3 悪役令嬢は氷の貴公子と優雅に踊る
卒業パーティ当日。
モニカはポケットの中にちゃんと薬の瓶が入っていることを確認して、マルティンに視線を向ける。
目で合図し合う二人が、エミリアの姿を探していると、入口の方から騒めきと悲鳴が起こった。
「なんだ?」
「なにかしら?」
首をかしげるモニカの前に現れたのは、探していたエミリアの姿。
着飾ったエミリアはいつもより一段と輝いて見え、男女問わず目を惹いていたが、それ以上に注目されたのが、隣に立つウェルクスだ。
エミリアをエスコートする二人の衣装はこの日のために色やデザインを合わせたものになっており、一目で二人の関係の親密さが伝わってくる。
このように合わせた衣装を着るのは、夫婦や婚約者ぐらいだ。
「モニカ、こんにちは。とても可愛らしいドレスね。モニカによく似合っているわ」
「あ、ありがとう。エミリアも綺麗よ」
ひくひくと、口元を引きつらせるモニカは、隣にいるウェルクスをちらりと見る。
その視線に気がついたエミリアはにこりと微笑んだ。
「今さら紹介しなくてもモニカはウェルクスを知っているわよね。ウェルクス。私の友人のモニカ・ライシリルよ。隣が婚約者のロッド様」
「はじめまして」
相変わらずの無表情で挨拶をするウェルクスに、モニカとマルティンは動揺しつつも「はじめてお目にかかります」と、なんとか挨拶をした。
「え、エミリア、どうしてウェル――リーゼルド様と一緒なの?」
問いかけるモニカの表情は固い。
「ええ、発表はまだなのだけど、ウェルクスとは婚約が決まっているの」
「えっ!」
驚き、目を見開くモニカ。隣のマルティンも声もなく驚いている。
「黙っていてごめんね、モニカ。両家の話し合いで、卒業までは秘密にしておくことになっていたの。だから、今日、ようやくエスコートしてもらえるの。ね、ウェルクス?」
「ああ。やっとエミリアの隣に立てて、俺も嬉しいよ」
エミリアが可愛らしく返事を求めれば、ウェルクスもそれに応えて優しく微笑みかけた。
氷の貴公子の貴重な笑顔に、周囲にいた人達がどよめく。
「リーゼルド様が笑ってらっしゃるわよ!?」
「これは夢かしら。どなたか頬を叩いてくださらない!?」
「笑顔も美しいとかどういうことですか!」
「婚約と聞きましたが本当なのでしょうか?」
「そんな……!」
喜ぶ者、落ち込む者、信じぬ者、驚く者。
反応は様々だ。
周囲の喧騒を無視して、エミリアはモニカに笑いかける。
「今度婚約パーティを行うから、ぜひモニカも参加してね」
「え、ええ……」
動揺が隠せないモニカは、目的を思い出す。
「そ、そうだわ。前祝いじゃないけれど、乾杯しましょう。私、持ってくるわね」
急いで飲み物を取りに向かったモニカは、周囲の注目がエミリアとウェルクスに向いているのをこれ幸いと、薬を入れた。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
ひそひそと声をひそめてマルティンがモニカに問う声は焦りが感じられる。
しかし、それはモニカも同じ。
「このパーティを逃したら、学校にいる時と違って、あなたがエミリアに会う機会がなくなるじゃない」
モニカは友人として会う機会もあるかもしれないが、モニカの婚約者でしかない、特に仲のいいわけではないマルティンがエミリアに会える機会などほぼないと言っていい。
「近々婚約発表するらしいし、余計に早くしないと」
「だけど、リーゼルド様はどうするんだ? エミリアの側にいるのに」
「それは飲み物をかけて服を汚したりして、エミリアと離せばいいわ。とりあえず、今日のチャンスを逃したら後がないわよ」
「そ、そうだな……」
押し切られる形となったマルティン。
モニカは平然を装って、二つのグラスを持ってエミリアのもとに戻った。
「はい、エミリア」
薬の入った方をエミリアに渡し、薬が入っていない方のグラスをウェルクスに渡そうとして、手を滑らせたように見せかけて袖に零した。
色のある飲み物だったので、すぐにシミになる。
「あっ、申し訳ありません、リーゼルド様! すぐ汚れを落とした方がよろしいです」
そう言って、わざとではないと言うように装い、ウェルクスを会場から外に出そうと試みた。
しかし、ウェルクスは動じることなくエミリアの持つグラスを取り、近くのウエイターが持っていた飲み物をエミリアへと渡す。
「気にする必要はない。少しかかっただけだ。それより先に乾杯しよう」
ウェルクスはそう言って、エミリアが持っていた薬入りのグラスをモニカに渡そうとする。
「え……」
予想外の流れに、顔を強張らせるモニカとマルティン。
「ほら、どうした? 受け取ってくれないと乾杯できないだろう」
「あ、いや、でも……」
視線を彷徨わせるモニカ。
「それともなにか? このグラスの飲み物は飲めないとでもいうのか?」
ウェルクスの氷のような視線がモニカを射貫き、体を硬直させる。
ウェルクスがすっと片手を少し上げると、ウェイターの格好をした数人が集まって来て、モニカとマルティンの両手を拘束する。
「なにするのよ!?」
「なんだよ!」
「自分で飲めないなら俺が飲ませてやろう」
そう言って、表情の抜け落ちた顔でモニカの顎を掴むと、無理やり薬入りの飲み物を口に注ぎ込んだ。
エミリアを陥れるために用意した薬をたっぷりと飲みこんでしまったモニカは、ゴホゴホとせき込む。
そして、ウェイターはモニカのポケットをあさり、薬の瓶を取り出す。まだ半分残っている原液を、マルティンに無理やり飲ませた。
それを冷めた視線で見るウェルクスは、ウェイターに指示を出す。
「二人を一緒に閉じ込めておけ。婚約者同士だ。既成事実ができても問題ないだろう」
はっと顔を上げるモニカの顔が絶望に染まる。
「いや、待って。お願い、エミリア助けて!」
ズルズルと連れ去られていく二人を、エミリアは無表情で見ていた。
そして、ウェルクスは周囲にも視線を向ける。
「俺のエミリアにずいぶんと悪い噂を流した者がいるようだが、今後同じことが起こればどうなるか、覚悟して行動しろ」
周囲を威圧するウェルクスに恐れおののいたのは、一人二人ではなかった。
「そういえば、一番派手に悪女だって言い出したグループの奴らが今日来てないような……」
誰のものとも知れぬその声は決して大きくなかったのだが、やけに会場内に響いた。
まるで空気を入れ替えるように始まった音楽。
誰も先ほどの騒ぎを口にする者はいなかった。
ウェルクスはエミリアに手を差し出した。
「踊っていただけますか?」
エミリアはクスリと笑って手を乗せた。
学生だけのパーティとはいえ、公の場でウェルクスと初めて踊るダンス。
周囲の生徒が目を奪われる。
踊りながらエミリアはため息を吐いた。
「本当に、ウェルクスったら過保護ね。また友達をなくしてしまったわ」
「今回に関しては文句は言わせないぞ。あそこまでひどいのに引っかかるエミリアが悪い」
モニカに話しかけられるまでエミリアに女友達がいなかったのは、これまで仲良くなっても、ウェルクスの厳しすぎる合格基準に満たなかったために排除されてきたからだった。
「次こそはちゃんとした友達が欲しいわね」
「エミリアには俺がいればいいだろう?」
「それはそれ、これはこれよ」
そう言いつつも、ウェルクスの重い愛情を、エミリアは嬉しかった。




