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ユートピアを築こうよ……水舟丘陵の弱者たち  作者: 黒機鶴太
第Ⅰ章 出奔
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009 最初の戦い

「舟を奪う……。他に方法はないのか」


 シロガネが歩きながらハシバミへと尋ねる。

 村の財産である舟及び筏が五艘。頭領個人所有が二艘。特権階級の一人の所有が一艘。


「今まで僕たちは村に尽くした。そのお礼にひとつ借りるだけだよ」


 梅雨になれば増水の危険がない陸地まで八艘引き上げるのも若衆の仕事だったし……。下流に向かった舟を引き揚げるのは屈強な大人たちの仕事だったな。僕も来年から加わるところだったのか。


 ハシバミの答えにシロガネは黙りこんでいた。川の音だけが聞こえる。


「そうだな」としばらくして答える。「せっかくならばライデンボクさんのものにしよう」


 *


 舟着き場にランプは灯っていなかった。最初は誰もいないのかと思った。


「やはりここに来たか」


 上士頭のヒイラギさんの声が道からした。護衛の上士二人がロウソクによる提灯を手にしている。明かりは油によるランプに劣るし安定しないが、長時間もつ。ヒイラギは刀を抜いていた。


「舟番どもも槍を持て」


 この声は、嫌いな上士の最上位に位置するホソバウンラン。川にかかった簡易桟橋の渡し台にいた。弓を構えたこいつの背後には、へっぴり腰で槍を構える人影が四人。それぞれが月明かりに照らされる。隠れていやがった。


「明かりを消せ。矢で狙われる」カツラが小声で言う。「ヒイラギさん、何かあったのですか?」


「白々しいことを言うな。筒抜けなんだよ」

 ホソバウンランが叫ぶ。


「頭領が極めてお怒りだ。カツラ、若衆をそそのかした罪でお前を逮捕する」

 ヒイラギの声も荒い。「シロガネも同罪だ。二人は一緒に来い。他の連中は宿舎に戻れ。沙汰は明日告げる」


「俺は悪いことをしていない。だからあんたに従わない」


 カツラが言うなり刀を手にした。包んだ布を隣りにいたコウリンに押しつける。


「それはなんだ? 先月紛失したクマザサ様のものではないか」


 ヒイラギが特権階級の名前をあげる。カツラが「しくじったな」と笑う。


「ヒイラギさん、僕たちは戦いたくありません。でも二人を守るために、二十五人全員があなたたちの相手になります」

 クロイミが後方で言う。


「二十五人だと?」


「ここにいるのは先発隊です。それだけの若衆が村に失望しています。カツラとシロガネさんに罪はありません」


 ハシバミも大法螺に付き合う。

 カツラは刀を盗んでいたけど。今から船も盗むけど。

 実質は九人対八人。武器は圧倒されている。


「ブルーミーは村に戻れ。みなを呼べ」


 ヒイラギの声に提灯がひとつ坂道を登っていく。


「追おうか?」ツヅミグサが言う。


「必要ない。みんな戦おう」


 川の音と森の静寂。ハシバミは弓を手にする。クロイミとコウリンも鉈を握る。


「お前は誰だ? お前は謀反罪だ!」


 ヒイラギが刀を中段に構えて駆けおりる。カツラが迎え撃つ。どちらも斬ると言うより叩くと言うべきなまくらの刀。もちろん殺傷能力は充分すぎる。カツラが力で押す。


「痛え!」ツヅミグサが悲鳴をあげた。「ホソバウンランの豚小屋野郎め」


 ツヅミグサは肩を押さえていた。

 月の明かりにホソバウンランの影がまた矢をつがえるのが見えた。ハシバミは初めて人に向けて矢を射る。この距離での大きい獲物。外しようがないのに外してしまう。

 ホソバウンランがハシバミへと弓を向ける。


「うっ」とホソバウンランが体勢を崩しかける。背後の人影が彼へと槍を刺していた。


「うわああ!」


 二人はホソバウンランを押す。彼は川へと落ちる。


「お、お前らも川に飛びこめ! 突き殺すぞ」


 その声に残った舟番二人が槍を置き、川に水しぶきを立てる。


「若衆の人たちですよね。僕たちも連れて行ってください。お願いします」

 二つの人影が頭を下げる。


「ベロニカとアコンかよ。最高の裏切りじゃねえか」


 ツヅミグサが隣に来て笑う。肩の傷は浅そうだ。




 十一人対二人。勝ち目がないことは分かっているのに、ヒイラギは逃げない。五本の槍と二本の刀に囲まれてもだ。


「ヒイラギさん、立ち去ってください」

 ハシバミは矢を向けたまま落ち着いた声で告げる。「さもないと倒します」


「お前たちは分かっていない」

 ヒイラギは必死に答える。「若者が憂さ晴らしに村を離れるなんてよくあることだ。すぐに逃げ帰ってくる。だが、お前たちは二度と村に戻れないぞ」


「立ち去れ」ハシバミはもう一度だけ言う。「さもないと殺す」


 ヒイラギともう一人の上士は無言で道を登っていく。


「僕たちはすぐに出発するべきだよ。村から怒りの匂いが漂う」

 ゴセントが言う。


 そんなものをハシバミは嗅げないけど。


「よし、みんな船に乗ろう。ええと、ベロニカとアコンだよね、ありがとう。とびきりの舟を選んでおくれ」


「ハシバミ、忠告しておくぞ」

 カツラが刀を鞘に入れながら言う。「このチームの――」


「まずは対岸を目指す。忠告は舟の上で聞く」ハシバミは答える。




 舟番小屋の備品もごっそり頂戴して、一番手前にあった舟へと若者たちが乗りこむ。すぐに川の流れに乗る。サジーとベロニカが梶を持つ。振り向いても丘は闇と林で見えない。

 これで九人は生まれ育った地に二度と戻れることはない。生まれ育った村が消滅したベロニカとアコンのように。

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