第二話
アランは物音がした方向に向かった。
それほど遠い場所ではなかったので、すぐに着いた。
しかし、ミラはいなかった。
そのかわり、黒いぼろ布にくるまって、人が一人、倒れていた。
「大丈夫ですか!具合は?!」
アランはすぐに駆け寄った。
幸い、まだ息があるようで、微かにアランに向かって話しかけた。
「血…血が…血を………」
「血?血がどうしたんですか!」
アランは倒れている人の体を掴んだ。
アランはそれが女性であることに気がついた。
そしてアランは女の体が、異常なほど痩せ細り、ほとんど骨と皮だけであることにも気がついた。
そしてほぼ同時に、後ろからの気配にも気がついた。
アランはミラかもしれないという希望を持って振り向いた。
確かにそこにミラはいた。
いや、あった。
ミラだったものが、あった。
それは先程のケルベロス同様、カラッカラに干からびていた。
そしてそれを持ち、こちらに向かって立つものがいた。
そいつは、黒のマントを翻らせ、鋭い牙が見える口からは鮮やかなほど真っ赤な血が、滴り落ちていた。
「ヴァ…ヴァンパイアだ…」
そのヴァンパイアは持っていたそれを放り捨て、こちらに向かって歩いてきた。
「来るな…こっちに来るな…止めろ…止まれ!」
アランは尻餅をついた。
アランは起きあがろうとするが、恐怖のあまり、動けない。
必死に声を上げるが、ヴァンパイアは歩みを止めない。
ヴァンパイアとアランの距離は、もうすでに数メートルのところまで来ていた。
「ようやく見つけたぞ、『見境なし』。これで終わりだ」
そのヴァンパイアは、アランの方など見向きもせず、倒れている女に話しかける。
瞬間、女が飛び起き、そのヴァンパイアに右手で殴りかかった。
拳が頭に当たる。
寸前、ヴァンパイアは目にも止まらない蹴りを放った。
その蹴りは女の左腕に当たり、ボキッと音を立てて、女の体ごと吹き飛ばした。
女はとてつもないスピードで、木に背中をぶつけ、声にならない悲鳴をあげて倒れた。
ヴァンパイアは女にゆっくりと近づき、普通ではあり得ない方向に折れた腕を、踏みつけ、躙った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
先ほどまで声にもならなかった悲鳴が、今度は森中を響き渡るほどの大音量になった。
悲鳴に驚いて鳥たちが一斉に飛び立つ。
「ん〜いい声だ、『見境なし』。そしていい表情だ、『見境なし』。私のミュージカルに入れようか、それともミュージアムに展示しようか、それとも両方か。どうしようかな、君はどれがいい、『見境なし』」
そう言って更に腕に体重をかけ、踏み躙る。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
更に大きくなった悲鳴は、叫び声に変わっていた。
「おお、先ほどよりもいい声に、いい顔になったじゃないか、『見境なし』。でも、叫んでいるばかりじゃ、どうしたいか分からないじゃないよ。さあ、応えてくれ!『見境なし』!」
またしてもヴァンパイアは体重をかけ、踏み躙ろうとする。
踏み躙ろうとして、出来なかった。
なんとか立ち上がったアランが、持っていた剣で、ヴァンパイアの右の脇腹を突き刺したからだ。
ヴァンパイアは、一瞬怯み、一瞬女の腕から足を退けた。
その一瞬で、女は足から抜け出した。
「チッ、このクソガキ…」
ヴァンパイアはアランに振り返り、怒りに任せてアランを殴り飛ばす。
ヴァンパイアはアランの剣を脇腹から抜いた。
剣を抜いた脇腹は、みるみるうちに塞がり、あっという間に治っていく。
ヴァンパイアは剣を引きずり、アランに歩み寄る。
アランのところまでついたヴァンパイアは剣を高く上げた。
アランは死を覚悟して、目を瞑った。