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だったら私だって、悪役令嬢になってみせる!

作者: 海月 花夜
掲載日:2025/12/23


「聞いているのか! イリナッ!」


 怒鳴る様な声にはっとさせられ、私は驚きながら視線を上げた。

 豪華な装飾が施された壁に屋根を支える柱。

 見た事もない大きなガラスに、土足で踏む絨毯の感覚。


 何が起こって……。

 

「この場に居る全員、良く聞け! 今この時点をもって、イリナとの婚約は破棄する!」


 私に向かって、目の前に居る男性が叫んでいた。

 えっ……私?


 婚約を破棄? 何の話……。

 もしかして私、今婚約破棄されたの?

 人生で一度も付き合った事もないのに……。


 あれ、てか……。

 何で――こんな事になってるんだっけ……。


 

 ***



 聴き慣れた機械音が人知れず流れる日本のオフィス内。

 就業時間はとっくに過ぎ、フロアに残るのは私一人だ。


 電気は殆どが消えている。

 そんな場所に、別の階で会議を終えた先輩が戻って来る。


 そんな先輩は私よりも髪が長く私よりも働いているのに、恐ろしい程髪の手入れがされている。一体いつそんな時間があるのか、気になるが今は仕事の方が優先だ。

 私は席から立ち上がり先輩に駆け寄る。


「あっ先輩。今日の資料ですけど、この箇所を――」


 左手に持っていた資料を見せながら、近づいて行く。


「砂藤。まだ居たのか……先に帰っていても、良かったのに」


 先輩が目を合わせたまま、自身の長い髪に手を触れさせ、取り繕った様に笑ってくれる。


 あれ、何かあったのかな……。

 会議前より浮かない顔をしている。


「先輩、何かあったんですか?」


 私の言葉を聞いた先輩が瞬きをし、髪に触れていた手を、今度は首に当てていた。


「いや、ちょっと疲れてな。気づけばもう火曜日じゃないか、資料整理もあるから帰れそうにないよ」


「今からですか? だったら私手伝いますよ」


 胸の前に上げた片手で、小さな握り拳を作って答える。


「凄いメンタリティーだな」


「だって、ようやく新規のゲーム開発に一から関われているんですよ」


 音楽系のゲームを作りたくて今の会社に転職して、ようやく念願叶った。

 それだけで私としては嬉しく、仕事なんていくらでも頑張れてしまう。


「あぁ……それは知っているよ」


「石の上にも三年を経て転職し、早二年と少しですけど、ようやくです!」


 それなのに段々と、先輩が暗い表情を見せていた。

 殆どの人が帰ってこのフロアが薄暗いからじゃない。

 明らかに変だった。


「先輩が呼ばれていた会議って、私も関わってるゲームの……ですよね。何か、あったんですか?」


「悪い砂藤。最初に言えば良かったな」


「一体なにが」


「今開発しているゲームの開発はストップ、というより白紙に戻った」


「えっ――」


 私は耳を疑った。

 何で。

 まず最初に考えたのはそれだった。


 他の部署を含め大きな炎上騒動や、赤字予想も聞いてはいない。

 もしかして提携している音楽会社の方で問題が発覚して、会社のお偉いさん含め一部の人だけが呼ばれたのなら、私みたいなひよっこが会議に呼ばれていないのも納得だ。


 でも……。


「本当なんですか?」


「あぁ、これが次の開発の為に作られた、叩き台だの資料だ」


 そう言って、私の持っていた資料の上に――優しく別の紙が重ねられる。

 私の横を横切った先輩が自分の席に座った。


 そして私は恐る恐る、その紙に視線を落とし読み込み始める。


 そこに書かれている文字は【悪役令嬢】『悪役令嬢』「悪役令嬢」悪役令嬢だった。

 企画書の一ページ目に、何回悪役令嬢って単語を出すのかと、言いたくなる。


 どこにもアイドル系なんて、単語は存在しない。

 何でこんな事に……。


 駄目だ。

 全く頭が回ってくれない。


 そもそも私――砂藤(めぐみ)は、アイドルゲームが作りたくて今の会社に入った。

 部署移動とかで違うゲームを扱うとしても、男性向けの魔王を倒したり、ヒロインがいっぱい登場する感じのゲームを担当するのだろうと思っていたのに、まさか悪訳令嬢とは……。


 大学を卒業しゲーム会社に就職するも合わず三年で転職。

 今の会社だって入った頃は色々と大変だったけど、二年もすれば慣れ始めようやく新しいアイドルゲームの開発にも、最初っから関われていた矢先にこれだ。


「悪いな砂藤。これはもう、決定なんだ」


 先輩が前を向いたまま、後ろに立ち尽くす私に優しく声をかけてくれる。


「……はい」


 それなのに返事をした後から涙が勝手に溢れ、受け取った紙に気づけば涙が落ちていた。

 

「ん……っ……」


 駄目だ、紙を汚したら。

 駄目、それに泣いたら駄目。

 これは仕事だ。

 お金を貰っている以上、責務を全うするのが仕事だ。


 これも社会人として逆らえない波なんだ。

 それが嫌なら、自分で会社を作れと言う話になる。


「今回のゲームの為に、砂藤が限界まで頑張っていたのは分かっている。だから出来れば、その熱意を他のゲームでも活かしてくれ。そして勝手で悪いが、私を支えてくれないか?」


 そう言って後ろを振り向いた先輩が、私の方を見て来る。


「……はい。精一杯、頑張ります」


「それは良い心がけだ。って、何で褒めたのに平然と座ろうとしているだ?」


 先輩に返事を返し、私が自分の席に座ろうとした時だった。


「えっ、仕事するなら……」


「最後に家に帰ったのはいつだ。いや、それだと意味がないな、家で寝たのいつだ」


「えっと……」


 これで何日目かは忘れた。

 家が近いから、家に帰るのは一時間休憩でお風呂に入る時だけだ。

 だから……最後に家で寝たのいつだっけな。


「先週?」


「ほんとか? 君にとっちゃ最悪だろうけど、昨日まで抱えていた案件は吹っ飛んだ。今日ぐらい家に帰って休め」


「でも私、悪訳令嬢もの何て、何も知りませんよ? 会社で少しぐらいやっとかないと、明日からの業務も付いて行けない気がします」


「その、謎のやる気みたいな、仕事精神は何処から出て来るんだよ。一体」


「いえ何かしてないと、それこそ怖いので」


「そのちゃんと怖いって言えるとこ、私は好きだぞ」


「えっ先輩、もしかして私の事――あてっ」


 調子に乗っていると、軽くおでこを指で押されてしまう。


「そんな元気があるなら平気か。ちょっとコンビニ行って何か買って来るが、砂藤も何か食べるか? 好きなの買って来てやる」


「それじゃレモンティーと、シュークリーム食べたいです」


「分かった。それと、どうせやるなら、売り上げ上位にあるゲームからやれよ」


「はい、分かりました!」


 段々離れて行く先輩に向かって少し大きな声で返事をする。

 まぁ私たち以外誰も居ないのだから、苦情が来る訳もない。


「新しい、ゲーム……か」


 机の上で腕を交差させ、その上に額を置いて俯く。

 一人になって今更ながら、感情が込み上げて来てしまう。


「何でぇ、ようやく作れるかもって時に……」


 誰も居なくて本当に良かった。

 いつもの元気で明るい私じゃない。

 私はこう、もっと先輩に付き従う――熱意のある後輩なんだから。


「良しっ」


 どんなゲームか人生初の悪訳令嬢ものだって、やってやろうじゃない。

 それでどんな感じか覚えて、次のゲーム開発で先輩と一緒に更にのし上がって見せる。


「……さてと。先輩が一番上のゲームが良いって、言ってたよね」


 こんな良く分かんない悪役令嬢のゲームをやって、それらしいゲームを作ろうとするなら、勿論私がずっと作りたかったアイドルゲームを作る為に時間を割きたい。


 けど、今は駄目だ……。

 それに、次に似た話が出て来たら、きっと先輩が私を開発チームにねじ込んでくれるに違いない、だから今は先輩と一緒に頑張って、このまだ良く分かんない悪役令嬢のゲームを……。


 それで今より偉くなれたら……意見出しぐらい認めてもらえるかもしれない。

 それに、そんな要望でも、宝くじぐらいの確率で通るかもってもんだ。


 まぁ認めてもらえる事はないだろうけど、そんな夢も希望もない会社だとは思いたくはない。


 だって私はまだ……先輩の元で。

 一瞬だけ、転職という言葉が脳をよぎった。

 きっと最近の若者の良くない所だ。


 それに私は、今の会社や関わってくれる皆が嫌いじゃない。

 先輩なんて仕事出来過ぎてて少し怖いけど、分類したら大好きである。


「これかな。やってやろうじゃない、悪訳令嬢もの」


 表示されているゲーム画面が、インストールの数値を見せていた。


「あぁ……本当に、もう終わったんだよね」


 私は手元に残っていた無用となった企画書を眺めている。

 元データは予備を含め、バックアップはしてあった。


「だったら、もう要らないよね」


 姿勢を倒しながら椅子に座ったまま屈み、机の下に向け資料を持っている手を伸ばす。

 すると、ガガっ――凄い音と共に資料がシュレッダーに飲み込まれ行く。


「ふぅ……さぁ、心機一転。私は今から、がんばっ――」


 屈んだ状態から起き上がり、マウスに触れて画面を操作しようとした時だった。

 突然視界が眩み、身体をまともに動かせなくなり――身体が斜めに倒れる。


 あれ……。

 これ――ヤバイ奴かも。


 だめだめ、気を抜いちゃだめっ。

 今倒れたら先輩に迷惑が……かかちゃう――から。

 そして私の意識はそこで途絶えた。



 ***



「聞いているのか! イリナッ!」


 怒鳴る様な声にはっとさせられ、私は驚きながら視線を上げた。


 その視線の先には、

 私の方を指差すイケメンの青年が、怒った表情で立っている。

 いや、私に言っている訳ではないか、だって私の名前は砂藤(めぐみ)だ。

 そんな――イリナという名前は……しては……いない。


「貴様に言っているんだ、イリナッ――!」


 更にヒートアップするイケメン。

 内面が駄目過ぎて、せっかくの顔が台無しだ。


 てか、どう考えても私に言っているよね。

 後ろを振り返っても……。


 ようやく私は気づいた。

 頭上にある人生で一度も見た事がない豪華なシャンデリアに、装飾された壁面と縦に長い窓ガラス。そして目の前の青年以外の人も、全員が人生で一度着たら良いだろう程のごちゃごちゃとしたドレスやら宝石の付いたスーツを着ている。


 そして指差す方向には、それらしい女性は誰も居なかった。


「おいッ!」


「あっはい、すみません!」


 悲しきかな。

 自分に言われてると分かった瞬間謝ってしまった。

 これが社畜根性なのだろうか……。


「すみません……だと?」


 あれ、もしかしなくてもセリフ間違えた?

 申し訳ございませんだったのかな。


 それよりもこれはどういう状況だろう。

 っと考えるとも、直ぐに結論に行き着く。


 きっとこれは、夢に違いない。

 私は人目につかないようにお腹の前で手首を交差させ、少しつねってみた。


 痛い……。


「噓でしょ……」


「嘘であってたまるか!」


 私の独り言に反応し、目の前の青年イケメンが言葉を返して来る。

 何だか、申し訳なく思ってしまう。

 けど、こんなに怒鳴ってくるんだ、私が……悪いの?


「私が、何をしたのですか?」


 言葉遣いが違う気もするが、私には判断出来かねる。

 そもそも、この子って……もしかしなくても悪訳令嬢……?

 え、てか何で私の意識が入ってるの!?


「何をしたか!? ふざけるのもいい加減にしろ。貴様の手に持っているそれが、何よりの証拠じゃないか!」


 そう言われて、私が一瞬力を入れると左手に何かを持っている事に気づく。

 ハサミだった。


 何でハサミ何て持ってるのよ……。

 そして、その刃の周りには無数のブラウン色の髪の毛が……。


 咄嗟に顔を上げる。

 青年の真横に立つブラウン色の髪をした女性。

 その人が、両手で自身の髪を抑えている。


「サラの髪をいきなり切っておきながら、言い逃れ出来ると思っているのか! それだけじゃない。このパーティーが始まって直ぐ。私が来る前に、サラの服の中に虫が入った騒ぎがあったと言うじゃないか! それもどうせ、お前の仕業だったんだろッ――!」


 

 ひぃい――。

 何て事してるのよ!?

 いきなり髪を切った!? うそでしょ!?

 そんなの死刑よ死刑。


 てか待って――虫!? この手!? この手で触ったの!?

 虫を掴んで、服の中に潜り込ませたって事よね!?


 私は自然と、着ているドレスの裾に手を触れさせていた。


 ごめんなさいドレス! 

 けど、洗ったかも分からないし、この場から立ち去れない。

 だったらこうするしか、落ち着く方法がないの!


 ――って、何この積みゲー。

 もう無理じゃん。


 ここから、どう頑張れって言うのよ。

 私が本当に悪訳令嬢だとしても、ここから再起は無理でしょ。

 ゲーム開発した人は、何を考えてこれ作ったのよ。


 あれ……そもそも、ゲームなんだよね……。

 死んで……ないよね……。

 私が悪役令嬢系のゲームをプレイしようとしたら、そういう夢を見てるとかだよね……。


「何とか言ってみろ!」


 何で、こんな……。

 私は何もしてないじゃん。


 この身体の子がしたんでしょ……。

 せめて、記憶かログぐらい頂戴よ。

 何も分かんないまま詰められて、どうすれば良いって言うの。


 余りに、理不尽だ。


「ちっ、今度は沈黙か。もう良い」


 そう言って、青年イケメンがため息を吐いてから大きく息を吸った。


「この場に居る全員、良く聞け! 今この時点をもって、イリナとの婚約は破棄する! そして、私は新たにサラを婚約者として迎え入れる事を宣言しよう!」


 何がもう良いのよ。

 こっちは、全然良くない。


 それはそうだ。

 いきなりこんな状況に放り出されて、一方的に責められて理不尽にも程がある。


「何で……」


 何で。


「何で――」


 どうして私が……。


「衛兵、こいつを捕えて牢にでも入れておけ」


 衛兵?

 牢?

 牢って、牢屋の事?

 私が入るの? 何もしてないのに?


「レオ殿下。流石にそれは……。ナーリスヴァーラ伯爵様と王家の間に亀裂が」


 ほら、周りの人も困ってるじゃない。

 良く分からないけど、そのナーリスヴァーラ伯爵って人が関わってるのね。

 この子が居る家の現当主か、後継人。

 それか、間接的に影響力を持ってる人なのかな……。


 どっちでも良いや。

 僅かに俯いたまま前髪を整える動作を行い、零れ落ちそうだった涙を拭う。

 そして私は、衛兵が近づく中で――そっと口を開いた。


「そんな事して、ただで済むと。本当に思っているの?」


 その言葉で静寂が訪れる。

 周囲の人が一瞬にして静まり返り、私に視線を向けていた。


 この子、どれだけ悪い事をしてきたのか考えると、私まで怖くなってしまう。


「この期に及んで、まだ歯向かうと言うのか?」


 周りを見ても、このレオとかいう王子に命令出来そうな人は見えない。

 年齢が高い人なら沢山居るけど、この王子を支持している貴族かな。

 だったら、私にとっては好都合だ。


「この私が何もしてないと思っているの? 拘束? そんな事して、私からの連絡が途絶えたら、貴方達の秘密が色んな人に広まるわよ?」


 秘密って何だろう……。

 そんなのあるなら、私が知りたい。


「貴方が子供の頃にした、幼さ故の恥ずかしい失態なんて私からしたらどうでも良いの」


「なっ――」


 顔を引きつらせ、目の前のイケメンが居心地悪そうにしている。

 そして周りに居た人達もそれぞれがこそこそと話し出す。


 耳打ちする者も居れば、横柄な態度を見せる人。

 そして一人の女性は身体の前で手首を掴み、私から視線を逸らしていた。


「ねっ、秘密を言われたい人なんて、居ないわよね?」


 その女性に同意を求める様に話してから周囲を見渡した。


「貴方だって、衛兵に命令させたら、それが最後よ?」


「……お前、王族相手に脅迫するつもりかっ」


「脅迫は、相手が効果を認めるからあるのよ。それとも、それだけ言われたくない秘密があるって事なのかしら? それに良く聞いて下さい。私はただ――この場から無事に帰れれば良いのです」


「本当にそれだけか?」


「えぇ、貴方がそちらの女性と婚約しようと、構いません」


 だって私、貴方の事も知らないもの。

 確かに顔は良いけど、この数分で中身は知れた。

 喜んで遠慮願います。


 ――レオ王子が工面を浮かべ、嫌そうに命令を出した。


「分かった。お前が此処から立ち去る事を許可しよう。誰も、彼女に危害を加えるな――」


「レオ!?」


 隣に居た女性が不満そうにレオの袖を掴んでいた。

 この女性は、此処でこの子()を排除したかったのね。


 何だか、悪い事をした気がするわね。

 この身体が髪を切った訳だし。

 それに……虫……。

 もう考えたくもない。


「すまないサラ。けどこれ以上騒ぎを起こすのは、王家にとって良くない」


「良いご判断かと」


 そこに私が一言添えると、睨み返される。


「さっさと行け、この鉄姫が――」


 そう言われ私は後ろに振り返り、静かにその場から逃げ出した。



 *



 行く宛てもなくただ歩いて辿り着いた中庭らしき場所。

 そこで私は、緑に囲まれた中央にある噴水に座っていた。


 ――孤独。

 全てにして真理。


 何を馬鹿な思考を巡らせているのか、見上げれば綺麗な満月の月と、その周囲に光の三原色である青、赤、緑の小さな月らしき物が浮かんでいた。


「本当に何処なんだろう此処……」


 地球でない事は確かだ。

 左右を見渡せば、月明かりに照らされた緑の壁が目に入る。


 そんな夜の庭園で蹲る私の耳に、背後から噴水の音だけが聴こえて来る。

 それが私の正気を、ギリギリの所で保っていた。

 速過ぎず、変わる事のない音。


 会社で辛い事があった時に、近くの公園で蹲ってる時もあったっけな。


 そんな状況と比べたら、今の方がどれだけ酷いのか見当もつかない。

 ゲームの中だろうと、異世界だろうと。

 どっちにしても現実じゃない事だけは確かだ。


「いや、こっちが現実になるのかな……」


 そんな状況でぼやいた私に、突然誰かが近づいて来た。


「良かった。まだ、王宮内に居てくれたんだね」


 優しく包むような声だった。

 顔を上げ、私は一人の青年と目を合わせる。


「さっきは、兄に手加減してくれてありがとう」


 兄?

 あのイケメン?

 だったらこの人も王子なんだよね。

 そんな人が、どうして私なんかの所に。


 そうか。

 本来だったら、あの王子が言ってた通り私は牢に入っていたのだろう。

 けど、あんな嘘しかない張りぼての演技でも、何かが変わったんだ。


「失礼ですが、お名前を聞いても良いですか? 暗闇で顔を見れなくて」


 そうは言うものの、私はまだ顔を完全には上げ切っていない。

 急いで涙を拭かないととてもじゃないが、顔向けできないからだ。


「失礼しました。イリナさん、僕の名前はクラウス・ヴェルタランタ。良ければこれ、使って」


 そう言ってクラウス王子が私にハンカチを差し出した。


「まぁ、君にとっては、階段から突き飛ばした通行人A何だろうね」


「えっ」


 待って、待って私。

 じゃない、過去の私であろうイリナ!

 あなたそんな事してたの!?

 普通に殺人事件じゃない。


 やって良い事と悪い事があるでしょ。


「それは、その。ごめんなさい……」


「本当に、今日の君は変だね。まるで別人みたいだよ」


 はい、別人です。

 そう言えたら、どんなに楽だっただろうか。


「そうですか? そんな事は……ないと思うのですが」


 いけない。

 もっと毅然とした態度で話すべきだった気がする。


「僕の勘違いなら、それで良いんだけど……」


 やはり疑問をもたれてしまっている。

 これ以上はきっと良くない……。

 早く会話を終わらせないと。


「それで、何の様ですか?」


 人生で言った事のないセリフだった。

 ぶった切る様な口調で相手に聞く。


「今後についてかな。ほら、兄との事があったから……」


「私の処遇でも決まったんですか?」


「……そうだね。そうなる」


 やっぱり死刑とかかな。

 この国や世界の裁量が分かんないや。

 日本でも少し前は、切り捨て御免とか言って例外的な決まりがあったっけな。


 それを考えたら、王族やその親しい人に悪事を働いたら死刑でもおかしくない。

 しかも、髪を切ったんだっけ……それと。

 他にこの子は、何をしたんだっけ……。


 ――もうどうでも良いや。


「それで?」


「君の処遇だけど、常に監視役を置く事になった。それについて、何か言い分はあるかな?」


「えっ――それだけ……ですか?」


 嘘でしょ。

 監視役?

 もしかして、さっき私が脅した事を気にしての事?


「王家や国に対して、不利益を生じさせようとしていると僕が判断した場合は、直ぐに報告させてもらう。その為、僕の他にも連絡役含め十名程の者が、君のそばを日常的にうろつく事になる」


「……はい」


 この人が……見張りなのよね……。

 兄と婚約破棄したのに、弟を当てるなんて。

 相当私を恐れているのか、家の方が相当凄いのね。


 感謝すればいいのか、死ねなかった事に悔いれば良いのかも分からない。

 いきなりこんな世界に放り込まれて、無条件でやる気を出せる人の方が凄いと私は思ってしまう。


 それも、スローライフとか違う形だったら、何か変わったのかな……。


「それじゃ行こうか。まだパーティー中だから、今なら馬車を出しても、他の参加者達とすれ違う事も少ないと思う」


「今からですか?」


「そうだよ。立ってもらえるかな?」


 こっちを気遣う様な、怒らせないような。

 ギリギリのラインで、目の前にいる王子が立ちまわろうとしてくれている。


「分かりました」


 そう言って私は静かに立ち上がり、二人で馬車に向かった。



 *



「どうかした?」


 クラウス王子に案内された馬車。

 馬車をけん引する馬は三頭もいて、前後に置かれた馬車よりも一回りは大きい。

 前に二車、後ろに一つ。

 そして私達の乗る馬車を合わせて四つの馬車が並んでいた


 見るだけで、貴族御一行だと分かってしまう。


「いえ……」


「どうぞお手を」


 そう言ってクラウス王子が、私の方に手を伸ばし馬車のステップ横に立つ。


「ありがとうございます」


 支えられながら二段の足場を踏み、馬車の中に入る。

 入った瞬間に木の香りがして、心地よい空間が迎え入れてくれた。


 そして暫くしてクラウス王子も中に入り、馬車が走り始める。


 馬車の中は走っていると分かる程度で、そこまで揺れが酷い事もなく。

 座っている座面から足場まで、柔らかい繊維の物が敷かれていた。


 ――それだけでなく、簡易的な固定されたテーブルとティーセットまで棚に用意されている。どれだけ長距離を想定して作られているのか見当もつかないが、何もない簡素の馬車ではなかった。


「流石、ナーリスヴァーラ家の馬車だね。初めて乗ったけど、ここまでとは」


 まさかの王子様も、驚く乗車体験だったみたい。

 それなら私が驚くのも無理はないだろう。

 そもそも、馬車に乗る事が初めだ。


「そうでしたか」


 何を言って良いのかも分からず、一言返し次の言葉を考える。


 ――そんな時だった。


 突然馬車が急停車し、私の身体が前に押し出されてしまう。


「ぬぁッ――!」


 止める事も出来ず、変な声と共に前に飛び出た身体。

 それを、向かいあって座っていたクラウス王子が、そっと手を出し抑えてくれる。


「大丈夫ですか?」


「……はい」


 変な声を出したのは紛れもない私だ。

 そう考えたら余りにも恥ずかしく、私は飛び跳ねる様に離れる。


「すみません」


「いえ、お気になさらず」


 静かな時間が流れ心臓の鼓動が分かる状況で、馬車の扉がノックされ開かれた。


「申し訳ありません。前方に子供が飛び出して来てしまい、急停車いたしました」


「ぶつかってはいないんですよね?」


「そう聞いておりますが、念の為確認して参りますので、お待ち下さい」


 先に口を開いたクラウス王子に聞かれ、駆けつけた兵士が慌てて走って行く。

 馬車の扉は開いたままだ。


「僕が今閉めるから――」


「いえ、構いません」


 私を気遣ってか、クラウス王子が動こうとするのを私は止めた。


「少し様子を見て来ます。クラウス王子は中に」


 了承も得ずに私は外に出て、前方に向かう。

 前にある別の馬車を二つ過ぎ、一番前に行くと確かに子供が倒れていた。

 幼い少年と少女。

 二人の兄妹だろうか。


 ――そんな子供が、無理やり座り込んで編まれた入れ物をこちらに向けている。


「イリナ様。申し訳ございません、直ぐに退かしますので、今しばらくお待ちくださいませ」


「良いから。何だって?」


「それが」


 兵士が言い淀んでると、少年が怯えた声を発した。


「何か、食べ物を……ください」


 入れ物をこちらに向けて来る。

 困ったな、何の食べ物が余ってるか分からなければ、これから馬車で大移動だ。

 それだけは私にも分かっている。


「イリナ様、どうか中へお戻りください。此処は我らが対応いたしますので」


「私が何かするとでも?」


 そう聞いた途端、騎士が気まずそうな表情を見せた。

 この子がどんな子なのか、更に確信が持てた気がする。


「……そういう訳では」


「すみません、心配してくれてありがとうございます」


 そう言うと、騎士が驚いた表情をする。

 まるで豆鉄砲を食らったみたいだ。


「食べ物って言われても、私達も渡す程はないと思うんだ。食料って重たいし」


「だったらせめて、銀貨の一枚でも……。俺の分は要らないから、妹の分だけでも!」


 少年が近くに居る少女の肩を抱きかかえながら、訴えて来る。


「良いよ。余り多く渡しても大変だからね。ねぇ貴方、大人の貴方が一日食べるのに困らない金額を、この子に渡してあげて」


「……よろしいのですか?」


「えぇ、渡して」


「ほんとか!? ありがとう。ありがとうございます」


 少年が嬉しそうに声を出し、少女も隣で微笑んでいた。

 これじゃ、ただの偽善者だ。

 それに後ろから出て来たクラウス王子も見ている。


 ……良い行動は、何かを隠してるって思われるよね。


「君達、これを大切にするんだぞ」


「ありがとうございます」

「これで、食べ物が買える」


 兵士がお金を渡し、二人が更に嬉しそうにする。


「最後に、一つだけ」


「何だよ、やっぱりお金は……」


「違うよ。誰も返せなんて言わないよ。ただ、同じやり方をしたら許さないから約束ね?」


「あぁ……約束する」


 駄目だ。

 この子、また同じやり方で馬車を止める。

 そんな気がした。


「御者の貴方。この二人の事は、覚えられたわよね?」


「はい」


「だったら、次からは止まらないで良いから。今、約束したもんね?」


「そんなの……嘘だろ?」


「私、そんな優しい人に見える? これでも沢山嫌われてる、悪い令嬢なんだよ?」


 これぐらいやっとけば、周囲も納得してくれるに違いない。

 少年に少女よ、本当にごめんね。

 でも、未来の当たり屋にもしたくないの。


「分かった?」


「はい……」

「分かりました」


 そう頷いた二人が道から出て、細い路地を走り出して行く。

 小さく、誰からも見えない位置で私は手を振っていた。

 頑張って二人とも、私も頑張るから。


「これで進めますね?」


「はい」


「では、お願いします」


 外に出ていたクラウス王子を横目に、私は馬車の中に戻る。

 クラウス王子が後に続き、馬車がゆっくりと動き出す。


「意外、だったかな」


「何がですか?」


 私は答えながら、棚を漁っていた。

 何があるか分からないが、水が常備されてるって事はお湯が作れるのだろう。

 ずっと何も飲み食いをしていない、紅茶ぐらい入れてみようかな。


 ――そう言えば私、先輩にレモンティーを頼んだんだったかな。


「子供を助けるとはね」


「助けていませんよ、最後の聞いてましたよね? それとクラウス王子も飲みます?」


「お願いするよ」


 不思議なポットの様な物を出して、水を入れると段々と熱気が出て来る。

 クラウス王子も止めないのだから、間違ってはいないのだろう。


「分かりました。それと、子供に関しては特に言う事はありません」


 馬車が余り揺れないのを良い事に、ティーカップを用意していく。

 それに、カップが置ける様に木の机が一部削られていた。

 本当に便利である。


 ――不思議と身体が覚えている気がした。

 どうすれば紅茶を入れられるのか。

 感覚を頼りに作れてしまう。


「でも、君がただの悪い人間だとは、どうしても思えないんだ」


「それはクラウス王子が決める事です」



 急に善人評価をされても困ってしまう。

 今の私の立ち位置すら分からないのだから。


 そして静かに時間だけが過ぎ、馬車が走る中で紅茶が完成した。

 ゆっくりとティーカップに紅茶を注ぎ入れ、私はクラウス王子に差し出す。


「どうぞ」


「ありがとう」


 それを、クラウス王子が不安そうな顔で受け取った。

 まさか毒でも入ってると思っているのだろうか。


 そう思い先に飲んでみてが、普通に美味しかった。

 やがて私の様子を見たクラウス王子がカップを口につけた。


「んっ……」


 一口飲んで驚いた様子を見せるクラウス王子。

 その顔は我慢していても、とても苦いと静かに訴えていた。


「私が入れる紅茶が甘いと、思ってましたか?」


 これでも悪役令嬢、というのは関係ないし。

 私としては、やっぱり普通に美味しいつもりだ。


 味が濃い方が好きと言うか、甘いか苦いか。

 極端な物を好む事が多い。


「いや、これはこれで美味しいと思うよ」


「それは良かったです」


 それに飲み物を飲んで、やっと落ち着けた気がする。

 だからか、ようやく一つ決まった。


 こうなったら仕方ない。

 覚悟を決めるんだ私。


「クラウス・ヴェルタランタ王子」


「何かな」


 再び紅茶を飲んでいたクラウス王子がカップを置いて、私の方を見てくれた。

 そんなクラウス王子と目を合わせ、私は口を開く。


「色々ありましたが――」


 薄暗い馬車の中で私は、精一杯の悪い笑みを浮かべた。


「改めて、よろしくお願いしますね」


 なってやろうじゃない。

 私が思う、悪役令嬢に――!



 最後まで読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたのなら、下記の『☆☆☆☆☆』をタップして、【★★★★★】にしていただけると嬉しいです!


 皆様の応援や反応が、執筆の原動力に繋がります!

 何卒よろしくお願いいたします。



 ――海月花夜――

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