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影のふりをする影子  作者: 夢二つ
【第一章】公園で過去巡り
8/25

愚鈍

 僕は転校するまでは、放課後の二十分を毎日図書館に費やした。偶然に永里さんと一緒になることは多くはなかったが、少なくもなかった。もしかしたら、血縁関係の人以外で、僕に大きな影響を与えたのは彼女だけかもしれない。いや、そういえば影子がいるんだっけ。とにかく、僕は小さな約束をしたことはしっかり覚えている。


 四校目となる小学校は、歴史あるベテラン小学校だった。二校目の飛び込みをやらされた小学校周辺よりかは田舎ではないものの、日常生活で山羊や蛇を目撃することがあるほど田舎ではあった。正門と裏門があるのだが、裏門から学校に通うのが近道であったため、自然と裏門から登校することになる。正門からの登校は、道路なども舗装されており、歩道橋や花壇と整っており、学校へと通っている気分となるのが朝から眩しすぎるため鬱陶しかったというのは内緒だ。逆に、裏門から来る生徒は周辺が山に囲まれており、歩く地面はアスファルトであるものの、登校中に様々な動物を目撃することが多かった。

『あっ! ヤギ~! 』と、指差す影子。

 僕も指差した方向を、釣られて見てしまう。予想していたよりも図体が大きく、驚いたのを覚えている。山から腹減ったぞと、下りてきたのだろうか、舗装工事をサボり気味の道路を闊歩していた。

『うわっ! かわいい~! ほら、早く触りなさいよ』と、興奮気味の影子。

「怖いんだけど......」と、沈静気味の僕。

 角も立派に生えており、僕と同じぐらいの大きさだ。襲われても、逃げることぐらいはできるかなと思うものの少々身体が震える。

『あ~行っちゃう。早く』

 口をモソモソと動かしながら、両の目でしっかりとこちらを睨みつけてくる。黄色の眼球に茶色の瞳が棒の形をしており、やはり威圧感を感じてしまう。

 恐る恐る近づき、距離を一メートル程に縮める。ヤギはこちらを警戒していないのか、微動だにせず、こちらを見つめていた。ゆっくりと鼻の頭に手を伸ばしてみる。突然、ヤギは、「べぇーぇ」と鳴いて、伸ばした手に頭を擦り寄せてきたのには心臓が跳ねてしまった。

「おわっ! 」と、つい情けない声を発してしまうが、何とか手を引っ込めないよう我慢することに成功した。

『こう、もっとグシャグシャ~ってして! 』と、喧しい影子。

「本当に人懐っこいな」

 柔らかい肌触りが癖になる。

『はぁ~』と、感嘆のため息を吐いて影子がようやく落ち着く。

 ヤギの様々な部位を触れて、感触を味わう。

 また後ろから悲鳴のような叫び声が耳を突き抜ける。

「ダッメー! 」と、真っ赤な顔でこちらに駆け寄ってくる。赤いランドセルが揺れて、筆箱や教科書が回される音が重なる。名前は、佐倉詩織だったはずだ。動物が大好きな女子生徒だった。しかしながら、片思いの恋が必ず実るわけではないように、彼女もまた残念な類だった。動物に全く懐いてもらえないという涙ぐましい女の子。泣き顔ばっかりが思い出の断片として残りつづけている。印象深い記憶は数えるぐらいの四校目の生活は一年間だった。


 小学校生活も残すところ後一年となり、時の流れと一緒に体格も大きくなっていった。最後の小学校生活であり、卒業式というイベントが控えた重要な学年。ここでも、僕は上辺だけの付き合いを続ける。

 毎日をちょっとした雑談を交わし、授業を受けて、給食を食べ、放課後になったら真っ直ぐ家路につき、僕と父さんの晩飯を準備することに費やす。基本的なサイクルを習慣づけて、ネジ巻き人形のように大きな変化が起きないよう細心の注意を払った。

「友達と遊ばなくていいのか? 」と、寂しそうな笑顔で尋ねた父さんの表情は忘れない。

「大丈夫だよ。学校は楽しいから」

 嘘は言っていない。誰かと遊びに行くことはなくても、普段の学校生活だけでそれなりに楽しかった。普段の学校生活の雑談や休み時間、体育、授業のちょっとしたおしゃべりで十分だった。

「そうなのか? 」と、それ以上は追求してこなかった。

 特別にこれといった出来事がある訳ではなかった。だけど、時は瞬間移動のごとく過ぎ去っていく。桜の蕾が花を咲かせ、郷愁漂う美しさで散り、地を雨で濡らし始め、かと思うと灼熱の太陽が地を燃やし、蝉が訴えはじめる。蝉が大人しくなる頃に、木々の葉が色づき、赤や黄といった色が風景に混ざる。寒さが増すと同時に木々が赤や黄を地上に落としていき、気づけば雪が降る。そして雪解けの時期に卒業を間近にする。このまま卒業して、僕の小学校生活は終わり、少しだけ寂しく思う。僕の名前が呼ばれる。

「はい」と、返事をして大勢の拍手の中、壇上へ。歩を進めながら、校長先生の名前はなんだったっけとズレたことを考えていた。努力をするも思い出せないことに、自分が自分でおかしくなる。壇上で受け取った卒業証書が酷く軽かった。

「春からは中学生か.....」と、受けとった卒業証書を手で弄びながら我が家に帰る。

『お別れパーティーには参加しなくて良かったの? 』

「良いんだよ。どうせ中学校は婆ちゃんの家の近くだしな」と、冷めたような口調で答えてしまう。

 中学校受験をした僕は、婆ちゃんの家の近くから通える学校を選んだ。それなりに、偏差値の高い中学校だったが、幸いにも勉学に当てる時間はたっぷりあったので無事合格した。

『いづれ後悔するわよ? 』と、まだ肌寒さを感じる風を感じながら自分の歩幅で歩く影子。

「わかってはいるんだけど」

 だけど、別れという、ただそれだけのことが辛くなるのを堪えるなんて出来ない。やっぱり、心を通わす付き合いをしないのが最上の選択だ。そう、思っていた。

『ううん。あなたはわかってない』

「お前に何がわかるんだよ? 」

『お母さんと雪だるまを作ったのを覚えていないの? 』

 なんでそんな話を今するんだ。

「だから、何だ? 」

 感情が高ぶりはじめるのが自分でもわかる。

『 あなたの好きなモノを雪だるまのお目目にしなさい。あなたの好きなモノを手に しなさい。あなたの好きなモノをお鼻にしなさい。あなたの好きなモノをお口にし なさい。あなたの好きなモノを飾ってあげなさい。とにかく全力で、雪だるまを作りなさい。いつか、雪だるまがあなたと友達になってくれるから。これが雪だるまを作るコツの全てです』

 母さんが、雪の降る公園で僕に伝えた言葉。それを影子が歌うように復唱する。母さんの声が重なったような錯覚がした。

「ははっ......」

 雪は溶ければ無くなる。別れは付き纏うものなんだ。

『瞬。本当にそう思ってる? 』

 影子。お前はテレパシーが可能なのか。そう、僕は間違っていたんだ。

『雪はきっと来年も降るわ』

 僕は母さんの言った言葉を大事に、忘れないように、心という大事な倉庫にしまっているつもりだった。

『雪は、溶けて消えてしまうけど』

 だけど、大事にしまい込みすぎて、深く愛でることを忘れていたみたいだ。

『繰り返して、雪は巡ってくるものよ』

 母さんと作った雪だるまを思い出す。最後まで作ることをしなかった、表情の無い雪だるま。僕はそれを繰り返していたんだ。何回も、何回も、未完成な雪だるまを作り、また溶けて、また作る。母さんがそんなことを必死に伝えようとするはずが無い。そんなことは、気づいてたはずだ。最後まで雪だるまは作り上げなければならなかった。

 影子は自分の言葉の続きを歌う。

『お母さんの教えてくれた、大切なルールを守れば、再び雪だるまと再開することが出来るのよ』

 影子の語り部の雪だるまを友達と置き換えてみれば、簡単なことである。

 母さんが伝えたかったことは、一生懸命に友達を作りなさい、別れを怖がらないで、そしたらまた巡り会えるから。

 僕は全く逆のベクトルに進んでいる。なんて情けない。

 母さんの言葉の意味に気づいたのは、卒業証書を受け取り、壇上から見下ろした時だ。

 保護者席からは、拍手が湧き、卒業生は泣いている人もいた。保護者席から両親が自分の子供の門出を見守っているのだろう。僕は一人ぼっちだった。一緒に泣いてくれる親友なんてものもいない。見下ろしながら母さんの雪だるまを作るコツを思い出す。

 僕は、卒業証書を投げ捨てて、何処か遠くに逃げ去りたい気分だった。

 結論から言うと小学校までの僕は死ねば良かったとすら思う。

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