二人の時間
いつもの通りの二人きりのお茶の時間だった。
お土産だと言って渡されたのは、とろけるような滑らかでミルクのような質感の真っ白なティーセットだった。
これほどまでに滑らかに白い食器は見たことが無い。
「隣国で手に入れた物なのですが」
ケイン様が笑顔を浮かべる。
ここのところ彼はよく出かけている。
公爵領の絹織物、海でしか採れない白蝶貝のアクセサリー、それから隣国で購入したというティーセット。
「交易ルートですか?」
淑女がこうやって質問するのは本来マナー違反だ。
けれど、ケイン様はうっとりとするように目を細めて、面白そうに笑った。
「聡明な女性はいいですね」
会話が楽しい。と彼は付け加える。
私の予想は当たっていたらしい。
嬉しい。けれど、目の前に置かれたティーセットはまるでレースのような模様が入っていてあまりにも美しいので、自分の貴族令嬢としての力の無さが悲しい。
これほどまでに美しい茶器を令嬢達が参加するお茶会で披露して流行を作る様なカリスマ性は私には無い。
ケイン様はまず、商業的な権力を欲していることは分かるのに、それを広める様な力は婚約者である私にはない。
社交界の薔薇と呼ばれるような人間に憧れた事は無かったけれど、そんなまわりから一目置かれるような存在であればケイン様が作った縁を多くの人に広められたかもしれない。
彼の能力に合った人と婚約を結び直すべきではないのだろうかと思った。
思ってしまった。
第一王子はあの男爵令嬢に入れ込みすぎていて、公爵令嬢との婚約破棄は時間の問題だと言われている。
それこそ彼女の様な人と組んだ方が彼の望みは叶うのだろうと思った。
けれど、私はそれを上手く言葉にはできない。
彼の思ったよりも不器用なところも、毒舌に混じる彼の理知的な言動も、私は好きになってしまった。
だから、私からこの関係を終わらせるべきだと話を切り出すのは無理だ。
頭の中ではどちらが彼にとって合理的な選択なのか分かるのに、私の感情がそれを後押しすることを拒否してしまう。
「どうしましたか?」
微妙な王子に侍る腰巾着。そんなイメージはケイン様の実態からほど遠い。
彼は私に聡明だと言ったけれど、本当にその言葉が相応しいのは彼の方だ。
本当に聡い方だ。
ここで私が嘘を付いてもきっと気が付かれてしまう。
私はそっとマナー違反にならない程度、息を吐いてからそれから、いま思ってしまったことをお伝えした。
「あなたにはきっと、もっと相応しい令嬢がいるのではないかと思いまして……」
曖昧な笑みをケイン様に向けると彼は「は……?」と唸る様な声を出した。
「そんな事はっ……!!」
そう言ったきり彼の言葉は続かない。
つまり、そういう事なのではないのでしょうか。違うという理由が私にも思い浮かばない。
「違います」
私の顔を見て、ケイン様ははっきりとした声で言いました。
それから、ケイン様は突然両の手を自身の顔に近づけると、両の手で自分自身の頬をパンと音が出る強さで叩いた。
少し頬が赤くなって思わず「あっ……」という声が出てしまう。
「大丈夫です。
僕はこうでもしないと本音を言えない臆病者ですので」
お世辞や、文句を言うのに苦労したことは無いのに、本音を伝えるのだけは下手糞なので。
そう言ってケイン様は私の方を見ました。
「僕はあなただから、こうしていられるのですよ」
ケイン様はそう言った。
「あなたが『別にいいじゃない』って、『駄目なら傀儡政治でもなんでもすればいいわ』って言ってくださるから、僕は行動できるんです」
あなたが、僕がどれだけ頭の中で酷い事を考えていようが受け入れてくれたから僕は僕でいられる。
そう言ってケイン様は笑顔を浮かべました。
やわらかで、穏やかで裏のない笑顔でした。
私はそれを見て、少しだけ涙が浮かびそうになりました。
照れくさい様な、嬉しい様な不思議な気持ちになって、涙が出そうでした。
この人の支えになっているなら、それは嬉しい事だと思いました。
「あなたが僕の元から離れるなんて、考えたくもないです」
そう付け加えられて私はただただ顔を赤くすることしかできなかった。
「末永く、よろしくお願いいたします」
小さな声で私が言うと、ケイン様は満足げに笑みを深めた。