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ユートピアを築こうよ……水舟丘陵の弱者たち  作者: 黒機鶴太
第Ⅰ章 出奔
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006 それぞれの決断

「だったら俺も連れていけ。上士の作業服を返さなくて済むしな」


 カツラが服を絞りながら言う。彼の黄色い肌は逞しくて弓矢など弾きそうだ。


 いきなり賛同者が得られるとは思わなくて、ハシバミは一瞬返事をできなかった。しかもカツラだ。仮に戦闘が起きたとしても、これ以上の仲間はいない。でも、それ以外ではどうだろう。ハシバミたち若衆と足並みをそろえてくれるだろうか。むしろボスとして君臨しようとする可能性のがある。

 かまうものかとハシバミは結論付けた。カツラになんでも任せるなんてしない……。

 ハシバミは、自分が村を飛びだす本当の理由に気づいた。カツラと同じだ。ここが自分にとって窮屈だったんだ。小さくても自由な村を作りたい。


「カツラ、最高過ぎるよ」ハシバミはサムズアップだけする。


「僕も一緒に行きたいな」

 クロイミがさらりと言う。「みんなはぼろ糞にけなしていたけど、僕にとって若衆での生活は悪くなかった。来春に宿舎を追いだされたら、僕は二人の兄の下で働くことになる。三男なんて、楽しい暮らしが待っているとは思えない。

兄の家族は誘わないよ。逆に引き留められる。いまから僕をこき使える日を楽しみにしているから」


 カツラに輪をかけて至高の人材が同意してくれた。クロイミはでしゃばらず、それでいて賢いと自負するハシバミよりもはるかに頭がいい。勇気がないわけでもない。


「とにかく年配の人を誘うべきではないよ。あの人たちには守るものがある。若くて何も持たない連中が村を逃げだそうとしているのが、明るみになるだけだ」

 クロイミは続ける。「でも僕は正直に言って怖い。不思議だよな。ゴセントは村に残ることを怖がり、僕は村をでることを恐れる」


 クロイミはそれでも村をでる。自分の畑を手にする保証さえないのだから、いずれは一人で村を離れるかもしれない。

 やれやれと、ツヅミグサが言う。ハシバミへ曖昧な笑みを向ける。


「ここにいる四人が旅だつというのならば、俺も付き合うべきなのかな。……女の子は連れていけないよね」


「ツヅミグサは川の向こうに行ったことはあるか?」

 カツラが服を着直しながら言う。「俺は何度かあるが、足の弱い者に歩みを合わせられる場所ではない」


 ハシバミも、上士の演習の荷物持ちとして二度行っている。藪蚊とぬかるみに苦しめられた。


「ツヅミグサならば行く先々で女の子の歓待を受けるよ」

 ハシバミがにやりと笑う。「仲間は多いほうがいい。でも信じられる人だけでいい。奪う舟は一艘だけにしたいから、十二人までだ」


 四人がぎょっとした顔でハシバミを見つめる。それは重罪だ。縛り首だ。


「……だとしても川を渡るには舟が必要だね。貸してもらえるはずない。今日の舟番は誰だろう?」


 クロイミは冷静だ。こんな時のためのツヅミグサ。


「探ってくる。あとでハシバミの部屋に行くよ」


 ツヅミグサが川原を石伝いに跳ねていく。道にでるなり駆けだす……。あいつは顔だけでなく運動神経も頭抜けている。褐色肌も格好いいし、女の子にもてるわけだ。


「俺は上士数人に声かけてみる」

 カツラも立ちあがる。「若い奴限定だよな。上になればなるほど、村をでると聞くだけで腰を抜かす。……俺は神社でのゴセントを信じられた。彼は、俺に見えないものを見えると信じさせた。だから俺はここにいる。頭領が信じないのが不思議なぐらいだ。だから、俺は川を渡る」


 カツラがふいに対岸を見つめるので、三人も同様にしてしまう。

 岸辺を抜いた川幅は乾季である冬には五メートルほどになる。昔の痕跡が川底から現れる。いまは二十メートルぐらい。流れは速いが、ゴセントでも泳いで渡れる。荷物を背負えばハシバミでも無理だ。手ぶらで旅に出るわけにはいかない。


 ゴセントはとりわけ意見しなかった。昨日の朝の大騒ぎが嘘のように、静かにみんなを見つめるだけだ。


「もうライデンボクのことなど考える必要はないのにね」

 ハシバミも岩から腰をあげる。「三時間後にここで会おう。旅立ちの準備はしっかりとね。それと、僕がカツラの立場だったら、あまり上士を誘わない。若衆が数人出ていったところで気に留めないかもしれない。でも十人もいなくなったらどう思うだろう。それに君は村の戦力として別格だ。飛びだすなんて、ヒイラギさんもいい顔をしないだろう」


 おそらくカツラは半月ほどの懲罰でまた上士に戻されるはずと、ハシバミは思っている。そんなことを教える必要はない。この髪の毛ぼうぼうの大男は、もはや僕たちの戦力なのだから。

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