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影のふりをする影子  作者: 夢二つ
【第二章】新たな心は飛んでいく
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清々しく

 三依は浜延中学校へは祖父祖母の自宅から通学するらしい。電車通学することになるけれど、本人は電車の中は案外好きとのことだ。僕も婆ちゃんの家から通うことを伝えると、一緒だねと同調してくれる。とは言っても、僕は徒歩圏内に婆ちゃんの家があるので、三依と異なりとても楽である。

「いまさらだけど、浜延中学で本当に良かったの?」

「どうして?」

「だって、両親と離れ離れになっちゃってるし」

「んー。それはたいした問題じゃないよ」と、電車の看板を見つめながら話しはじめる三依。

「だって、わたしはおばあちゃんっ子だしね」

 自分を指差してはにかむ。

「婆ちゃんっ子なのは同じだけど、僕の場合、理由はそれだけじゃないんだ」

「わたしが無理矢理約束したからかな?」

 確かに半ば強引ではあったけれど、そうではないのは言うまでもない。

「三依の言うとおり、出会いを大切にしようとおもったのかな。転校しないで通える環境を選んだ」

「ていうか、小学校卒業してやっと気づいたんだ?」

「うん。三依のおかげでもあるけど、もう一人教えてくれた奴がいるんだ」

 自分の影をにらむ。くやしいけど、コイツがいなければ、僕は僕であることを支えていることはできなかった。

『なんで睨まれなければならないのよ?』

 遺憾ながら事実である。

「そっか。わたしの知らない場所で、瞬も苦労してきたんだ」

「ううん。違うと思う」

 苦労していると思いながら、それが正しいと考えている自分がいた。

「僕はただの馬鹿だったんだ」と、自分を揶揄しながら笑う。

「今頃気づいたの?」

「ちなみに三依もね」

 自分が馬鹿にされていることがわかるのに、数秒の間であるが不自然な沈黙が訪れる。

「なんでわたしも?」

「あんな約束を本気にしているんだから当たり前だ」

「瞬。それはあなたも馬鹿だってことだよ」

 電車の揺れに合わせて、僕も呟く。

「そう。馬鹿」と、自分に指を向ける。こんなに早く自分が馬鹿だと理解することができたことは幸運だ。

「なんで嬉しそうな顔しているんだ、この馬鹿は」

 吹き出して、可笑しそうに腹を抱える三依。

『瞬のばーか』

 世界が変わったみたいだ。今までの僕は、自分以外の人と言葉を交わす時に、こんな感情になったことはない。ただ、無機質に陰陽もなく、決して変に思われないようにしていた。 ボールを壁に当てて跳ね返るボールを受けてはまた投げることを繰り返していく。会話とはそんなものだと思っていた。

『ほんの少し、角度を変えて物事を捉えれば、世界って簡単に変わるのよ』

 影子がまた、僕の思考を先読みするように言葉をいれてくる。その通りであるから、なおさら腹が立つ。

 壁を睨み続けるのではなく、後ろを向けば、誰でもいい。誰かがいてくれるようなら、それが出会いなのだ。

『会話のキャッチボールは気持ちを込めなくちゃね』と、鈴の音を鳴らすように笑う。

 誰かがいてくれるなら、相手へと目掛けて投げてみればいいのだ。相手はたいてい投げ返してくれるものなのだ。大事なのは、受け手が込められた感情を拾おうとするかしないかである。これが会話のキャッチボールを成立させるための条件なのだ。

 もちろん、今までの僕は相手にとって壁であるように思えただろうし、僕から見ていた相手は壁と同じだった。

「ううん。別に何でもない」と、三依に手を振る。

「ちょっと、危ない人に見えるよ?」

 怪訝な表情の三依。これだけのやり取りがとても楽しい。今までなら疲労すら感じていたのに。

「それよりも、僕も千冊は本を読んだんだ」

 三依がいた学校から転校した後の自分を、語りはじめる。あの図書室において粗末に扱った時間は、皆に平等に配分された時間であり、もちろん取り戻すことはできない。だけど、これからは違う。

 影子がいつも言い続けていた。もちろん、影子が言葉にしたとおり、後悔することになってしまった。

 しかし、こうも言っていた。青春はこれからだ、と。僕は自分が馬鹿だと真に理解することができた。これが意味することは単純なことで、友達という存在に目を向けることを覚えたのだ。それだけで、今までのお喋りとは変容して、世界の夜が明けたかのように、五感で感じることができるよになる。

 駅に着くアナウンスが響き渡って、甲高い鉄同士の擦れる音が耳を刺す。

「わたしはここで降りるんだ」と、ホームへと駆けていく。

「また、入学式でかな」

「うん。そうなる」

「じゃ、またね」

「ん。入学式で」

 ホームと電車の境目で僕たちは、再び会うためのお別れをした。

 電車が何度目かの再始動をする。先程着いた駅は、ゆっくりと小さくなっていった。

『もう、そんなんで泣かないでってば!』

「泣いてないって!」

 たった、これだけの違いで時間の感じ方は変わるのか。お別れというものが、久しぶりに清々しかった。

 ちなみに、僕は泣いてなんかいない。中学生を舐めるな。

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