繋がり
小学校二年生から三年生までは、ここでの学校生活を送った。勇気ある飛び込み少年として一役買われ、ほとぼりが冷めるまではヒーロー扱いである。クラスのみんなと挨拶を交わして、雑談を興じたりするのは当然の毎日となってくれた。ヒーロー熱が冷めてからも、一人だけ沸騰しているかのような奴がいた。いつまでも、「あの時の瞬はカッコよかった! 」と、こそばゆくなるほど褒めちぎってきた。山田小太郎という、真っ黒に日焼けした少年で、常に、少なくとも僕がこの学校に在学している間は、季節関係なく丸坊主だった。麦藁帽子に長靴が似合うような田舎小僧である。豪快に笑う顔が強烈な印象を残し、こっちまで釣られて笑ってしまう面白い奴。だけど、僕は喧嘩したり、相談したり、励まし合ったりする、深い付き合いをする友人を持つことはしないようにしていた。山田小太郎も、もちろん浅い付き合いのままだった。いずれ直面する別れを思うと、どうしても躊躇する自分がいる。
『目の前に落ちている宝箱を開けないのは何故? 』と、遠回しな質問を影子にされた覚えがある。
「どういう意味? 」
尋ねつつも、意味はだいたい予想がつく。
『瞬。それは、決して消耗品ではないわ』
消耗品じゃないか。僕が転校する時、それは壊れてしまう。
『あなたは大切な物を拾い損ねている。その機会をたくさん持つことが出来ているのに』
影子の言葉が突き刺さる。僕は間違っているのだろうか。だって、犬や猫ではない。餌を与えれば一生ついて来るなんて有り得ないんだ。
「別れは、辛くないほうがいい」
影子はなにも言わなかった。
四年生になり、僕は次なる校舎へと移った。相変わらず、一晩寝ても疲れを残したまま会社に通勤している父さん。大人になれば、何が待っているかなんて想像もつかない。だからと言って、子供が何も考えていない訳ではない。家の炊事洗濯は僕の役割とすることで、少なくとも父さんの負担にはならないように努力をした。引っ越しの際、公園の近くのアパートかマンションを見つけては借りてくれるので、嬉しかったのを記憶している。
転校初日の自己挨拶にも慣れて、初対面からある程度皆の注目を集めることにもコツをつかんだ。
「僕は風間津瞬。炎の転校生と呼んでください」
この一言で、クラス全員との共通した話題を持つことが出来る。もちろん、深い付き合いの友人を持つこととは別の話だ。悪魔でも浮かない程度の存在で居続けるコツである。
今回の学校は設備が充実していた。校庭や教室が広めの面積であることは当然で、机や椅子、黒板といった備品も比較的綺麗であった。ボールやバットなども余分に数があり、クラブ活動も賑やかで選択肢が豊富に用意されている。
ふと、僕は図書館の前で足を止めたのを覚えている。これまで、図書館に出入りすることは皆無に近かったのだけど、この図書館の周りは線引きされたかのように空気が違ったのである。教室や校庭から聞こえる騒ぎ声から、隔離されたような場所にそれはあった。校舎の最上階から左に折れ、廊下の奥に位置しており、申し訳程度に取り付けられたプレートが図書館という存在を主張している。スライドドアを滑らせ、中へと足を踏み入れた。第一印象は、清楚という表現がしっくりくる図書館であった。
『とてもいい雰囲気ね』と、影子は感想を漏らす。
娯楽から学習関連の本がバランス良く、木材のシンプルな棚に収まっている。棚は等間隔に並べられ、長机が五脚ほど配置されており、余裕を持った読書スペースを確保している。雑誌や新聞、おすすめの本やランキングなどのコーナーも備えられ、アンケートや要望等を投票するポストまでもが小机に置かれている。しかし、僕が訪れたのが放課後であったためか、人の気配は図書委員を除いてほとんど無く、締まった空気が流れていた。わずかの人数の中に、よくよく見回すと見知った顔が一人訪れていた。奥の長机に腰掛け、だらしなく顎を机に乗せて、本の文字を目で追っている女子生徒だ。同じクラスの生徒であったので、名前は覚えている。
『永里三依さん、だったっけ?』
僕の記憶でも確かにそんな名前だった。僕が本を買いだめしてしまう癖が身についてしまったのは、永里さんによる影響が大きい。本から僕へと目線を移す。永里さんとのまともな会話は、この時が初めてだったはずだ。