第一話
「ね…ねえ、やめようよ、ミラ」
「うるせぇ、行くんだよ、アラン」
ミラは止まらず歩き続ける。
「ケルベロスなんか勝てっこないよ、それに…」
「それに、なんだよ」
ミラは止まらない。
「それに…ここにはヴァンパイアが数匹いるって噂が」
「ハッ噂?そんなもん信じて戻ってきたらまたみんなの笑い者だぜ?」
ミラは止まらない。
「で、でも…その中にはあの『見境なし』もいるんだって」
「だからそれは噂だろ?ちょっと黙ってろ」
ミラはアランの話など聞かないかのように歩くスピードを上げる。
「ま、待ってよ。ミラ」
アランはミラを追いかける。
追いかけるようについていく。
ミラが止まった。
「どうしたの、ミラ」
「アラン、もうすぐ目的地だ」
遠吠えが3つ重なって聞こえる。
ケルベロスのものだ。
「ねえ、もう帰ろうよ、死にたくないよ僕」
「なんでこんな任務してるかわかるか?」
「なんでってって…その…」
「この前のでバカでかいドラゴンがいるっつって帰ったよな?あれなんだったか知ってるか?お祭りの屋台だとよ。そのせいで俺たち笑い者だ。だから汚名返上しにきてんだろ」
「うん、そうだったね」
「それが分かってんならさっさと…」
ミラは早口で捲し立てていたが、そこで言葉を切った。
気配がもうすぐそこまで来ていることに気づいたからだ。
「アラン、戦闘準備だ。そろそろ来る」
「う、うん。分かった」
ミラとアランは剣を抜き、背中合わせにして立つ。
唸り声が聞こえる。
もちろん、ケルベロスのものだ。
それが彼らの周りを回っている。
緊張が立ち込める。
アランの首筋に汗が流れる。
「く、来るなら来いってんだ。八つ裂きにしてやる」
威勢の良いことをいうミラだが、彼の剣先も震えている。
唸り声はまた少し近くなっている。
突如、ギャッという悲鳴と共に唸り声が消えた。
あたりが静寂に包まれる。
ケルベロスの気配も完全に消え去った。
「ど、どうしたんだ。何があった!」
「ミラ、落ち着いて!」
興奮しているミラを、まだ少し冷静さを残していたアランが諌める。
「僕が見てくる。そこで待っていて」
「あ、ああ、助かるよ。アラン」
アランは少し落ち着いて、それでもまだ震える足で、周囲を見て回る。
そしてあるものに気がついた。
「ケルベロスが…死んでる?」
アランが見たケルベロスの死体は奇妙なものだった。
その死体には首筋に二つの小さな穴が空いている以外の外傷はなく、その傷からは一切血が流れていなかった。
というより、その体には一切血が流れていなかった。
「ケルベロスは死んでたよ。ミラ!」
ミラに向かって叫ぶ。
返事はない。
アランは先ほどまでミラがいた方向を振り返った。
しかし、そこにはミラの姿はなかった。
「ミラ…?ミラ!返事をしてくれ!」
返事はない。
「ミラ!返事をしてくれ!どこにいるんだ!」
それでも返事はない
「ミラ!ミラ!変なイタズラはやめてくれ!早く返事をしてくれ!」
アランがいくら叫んでもミラからの返事はない。
そうしてアランが叫ぶこと数分、後ろの方から物音が聞こえた。
「ミラ、そこにいるのかい?今そっちにいくから待っていてくれ!」