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影のふりをする影子  作者: 夢二つ
【第一章】公園で過去巡り
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影子

 僕が幼い頃に、一緒に遊んでくれた女の子がいた。いつも、一人で公園で遊んでた僕を見兼ねて、声をかけてくれたのだと言う。僕はそのことを生涯忘れない。


 一生恨みつづけてやる。





 父さんがクマのマスコットが踊るエプロンを身につけ、台所に立つ。

 いつもは食卓の準備をするのは僕の役目となっているのだが、珍しいことに父さんが自分で作るとエプロンを強奪してしまった。仕方がないので僕は作業に戻る。

「速くするんだよ」と、カレールーを温めながら、僕に声を掛けてくる父さん。時折鼻歌を交えながらご満悦の様子で、久しぶりに台所を任されて楽しそうにお玉でお鍋を混ぜている。

「わかってる」

 僕は本棚で、ホコリを被り、日焼けした本を次々と段ボール箱に詰めていくのを再開する。懐かしいものを見つけて、作業をする手を止めては我に帰りを続け、ようやく最後の一冊に手を伸ばす。

 その本のタイトルは『影』と背表紙に掘られている。

「別にいらないんだけどな」とため息をつきながら段ボール箱に放り投げた。

 僕には悪いとも良いともとれる性格がある。普段、気になってしまった事柄の本を、片っ端から購入してしまうのだ。

 夏休みに入る前、暑苦しくて、我慢の限界に達した僕は扇風機を押し入れの奥から引っ張り出した。残念ながら、それを組み立ててスイッチを入れるも、電力を無駄に消費するのみで、羽を回すことはしなかった。

 僕は多少なりともムカつきはしたが、喜びもしてしまう。扇風機に関する本を購入することが楽しみでしょうがなくなるのである。そのため、すぐに近くの古本屋に行き、扇風機に関する本を一冊購入する。字面を頭の中に流し込み、ものの30分もしないうちに、それは本棚で眠りつづけることになってしまう。扇風機の仕組みを大雑把に理解して、目的であった扇風機としての最低限の機能を復活させただけだ。

 それだけで僕は十分に満足感を得て、本はコレクションとなり、たまりつづける。

 そしてこの本は、僕が転校するといった場面、今がまさしくその場面であり、荷物をまとめるさいに非常に時間のロスとなってしまっているのだ。

「こんな本買わなければ良かった」

 ため息を再びついて、最後の一冊を押し込む。

「父さん、ガムテープは? 」

 父さんはお玉で、ガムテープのありかを示す。僕はお玉の指し示す方向に行き、食器棚に添え付けられた引き棚を開ける。

 様々なモノが散乱しており、整理されてはいないが、容易に目的のものを発見して安心した。

 ガムテープで段ボール箱を密封する。しばしの僕の本とのお別れ。

「父さん、ちょっとブラブラしてくる」

「もうすぐ、ご飯の用意が出来るぞ」

 僕は玄関のサンダルを引っ掛けながら、答える。

「大丈夫。すぐに帰ってくるから」

 僕はドアを開けて、外へと足を向けた。

 僕が住む家は古い木造アパートであり、家賃が魅力の2LDK。鉄製の階段はサビが浮き、手すりは握ろうものなら赤錆だらけとなってしまう。とは言っても、僕と父さんは間もなく、このアパートを出ていく。

 父さんの仕事は中学生の僕にはよくわからない。だけど、銀行マンという職種は転勤が頻繁にあるらしい。母さんは僕を産んだ三年後に死んでしまった。父さんは僕たちのために働きづめであり、無事に僕が生まれた後の三年間は母さんと別居していた。母さんが死んだ後、僕は父さんとの二人だけの生活が続いている。細かく言うならば、二年間は婆ちゃんも一緒にいたのだが。

 サビの浮いた階段を軽快に降り、近所の公園へと遊びに行く。近所の公園は人気がなく、僕の遊び場所としては好都合だった。公園の敷地に入り、他の人がいないかどうか確認する。走って公園まで来た僕は、息が切れて心臓が大きく跳ねていた。僕はいままで母さんがいなくて寂しいとは思ったことはない。常に一緒にいてくれた、女の子がいる。いつでも僕が弱音を吐きそうになったら、叱咤激励して元気づけてくれた。

「影子。今は人がいないよ」

 僕の影が動き出す。ストレッチをするように腰を回している。僕は古木にもたれ掛かり、呼吸を整えるのに必死だ。要するに独りでに影が、僕の意志に関係なく自由に動いている。

『瞬も飽きないわね、私とおしゃべりするのがそんなに楽しい? 』

 僕の影が自由にステップを踏み、シルエットを変えて髪の毛が腰くらいまで伸びる。僕は自分の影に名前をつけた。だって、コイツはいつも僕とお喋りして楽しんでいるんだから、名前がないと不便だろう?

 名前は影子。意味はそのまんまの意味だ。

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