冷たい旦那様の甘過ぎる執着
私は、御園 楓。
親同士の取り決めで、国内有数の財閥・久世家の御曹司――久世 怜司と結婚した。
「愛なんて、俺には必要ない。形だけの結婚だ」
結婚初日、彼はそう言った。冷たくて、近づくことさえ許されない雰囲気。
私はただの“名ばかりの妻”。そう思っていた。
だけど――。
「誰にも触れさせないって言ったろ?」
「……怜司さん?」
「お前は俺の妻だ。それ以外、何もいらない」
気づけば、毎朝キスで起こされ、仕事中も頻繁に甘いメッセージが届く。
クールだった彼が豹変したように、私にだけは甘く、独占欲をむき出しにしてくるようになった。
これは、愛なんていらないと思っていたふたりが、
契約の中で本物の愛を見つけていく――甘くて激しい「白い結婚」の物語。
「今日、会食だ。準備してくれ」
怜司さんの声は相変わらず冷たい。
だけど、それ以上に――どこか、不器用な優しさが滲んでいる気がする。
仮面みたいな表情の奥を、私はまだ知らない。
「わかりました。服装は……フォーマルスーツでいいですか?」
「いや。ドレスにしろ。俺の“妻”だからな」
そう言った彼の頬が、わずかに赤く染まった――気がした。
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会食会場のホテルは煌びやかで、まるで舞踏会のよう。
怜司さんの腕に手を添えて歩く私を、周囲は羨望の眼差しで見てくる。
「……よく似合ってる」
「え?」聞き返すと、怜司さんは視線を逸らした。
「ドレス。似合ってるって言ったんだ」
その瞬間、胸がきゅっと痛くなる。
こんな風に褒められたのは、初めてかもしれない。
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会食の終盤、ワインで足元がおぼつかなくなった私に、怜司さんがさっと手を差し伸べた。
「……無理するな。俺が支えるから」
「怜司さん……?」
「お前が思ってるほど、俺は冷たくないよ」
耳元で囁く声に、心臓が跳ね上がった。
彼の手のひらが、こんなにあたたかいなんて――知らなかった。
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その夜。帰宅後。
着替えようと寝室に戻ると、怜司さんが私の背後からそっと抱きしめてきた。
「どうして……急に優しくするんですか?」
「最初から、お前を手放す気なんてなかった。ただ……どうしていいかわからなかっただけだ」
「……怜司さん」
「俺はお前を、ちゃんと愛したい。契約なんかじゃなくて」
その言葉は、契約の壁を壊す魔法のように、私の胸に響いた。
怜司さんが本気で「愛したい」と言ってくれた夜から、私の世界は少しずつ変わり始めた。
朝、目が覚めると隣には彼がいる。
出勤前には「行ってくる」とキスをくれる。
まるで、本物の――夫婦みたい。
でも、どこかで私は怯えていた。
これは一時的なものなんじゃないかって。
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そんなある日。
怜司さんが珍しく、早めに帰宅してきた。
「……外、歩こうか」
「え?」
「たまには、人目を気にせず、君と並んで歩きたいんだ」
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夜の街を、手を繋いで歩く。
怜司さんはふと立ち止まり、静かに言った。
「俺の母親も、政略結婚だった。父は一度も母を見ようとしなかった。愛なんて、俺には無縁だと思ってた」
それは初めて聞く、彼の過去。
「でも……君が、笑ってくれるだけで……なんでだろうな。胸の奥が、温かくなる」
「怜司さん……」
「俺は君を幸せにしたい。……これは俺の“契約”じゃなく、“願い”だ」
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その言葉に、私は思わず彼の胸に飛び込んでいた。
「私も、ずっとあなたのそばにいたい……。契約じゃなく、本当の妻として」
「……じゃあ、もう言葉はいらないな」
唇が重なり、夜の風がそっと包み込んだ。
これが「白い結婚」の終わりであり、
“本物の愛”の始まりだった。