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ユートピアを築こうよ……水舟丘陵の弱者たち  作者: 黒機鶴太
第Ⅰ章 出奔
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005 ハシバミの天啓

 翌日の夕方、ハシバミ兄弟は二人の若衆とともに川で体の汚れを落としていた。過去に東北地方と呼ばれた地域の、しかも山間部の初夏だ。水は刃物みたいに冷たいけど慣れきっている。女の子たちの一団は上流に向かった。覗きにいったらよくて追放だ。これは上士にも当てはまる。


 ハシバミは、ゴセントが怯えた紙切れを岩に座るクロイミに見せる。彼の温和な目が鋭くなった。


「片側が焦げている。筒状だったと言うし、薬草を燃やしたのだと思う。その煙を吸うためだとしたら、指で持つには短くなったから捨てた。それこそ紙が捨てるほどある村から来たのだろうな。……そこには本があるかもしれない」

 賢いクロイミはそう推測した。「しかし、ライデンボク頭領が君たちの言葉を信じると思ったの?」 


「ましてや村から逃げだすなんてね。彼の村だぜ」


 もう一人が体を拭きながら言う。褐色の肌のツヅミグサだ。こいつは色男。若い女の子たちの一番人気。祭りの夜もどこかに消えたし、平日の夜もたまに……危険すぎるよな。

 二人ともハシバミと同じ十八歳だ。


「頭領がゴセントの話を信じるはずなかった」

 ハシバミも陸に上がり三人に言う。「でも僕は警告した。これで非難を受けることはなくなった」


 この村を守るのは僕の責任ではない。頭領や上士の仕事だ。


「やっぱり何か起きるだろうな。俺は神社の爺さんよりゴセントを信じる」


 ツヅミグサは危ぶないことも言う。

 クロイミが咎めようとして、みなが道へと顔を向ける。カツラが一人で歩いてきた。槍は持っていない。


「昨日は悪かったね。君も水浴びかい?」ハシバミが言う。


「若い上士のくせに非番かよ。うらやましいことだ」ツヅミグサが笑う。


「ツヅミグサうるせえ。俺はずっと非番になった」


 カツラはそう言うと、川へ作業着ごと飛びこむ。豪快な水しぶき。


「それって……」


「クロイミの察しのとおりだ」

 川から顔をだしたカツラが言う。「上士からはずされた。そこの兄弟のせいでな」


 カツラの天然パーマは濡れてもこんもりしたままだ。


「ははは、上士昇格最速記録とクビまでの最短記録を塗り替えたな」


「ツヅミグサここに降りてこい! 俺はな、頭領のご機嫌をとるために、説教を聞くために上士になったわけじゃない。従えないならば村から出ていけ、などとほざくから、『出ていくさ、強い男は一人でも生きていける』と言い返してやった。

直後に言いすぎたなと思った。上士頭のヒイラギさんが駆けつけてくれなかったら、クビで済まなかったかも。でも俺は上士の特権に興味ないし、村のみんなを棒で見張るなんて糞くらえだった。

で、若衆からやり直せだと。ハシバミの組は来週から開墾作業だよな。俺をお前の組に入れろ。五人分働いてやる」


「畑をひろげる必要なんて、じきになくなる」ゴセントの静かな声がした。


「おおゴセントくん、君を探しに来たのだぜ」カツラが平泳ぎで岸に近づく。「君が頭領に言ったことは、気を引くための嘘か?」


「嘘であってほしい」ゴセントがうなだれる。


「ならば君は村をでるんだ」

 カツラが水を垂らしながら陸に上がる。


 唐突なひと言に静まり返ってしまう。五月だから川も静かなまま。




「村をでるなんて、川の向こうにひろがるのは……」

 クロイミが青ざめた顔でようやく呟く。


 頭領の悪口ならいくらでも言えるツヅミグサでさえ、ここから立ち去りたいようにそわそわしだした。それでもカツラを見て、ハシバミを見つめる。ハシバミの言葉を待っている。

 ハシバミは天啓のごとく閃いた。


「そうさ。僕たちは村をでる。すぐにだよね?」

 以前から練っていたかのように、ゴセントへとウインクする。


「うん」ゴセントも阿吽の呼吸だ。「僕とハシバミは村から逃げだす。望む人だけを連れて、今夜抜けだす」


 今夜だと? それでもハシバミは頷く。みんなを見わたす。そうさ、すぐにだ。

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