方からもどってくる。


 一面の焦土のなかに、小山のような巨大な影。ふいに影は動き、頭部に光る双眸を見開く。怪獣の白目をむいた目は激怒に血走り、蒼天に深く轟く吠え声をあげた。焼夷弾の火焔は消えていた。サーモバリック爆弾の大爆発が瞬時に一帯の酸素を食いつくしてしまったからだ。


「直撃するも主目標にダメージを認められず。ダメージはない」


 スコープを覗いていた兵が通信兵に伝える。


「イーストオレンジ防衛ライン突破! 目標はなおも西に侵攻中」

「長距離砲部隊、戦車大隊、配置完了」

「目標がチェスターを通過。観測部隊はレバノンまで後退せよ」

「敵が榴弾砲の射程に入りました」

「目標をレーザーでマーキングしろ」


 歩兵部隊が建物の影や屋上から姿を出し、ビデオデッキほどの大きさの機材を構えて怪獣にむける。怪獣からは数マイル離れているが、眼前にまで近づいてきているかのような圧迫感がある。体躯がけた外れに巨大であることも一因だが、それとは別に、怪獣の異形から放射される瘴気のようなものが、目に見えぬ圧力となって兵員たちに豪雨のごとく降り注いでいるからだろう。意志弱きものであれば肉眼で見ただけで歯が鳴り膝が崩れてしまうなにかが怪獣にはあった。一目散に逃げだしたくなるような怯懦のきもちと、いっそひとおもいに殺してほしい願望があいなかばする。絶対的強者に対する屈伏のこころをかきたてられる。しかも歩兵らはそんな怪獣の前に立たねばならぬのだ。燃えさかる愛国心だけでかれらは動いていた。観測班の機材のレンズから赤色の有可視レーザーが照射され、目標の正確な位置情報が各部隊に送信される。


 二四キロ西で怪獣の進路上を囲むように扇形に展開した数十輛のM777榴弾砲がデータを受信する。


 弾道計算コンピュータが位置情報をもとに、気温、湿度、風速、風向、気圧などの気象条件を加味、緯度経度による誤差を修正して最適な仰角をはじき出す。


「砲撃開始!」

「やれ!」


 九〇キログラムもの榴弾を二〇キロメートル先のチェスタータウンまで飛ばす。その砲声は凄絶だ。テキサスにいたって聞こえる。しかもそれがいちどに五〇輛以上も火をふいたのだ。ベスレヘムとベスレヘムを囲むチャールズタウン自然保護区やジャグタウン・マウンテン保護区はそのとき小規模な地震のように大地を揺らした。

 撃ちだされた榴弾は大きな放物線をえがき、眼下にケン・ロックウッド・ゴージ野生動物保護区や死者がやすらかに眠るミドル・ヴァレー墓地などを眺みながらまるで空中にレールでも敷かれているかのように正確に怪獣へとむかった。怪獣からみれば、前方の空から一列に横に並んだ光る星の到来のようであったろう。怪獣は気づかないのか気にしていないのか前進をしつづける。装甲されたたくましい前脚がガソリンスタンドの屋根を踏み潰した。地下のタンクに引火し、爆発をおこして太い黒煙をあげる。


 飛来した榴弾がいっせいに殺到し、怪獣に着弾。ガソリンスタンドの爆発などねずみ花火に思える爆裂が連続して大怪獣を襲う。

 建物のあいだを縫うように走行していたM1戦車隊が怪獣の左右に展開。時速六〇キロメートルで疾走しながら怪獣とのあいだに障害物がなくなった瞬間を見計らって主砲を発射する。


 世界一実戦経験を積んでいる戦車といわれるM1エイブラムスの極限まで高性能化された射撃システムにより、的に対して横に走りながら砲を撃ってもはずさない。装弾筒付翼安定徹甲弾がたがわず怪獣に命中し、長細いタングステン砲弾が音速のおよそ五倍という超高速で激突、尖端が潰れながらその運動エネルギーを解放していく。高圧力で衝突したことにより弾体の金属が液化をおこし、金属ジェットに姿を変えて怪獣の鱗に挑戦する。


 長距離砲部隊は個別に次弾を装填したものから二発め三発めを発射。かなたの目標へ榴弾というとっときのプレゼントを投げてよこす。


 榴弾と戦車砲を全身に浴び、爆炎のなか、猛獣のようにうなる怪獣の口腔が妖しく光る。それは周辺の空気がイオン化するほどの超熱量の片鱗。

 大剣を並べたような牙のあいだから青い炎がこぼれた。


「退避、退避!」


 歩兵部隊がとっさに遮蔽物に身をかくす。刹那の間をおかず閃光が青空を切り裂き、大気を貫く光線となって前方へ放たれる。


 榴弾砲を運用していた海兵隊員らは、その瞬間、東の方向……じぶんたちが大砲を撃っている方向だ……で、なにかが光った、と思った。


 溶接灯を間近に見るような、まばゆい光。


 青白い光だ、と認識したときには、破壊の光は長距離砲部隊をベスレヘムごと呑み込んでいた。


 爆光がM777榴弾砲、兵員ら、すべてを原子の塵に還し、極大の重低音を轟かせながら灼熱と爆風がいっさいがっさいを超高温のプラズマへ昇華させ、消し飛ばす。


 それはまさに荒ぶる破壊神の怒りの鉄槌。


 輻射熱が着弾点より二〇キロメートル以上離れたリビングストンにも走射され、有機物と無機物の境なく焼いて炙った。影に隠れるのがおくれた歩兵は、皮膚の露出していた部分が瞬時に黒く炭化し、野戦服は自然発火、あるいは高熱で肌と癒着した。


「衛生兵! 衛生兵!」

「敵が主砲を撃ちやがった。あそこには友軍が」

「友軍の被害甚大、後衛の長距離砲部隊との通信途絶」

「長距離砲部隊、消滅。繰り返す、長距離砲部隊、消滅」

「われの被害を確認せよ」

「負傷者六名を確認。戦車部隊に損害はなし」

「了解。司令部、負傷者が出た。当座標に救援のヘリを頼む。われの被害は軽微なるも榴弾砲の部隊が敵主砲の直撃を受けた。全滅したもよう。任務を続行する」

「司令部、了解。すぐに向かわせる」


 そう応対した声は統合参謀本部議長のチトー将軍だった。隊長は本能的に「了解」ではなく「イエス・サー」と答えた。


 歩兵らはおそるおそる顔をだし、西の方角からこちらを見下ろす奇怪な雲に戦慄した。キノコのようなクラゲのようなえたいのしれない入道雲が、つい三〇秒ほどまえまで友軍の榴弾砲部隊のいた地帯からたかだかと昇っていた。かれらは畏怖し、恐怖し、悔しさに顔を歪ませた。かれらの仲間は人間の形状を失っていまごろあのキノコ雲の一部となっているのだろう。


 隊長がグレネードランチャーを装着したM4カービンを構えなおしながら半身を建物からだしてようすをうかがう。


 破壊光を発射しおえた怪獣がふたたび歩きはじめていた。


「敵のうしろにまわるぞ。戦車にもそうつたえろ。司令部に大至急、近接航空支援を要請しろ。敵を全力で足止めする」

「了解」


 問い合わせた通信兵が隊長に報告する。

「おおぜい来ますよ」


  ◇


 ジャンボジェット機の背中にでかい円盤型レーダードームを背負わせた外観のE-3セントリー空中警戒管制機(AWACS)ではオペレーターたちがせわしなく情報を処理し、伝達しあっていた。


「地上部隊から近接航空支援要請。リビングストンに近い部隊は?」

「USS<ジョージ・H・W ・ブッシュ>の航空団だ」

「ラングレーのルナティカ隊、ディレイン隊、エピカ隊、ハレストーム隊、シレニア隊、エリス隊も出撃可能」

「サウンジャー隊およびブーゲンハーゲンから出撃グリーンの応答あり」

「エグリン空軍基地のアマランス隊、ラクーナコイル隊、オメガ・リチウム隊もコクピット・スタンバイしている」

「爆撃機は?」

「ALCMを搭載したB-52が向かっている」

「了解、射程に入りしだい発射せよ」

「B-1、B-2編隊も急行中。到着まで三〇分を要します」

「了解、戦闘機ならびに攻撃機の出撃を許可する。兵装は対地攻撃をベーシックにオーダーせよ。エピカ隊とルナティカ隊は敵機が出現した場合の制空にそなえ、対空ミサイルをフル装備」


 エピカ隊とルナティカ隊はともに世界最強の戦闘機F-22ラプターを駆る飛行隊だ。F-22も対地攻撃ができないわけでもないが、ラプターの真髄は制空任務にこそある。


 シレニア隊とディレイン隊、エグリン基地のアマランス隊、ラクーナコイル隊、オメガ・リチウム隊はF-15Eストライクイーグルを搭乗機とする飛行中隊だ。F-15イーグルはもともと純然たる制空戦闘機だったが、そのありあまるパワーを見込まれ、対地攻撃もできるようにと改修をほどこされあらたに生まれ変わった。


 それが戦闘爆撃機F-15Eストライクイーグルだ。


 ただのイーグルではなくストライクがつくのは、強力な対地攻撃能力が付与されたことを意味する。各種爆弾など対地攻撃用の武装を大量に搭載する能力をもったF-15Eストライクイーグルは、外見こそ原型のF-15イーグルとほとんどかわらないが、戦闘攻撃機というよりはもはや敵戦闘機と空戦もできる爆撃機といったほうがよいまったくべつの機体に仕上がっている。そしてその性能は、かつてイーグルが世界最強の制空戦闘機といわれたように、世界最良の戦闘攻撃機と評されるほどに極められている。


 エリス隊とハレストーム隊はF-16Cファイティング・ファルコンを装備している部隊で、もともと日本の三沢基地に配備されていた“北の槍”である。F-16は、高性能だが高価なF-15の廉価版として開発されただけあって小型でイーグルより性能面では劣るが、空対空ミサイルはもちろんJDAMなどの爆弾も運用でき、五トン強もの武装を搭載可能にしている。これは大戦中の敵地をけナチスを屈服させた傑作爆撃機B-17フライングフォートレスの武装搭載量四・七トンを上回る。小兵ながら世界の空を守る多用途戦闘機としてひととおりの任務は水準以上にこなせるようにできている。


 空軍基地のエプロンにずらりと駐機された各種戦闘機群にパイロットたちが走る。その後ろ姿には、一刻も早く出撃して怪獣に目にものみせてやりたいという意気込みが感じられる。コクピットに搭乗し最終チェックがすみしだい、誘導路をタキシングして滑走路へむかう。


「管制塔からエピカ隊、離陸を許可する」


 エピカ隊の十二機のF-22がプラット&ホイットニーF119エンジンの回転数をあげていく。赤外線を隠匿し、さらに推力偏向機構もそなえた特徴的な形状の排気口から赤と青のコントラストをなすアフターバーナーの炎を噴かせ、ブレーキを解除。急加速して滑走路をはしり、二条の噴気炎を曳きながらなめらかなグレイの機体がきわめて短距離で離陸していく。


「エピカ隊の離陸を確認。ルナティカ隊、滑走路進入を許可する」

「AWACS<セラフ>から各機へ。編隊をくんだのち作戦行動に移行。目標までの航過コースをレーダー上に送信する」


 すでに空に上がっていた海兵隊のアゴニスツ飛行隊のF/A-18ホーネット十二機が雲上で編隊をくずすことなく変針し、ラングレー、エグリン両基地からの空軍機との合流ポイントへむかう。


 北大西洋上では、最新にして最後のニミッツ級原子炉搭載型航空母艦<ジョージ・H・W・ブッシュ>のアングルドデッキで新鋭のステルス・マルチロールファイター(多用途戦闘機)が発艦準備を進めていた。F-22ラプターをさらにつんつるてんにして小型化、エンジンを単発にしたようなデザイン。先進的なフォルムは次世代機のもつ無限の可能性を象徴している。アメリカ、イギリスなどの主導で世界数ヵ国が共同で開発した新世代の統合戦闘機、F-35CライトニングIIだ。F-35は調達コストがかかりすぎるF-22の廉価版として提案された機体で、生い立ちはF-15にたいするF-16に似ている。さらにひとつの機種で複数の国、複数の軍の要求をまかなえるようにすることで製造数をふやし、最新の戦闘機ながら単価を安く抑えることを主眼にいれた冒険的な計画の落とし子でもある。そのバリエーションは、三つ。


 三種のなかでもっとも高いステルス性をもち、機体価格が高騰して数を揃えられなくなったF-22の穴を埋めると本命視されている空軍型のA型。


 ハリアーのように短距離離陸/垂直離着陸(STOVL)を可能にし、世界初の超音速ステルスSTOVL機として米海兵隊や英海軍、伊海軍が採用を決めているB型。


 そして、空母での運用を可能にし、現在の海軍航空部隊の主力F/A-18E/Fスーパーホーネットの後釜として開発された海軍型のC型。F-35CはA型やB型より主翼と水平尾翼がかなり大型化されているので見分けるのは簡単だ。


 スチームたゆたう甲板上で整備兵たちが奔走し、艦載機の武装をととのえる。胴体下に二五ミリ四連装機銃ポッドを装着し、翼下に増槽、サイドワインダーを二発、そして爆弾を搭載できるだけ搭載する。F-35はふつうはステルス性をたもつために兵装は機内のウエポンベイに格納するのだが、今回の敵は人間の軍隊ではないためステルス性をかなぐり捨ててしまってもよいのだ。


 パイロットが乗りこみ、前を支点に開いていたワンピース・キャノピーが閉じられ、すべての準備が完了。


 ゴーサイン!


 スチーム・カタパルトにより強制的に加速させられた機体が蒼空と青海のはざまに射ち出される。午後の陽光を受けてなお美しいエメラルド・ブルーの海洋迷彩をまとった新型マルチロールファイターが大空へ飛びたっていく。


 F-35は単発ながら双発機、たとえばスーパーホーネットのエンジン二基ぶんという大推力のエンジンをもっているが、これほどの兵装をかかえた状態でさらに燃料も満タンにするとさすがに重すぎて発艦できない。というわけで燃料はすこしだけにしておいて、発艦後、空中給油機で給油をうけ、それから編隊を組んで作戦空域……怪獣のもとへ機首をむける方法をとった。


「セラフ、こちら第8空母航空団第29戦闘攻撃飛行隊アフターフォーエヴァーズ。いくぜ!」

「第16戦闘攻撃飛行隊キャメロッツ、見参!」

「同航空団第214戦闘攻撃飛行隊、12(トゥウェルヴ)シスターズ、参上。アメリカ合衆国に栄光を!」


 <ジョージ・H・W・ブッシュ>からはこれら三個飛行隊、三六機のF-35Cが離艦した。

 各空軍基地の航空機が合流をはたし、編隊行動に移行。戦火の翼がヴァルキュリアに導かれる戦士たちのように集う。


 F-22ラプター、二四機。

 F-15Eストライクイーグル、六〇機。

 F-16Cファイティング・ファルコン、二四機。

 F/A-18ホーネット、十二機。

 遅れて、A-10CサンダーボルトII、十二機。

 AC-130Hスペクター、一機。

 青き海からは、F-35CライトニングII、三六機。


 これだけの戦う天使が一堂に会し、空に列をなしている光景は、壮観の一語につきた。


  ◇


 リビングストンから南にはるか三〇〇キロメートル離れた成層圏の天空。眼下の大地は水いろに霞み、そのなかに混じる白雲がさざ波のように見える。さらに上の空はひるにもかかわらず暗い濃紺に染まり、端のほうは紫いろに彩られている。


 地球と宇宙の境目といってよい超高空に、鉄の翼をもった何百という魔鳥が遊弋ゆうよくしていた。


 B-52ストラトフォートレス。全長四九メートル、全幅にいたっては五六メートルという世紀の巨人機。外見は、B-29をジェットエンジンにしてそのまま大型化したような古風な姿だ。長大な翼にかかえられた八発ものターボファン・エンジンがわれこそは空の王者たらんと轟音をあげ存在を誇示している。


 かつて北ベトナムを焦土にし力ずくで戦争を終結させた“成層圏の要塞”B-52編隊は今、翼下に自身の長躯とくらべても大きなミサイルを搭載していた。角ばったそのミサイルが唐突に巨翼から切り離され、空へと躍踊。一機のB-52の翼から十二発、さらに胴体内の兵器倉からも八発、計二〇発が発射される。それが何百。ミサイルは成層圏を黒く埋めつくす天使の矢となって群れをつくる。


 ミサイルは戦闘機と同様のターボファン・エンジンに点火、同時に翼を展張させて巡航飛翔に入った。翼をひろげるとミサイルには見えない。主翼にくわえ、水平尾翼に垂直尾翼もついているその姿は無人機の一種のようだ。


 さこそALCM、空中発射型長射程巡航ミサイルが発射された瞬間だった。核弾頭も搭載できるALCMだが、この群翼が放ったのは通常弾頭型だ。ただし、炸薬を大幅に増量しており、通常弾頭ながら地下施設さえ破壊しうるだけの超破壊力を秘めている。


 空飛ぶ要塞から投下されたAGM-86D通常弾頭空中発射巡航ミサイル(DALCM)は、マッハ〇・七二の速度で蒼穹を貫いていった。目標へ到達するまでに二〇分とかからないだろう。


  ◇


 地上部隊は建物やかつて建物だった瓦礫に隠れながら移動し、怪獣の後方に回りこんでいた。怪獣の足跡はさながら隕石の落下痕のようで、広さは野球場のダイヤモンドほど、深さは体格のいい兵士らの三倍ほどもあった。陥没した穴のなかでは地中を通っていた水道管が断裂し、豪快に水を吹き上げている。


「巡航ミサイルがこちらに向かっています」

「わかった。チャーリー、デルタ、ALCMの誘導にかかれ。戦車のやつらに撃ち方やめと伝えろ。空のやつらと一斉に総攻撃する」

「了解」

「セラフに、爆撃機は敵の後方から接近させるように言え。被弾のリスクを減らせるはずだ」


 AWACSが爆撃機部隊にそのように指示する。


「戦闘機隊、来ます」

「オレンジのスモークを焚け」


 兵士のひとりが発煙筒を投擲。目にも鮮やかな橙いろの煙を盛大にあげる。戦闘攻撃隊にも確実に視認できるはずだ。


 遠方から銀翼をひらめかせて大きく旋回しながらF-15EストライクイーグルやF-16Cの飛行隊が隊伍をなしてオレンジのスモークめがけて接近してくる。


 怪獣が空気を震わせてき、胸部の蜂の巣から黒色の球がいくつも放出される。それはアメーバのように姿をかえ、変幻自在に変形。大空に暗き緑の翼を広げる。


 エンジンに火が入れられプロペラが高速回転、チェスターの街に爆音を降り注ぐ。


 それは血塗られた歴史の裏面よりいでし怨念の叫び。


 漆黒の蛹から羽化したのは、異様に太い円筒の胴体にアスペクト比の大きい細長い主翼。双発の大型攻撃機。一式陸上攻撃機、略して一式陸攻であった。


 さらにべつの機体に変形した球体もあった。一式陸攻より半分ちかくも小さい全長をしており、固定式なのか二本の主脚は出たままである。翼下に小型の爆弾を二発、胴体にミドルサイズの爆弾を懸吊している。急降下爆撃機、九九式艦上爆撃機だ。


 二種の攻撃機は変形するなり垂直旋回して地上の獲物をさがす。


 一式陸攻が二五〇キロ爆弾を投下、ストライカー装甲車がふっ飛ばされタイヤが燃えながら飛散。九九式艦爆が気味の悪い風切り音をあげながら急降下してきて地表ぎりぎりで投弾、M1戦車をねらう。爆弾は右前方の端に直撃し爆発、ハッチから出て機銃を構えていた兵士の上半身を引きちぎる。


「くそったれが、スタークウェザーがやられた。足しか残ってねえぞ」

「右の無限軌道が破断した。動けん」


 とはいえ爆弾の直撃をうけてもキャタピラが破損しただけですむのはさすがにM1エイブラムスといったところか。しかし軌道は新しいのを履かせれば修復できるが、上空を敵機が飛んでいるなかを作業するなど命がいくつあってもたりない。


 地上の部隊も黙ってやられるだけではない。アヴェンジャー防空システムが敵機をにらむ。


 ハンヴィーに乗せられたそれは、スティンガーミサイル発射機を四つまとめた腕のようなものを上空へむける。アヴェンジャーはその腕をふたつもっており、接近した航空機を狙い撃ちする役目をになう。

 両腕からスティンガーミサイルが連続発射される。一心不乱に追撃するミサイルに追いたてられ、九九式艦爆は爆散し、一式陸攻もエンジンが翼ごとちぎれたり特徴的な葉巻型の胴体が折れるようにもげたりしてバランスを崩し墜落。復讐者アヴェンジャーが仲間の仇をとっていく。現代のジェット戦闘機でさえかわすことのできないスティンガーから時速四〇〇キロメートル少々がせいぜいの陸攻や艦爆が逃れられようはずもない。


 しかし一式陸攻も九九式艦爆も次から次へと“出撃”してくる。敵の投下してくるのはJDAMでもレーザー爆弾でもないただの無誘導爆弾ではあるが、空から放られる爆弾はたとえ外れたとしても地上の兵隊には脅威だ。


「航空部隊、敵のアタッカーから猛攻を受けてる。いますぐ支援を」


 言うが早いか、隊長らのいる地点に急降下爆撃をしかけようとダイブしてきた九九式艦爆にいずこより飛んできたAMRAAMアムラームが命中。自身がかかえていた爆弾にも誘爆して空中で木端微塵に破砕する。


「ラプターのだな。エアフォースのお出ましだ」


 F-22ラプターの得意技は敵射程外からの遠距離殺法だ。墜とされた敵はじぶんを撃墜した戦闘機の姿を見ることさえかなわない。黄泉より湧いてでたレシプロ機どもはなににやられたのかもわからないだろう。


「空爆だ。離れろっ」


 視程のはるかかなたより飛来するAMRAAMが陸攻と艦爆をあらかた一掃し、つづいてF-15Eストライクイーグルの部隊が地上部隊の上空を航過。怪獣の背後から一機につき二〇〇〇ポンド爆弾十発を投下する。


 背中で爆発がいくら起こっても、大怪獣は顔色ひとつ変えず進撃する。まわりの街のほうは巻き添えで原形もとどめないほど破壊されてしまっているにもかかわらずだ。


 爆撃を終えたF-15Eは左右どちらかに散開して怪獣の真正面に出ないように離脱。次の指令をまつ。


 つぎにF-16部隊が接近。レーザー爆弾投下のため誘導レーザーを照射する。


 怪獣の胸部から、また球体が飛び出す。


「まだ飛行機を出すのか。アタッカーなんぞいくら出してもラプターの餌食だぞ」


 そうではなかった。球体が見えない鋳型に流して成形されているようにして形をかえたのは、一式陸上攻撃機でも九九式艦上爆撃機でもなかった。


 空爆のため低空を飛行していたF-16パイロットはたしかに見た。黒い球状の物体がとった形は、レシプロ機マニアではなくとも知っている、アメリカ空軍パイロットならおおかたが知っている伝説の艦上戦闘機。


 機体が小刻みに揺れる。なにごとかと思えば、それは操縦桿を握る彼の手が震えていたのだった。

 恐怖。それが視神経からからだに、そして手に伝わっていたのだった。


 そのプロペラ戦闘機は、主翼は付け根が太く、先端にいくにしたがって細くなるテーパー翼で、翼端を丸っこく整形してある。海鳥など、長距離を飛翔する鳥もテーパー翼である。塗装は、両翼と体側に日の丸が描かれているのは変わらないが、エンジン部が黒い以外は全身が残雪のように真白く輝いている。


 いっさいの穢れを寄せつけぬ純白の戦闘機。それは航空史上に燦然と名をのこす名機。F-16パイロットはおもわず畏怖の声をこぼしていた。


「"ゼロファイター"!……」


 白皚皚はくがいがいたる翼を大きくひろげ、ゼロ戦が戦空に舞い降りる。翼砲の二〇ミリ機銃がF-16編隊へむけ連射、時代を越えた戦いを挑んでくる。


 曳光弾が裸電球のように光りながら機体すれすれをかすめていく。


「こちらハレストーム・リーダー、敵戦闘機のインターセプトを受く。IPまで接近できない。どうにかしてくれ」


 AWACSからすぐに返答があった。


「敵味方が入り乱れていて中射程ミサイルの使用が許可できない。F-22をそちらにまわす」F-22の飛行隊に指令をだす。「セラフからエピカならびにルナティカ隊へ。敵の邀撃機が空爆を阻止している。有視界攻撃に移行。制空権を確保せよ」


 F-16Cのレーザー誘導システム、LANTIRNランターンはきわめて精密な爆弾誘導が可能だが、着弾までレーザーを照射しつづける必要がある。だが機敏なゼロ戦部隊がそれを阻む。現代戦闘機に比すれば脆弱な七・七ミリと有効射程の短い二〇ミリ機銃しかもたないとはいえ、飛行機とは空飛ぶ精密機械だ。そんなのでもあたりどころが悪ければ最悪の事態もありうる。被弾覚悟で怪獣へ突撃はできない。


「邪魔なんだよ!」


 あるF-16C、コールサイン<エリス7>がゼロ戦の一機をミサイルロック、サイドワインダーをお見舞いしようとしたが、ゼロ戦は雪白の翼をひらめかせてロール(横転)、おどろくほどに小さい旋回半径で射界からはずれ、逆に後方へとまわった。


「くそ」


 エリス7は失速寸前まで速度を落として必死に追いかけるが、視界にとらえたと思った瞬間に敵機はすべるように消えていく。レーダーで敵機を確認する。ありえない動きだ。自動車でいえば、タイヤのグリップ力以上に車体が曲がっていっているようなものだった。エリス隊七番機パイロットは焦燥をつのらせた。


「ば……かな。小型軽量、空力特性にすぐれたブレンデッド・ウィング・ボディ、初のフライ・バイ・ワイヤ操縦機構で第三世代以前の戦闘機との格闘戦には一方的に優位に立てるはずのファイティング・ファルコンが……あんな旧式機のケツがとれないだと!」


 軽やかに雄飛する白翼が嘲笑うように旋回して後ろに回り込む。負けてなるかとさらにスピードブレーキをかけてケツをとりかえそうとして、彼の機体は失速した。機体ががくんと下をむき、キャノピーいっぱいにリビングストンの街並みが広がった。コクピットに警報が鳴り響く。ひとつはストール・ワーニング(失速警報)。もうひとつはプル・アップ。コンピュータがいますぐ機首をあげねば地面に叩きつけられて機体もパイロットもハンプティ・ダンプティみたいになってしまうとわめく。


 急いでスロットル・レバーを前に倒し、加速しつつ操縦桿をひく。フライ・バイ・ワイヤは操縦桿を引く量ではなく圧力からコンピュータがパイロットの意思を解釈しデジタル式に機体を制御するシステムである。従来の機械式とちがって急激な動作を与えたいときも操縦桿そのものはわずかにしか動かさないでよく、腕力もあまり要求しない。にもかかわらず彼は力いっぱい操縦桿を引いた。それはとっさのさいに出てくる本能によるものだろう。


 飛行機は駐機しているときをのぞけば離陸しているときと着陸しているときがもっとも無防備である。その両方に共通しているのは、気速が失速ぎりぎりしかないということだ。


 いまのエリス7がそれだった。失速をもまじえたマニューバ(戦闘機がとる戦闘機動)をする制空戦闘機なら大推力のエンジンで失速状態からただちに回復できるが、単発のF-16には荷が重かった。軽量な機体に高性能なエンジンを搭載したことで高い推力重量比を実現したF-16は加速力もけっして悪いわけではないが、エンジンが一発では限界がある。コンマ数秒の遅れはあるだろう。


 空の上では、そのコンマ数秒が明暗をわける。


 真上に影。頭上を見上げたパイロットは絶句した。


 見えたのは病的なまでに白い腹。ゼロ戦が失速から復帰しようとしているエリス7に覆い被さってきたのだ。死をも恐れぬ所業に憤激するがどうしようもない。最高速度では比べるまでもないF-16とゼロ戦だが、失速から戻ろうとしているいまのエリス7相手ならばゼロ戦でも上下にならんで等速飛行が可能だ。むろん、二、三秒もしないうちにF-16C自慢のゼネラル・エネクトリックF110-GE-129発動機がアフターバーナー時十三トンオーバーの推進力で機体を急加速させて押し出すだろう。


 その何秒かさえ、玲瓏たる白き翼は与えなかった。


 エリス7の上で並行飛行しているのとはべつのゼロ戦が後ろ約三〇メートルにつき、照準をあわせる。


 七・七ミリと二〇ミリが同時に火を噴く。


 何十発、いや百発以上もあたっただろうか。至近距離からのフルオート射撃にF-16の両翼、尾翼、そしてエンジンの排気口がふっ飛び、機体のあちこちから出火、焔の尾を後方へ曳く。燃料タンクに穴が開き、燃料が漏出。それに曳光弾の火が引火して鋼鉄の機体があっという間に火だるまになった。


「エマージェンシー。エリス7、イジェークト!」


 たまらず射出レバーを引き、緊急脱出。キャノピーが脱落し、座席がロケットモーターで直上に急上昇する。シート用のパラシュートが開いて座席とパイロットが分離し、パイロット用のメインパラシュートが開傘して空に宙吊りとなる。ゆるやかに回転するなか愛機の進行方向を見やると、火の玉となったF-16はしばらく惰性で飛んでいったあとだしぬけに大爆発をおこして四散した。風圧でパラシュートに吊られたからだが揺さぶられる。燃える破片が家や街路樹や道路に降り注ぐ。あとすこし判断が遅ければ彼もあのなかのひとつとなっていただろう。


 落下傘降下している人間はいわばただの的だが、ゼロ戦たちはベイルアウトしたパイロットには目もくれず次の敵をもとめて飛び去った。やつらは敵だ。にっくき仇だ。だが、空に生きるものの最低限のおきては守っている……パイロットの脳裡に一瞬、そんな考えがよぎった。


 エリス7を撃墜したゼロ戦二機は、一機を墜とすためにかたまっていたせいで、六時方向から迫って来ていたF-16の好餌となった。レーダーロック。


「エリス6、FOX2!」


 左翼端ランチャーから飛び出したサイドワインダーが二機のゼロ戦のうち一機を捕捉、有無をいわさず直撃して爆発させ撃墜する。


 もう一機は接近しすぎていたためガン・モードに切り替え、機関砲の照準を起動させる。HUDヘッド・アップ・ディスプレイのガラス板には高度や速度などの飛行に必要な情報とともに三角形のガン・サイトが現れる。上下あるいは左右の相対的な方向への誤差を自動的に修正した最適な射撃位置をパイロットに教える。


 まだ赤外線誘導式短距離AAMに撃墜されたゼロ戦が視界内で火炎と赤黒い液体をブチ撒けているのが見えている、それほどの極微の時間だ。操縦桿のトリガーに指をかけようとした刹那、照準レティクル内のゼロ戦がすばやく一八〇度ロールして天地を逆さまにし、機首上げした。雪化粧したような白い機体は急激に下降しつつ進行方向を真逆に変換する。スプリットS。いわば縦方向のUターンだ。ロックをはずされたエリス6も僚機の仇を討たんと同じ機動で追跡する。


 Gに耐えながらスプリットSが完了したが、視界に仇敵の姿はなかった。レーダーでは光点はさらに自機の後方にきている。首をめぐらして、キャノピー越しに白鳥のように優雅な敵機が後ろ斜め上に陣どっているのを認めてエリス6パイロットは悪態をついた。敵機の旋回半径があまりに小さすぎる。


 F-16の旋回半径が一キロメートルであれば、ゼロ戦はたったの二〇〇メートルもない。これはすなわち、まともに格闘戦をしていてはF-16は永遠にゼロ戦のケツをとれないということを意味する。しかもF-16にかぎらず現代のジェット戦闘機は重武装ハイパワーなだけあって重い。重いということはそれだけ失速速度が高い。ゼロ戦をはじめとする旧式機どもは最大速度も加速力もジェット戦闘機の足下にもおよばないが、機体が軽いためジェット戦闘機では墜落してしまう速度でも失速せず飛んでいられる。それに格闘戦をしかけるのは、極端にいえばホバリングしているヘリのケツをとろうとするようなものだ。


 ゼロ戦はいま、そのアドヴァンテージを遺憾なく発揮していた。七〇年も前のプロペラ機ごときが、革新的な技術を惜しみなく投入して開発されたアメリカのジェット機相手に近距離戦で勝とうとしている。


「これが、ゼロ・ファイターお得意の"トゥモエ"か……!」


 震えているのは武者震いか、それとも恐怖からか。いずれにせよいまのスプリットSでかなり高度が下がっている。地表から千フィートあるかなしか。へたな動きはできない。上昇しようにもいま機首をあげたら背中を見せびらかすことになる。被弾面積が大きくなる。


 こうなれば逃げの一手だ。フルスロットルで直進する。


「エリス6警告、ボギーズ12オクロック!」


 AWACSからの通信にはっと前方を見て、パイロットはつぶやいた。


「そりゃないぜ神さま……」


 新たなゼロ戦が反航のかたちで突っ込んできていた。機影は親指の爪よりも小さいが、両翼から火がまたたいているのが見えた。ヘッドオンで機銃を叩きこみにきている。


 二〇ミリの弾丸が空気を切り裂いてF-16のキャノピーを貫通、HUDを突き破ってエリス6パイロットの顔面に直撃した。直径二〇ミリの弾はヘルメットのバイザーを破壊し、鼻の付け根から侵入して頭部を運動エネルギーと衝撃波でかき回して破裂させ、コクピットに下痢便のような脳味噌と漿液混じりの鮮血をぶち撒けた。まばたきよりも短い間のできごとだった。


 操縦者をなくした機体はそのまま飛びつづけた。反航戦を挑んできたゼロ戦も回避が間に合わず、エリス6のF-16と空中で正面衝突した。ゼロ戦は床に落ちた電球のようにばらばらになったが、F-16は機首のレドームの部分が折れたくらいだった。黒煙をあげながら地面へ墜落したので結果は同じだったが。


「いちど離脱だ。距離をとって高速で接近、一気にたたみかける」


 ハレストームの一番機が命じ、F-16C編隊は怪獣に背をむけ、助走距離をかせぎに空域を脱した。


  ◇


 陸上部隊の隊長のかたわらではハンヴィーに搭載されたアヴェンジャーがポッドからスティンガーを発射しつづけていた。


 スティンガーが排気煙をひきずりながら超音速で敵を追いつめ、やがては撃墜する。過程は関係ない。スティンガーに狙われればその時点で被弾は確定する。


 そのスティンガーがゼロ戦に命中したのは、隊長らのいるところから何百メートルか離れた低空だった。右主翼の根元に食らいついたスティンガーの炸裂で片翼が断裂し、隻翼となってきりもみ回転しながら隊長たちの頭上を横切っていった。


 数拍おいて、鮮紅色の液体が地上部隊に雨となって打ちつけた。隊長の野戦服がピッチのような液体でまだらに染まり、となりの黒人兵士にいたっては全身が真っ赤に変色するほどずぶ濡れになっていた。いましがた墜落していったゼロ戦が撒き散らしたものに相違なかった。


 黒人兵士がなにかに憑かれたように顔を拭った手を見て大きな目をむく。


「血だ……!」


 二メートルを超す巨漢のくせに動転して泣きじゃくる黒人兵士に隊長の雷が落ちる。


「血なわけねえだろビッグニガー。油圧系統かなんかのオイルだ」

「オイルはこんなに赤くねえっすよ少佐。血だ、血だ、血だ!」


 身も世もなく泣きわめく黒人兵士をほかの歩兵がなだめるが、言われてみれば石油由来の臭いとはちがう臭気が嗅覚を刺激しているような気がして、隊長は深紅に汚れた袖を鼻に近づけた。鉄のまじった生臭いにおい……温かくなまなましいにおいだ。まさに、血のにおいだった。


 べつのゼロ戦がやはりスティンガーに食いつかれ、五体がちぎれるように主翼と胴体が分断され、断面からなにか液体を噴出させながら宙を舞う。その過程で三階建ての建物の前を猛スピードで通りすぎていった。そこでは巡航ミサイルの誘導を担当していた観測班がガラス越しにレーザーを怪獣に照射していたが、突如、目の前のガラス窓に赤いろのしぶきが叩きつけてみな声をあげて腰をぬかした。窓を染め抜きとろりと垂れる大量の赤黒い液体は、血液以外のなにものでもなかった。


 アヴェンジャーとならんで敵機を叩いていた対空機関砲に風穴を開けられたゼロ戦が、穿たれた左翼の端から鮮血を噴かせ、それは真紅の飛行機雲となって後方へと流れていく。そして不吉な赤い小糠雨となって地表を濡らす。


 この血は、敵機パイロットのものなどではない。敵戦闘機そのものから流出しているのだ。


 黒人兵士は完全にパニックに陥っていた。


「あいつらはプロペラ機の形をした生き物なのか? それとも血を燃料にして動いてやがんのか?」

「どっちでもいい、敵かどうかだけでじゅうぶんだ。なんでもいいから撃ちまくれ!」


 アヴェンジャーは休むことなくスティンガーを撃ちだす。ミサイルがきれたら再装填し、近づいてくる敵機から地上部隊を守らせる。


「エピカ隊リーダー、確認した。空の掃除をはじめる」


「ルナティカ隊リード、目標接近。アメリカの空を汚すのはどこのどいつだ?」


 無線から頼もしい声が届く。F-22の飛行隊が来たのだ。


「われらの空をふたたびわれらの手に。全機、手当たり次第に攻撃しろ」

「ルナティカ10、了解。ビジュアルID、攻撃開始」

「ルナティカ12、タリホー。攻撃を開始する」


 目にも止まらぬ速さで地上部隊の上空をF-22が駆けていく。空を仰いでいた隊長の目には、無機質なグレイの機体と、垂直尾翼に描かれていたルナティカ隊のエンブレム、三日月をハンモックのようにして豊艶な肢体を横たえる赤毛の美女のまぶしい笑みが残像となって写ったにすぎなかった。


「脱出したパイロットの救出のためにブラックホークが向かっている。チョッパーに手出しさせるな」

「各機、不用意にドッグファイトをしかけるな。一撃離脱を徹底しろ」


 F-22が機体両側面の短距離空対空ミサイル専用の兵器倉を開放し、新型サイドワインダーのAIM-9Mを発射。ミサイルは吸い込まれるようにゼロ戦に命中し、白いからだをばらばらに砕いた。蛾をライフルで撃ち抜けばああもなろうか。ラプターは主翼下にも燃料タンク二本とともにサイドワインダーを四発搭載していた。同時に複数の敵をロックオンし、いくつもの鉄の矢が放たれる。アフターバーナーを使わずに超音速飛行ができる前代未聞のハイパワーエンジン、プラット・アンド・ホイットニーF-119二基がうなり、ゼロ戦たちにふりかえるひまもあたえず一気に駆け抜ける。加速力も速度そのものもF-16とはくらべものにならない。ゼロ戦とはなおさらだ。うようよいたゼロ戦が片っ端から空中で粉砕されていく。


 正面のゼロ戦にミサイルをロック、発射しつつ、パイロットは右舷に首をまわした。一マイル離れたところにだれもロックオンしていないゼロ戦が飛んでいる。


 F-22パイロットのヘルメットのバイザー内側にはHUDのように各種の情報が投影され、見るだけで敵機のロックオンもできる。パイロットの見ている方向がそのまま乗機の射界となる。


 つまり、頭を動かせば、真横にいる敵をもロックできるのだ。


 三時方向のゼロ戦にもレーダー波を照射、ミサイルのシーカーに目標の情報をインプットし、リリース。9M型サイドワインダーは機体から切り離されたのちほぼ直角にカーブして標的に迫る。そのゼロ戦はいったいどのラプターから撃たれたのかもわからないミサイルによって撃墜、爆発四散させられた。


 高速で離脱し、ターンして接近しながらまたミサイルを叩きこむ。短距離対空ミサイルがきれたのちは機関砲で仕留める。ステルス性のためにカバーの下に隠されていたM61A2機関砲の六つに束ねられた砲身がキャノピーの右後方から凶暴な姿をあらわす。秒間六〇発以上の超連射がほとんどひと続きの火線となってゼロ戦をねらう。F-22の最新のアビオニクスに支えられた火器管制システムの前には俊翼をほこるゼロ戦とて鴨撃ちの的だ。完璧な照準で射撃された二〇ミリ機関砲弾が瞬時にゼロ戦を穴だらけにし、飛行機にあるはずのない血しぶきと臓物をぶち撒けさせる。血霧のなかをラプターが突き抜ける。自身の発する強力な電磁波からパイロットをまもるために宇宙服のヘルメットのように黄金いろにコーティングされたキャノピーや、レーダー波吸収材を混ぜた塗料で塗装された機体や翼が返り血を浴びて真っ赤に染まった。


 エピカとルナティカの二四機がリビングストンから敵ゼロ戦を組織的に焼却していく。


 怪獣が苛立たしげに裏拳でビルを殴り倒す。超音速で飛び交うF-22編隊を背後に見ながら吼える。


「全機、やつの前方には回るなよ。直撃はしなくとも主砲を撃たれたらその余波だけで墜とされかねん」


 F-22があらかたの敵機をかたづける。現代のあらゆる戦闘機を相手に近距離、遠距離をとわず一方的に優位にたち、未来の技術でつくられているといってもよいラプターのまえではゼロ戦など脅威でもなんでもない。


 F-22のガンサイトが正確にゼロ戦をロックする。


「エピカ4発射。これでゼロファイターも永遠にグッド・ナイト!」


 光輝く砲弾の束がゼロ戦のからだを引き裂き、鮮血を飛散させる。


「ざまあみろ」

「敵の機影減少。エリス隊、ハレストーム隊、空爆を再開せよ。攻撃コースをそちらのHUDに表示する」

「了解だ、セラフ」

「ハレストーム・リード、了解した。いくぞみんな。熱々のピザの宅配だ」


 F-16C二個飛行隊が接近、レーザー爆弾をスタンバイして怪獣へむかう。


 怪獣の胸からこりずに黒球が雲霞のように湧いてでる。それらはひろげた翼に無言の殺意を横溢させて邀撃をはじめる。


「セラフより各機へ。さらなる敵機の出現を確認」

「ラプター、かたづけてくれ。こっちは燃料ビンゴに近づいている。もう空爆を中断できない」

「了解だ。露払いしてやる」


 エリス隊のリーダーから要請をうけたF-22たちが駆けつけ、F-16編隊の上空を高速で追い越す。大胆にもヘッドオンで近づく敵機に毎分四〇〇〇発オーバーの機関砲をくらわせる。


 だが敵機はさっき以上の俊敏な動きで三次元空間を飛び回り、たくみに射線からのがれていく。


「なんだこいつら、ロックオンできないぞ」

「おちつけ。もういちど左からだ」


 マッハ三で発射される機関砲の包囲網を右に左に横転しながら射弾の隙間をすり抜けていく。

 一機のラプターが敵機を直接照準でとらえる。


「つかまえた!」


 敵機はすぐに左へひねりこむようにして回避行動をとったが、それでも二、三〇発は命中した。装甲などなきにひとしい旧式レシプロ機にはじゅうぶんな致命弾なはずだ。


 最新鋭機と旧式レシプロ機とがすれちがう。


 すれちがった敵機を頭を動かして目視確認する。


 空の藻屑と化したはずのそいつは体勢をくずしてふらついていたものの、すぐに立て直し、F-16部隊への突撃を再開する。“出血”もとまった。


 不敵なゼロめ。パイロットたちは舌打ちした。さきほどはすこし弾をうけただけでも死んでいたのに、やけに頑丈になっていやがる。


 機首をあげて上昇、背面飛行にうつり、機体が地面と水平になると同時に腹を下にもどす。高度を上げながら方向転換するインメルマン・ターンで敵機を追う。


 なにしろ敵はプロペラ機だ。F-22ならすぐに射程距離まで追いつける。


 照準レティクルに敵機の尻をおさめトリガーを引く。


 後方からの殺気を察したのか敵機の幅の広い主翼のフラップがうごきはじめ、バレルロールのような機動で器用に射線をかわしていった。


 紙一重だ。砲弾は機体をほんのわずかにかすめる。だが当たらなければ紙一重も百メートル外れたも同じだ。


「チョコマカと……」


 超スピードゆえに敵機を追いこしそうになってしまい、砲身の冷却時間をかせぎつつ機首をあげて旋回、三撃めにいどむ。


 レシプロ機はそのままF-16C編隊に反航。対するF-16Cは回避しようにも離脱すればまた空爆をやりなおすために旋回しなければならない。だがいちど空爆に失敗している両飛行隊は燃料に余裕がない。


 突っ切るしかない。


「エリス隊、このまま目標に吶喊するぞ。仲間の死をむだにはできぬ」

「ハレストーム・リードよりハレストーム全機、エリスにつづけ。爆弾かかえままおめおめとは帰れない」


 おお、と列機たちがこたえる。


 F-22のパイロットが無線にさけぶ。


「まて、こいつら変だ、なにかがちがう」


 構わずF-16C二十二機は攻撃コース航過をつづける。


 高度千フィート、速度四〇〇ノット。レーザー照射開始。


 ビルの峡谷を通りすぎたF-16部隊の下方から、まがまがしい翼が怨霊のように突き上げてくる。足首をつかもうとする亡者みたいだ。


「こいつら、どこから?」

「超低空飛行でビルの間を縫ってきやがったのか。このマザーファッカーが」


 待ち伏せていた敵機が翼内の二〇ミリ機銃四挺を全開してF-16C部隊の行く手に弾幕を張る。


 くわえて、正面からも敵機群が来ている。


「くそっ」


 ラプターのパイロットらは逡巡した。F-16部隊に反航のかたちで突っ込んでいる敵機を機関砲で墜とそうにも、そのすぐむこうには守るべきF-16部隊がいる。撃てば同士討ちのおそれがあった。


 迷っているうちに、F-16C編隊の後尾で爆発が起きた。弾幕に運悪くひっかかったF-16Cの一機がやられたのだ。


「ハレストーム11、レーダーからロスト。ハレストーム11、応答せよ。ハレストーム12、11はどうした」

「爆弾に誘爆したんだ。ベイルアウト確認できず」

「ファック!」


 ラプターの面々は毒づいた。被害が抑えられない。みな混乱におちいっている。


 敵機の機体を穴が開くほどにみつめる。


 機体デザインはゼロ戦とほとんど変わらぬ。少なくとも米軍パイロットには見分けなどつかぬ。


 だがかれらは心眼ともいうべき超感覚で感じとっていた。こいつは、この機体はゼロではない。ゼロに似て非なる、ゼロよりもすばしこくて手強いヤツがいる!


 それは局地戦闘機、紫電改であった。防弾装備をもち、自動消火装備も完備。自動空戦フラップにより高い運動性を実現した実力者だ。


 紫電改とゼロ戦の混成部隊がF-16Cを全力で邪魔に入る。


「またちがうやつも来てるぞ」


 怪獣が産んだ戦闘機は、紫電改だけではなかった。


 一式戦闘機「隼」や雷電、二式複座戦闘機「屠龍」、三式戦闘機「飛燕」が米軍機に弾丸をばらまく。さらに一式陸攻、九九式艦爆、天山、彗星、流星が手に手に爆弾を持って地上部隊を襲う。


 怪獣からは航空機がひっきりなしに現れ、黒い雲のようとなって蒼穹をくらう。胸部の蜂の巣より射出されるおぞましい人面の浮いた絶望いろの球体は、まるでどんな器官や臓器にも成長できる胚性幹(ES)細胞のように、自由自在に戦闘機や爆撃機に変態をとげる。


 そして、その数は膨れ上がる一方である。無限に増殖する点も胚性幹細胞そのものであった。


 しかしじっさいに戦っている兵士らにそんな悠長なことを空想しているひまはない。


「さすがのラプターも限度ってもんがあるぞ」

「航空部隊、アヴェンジャーとAAA(対空機関砲)でも防ぎきれない。どうにかしてくれ」


 地上部隊は空の敵には無力にちかい。制空戦闘機たるF-22は助けにいかねばならないが、F-16部隊も空爆がすむまで支援を必要としている。手がたりない。


「携SAM(携帯型地対空ミサイル)もってこい。なに? 開封せずに置いてきた? おまえはいったいなにしに来たんだ!」

「こちらガイウス戦車大隊。部隊の損害が大きすぎる。これ以上損耗すれば撤退せざるをえなくなるぞ」

「双発の爆撃機が真上を通っていきやがった。単発のがコバンザメみてえにあとをついていってる。ぜんぶ墜とせ!」


 大波のように押し寄せる敵の攻撃機に地上部隊がなすすべもなく蹂躙される。八〇キロ爆弾、二五〇キロ爆弾、五〇〇キロ爆弾、八〇〇キロ爆弾が篠突く雨となって降りつける。


「伏せろ、敵の爆撃だ」

「インカミング!」


 怒号のなか、地上のストライカー装甲車やハンヴィー、M1戦車めがけて、流星や彗星だけでなく双発の爆撃機も加勢して鉄の土産を放り投げてくる。


 銀河や四式重爆撃機「飛龍」、一〇〇式爆撃機「呑龍」などのしわざであった。むろん、地上のかれらは敵機の名などつゆほどもしらない。


  ◇


 空も、戦況は、まず芳しくなかった。

「まずいな……」

「エリス10、応答しろ。ファック、また一機墜ちた」

「被弾、被弾! こちらハレストーム3、ラダーを損傷、ハイドロプレッシャー低下」

「こちらエリス8、LANTIRNランターンの航法ポッドにくらった。ほかにもダメージが大きい、マスターアラームが鳴りやまない。ちくしょうコクピットに煙が」


 F-16Cが機体を消耗させ、数を減らしていく。F-22も迷っていられない。


「おのれの腕を信じろ、ぜったいに味方にあてるな。発射」


 のこり少ない機関砲を紫電改に叩きこむ。


 当たれ、とは信じない。信じようが信じまいが当たるものは当たるし当たらない弾は当たらない。信仰心で弾が当たるようにはならない。信じるべきものは、じぶんの腕ばかり。


 それでも、このときばかりは、当たれ、と心中でつぶやきながらトリガーに指をかけたものは多かった。


 回避行動をとる紫電改を火線がとらえるが、一回の射撃時間の上限たる二秒間、フルに命中させてようやくからだがちぎれ、高度を保っていられなくなって墜落していく。


 撃たれた衝撃で機体が大きく右に揺らされ、さらに高度もおちて、脇に聳えていたビルに激突するものもあった。


 鮮血をふかせながら飛行をつづけている紫電改もいた。機体を水平にすることもできないのかかなり斜めに傾かせて、それでもF-16とのヘッドオンをやめようとしない。

 四挺の二〇ミリをいっせいに発射する。


 その紫電改とむかいあうことになってしまったF-16はとっさに機首をダウンさせ、もとよりなかった高度をさらにさげる。地面とかぎりなくちかづき、胴体が民家の屋根をこすってしまいそうだ。そうして紫電改の攻撃をかいくぐり、上と下とですれちがってやりすごす。


 さらに上方をF-22がうしろへ航過。


 命懸けの突破だったが怪獣までの道程にはまだ追加の紫電改やずんぐりした雷電、精悍な姿のゼロ戦の混合部隊がいる。


 垂直尾翼におどろおどろしい髑髏のマークを描いた機種もいた。


 その機体デザインは保守的で可も不可もない。平凡で、いわゆるふつうのレシプロ戦闘機というかたちをしている。


 しかし、特徴がないように見えるのはすなわちこれといった欠点がないということでもある。


 最高六〇〇キロメートルを超える速度、翼内に三〇ミリ機関砲二門と胴体に一二・七ミリ機関砲二門という武装、防弾、航続距離、すべてにおいてバランスのとれた傑作機。四式戦闘機「疾風はやて」だ。


 疾風編隊はその名があらわすとおり風のように舞い、また風がさらう桜の花弁のように躍りながらF-16C空爆部隊を待ち受けた。待つのならばレシプロ機とジェット機の最大のちがいである速度性能も苦にならない。


 敵機は、F-16Cをからめとるための網を張ったのである。


 エリス隊とハレストーム隊のそれぞれのリーダーは躊躇した。このまま空爆を決行するのがはたして得策か。いちど退いて給油し、その間に制空部隊に敵航空勢力を叩いてもらってから出直したほうがよいのではなかろうか。


 だが、怪獣を数マイルむこうに望んで隼、雷電、ゼロ戦、飛燕に疾風が縦横無盡に跳飛しているのをみて、ふたりの心からその考えは取り払われた。怪獣は、無盡蔵といってまちがいないほどの飛行機を体内に収めている。すでにこの戦役でアメリカは何機の亡霊を墜としただろう。それでも種切れになるけはいがないのだ。五月のハエは殺しても殺しても湧いてくる。それとおなじで、旧日本軍機の姿を借りたこの敵機どもも殲滅などできないのかもしれない。


 全宇宙を支配する物理法則に無限はなく、いかに数字が膨大であっても万物はかならず有限であるとさだめられている。


 しかし、人間の手で終局を観測できないのなら、すくなくとも人間にとってはそれは無限と同義である。


 深海の底、海溝の底を見たものはおらず、三次元空間でもある海は事実上、無限の広さを持っている。

 宇宙の端まで行くことも観測することもできないから、人間には宇宙の大きさは無限とかわらない。


 この怪獣が出す旧式戦闘機もおなじだ。アメリカが一〇〇〇発のミサイルをもっていても、怪獣が一五〇〇の戦闘機をもっているなら処理できない。そのとき、敵機の数は無限といえてしまうのではないだろうか。


 いつ出撃しても手厚い歓迎があるのはまちがいないだろう。なら、いまここで爆弾をくらわせ、わずかでもダメージをあたえるべきだ。


「ついてきているか」


 レーダーをみれば一目瞭然なるもエリス隊リーダーは無線で部下らに問うた。四機が墜ちている。のこりのものも多くが機体に損傷を負っている。それでもエリスのパイロットたちは強気に返答した。


「ここまで来て引き下がれません」


 いちばん若いパイロットが言った。エリスの隊長は逆にかれらから勇気をもらった。


「ハレストーム1、こちらエリス・リード。おれたちはみんなやるぜ。そちらは?」

「神がやめろと言っても、おれは神をバルカンで撃ち殺してでも野郎にイッパツかましてやる。うちは全員そのつもりだ」

「上等だ。最大推力で敵邀撃機の網を突破するぞ」


 無線に通信があった。


「空軍のラプター、バトンタッチだ。F-16のエスコートは任せてくれ」


 エリス・リーダーはレーダーを長距離モードにして、後方からの機影群を確認した。IFF(敵味方識別装置)に応答あり。あらたな味方だ。


「ジャーヘッドの、あいや、マリーンズのアゴニスツ飛行隊だ」


 わかいエリスの搭乗員が喜びを隠さない声で叫んだ。アゴニスツ中隊がF/A-18ホーネットに乗って空域に接近してきていた。


「やっと着いたぞ。こちら第8空母航空団のキャメロッツだ。おれたちの仕事はまだのこっているよな?」


 空母からのF-35C中隊だった。キャメロッツのほかにも、12シスターズとアフターフォーエヴァーズも南洋の海を閉じこめたような翼をきらめかせて雄飛してきている。


 いっきに五〇機ちかい支援機がきたのだ。F-16のパイロットらの士気はいやがうえにも高まった。


「アフターフォーエヴァーズ、12シスターズ、キャメロッツは地上部隊を攻撃している敵機を片付けてくれ。アゴニスツ、F-16を支援せよ」


 AWACSの指令にみなが淀みなくしたがった。


「セラフ、ルナティカ・リード。ルナティカ隊は帰投する。弾薬と燃料の補給がすみしだいもどる」

「エピカ隊もだ」

「セラフ、了解」


 基地へいったん引き返すF-22の一機がだれにともなくつぶやいた。「おれたちが戻ってくるまで、もちこたえておいてくれよ……」


「アゴニスト1、FOX3!」


 隊長機以下、アゴニスツの駆るF/A-18Cが二発ずつ持っているAMRAAMを撃つ。そのあとは短距離空対空ミサイルのサイドワインダーだ。


 F-16C編隊の真上を幾条ものミサイルが白煙を残して駆け抜けていく。


 何十という敵機が真紅の花火を空に咲かせて墜ちる。


 ミサイルの連撃に十重二十重の防衛網がほころびを出した。ハトも通れないほどだった網の目が飛行機が抜けられるくらいにまで広がった。


「エリス隊、ハレストーム隊」アゴニスツ隊リーダーがことばを投げかける。「行け!」


 プロペラ機たちがでたらめに機銃掃射して穴をせばめようとするが、音速一歩手前のF-16Cたちのほうが一瞬はやかった。ジェットエンジンの轟音とともに囲いを破ったエリス隊とハレストーム隊が一直線に怪獣へ突撃。誘導用レーザーを当て、いまのいままで搭載していた航空爆弾を投弾する。


 母機から目標の位置情報を指令された爆弾が惰力で滑翔し、怪獣の背中に直撃して爆発を見舞った。LANTIRNシステムにより誘導された爆弾は誤差数メートルというきわめて精密な着弾を可能とする。レーザーを照射しつづけるリスクを冒す価値はある。


 爆撃の轟音と振動がF-16Cのパイロットらにも機体ごしにつたわった。


 空爆を終えて機体を上昇させたエリス・リーダーは眼下の怪獣を見下ろした。爆発の火炎と煙から出てきた怪獣はやはり傷のひとつもなく、その歩みが一瞬たりとも遅滞することはなかった。


 エリス・リーダーは絶望に心を押し潰されそうになった。彼だけではない。エリス隊の部下、ハレストーム隊のパイロットたちも同様であろう。あんなに苦労して空爆したのに、なんの効果もないとあってはむりもない。


 怪獣に近づくだけでもとんでもない難渋を強いられた。それをなんとか押して攻撃に成功しても毛ほども効かないなど、もはや反則だ。エリス隊隊長は戦慄に総毛立つじぶんをおさえることができなかった。


  ◇


 爆撃機の攻撃を頭から浴びていた地上部隊は必死に応戦していた。いましも目の前二〇メートルのところの道路に二五〇キロ級の爆弾が落ちて、アスファルトとその下の土が爆風で球状に吹き飛ぶようすを見せつけられたときだった。


「隊長、ALCMがまもなく来ます!」

「誘導部隊は生きてるか」

「ターゲットのロックオンは確認できています」


 よし、と隊長は首を縦にふった。強装の巡航ミサイルを何百発もいちどきにたたきこめば、あの大怪獣の防御能力にいっそう苛烈な試練をあたえられる。ただではすまないにちがいない。


 成層圏からB-52に発射された空中発射型長射程巡航ミサイルが大挙して晴空のむこうより押し寄せてくる。


 なにかにきづいたかのように怪獣がたちどまり、上体をひねって左のほう、つまり南の空に顔をむける。


 飛行機と同じく主翼と尾翼をそなえた長距離巡航ミサイルがまっしぐらに怪獣に向かう。


 邪竜の上顎と下顎のあいだから青白い光がこぼれ、エネルギーが渦を巻いて口腔に収束していく。


 ふきあがる光輝が最高潮に達した瞬間、それは爆発ともいうべき勢いで一閃、青空へむけ放射された。


 超々熱量のかたまりがビーム状の爆光となってALCMの群れをのみこみ、外殻を弾頭の炸薬や本体内部の推進装置ごと焼きつくし、蒸発させる。


 射線から外れていたALCMも、輻射熱を浴びて大量の高性能炸薬に誘爆、つぎつぎに空中爆発をおこしていく。


 天が燃えるような光景だった。数百発の巡航ミサイルが橙いろの花火となって、すこやかだった青い大空を紅蓮の炎で覆いつくした。


 到来する巡航ミサイルの同時過重攻撃を、たった一発の怪獣の閃光が迎撃したのだ。


「ミサイルは全滅か」どなるように通信兵に訊く。通信兵が確認をとり、隊長に振り返った。

「約一二〇発が被害をのがれ、追尾中です」


 隊長が南の上空をふりあおぐ。空が一面燃え盛っているそのさまは、チャールトン・ヘストン主演の『十戒』にでてきた神の姿のようだ。


 そのなかから、からくも超高熱の魔手よりのがれたALCMが現れて、おのが役目を果たさんと誘導にしたがい怪獣へと驀進をつづける。


 怪獣は動かない。


 と、怪獣の周囲を旋回飛行していた無数のレシプロ機たちがいっせいに南の空へ機首をむけた。なにか統一された意思に突き動かされるかのように、全機がALCMがくる方向へ飛翔する。


 怪獣を包んでいた黒いカーテンがアメーバのようにうごめき、一方向へのびていくようだった。


「まさか……」


 隊長は青ざめた。あのプロペラ機どもはなにをする気なのだ。


 亜音速でゆるやかにダイブ飛行してきた巡航ミサイルに、旧式レシプロ機がフルスロットルでむかっていく。 ALCMの先端と、プロペラのまわる機首とが真正面から激突。プロペラ機の機体はもろくもへしゃげ、ALCMは弾頭の信管が作動、両者を爆発の火球のなかへと閉じ込める。


 同様の事象がほかのALCMも迎えた。


 何十、何百の雷電が、ゼロ戦が、紫電改が、隼が、飛燕が、疾風が、それぞれ長距離をはるばる飛んできた巡航ミサイルに熱烈に接吻し、体当たり攻撃をかましていく。死に急ぐかのように、黄泉の国がねぐらであるとでもいうかのように。


 長射程巡航ミサイルは大怪獣の左舷十キロメートル手前でレシプロ機の群れに邪魔され、道程なかばで不本意に爆発させられていく。


 怪獣は、つぎつぎミサイルに飛び込んでいくレシプロ機たちを見ていたが、しかし、それだけだった。心配するようすもなく、ただ無感動に見つめている。


 隊長ははっとした。怪獣にとって、レシプロ機たちはいくら死んでもかわりがいるのだ。たとえじぶんが産んだものであっても、いや、いくらでも産むことができるからこそ、何機墜ちたとていっこうに気にとめる必要がないのだ。


 怪獣はレシプロ機がミサイルへの防壁となって文字通り身を盾にしているのをしばらく見届けていたが、やがて完全に興味を失ったらしく、左にひねっていた上半身を前へもどし、ふたたび西への侵攻をはじめた。



「うおっ、あれが目標か。でっけえなあおい!」


 無線より豪快な声が届いた。


 ふりかえると、空にいたのは双発と直線翼の破壊の申し子、重装備と重装甲に身を固めた最強の地上攻撃機。近接航空支援として敵戦車やトーチカを挫くためだけに生を受けし最恐のタンク・キラー。


 軍事大国アメリカの狂気が生んだ生粋の攻撃機、A-10サンダーボルトII編隊が駆けつけてきていた。

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