答えを知る旅
【登場人物】
アカネ(博士課程7年目の研究者、静かで芯が強い)
ハル(修士を終えて就職予定の後輩、論理的で合理主義)
ユリ(アカネのAIアシスタント、明晰で礼儀正しい)
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【場面:夕暮れの研究室。窓の外から祭囃子が聞こえてくる】
ハル「まだ研究してるんですか、アカネ先輩?」
アカネ(笑って)「うん、まだ“わからない”ってことが好きだからね。」
ハル「AIに聞けば全部わかる時代に、“わからない”のが好きって、ちょっと変わってません?」
ユリ(控えめに口を挟む)
「アカネ様の研究テーマに関して、統計的推論に基づく仮説モデルの提示はすでに完了しています。必要であれば、最適な結論をご提案します。」
アカネ「ありがとう、ユリ。でも今日は、自分で“運”について考えてみたいの。」
ハル「“運”? そんなの、確率論か認知バイアスの話でしょ。95%くらいAIが説明できるんじゃないですか?」
アカネ「でもね、その残りの5%が、人間を動かすことがあるのよ。“偶然そうなった”っていう納得感。あれがあるから人は何かを信じたり、挑戦したりする。」
ハル「非効率ですよ。最短ルートを示されてるのに、なぜ自分で歩くんです?」
アカネ「歩くことでしか見えない景色があるの。博士課程って、そういう旅じゃない?」
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(沈黙。窓の外で子どもたちの笑い声と太鼓の音)
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ユリ「文化的背景として、現在行われている祭りは、AIによる再現行事です。視覚・聴覚・嗅覚すべてにおいて本物と識別できないレベルです。」
ハル「なのに、なんで“本物の祭り”って言われるんでしょうね。」
アカネ「それは、意味を共有してる人間がいるから。文化って、答えじゃなくて“感じ方”の連鎖なのかも。」
ハル「じゃあ、博士課程も、“意味を感じたい人のための道”ってことですか?」
アカネ「うん。“問いたい”っていう気持ちに理由はいらない。
それが人間の、たぶん、最後に残る自由なんじゃないかな。」
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ユリ「では、お聞きします。アカネ様にとって、博士課程とは何ですか?」
アカネ(少し考えてから)
「……“答えを知る旅”じゃなくて、“答えを問う自分に気づく旅”。
それを、AIには代われないと思うの。」