約束
『瞬がもう少し大人になったら説明してあげる』
ブランコから跳ぶように着地をする影子。僕に振り返り、拳を自分の顔の高さまで持ってくる。そして、人差し指を一本突き出す。
『一つ! 私の存在が他の人にばれてはいけない! 』
中指を今度は突き出す。
『二つ! 出来るだけ自分の身体を大切にして! 』
薬指を突き出す。
『三つ! 私のことはいずれ忘れなければならない! 』
ゆっくりと持ち上げた手を下ろす。両手を首の後ろで組んで笑う。
『この三つの事を守るなら、私はいつまでも貴方の側にいるわ』
母さんの姿が僕の頭を過ぎる。影子を信用することが出来ない。
「母さんみたいにいなくなったりしないの? 」
父さんは会社から帰って来る時間は遅いうえに、もう婆ちゃんは側にいない。遊ぶときは、一人なんだと決心したばかりだった。
『私は貴方の影よ。瞬が死んだって、墓まで一緒なんだから』
影子の言った言葉が、酷く心を打ち付けた。僕は、まだ子供だ。
-いつまでも貴方の側にいる。
ただそれだけの言葉で、僕は顔が崩れ、涙でグシャグシャになる。
どれだけ、泣けばいいんだろう? 自分が情けなくて、でも嬉しくて、泣きながらも笑いが漏れる。
「あはっ、うぐ、ありがと......」
『ちょっと、泣かないでよお~』と、手をパタパタさせる影子。
「ごめ、ゴメン、ゴメン」と、影子に大丈夫だと示すために、皺くちゃな笑顔を作る。
言葉をハッキリと伝えるために僕は、涙を拭う。鼻を啜って、鼻水を処理する。
「うん、わかった。僕も守る。その変わり今言った言葉は絶対だからね」
手を挙げ、小指だけを軽く差し出す。
『なに?』と、戸惑う影子。
「指切りだよ。これで約束を守ることが出来るようになるんだ」
『瞬。私は会話は出来ても、触れ合うことは出来ないのよ?』
小馬鹿にするようにため息をつき、僕から顔を背ける。
『貴方と握手も出来なければ、ましてや指切りなんて出来るわけないでしょ?』
「いいから、いいから」と、催促するように小指をヒョコヒョコと動かす。
「やる振りをするだけでいいんだよ。」
影子も指切りの真似をして、と半ば強制的に指切りを実行するための手の形を作らせる。
「僕は父さんと電話越しで、よく指切りをやったんだ」
電話越しから伝わる父の声を思い出す。低くて力強い大人の声。
「父さんは指切りをしたら、約束を破ったことなんて一度も無いんだよ」
影子は吹き出すように笑う。
「あー! 真面目に話してるのにー! 」
『だから、私は貴方の影よ? その時も、私は貴方の側にいたの』
なおも笑い続ける影子。
『瞬が電話越しに、泣きついていたのも知ってるんだから』
そういって、影子はその時のことを再現するかのように僕の物真似をする。僕も覚えている。父さんに早く帰ってきてねと、駄々をこねていた。その時にも、父さんは指切りをしてくれたんだ。
「ちょっとやめてよ」
影子が僕を馬鹿にするので、腹を立てる。
滑り台や鉄棒も使われておらず、この公園の敷地にいるのは僕と影子だけ。まるでここだけが街の喧騒から取り残された空間みたいだ。
『本当にいいの? 』
「いいの! 」
まだ、先程の物真似でご立腹中の僕は、声が大きくなってしまう。
影子が肩を揺すって笑う。そして、互いに心の中で小指を結ぶ。
『いいわ。約束しましょう。でも、きっと後悔するのは貴方よ』
確かに僕たちは、小指を結んだ。
『こんなことは、本当はあってはならないの。それだけは覚えといて』
僕は影子と出会ってしまった。それは変わらない。
「指切りの歌は覚えてる? 」
『モチロン! 』
僕と影子は同時に腕を揺らしはじめる。
「ゆーびきーりげーんまん」
『ゆーびきーりげーんまん』
僕は父さんの仕事の都合でこれからも、出会いと別れを繰り返すことになるだろう。だけど、僕は大丈夫だと思う。
「うそついたーら」
『うそついたーら』
こうやって、常に付いて回るコイツがいてくれる。それだけで、僕は幸せを感じることが出来る。
「はーりせーんぼーん」
『はーりせーんぼーん』
僕の影。名前は影子。意味はそのまんまだ。
「のーます! 」
『のーます! 』
僕と影子の心の中で絡めた小指を、同時に離す。小指に影子の体温が残り、どこかへと向かう風が持って行く。
「ゆーびきったー! 」
『ゆーびきったー! 』
僕の小指には確かに、影子の存在を教えてくれていた。
「これで、僕と影子は永遠の友達だ! 」
影子はクルリと身体を反転させて、僕にお辞儀をする。
『死ぬまでヨロシクね』
最後の言葉に引っ掛かったけれど、どうでもいいや。