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ユートピアを築こうよ……水舟丘陵の弱者たち  作者: 黒機鶴太
第Ⅰ章 出奔
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003 神社の門番

 ゴセントは一晩中うなされていた。

「みんな死ぬ!」など奇声を上げて、うるさいなんてものでなかった。

 室長がハシバミでなかったら、日中の労働で疲れ果てた同室の若衆七人によって外に投げ出されただろう。コウリンだけが熟睡していた。

 食事当番でなかったのが救いだとハシバミは思う。朝五時半に起床。布団を畳み、宿舎前でみんなで体操してから朝食。今日も畑仕事。来週からは開墾当番か……。あれはハードだ。




 豚や鶏の世話は女の子の役目だが、宿舎の鶏小屋だけは男の若衆がする。今朝は卵が二人に一個割り当てられた。朝食当番はゆで卵にしたから、一人半分ずつ。


「僕はずっと夢を見ていた。夢の中で僕たちは船に乗っていた。女の子たちもいた。ハシバミは船首にいた。そして振り向くなり、みんなへと『飛びこめ! 泳げ!』と命じた」


 昔からの風習で食事中の会話は禁止されているのに、ゴセントが昨夜の冒険譚を語りだす。ハシバミは寝不足なのに。


「僕たちはみんなこの村をでなければならない」ゴセントが言う。


「若衆全員か?」ハシバミは麦飯をかきこみながら尋ねる。


「村民全員だよ。おとなも上士も。さもないと全員死ぬ」


 なにを言いだすんだ。まだ寝ぼけているのか?


「ゴセント、どこへ逃げるの?」


 隣で話を聞いていたツユクサが会話に加わる。この子はゴセントよりひとつ下だ。年齢以上に小さくて華奢だ。体力がないので、屋外労働でいつも最初に音を上げる。


「どこでもいい。一刻も早くみんな逃げる」ゴセントがきっぱり言う。


 ハシバミは弟の顔を眺める。言葉と同じく決意で固まっていた。他の奴だったら笑って済ましたかもしれない。でも弟には六感がある。いつも一緒にいたハシバミが一番知っている。病だとしても敵だとしても、何かがこの村を襲う。


「分かったよ。神社に行って話してみよう。だからもう黙ってご飯を平らげな」


 ハシバミは薄い汁を飲みほす。今朝の食事当番は誰だよ。


 *



「作業に入る前に自由時間を三十分作った。その間に行こう」


 リーダーの特権ではあるけど、数日農作業のスケジュールに隙間があるから、ちょっとだけのんびりした空気もある。おそらく午後からは手ぶらで帰る狩りか、木陰の下での自主訓練になる。だらけるなら朝からだらけてもいい。


 ハシバミは弟と丘を歩きだす。水を汲んで登ってきた女の子の一団とすれ違う。地味なモンペばかりなのに輝いているような。お互いに意識はするけど平時の雑談は厳禁だ。見つかれば、男の若衆は顔が変形するほど上士に殴られる。

 中腹にある神社へ至る道にアスファルトは残っているが、荒廃して歩きづらい。なので脇に歩道が出来ている。鳥居を抜けると、おおきな一本の杉が来た者を威圧する。あの時代を生き延びた木だから、燃料に使われない。周囲の林にこんな巨木は生えていない。あの木たちも、いずれこれくらい育つのだろうか。


 神社の前には二人の門番が槍を立てていた。木綿も使われたカーキ色の作業衣を着ている。約束なくやってきた二人をじろりとにらむ。若い上士がその任務に就くが、早くも横柄な態度だ。


「ハシバミか?」ひときわでかい奴が声かけてくる。「こんな時間にここになんの用だ?」


 門番はカツラだった。ハシバミのひとつ上だ。特権階級の出じゃないのに、十九歳になるなり上士。その黄色人種系の体を見れば理由が分かる。並みの大人より背高くがっしりしている。しかも盛りあがるような黒髪。同じ食事でどうやればここまで成長できるのだ。


「僕たちは頭領に会いに来た。……たぶん重要な話だと思う」

 すこし自信なさげになってしまった。


「僕たち? そいつは弟だったよな。たしかに長老は寛大だ。だが、アポもなく、そんな奴まで会うのは……」

「弟はそんな奴(・・・・)じゃない。ゴセントと言う名前がある」

 ハシバミはきっぱりと言う。「ゴセントには特殊な能力がある。近い人間はみんな知っている。その彼が、村に危険が近づいていると予言した」


 神社の屋根でスズメたちが鳴いている。スズメは人に近寄り過ぎないように教わり、人はスズメを捕り過ぎないように教わってきた。


「予言だとよ。朝からたまらねえな」


 もう一人の門番が馬鹿にする。特権階級出身の若者だ。体格はハシバミよりずっといい。槍を立てているだけでも様になる。喧嘩になってもハシバミはおそらく勝てない。でも、この男が二人がかりでもカツラには勝てそうもない。


「こいつを笑うな」カツラが連れをにらむ。「ハシバミはしっかりした奴だ。お前も頭領も知っていなきゃいけないんだ。……よし。俺が聞いてきてやる。お会いできるようにしてやるから、ここで待っていろ」


 カツラが槍をもう一人に渡すと、草履を脱ぎ社内へと入っていく。


「あいつは怒られるだけだぜ。図体だけなのがばれるな」

 もう一人がくすくす笑う。ハシバミとゴセントは並んでじっと待つ。




 しばらくしてカツラが戻ってくる。


「俺が保証すると言ったら五分だけ会っていただける。ついてこい。足は洗わないでいいぞ。今から女衆が掃除に来るからな」


 カツラが腕を組んで待つ。二人は急いで草鞋を脱ぐ……。

 陳情の手順を組むための第一段階だと思ったのに、いきなり会えるとは。カツラは単純っぽいけどいい奴だな。若衆前に義務づけられた文字や計算の勉強を、ひとつ下のハシバミが手伝ったことを覚えていてくれた。

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