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宵の一刻

作者: 藤泉都理

【小雪】




 日の恩恵を一切受けない路地裏。

 ビルの壁に肩と後頭部を預けた少年の頬と瞼は膨れ上がり、顔のあちらこちらが切れてか細い血が流れていた。

 見るも無残なその顔に、けれどその少年の幼馴染は駆け寄る事もなく話しかける事もなく、それどころか冷淡に少年の胸目がけて蹴りの一撃を喰らわした。


 途端。


 少年の身体が胸を中心に一気に、あり得ぬ程に膨れ上がったかと思えば、針で刺した風船のように呆気なく破れ、握りしめた石灰石のように粉々に砕け散った。


 夥しい血肉や骨が少年の幼馴染に、ビルの壁に、地面に注がれるはずだった。


 が。


 何もなかった。

 何も残らなかった。

 少年の痕跡は微塵もなかった。




 少年の幼馴染は瞼を少し下ろして、息を吐いた。

 少し強く、長く。

 そして呟いた。


 何処に居るんだよ。と。











(2022.11.26)



【霜降】




 面白くないなあ。

 退屈だなあ。


 夢も希望もなく、ただ不満だけを口にしながら生きて行くのだと思っていた。

 けれど、独りではない。

 あいつと一緒に。


 あいつが傍に居てくれるものだと疑わなかった。

 例えば二人で居ても面白いとも楽しいとも感じず、不満だけしか口にしなかったとしても。

 あいつがずっと傍に居るのだと疑わなかったのだ。






 見つけてくれないかい。

 あいつの養い親であり俺たちの師匠とも言える彼からそう願い出されて即了承すると、言われたのだ。


 あの子に似た化け物か、あの子の脱け殻がこの町のあちらこちらに出没するけれど、あいつらの手を取ってはいけない。

 手を取ると。


 連れて行かれる。と。


 あの子の手だけしか取ってはいけないよ。


 と。











 違う。

 違う違う。

 こいつもこいつもこいつも。


 なあ。

 なあおまえ。

 本当は。











(2022.11.27)



【大雪】




 もしかしたら。

 あいつはこの手の先に居るのではないか。と。


 何度も何度も何度も。

 あいつに似た化け物の、あいつの脱け殻の胸に蹴りの一撃を喰らわして。破壊させて。消して。


 分かっている。

 あいつではないのだと。

 けれど。

 あいつを殺しているのでは、と。

 俺のこの足で。

 何度も何度も何度も息の根を。


 もしかしたら。

 あいつはこの手の先に居るのではないか。と。

 疑ってしまう。

 期待してしまう。


 この。

 俺と同じ大きさの手を取れば。 

 取ってしまえば。


 楽になれる。

 

 もうあいつを。


 違う。

 違う違う違う。

 俺はあいつを殺してなどいない。

 吞まれるな吞まれるな呑まれるな。


 早く。

 早くあいつを見つけなければ。






 不規則に点滅する赤ランプに照らされながら、俺は廃工場の壁に背を預けた。

 先程まであいつの偽者がそうしていたように。

 ひどく冷たかった。

 トタン壁に接する背中だけではなく身体のあちらこちらが。

 まるで。


 まるで、死者に触れているようで。


 冷たすぎる温度に耐えきれないと悲鳴を上げた身体は望んだ。

 同じ温度になりたいと。

 同時に。

 同じ温度になりたくないと。


 拒絶する身体が熱を求めたのだろうか。

 涙が生まれ出た。


 上氷のように薄く。

 荒波のように厚く。

 松葉のように細く。

 暁露のように丸く。


 火傷しているのではと錯覚してしまうくらいに。

 熱かった。











(2022.11.28)



【冬至】




 恨み辛みをずっと抱いていた。

 おまえさえ。

 おまえさえ居なければ俺はさっさとこの世からおさばらしていたと思う。

 おまえさえ居なければ。

 俺はきっと、誰かに、何かに殺されて、終わっていたと思う。


 面白くない。

 退屈だ。

 おまえは常々そう言っていた。

 それでも生きるとおまえは言った。

 生きると言う。


 羨ましい?

 いいや。

 恨めしい。

 言ってくれるなよ。

 俺と一緒に。

 だなんて。


 自堕落な俺はそれでも、生より死へと傾けているのだから。




 だから。




 追いかけてきてくれるなよ。











(2022.12.6)



【小寒】




 灰を塗した白の空間に黒の星が落ちた。

 時に火球となって、時に流れ星となって、時に塵芥となって。










 あいつに似た化け物が、脱け殻が、幽かに銀朱を発光する。

 深い銀朱の涙を、血をか細く垂れ流す。


 これで終いだ。


 鈍臭く伸ばされる手を掴む。

 握り潰す勢いで。

 否。

 実際に握り潰している。

 崩壊の音がした。

 乾き細かな亀裂が走るペンキの音だ。

 誰も気づきはしない仄かな。


 必死なおまえは不要いらない


 おまえは言うだろう。

 互いに自堕落だったからこそ共に居たのだと。

 そんな顔をしているおまえは。

 こんなに強く求めるおまえは不要と。


 悪かったな。

 悪い。

 おまえが生きたいと思っていないのは知っている。

 知っているのに、繋ぎ止めた。

 俺が生き易くする為に。

 ああ、全部俺の為だ。

 おまえの為だなんて、口が裂けても言えない。

 生きる理由を教えろと言うのならば。

 俺の為に生きろと。

 身の毛がよだつ事しか言えない。




「俺に殺され続けるのにも嫌気がさしただろう。一緒に帰ろうや。帰って、死んだように生きようぜ」

「そう言えば、俺が一緒に帰ると思ってんのか?」

「ああ?いや。断るだろうけどよ、宣言だけしとく」

「………もうおまえに追いかけられるのはうんざりだ」

「おう」


 強くにぎられていた手を追い払って先へ進む少年の後を、少年の幼馴染は追った。

 がらになく、満面の笑みを浮かべて。











(2022.12.31)


      

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