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ユートピアを築こうよ……水舟丘陵の弱者たち  作者: 黒機鶴太
第Ⅰ章 出奔
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004 年老いた頭領

 三十年ほど前までは、神社における長老会の合議で村の様々が決定された。その昔より平均年齢が著しく低下したので、長老と呼ばれる人々も五十歳未満がほとんどだった。

 いまは合議制は廃止されて、ひとりの男が全てを取り仕切っている。彼はいつしか『頭領』と呼ばれるようになり、ブナ林が残る神社一帯は、一族の住まいとなっていた。


 ライデンボク頭領は、この島国では一般的な黒髪に黄色い肌だ。若いうちに上士団のリーダーとなり、長老会の末席に座り、あっという間に上座に位置するようになった。ついで、老人というだけで参加できる会を解散させた。不平を声高にする者を追放した。

 それだけ聞くと獰猛な人間に思われるが、実際は冷静で衝動的な振る舞いをしない男だった。

 長老会を解散させたのも沈着な判断によるもの。交易で訪れた空の民によりカブ(・・)が村に入ったときに、感染者と関わる者を無慈悲に追放したのも冷静さゆえだ。四十名からなる山賊団が村を襲ったときに、みずから先頭に立ち谷へと誘いこみ、悪党どもを屈服させたのはしたたかな智謀によるものだった。

 投降したものを一人残らず処刑したのさえ残酷さゆえではなかった。


 ライデンボクは、忌み嫌った長老会のメンバーたちの年齢を越えてもまだ生きていた。


 *


 神社の奥の部屋の窓にはガラスが使われていた。割れたところをプラスチックの板で補強している。朝からロウソクが四方に灯されていた。ここが面会の間とハシバミは思う。

 頭領はすでにいた。


「初めてみる顔だね。さあ座りなさい」


 座布団に腰かけた白髪の老人がうながす。ハシバミたちは木板の床に正座する。ハシバミは、頭領が記憶より縮んだように感じる。すぐに目線をさげる。


「お会いできるどころか話を聞いていただけるなんて光栄です。僕はハシバミです。それと弟のゴセント。彼は頭領に名付けてもらいました」

「うん。しっかりした話しぶりだ。将来楽しみだ。それと……ゴマくんか。たしかに名付けた。うん。かわいい赤ん坊だった」

「弟はゴセントです」

「そうだったな。もう言い間違いをただすなよ。若衆は変わらず頑張っているらしいな。狭い村だ。君たちもたまにはご両親にお会いすればいい」

「父母は三年前に亡くなりました」

「カブの仕業だな。私の人生であの冬より悲しい時間はない。うん。カツラによると村に危険が近づいているらしいな。あの病よりもか?」


「はい」とゴセントが初めて声をだす。「はるかにずっとです。僕たちは村を捨てすぐに逃げないとなりません」


 部屋の入口に立つカツラからぎょっとした気配が伝わった。ハシバミは急いで口を開く。


「頭領。弟は予知能力があります。若衆でも信じている人は多いです。台風も予言しました。カブが入りこむのも予見して両親に警告しました。西の若衆から感染者がでなかったのも、ゴセントのおかげです」


 実際のところ村を捨てるなんて、ハシバミには現実感がなかった。それでも告げた。


「そうか。最近の世代にそういう者がいることは聞いたことがある。ならば尊重すべきだろう」

「では――」

「だがな、村の民は七百人にもなる。一時は千人を超えたが、あれは村のキャパも越えていた。それでな、七百人の移動と言うのを私には想像できない。しかも今は五月だぞ。一月後には梅雨が始まる。標高が低い場所は水浸しになる。病が蔓延する。その後には夏が来る。移動できるのはせいぜい朝十時までだ。

ゴマくん、私はどんな危険が現れるより、新天地の丘を探してさ迷うほうが危ないと思うよ」


「ゴセント、何が起きるんだ?」


 カツラがいきなり声をかけてきた。頭領の眉間の皺が深まった。


「分からない。でもとてつもなき危機だ。僕でさえ処刑台に立たされたように感じる。じきにみんなの首に縄がかけられ、引きずられ――ああ、ハシバミ、助けてよ。時間はないんだ。頭領、みんなをお救いください!」


 ゴセントは自分の首を絞めるような所作で床を転がりだす。ハシバミとカツラは慌てて押さえつける。


「頭領ご無礼を申し訳ございません」


 ハシバミは頭を床につける。拾った小さな紙切れを見せようと思った。取りあげられるだけだ。自分の手もとにあれば、いつか短くても恋文を書ける。


「いやいや、まったく」

 頭領は目を見開いていた。「近ごろの若者に、そのような者がいるのも知っているぞ。些細なことでパニックを起こす。クルミくん、弟を連れて戻りなさい。君の忠告は受けとめておく。物見のチームに伝えておこう。――カツラはここに残りなさい」




 玄関でゴセントもようやく落ち着き、ハシバミとともに草鞋を履く。


「カツラは怒られ中か?」門番に笑われる。

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