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しろいうさぎとくろいうさぎ

挿絵(By みてみん)


14:00 


ベッドだけ使えればいいので、安いところでいいだろうと僕が提案した。サービスタイムがいつでもあるようなところは大抵建物や設備が古い。でもそれでよかった。


彼女には、パジャマか部屋着のようなものを持って来て貰うように言っていた。読み聞かせは寝る時のようなゆったりした衣服がいい。


何を持ってきたのが分からなかったが、彼女は大き目の布バックを肩から掛けていた。


ちょっとうらぶれた感じのラブホが、土日サービスタイム有りだったので、そこに入ることにした。


- ここでいい?


「お金払うのナオさんだしね。私はどこでもいいよ」


そういうと、平然とホテルの入口に入っていった。僕は急いで後を負った。部屋を選択するパネルの前で彼女は待っていた。


「どこにする?」


彼女が聞いたので、一番安い部屋を選んでボタンを押した。少しでも長い時間、彼女と過ごしたかった。


「あーなんで一番安い部屋にするかなぁ?ケチ!」


- カラオケもゲームもAVも豪華なお風呂も貸衣装も要らないだろ?


「ケチケチケチ!ケチな男はモテないよ!」


- 使わないもの山盛りある部屋借りても仕方ないだろ?


「いや…お風呂ぐらいは一人で入りたいかな…とか…」


- お風呂はこの部屋にも付いてる!リンが払うなら高い部屋でもいいぞ!


「ちぇっ」


わざとらしく舌打ちする彼女は今までになくリラックスしてくれているようだった。僕は彼女の手を繋いで、部屋のドアの前まで来た。


「何で手を繋ぐの?」


- 俺が手を繋ぎたかったから…嫌か?


「嫌じゃないけどさ…」


ちょっと俯いた彼女のほおは通路の暗い照明でも少し赤らんでいるのがわかった。大丈夫のようだ。躊躇ためらわずドアを開けて彼女と一緒に入った。


部屋の明かりはおかしな色ではなかったが、ちょっと本を読むには暗すぎたので、一番明るくした。有線のBGMもわずわしいとしか聞こえなかったので切った。エアコンの効きが悪いのでちょっと強めに設定した。


木目張りの壁。一昔前の液晶テレビ。カラオケもゲームもなく、お風呂にいたっては普通の住宅のユニットバスとそう変わらなかった。


僕はベットサイドに置いてあった避妊具をさりげなくゴミ箱に捨てた。


彼女はというと…ベッドでもソファーにでもなく、フローリングの床に三角座りをしていた。それを見た僕もそばに寄って三角座りをした。


- 三角座りなんて懐かしいな


「…そりゃ、ちょっと前までJKだったからねー」


- それはそれは光栄に思いますよ


「そういや、ナオさんって幾つなの?まだ話してくれてなかったよね?」


- 30だけど、それがどうかしたか?


「私は40歳以上の男の人じゃないと扱い切れないって言われた…」


少し俯きながら彼女はそう言った。そう言われたことで彼女は少なからず傷付いたのだろう。


- そんなことないさ、リンをちゃんと理解しようとしてくれる人なら大丈夫だよ


そうは言ったが、彼女を理解するにはそれ相応の経験が必要だとは思った。


- それで、40歳以上の男性が理想なのかな?


「うーん、そうだね。優しくてのひらの上でおどらせてくれるような人がいいなぁ」


- 手乗り文鳥みたいだな。ちゃんとかごの中に閉じ込めて置かないと


「し、失礼ねー私は好きになったら一途なんですからね!」


- エサは一日2回でいいかな?


- でも、俺は30歳だから年齢制限に引っかかるね


「あ、ナオさんだったら、10歳くらい負けとくよ。優しいし…」


ちょっと彼女の瞳がうるんでいるのに気が付いた…僕は持ってきた鞄の中から、今日読む予定の絵本を取り出した。


「しろいうさぎとくろいうさぎ」だった。


「としょかんライオンじゃないの?」


- うん、色々絵本探してみてこれもいい絵本だったから


「…探してくれてたんだね…ありがとう」


彼女はちょっと俯いていた。泣きそうなのだろうか。彼女に着替えることを促した。


- ちょっと軽装になれよ。着替え持ってきたんだろ?


「う、うん、じゃあちょっと着替えるね」


そういうと、そのまま立ったと思ったら反対側を向いてお尻をこちらに向け、ジーンズを脱ぎだした。


- リン、ちょっと何やってんの?見えるでしょ?


「え?サービスだよ。これくらいしか出来ないから…」


見るだけなんてサービスにならない…じゃなくて…どうしたんだよお前は?ゆっくりと見せるようにジーンズを脱いでいくとオレンジ色のショーツが見えた。


そしてジーンズを足から抜くと…


…彼女の足は異常なまでに細かった。


太ももやふくらはぎはまるで肉付きがなく、瘦せこけた小学生の男の子の足のようだった。


次に向こうを向いたまま、長袖シャツのボタンを外しているようだった。ゆっくりと背中からシャツを下ろしていくと、肩と二の腕をのぞかせた。


パステルブルーのブラ…色がショーツと合ってない…が見えたと思ったら、彼女の後ろ姿があらわになった。


彼女の両手両足は、摂食障害のモデルのようにやせ細っていた。


黒のブラジャーに包まれた豊満な乳房を思い出していた。


悪夢を見ているようだった。



彼女は布バックからデニムのショートパンツ…デニム好きだな…とロゴの入った黄色のTシャツを出して、ショートパンツの方から履いていった。オレンジのショーツがデニムの中にすっぽりと収まった。


軽装ってパジャマみたいな奴を言ったんだけどな…まあ夏場だからいいか。


僕は薄手のズボンとTシャツだけだったので、先にベットに入り、枕を背もたれにして座った。


リンは着替え終わった後、まだ床に三角座りしたままだった。


…手足のことについて僕が何も言わないから不安なんだろうか。


- リン、おいで…


彼女を刺激しないように優しく声をかけた。彼女は振り返ると無表情のままベットに向かった。同じように枕を背もたれにすると僕の左隣に座ってくれた。彼女と僕の膝の上に絵本を開いて置いた。


- 読むね


「…うん」



  しろいうさぎとくろいうさぎ


  しろいうさぎと くろいうさぎ、二ひきのちいさなうさぎが


  ひろい もりのなかに、すんでいました


  まいあさ、二ひきは、ねどこから はねおきて


  あさの ひかりのなかへ、とびだしていきました


  そして、いちにちじゅう、いっしょに たのしくあそびました



彼女は黙って聞いていたが、少しずつだが顔つきが穏やかになって来た。本当に絵本が好きなのかもしれないな。


しばらくすると、彼女が肩にもたれ掛けてきた。甘えたいのだろうか。肩を抱いてやりたかったが、絵本で左手が塞がっていた。



  「ねがいごとって?」 しろいうさぎが ききました


  「いつも いつも、いつまでも、きみといっしょに


  いられますようにってさ」 


  くろいうさぎは いいました



彼女を横目で見ていた。心地よさそうに目をつむった聞いてくれていた。このままこの時間が続けばいいと思った。


外で世界が崩壊していようとも、僕ら二人のこの時間が続けば、と。



  「じゃ、わたし、これからさき、いつも あなたと


  いっしょにいるわ」 


  と、しろいうさぎが いいました


  「いつも いつも、いつまでも?」 くろいうさぎが ききました


  「いつも いつも、いつまでも!」 しろいうさぎは こたえました



彼女は右手で僕の左手に触れた。握って欲しいのだろう。僕は彼女の右手を優しく握った。彼女も優しく握り返してくれた。僕は読み聞かせを続けた。



  こうして、二ひきの ちいさなうさぎは けっこんしました


  二ひきは、おおきな もりのなかで、いちにちじゅう、いっしょに


  たんぽぽをたべたり、ひなぎくとびや、クローバーくぐりや、


  どんぐりさがしをしたりして、たのしく くらしました



彼女はぎゅっと僕の手を握った。見ると少し寂し気なをしていた。幸せな話なのに?



  それからというもの、くろいうさぎは、もう けっして、


  かなしそうなかおは しませんでしたって



- おしまい



彼女は僕にもたれ掛かったままだったので、絵本を閉じた後、肩を抱いた。



「2匹は結婚できたんだね…良かったね…」



そういう彼女は俯いていて、少しも嬉しそうには見えなかった。


「あのね…」


彼女は重い口を開くかのように呟いた。


「…言ってなかったっけ?」


「私早く結婚したかったんだよね…でも、結婚って相手に一緒にいて欲しいって思って貰わないと出来ないんだよね…」


初めて彼女の弱気な言葉を聞いたような気がする。僕は返す言葉が無かった。


「私なんかと一緒にいて欲しいって思ってくれる人って…いるのかなぁ」


彼女は瞳に涙を一杯に溜めて…そして、それが、こぼれ落ちた。


僕は彼女の方を向き彼女の両肩を抱いた。彼女はちょっと驚いた表情をしていたが…嫌がったりはしなかった。


彼女のひたいに、静かに、くちびるを近づけると、彼女はそっと双眸そうぼうを閉じた。


彼女の額に触れるか触れないか…静かにクチヅケして、ゆっくりと彼女を抱きしめた。彼女は一切、あらがわず、カラダを僕に預けてくれた。


意を決して…ベットの上で横になって、彼女を優しく抱きしめた。そして、彼女の背中をゆっくりと丁寧に、ポンポンと叩いた。まるで赤ん坊をあやすように…


彼女は嗚咽おえつを漏らした。静かな霧雨のような嗚咽おえつだった。綺麗だと思った。透き通っていた。


彼女の体温が両腕や胸から伝わって来た。


しばらくすると、彼女が小さな声で…聞こえるか聞こえないような小さな声で言った。


「ナオさん…」

「好きです…」

 好きです…


嗚咽を小さな泣き声に変えながら、彼女が初めて僕への好意を言葉にしてくれた。ただ、僕はぎゅっと抱きしめてあげるだけ、だった。


僕は彼女の耳元で囁いた。


- ずうっと待っているから…泣いたらいいよ


そういうと、彼女の泣き声は少しずつ大きくなった…ずっと彼女を抱きしめていた。


彼女はずっと泣き続けていた。今まで溜まっていた気持ちを全部ゆっくりと洗い流すように。


しばらくすると、泣き声が徐々に小さくなっていき…次第に吐息へと、そして次第に寝息へと変わっていった。


彼女の寝顔を見ながら、僕はとても幸せな気分に浸っていた。


…ずっと、この時間が続けばいいと思った。


外で世界が崩壊していようとも、僕ら二人のこの時間がずっと続けば、と。






※引用元 「しろいうさぎとくろいうさぎ」 文・絵: ガース・ウィリアムズ 訳: 松岡 享子 出版社:福音館書店

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